第2話 6/18『群雨の後に見える微笑み』
気がつくと再び雨の音が聞こえてきた。そう耳から響く雨の音が。
そして俺のすぐそこに立っている少女は、じっと俺の方を見つめていた。
先ほど少女が言った意味それはどういうことだろうか。何か深い意味があるとすれば。
と考えていると少女が申し訳なさそうな顔で言ってきた。
「あ、ごめんなさい。変な事聞いてしまって」
「別に大丈夫だよ、でも君面白いこと言うね。なんかロマンチストっていうか」
「そんな大したことありませんよ、こういうこと言ったらどんな返答が返ってくるか気になって」
近頃の女の子ってこういう試しをするのが流行っているのだろうか。それはさておき。
「ところで君、名前は?」
とりあえずここで自己紹介に移ることにした。挨拶は大事だしね。
少々照れ性ではあるが、自分を不審者扱いされないためにも一応やっておくべきだ。
「普通こういう時って年上から名を名乗るものじゃないんですか?」
この町の少女にレディーファーストという言葉は通用しないみたいで、年上から名を名乗るのがここのタブーかなにからしい。
ならここは一つ名乗っておこうかな。
「俺の名前は立川翼隣町の学校に通う高校1年だ」
すると少女は後を追うように自己紹介してくる。はにかむ様子でそれは小さな声で俺に聞こえる声で喋り俯いた顔を再び前へと向けた。
「私は玉川 あゆり、地元の中学校に通う中学3年です」
たしかここの学校って二つしかないんだっけ。
小中学校がそれぞれ1つずつ建っているくらいで、それ以外の学校はこの町にはなく高校以上にもなると隣町までわざわざ通学している人が大半だとか。
……あゆりちゃんか、可愛らしい名前の子だな。姓名が町の名前と同じだがたまたま一緒なだけかな。
「それで翼さん、ここに何しに?」
「いや、これといって特に用事はないんだけどね、気がついたらここに来ていた感じだよ。あはは」
なんだろう、俺って誰かに怪しく思われているのかな。……聞かれる度に色々な言い訳が頭から浮かぶのは何故だろう。
デタラメな理由ならいくらでも浮かぶが、正直な言葉をなかなか口から出せない。
正直今までコミュニケーション皆無な俺を呪いたい気分だ。
「おかしな人ですね、あなたは。することないなら隣町で時間潰せばいいじゃないですか」
確かにそう思うよね。
「ずっと同じところに住んでいれば、見慣れた景色に飽きを感じるものだよ」
「……言われてみれば確かに、私も見慣れた景色ずっとみていると飽きてきますね」
「だろ?」
上手く同情してくれるあゆりちゃん。
しかし付け足すように一言彼女は答え。
「でも、見飽きた場所でも、ちゃんとよく探せば面白い物見つけられるかも知れませんよ」
面白いものってなんだろう。
これといって俺の町にそういった物は、一切見当がつかないのだがどんなものがあるのだろうか。
「悪いけど、俺の町にそんなもの1つもないよ。だってほとんど高い建物ばかりならんでいるし、細かくさがそうとしてもそんなものは」
そっぽを向いて誤魔化そうとする。
「翼さんって意外とめんどくさがり屋さんなんですか?」
ギクッ。
結構鋭いなこの子は。
図星を突かれたせいで、顔から汗が出てきた。
おかしいな、今日はそんなに温度は高くないはずなのに。
「そ、そんなことないよ全然。勉強だって全然できるし」
「……無理に隠し通さなくていいですよ。もうバレバレです」
どうやら俺の誤魔化し作戦は少女には効かなかったらしい。潔くここは負けを認めよう。
「あぁそうだよ。俺結構実はめんどくさがりなんだよ」
「正直者ならモテますよ」
俺は君みたいな子にモテたいのだが。
「ところで」
あゆりちゃんは話を終えるとあることを俺に提案する。
「なにかな? あゆりちゃん」
「もしよかったら一緒にこの町一緒に回りませんか 次のバスが来るまで相当時間ありますし、よかったらどうです?」
と首を傾げて提案してきた。
答えはイエスだが、1つ問題があった。そう重要な問題だ。
「気持ちは嬉しいんだけどさ、俺傘持ってないんだよね」
でもあゆりちゃんは問題なさそうに言う。
「大丈夫ですよお兄さん、ここの置き傘使って下さい。これ全部人の忘れ物ですから」
停留所の端の方に、木製の十字に分けられた傘立てがある。そこには忘れ物の傘と見られる傘が2本ある。
ではあゆりちゃんを信じてここは傘を貸して貰おう。
俺は傘立てに刺さっている1本の傘を手に取って広げた。
バサっ。
忘れ物とは思えない上品質な傘だった。というかこの傘どうみても新品にしか見えないのだが……まあいいか。細かいことは気にしない方がいいだろう。
「それじゃ行きましょうか」
あゆりちゃんは、そう言いながら微笑むと、俺たちはこの玉川町を次のバスが来るまで一緒に回ることにした。
というかこれもうデートだよな? うんデートだな。
この町最大の川である玉川。その両隣に長い道のりがあり、その左右の道には色々な建物がある。
昔ながらの駄菓子屋、売店、飲食店、旅館やその他諸々が沢山立ち並ぶ。
特徴的なのはなんと言っても尋常ではない旅館の多さである。旅館の温泉に使われている湯の大半は玉川の天然水を使用されている。
その昔は神の湯と言われ、1度浸かればどんな人でも肌が若返ったようになり、2度入ればどんな病気も治すことができるという記述が
真か否かは分からないが、とりあえず凄い温泉だということはわかる。
そんな今雨降る町をあゆりちゃんと2人で傘をさしながら回っているのだが――。
「凄い温泉の数だね、いつも家族と一緒に行ったりとかしているの?」
「そうですね、家族の都合が全員合えば行ってますね。うちの両親、夜勤制なので」
あゆりちゃんの両親って大変なんだな。
そう聞いてたら無性に働きたくなくなってきた。将来は引きこもろうかな。
俺たちは歩いて少ししてから、道の途中あった一軒の昔ながらの駄菓子屋に立ち寄る。
聞けばあゆりちゃんの行きつけの場所らしい。丁度腹減ってきたし、何か買おうかな?
「こんにちは」
あゆりちゃんは慣れたように大きな声で挨拶して店内に入る。俺もそれに釣られるかのように挨拶をしながらドアを開け中に入る。
ドアは現代で使われているような上品質なドアではなく、木でできた引き戸だった。長年使い続けているせいか戸を開ける音が妙に耳に響いた。
……というか俺、一応年上だからここは普通俺が先にはいるものだと思うんだけど、なんか無性に恥ずかしく感じるのは何でだろう。
中に入ると色々な駄菓子が沢山置いてあった。辺りを見渡せば、お菓子お菓子と。
俺の住む町にもこういった駄菓子屋はあるにはあるのだが、こんな古風なお店はあまりないな。どこの店も新しめの駄菓子屋ばかりだし。
そう考えるとここの駄菓子屋は昔ながらのナチュラルな店のように見えるな。
「……あらあゆりちゃん。こんな大雨にどうしたんだい? 今ならお菓子1個あげるよ。……とそこのかっこいい兄ちゃんは誰だい」
すると店番をしながら新聞を読んでいたおばさんは新聞をたたみ、あゆりちゃんの方を見た。
「あぁおばさん。こちらの人は……」
とりあえず挨拶でもしとこうか。
「俺は隣町から来た立川翼っていいます。あゆりちゃんとはたまたまバス停で出会って……それで」
するとおばさんは羨ましそうに俺の方を見て。
「なんすか」
「い、いやさ……若いっていいな~って思っただけだよ」
歳を重ねると次第にそういうことを軽く感じてしまうものなのだろうか。
「……おばさんかき氷くれませんか。味はイチゴで」
あゆりちゃんは話を進めるかのようにかき氷を注文した。おばさんの方をみると確かに上に『氷』と書かれた旗が立てられてあった。
かき氷あるのかここ。
味はイチゴ、ブルーハワイ、メロン、レモン、とスタンダードな味のラインナップだった。
因みにお値段はたったの150円だった。
安価だし、俺も便乗して買おう。雨だから寒そうだけど今は何かを食べたい気分。
「おばさん、俺もお願いします。味は……ブルーハワイで」
「じゃあそれぞれ150円ね」
そう言って俺とあゆりちゃんはカウンターの前まで行って、おばさんのいる机に150円を置くとおばさんは「はいよ~」といいながらそのお金を受け取り、奥の部屋の方へと消えていった。
さてどんなかき氷が出てくるのやら。
まあ相当安いしたいした大きさではないと思う。それこそお祭りの屋台のかき氷のそんなに変わらない大きさだろうと。そうコップ一杯にふんだんに盛られた少量のあのかき氷だ。
しかしその常識は覆された。
おばさんが部屋に消えてから数分後、再びおばさんがとあるものを両手に持ちながら姿を現したのだが、それはもう驚きが隠せなかった。
「おばさんそれは?」
恐る恐る俺は聞いた。
「何言ってるんだい兄ちゃん。さっき注文したかき氷だろ?」
「ありがとうございます」
そのおばさんが持ってきたかき氷は中ぐらいの皿に沢山の氷の山が盛られたかき氷だった。
「あゆりちゃん、ここのお店のかき氷ってこれくらいが普通なの?」
「? そうですけど何か問題でも」
いやボリュームでかすぎだろ。いくらなんでもこれは。まあ腹一杯食べられるしよしとするか。
そして俺達は店の外に置いてあったベンチに腰をかけて、かき氷を食べることにした。
ついでにおばさんのサービスで無料でお菓子を1つもらった。結構気前がいいな。
先ほどの雨がだいぶ弱くなってきたそんな気がする。多少の小雨が優しく耳に響く程度。
俺とあゆりちゃんはベンチで横並びに座って、降り注ぐ雨を眺めながら話していた。
「それで翼さんは結局ここに何しに来たんですか」
結局それだよね。俺でも何しにここに来たんだか。
「それも特に理由はないかな。ただ単に遊びに来たというか」
「ふむふむ」
「この間テストが終わったばかりなんだよ。その息抜きに行こうなんて考えてたり考えたりしてないみたいな」
やっぱり変な理由が口を開く度に出てくる。
「まあ別にいいですけど。私の学校もこの間丁度テスト終わったばかりなんですよ。奇遇ですね」
「……」
「どうしたんですか、浮かない顔なんかして」
「……いやさ雨みてたらなんか憂鬱な気分になっちゃって。心が沈んでいくというか」
「あぁそれ分かりますよ。なんか寂しくなりますよね」
するとかき氷を鮎リちゃんは食べ終わると。
「翼さん、ちょっと神社に行きませんか?」
「え?」
「なんかいいことあるかも知れませんよ」
俺たちは近くの神社に向かうことにした。
◉ ◉ ◉
降りしきる雨の音。そんな中少し歩いたところに1か所の神社が建っていた。
立派で大きな木が鳥居の中に何本も連なる神社。その両隣の木に見守られながら真ん中にあるのは長い石階段だった。
「そうか、あゆりちゃんって同級生の友達いないんだ」
「えぇ。一応友達はいるにはいるのですが、全員高校生なんで普段あまり顔見ないですね」
年上だけが友達。となるとその人達はあゆりちゃんの幼なじみか何かかな?
となるとあゆりちゃんの幼なじみは、大体俺と同じくらいの年齢になるな。
「幼なじみなの?」
「えぇそうです。保育園からずっと一緒だった私の友達です。2人はいつも私に優しくしてくれました」
なるほどな、その2人に支えられてきたってことかな。
友達があまりいない俺にとっては羨ましい話なんだがな。
「羨ましいな、俺なんて学校にあんまりいないよ。結構学校で浮いててさ」
「すみません自慢げにはなしたりなんかして」
「いいんだよ気にしないで」
2人で階段を上りながらそんなことを話していると、境内にあっという間に着いた。そのまま
お願いはなんかいいことありますようにと曖昧なお願いをした。
大丈夫かなこれ。ばちとか当たらないかな。
「何かお願い事しましたか? 私は『友達が早くたくさんできますように』ってお願いしましたけど」
普通そういうのって他人に言うものじゃないと思うんだけどな。
「いやたいしたことは願ってないよ。本当たいしたことはね」
暫く沈黙が続いて拝殿の階段に座っていた。するとあゆりちゃんが俺に言ってくる。
「翼さん、ここに来たってことはなんか嫌なことでもあったんじゃないですか?」
「……」
確かにそう言われるとそうかもしれない。
実際学校に通う俺は全くと言っていいほど高校生活は充実していない。
小中で仲良かった人とは交流が途絶え、いつしか道中ばったり合ったとしても認知されなくなったくらいだ。
新しい友達を作ろうと必死に努力はしたものの、あまり周りから声を掛けられず、気がついたら俺は周りから
俺の心はまるで今降っている雨のように、憂鬱な気分になっているのかもしれない。
「翼……さん?」
浮かない顔をする俺に眉をひそめ心配してくるあゆりちゃん。
君はどうしてそこまで気にしてくれるんだ。赤の他人のはずなのに。
「思い出したくないことなら、無理に言わなくてもいいですよ。人は誰にも言いたくないことの一つや二つあると思いますから」
少女はそういいながらまた微笑んだ。
「あぁ……俺は住んでいる町で必死で努力したんだ。でもその努力を誰も周りの人は認めてくれなかったんだ誰一人と」
するとあゆりちゃんは俺の頭にぽんっと手を乗せてきた。
「翼さん、私もそうですよ努力はしたのに周りからは誰一人認めてくれなかった。必死で友達作ろうとしたのに。言わばあなたと私は同類かもしれません……だからこうして共感できる」
「……ありがとうあゆりちゃん」
「さっき私友達はいないと言いましたよね。でも今は違います」
真剣な眼差しをこちらに向けるあゆりちゃん。その目は強く同時に優しさに満ちあふれているようなそんな瞳だった。
するとあゆりちゃんに応えるように雨が止まり、俺たち二人に光芒が徐々に差してきた。
「ほら、私達もう友達じゃないですか」
「俺と君が友達…………」
「はい。……へへこれじゃもうお願い事叶っちゃいましたね」
「それでも嬉しいよ。君が俺のことを『友達』って言ってくれたことを」
その時の彼女は日が差し、人一倍の笑顔を見せたように俺には見えた。
次第に俺の顔からは何故だか涙が溢れてきた。そうかこれが嬉し涙というものなのか。
悪くない。小さな手が俺の方へと差し伸ばしている。
そして俺はその小さな手をふと笑い手を握った。
◉ ◉ ◉
時間が近くまで迫っていたので俺は帰りの停留所へと向かっていた。
しかし何故かあゆりちゃんも見送りについてきていた。
「別に帰ってもいいんだよ? いいえどうせ暇なので」
どこか寂しそうに眉を落とすあゆりちゃん。
暫くすると、バスが止まり――。
プシュー。
「……そろそろ行かないと」
言いながら俺はバスに乗った。その直後だった――――。
「お兄さん!」
俺はふと大声で俺の名前を言ってくる少女の方を振り返った。
「また来てください。その時は沢山遊びましょう」
「……あぁ必ずね」
「待ってますよ。雨が降り止むその頃に」
「分かった。約束だ」
そういうとバスの自動ドアが閉まり、バスは動き出した。
後ろの方へと行くと、遠ざかっていくあゆりちゃんの姿がそこに見えた。
手を大きく振りながら笑顔で日に照らされながら微笑む彼女の姿が。
◉ ◉ ◉
雨は止み、空は晴れ渡り上空には夕暮れの空が広がっていた。太陽に霞むあかね色に染まったその雲は夕方の背景を幻想的に彩っていた。
バスの中で次俺が目覚めた頃には、あゆりちゃんの姿は全く見えなかった。玉川町はとっくに通り過ぎ気づけば終点の駅へと着いていたのだ。
「あゆりちゃん……」
ふと顔から流れる一滴の涙。どこかその涙の粒は別れを名残惜しむようなそんな涙だった。
行きと同じく運賃箱に切符と小銭を中に入れバスを降りようとする。
すると運転手が俺に話しかけてきた。その運転手は玉川町に降りる時に話しかけてくれたあの運転手だった。
「お兄さん、どうしたんですか、そんな悲しんだような顔をして」
でも俺は涙を拭いて。
「いいえ、別に悲しんでいませんよ。ちょっと目的が持てたそんな気がして」
「……何があったか知りませんがまた来てください。私ここの運転任されていますから」
俺はいつでもここにいる、そう言っているんだろうな。
そして俺は降車し駅の喧噪の喧噪の中、夜空を見上げながら言った。
「……なああゆりちゃん同じこの空を見ているか。夏休みになったら必ずまた遊びに行くから、それまでお互い頑張ろうな。もしその日になったら一杯遊ぼうな。今日よりもっと楽しく……な」
俺は夜空にそう語りかけ、バス停を後にする。
何故そう言いたかったのかは分からない。
だがただ一つ言えることがある――――。
それは。
あゆりちゃんも、この夜空を同じ気持ちで見上げて言っているようなそんな気がしたから。
微笑んだ小柄な少女の姿が俺の脳裏に浮かんだ。手を振りながら俺の名前を叫ぶ少女――あゆりちゃんの姿が。
「またね、あゆりちゃん」
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