雨が降りやむ頃に

もえがみ

6月 梅雨時

第1話 6/18『降り注ぐ雨の日に出会いはやってくる』

 激しい雨が降り注ぐ。梅雨時の田舎道。

 気晴らしに俺は、隣町へバスで向う。

 車内には、数人の学生や社会人。年齢がバラバラな人々がとても多かった。

 どうして急に隣町へ行こうと思ったのかは分からない。しかし気がつくと足がバス側へ踏み出していたのだ。

 ちょっとした無意識で踏んだかも知れないし、興味があったから踏み出したそんなことを心の中で思い入ったかも知れない。


『えぇご乗車ありがとうございます。このバスは……』


 また運転手が声を飛ばす。……確か次の駅だったっけ。


『次は【玉川町たまかわちょう】。玉川町。お降りのお客様は……』

「そろそろか。うーん」


 目を開けて前を向き、背伸び。雨はまだ降り続きうるさい音が外から聞こえる。激しく水溜まりがたくさんできるくらいの大雨。


「あ、やっべ」


 今ようやく重要なことに気づく。……傘がない。

 行くとき、傘を買うべきだったがもはや手遅れ。水浸しなるのを覚悟に決める。

 自分の不注意もあるが、これは自業自得。今更後悔しても遅い。


「……まぁいいや」


 行く場所にコンビニはない。気合いで乗り切れると心で勝手に思っている。

 学校もようやく中間テストがおわり、もうすぐで夏休みだ。

 数週間後にまた期末テストが控えているが、これはほんの一休み程度。少し街とは外れた違う場所に俺はここへ行きたかったのかも。

 ……お、ならさっきの答えはこうしよう。「時間潰しにこの玉川町に向かった」と。


 テストは赤点は免れたので補習の心配もいらない。まぁ俺の成績はそんなに高くはないけど。

 この俺、立川 翼たちかわつばさはどこの部活にも所属はしていない。いわゆる帰宅部。

 なんでやっていないか。それは特に興味をそそらせるものが俺にはないからだ。自分の中で趣味と言える趣味は1つもない。

 そんなやつが好きな部活の1つを見つけられるわけがない。……正直なところ自分の趣味が見つかればいいなと考えてはいる。


 シュー。


 バスが停車する音がした。玉川町へと着いたのだ。降車口の扉が開き外への道が解放される。

 降りる人は他におらず、俺1人だった。

 そしてバスの運賃箱に料金と、切符を入れでようとしたその時。

 運転手が心配したせいか声をかけてきた。


「お客さん、今日雨強いですよ。……傘はないんですか?」

「いやその乗る前に買おうとしてはいたんですが、忘れちゃって」


 当然、そんなこと本当は頭になかったことはいわないでおく。もしも口で言えば自分が無知だと疑念を持たれる可能性がある。口を噤むことは選択肢として間違ってないはずだ。


「……本当に大丈夫ですか?」


 復唱。町一帯に降り注ぐ雨をよそ見に、俺を心配してくれる運転手は再度聞いてくる。

 余程その大雨が激しいから濡れないか心配してくれているのだろう。


「えぇ、まぁ。少し雨が弱まるまで停留所で待とうかと」


 俺に今残された手は、誤魔化す方法以外策はなかった。

 人に貸しを作るなんて柄じゃない。

 すると運転手は理解したかのように、帽子を深く被り言う。


「なら、気をつけて行ってきてくださいね」

「は……はい」


 運転手の優しい言葉に見送られながら俺は、一礼をしバスを降りた。

 ――外は騒音の世界だった。

 ザーッザーッ。と激しい雨の音がさっきとは比べものにならなかった。


「外の雨が余程うるさいぞこれは」


 肩に降り注ぐ雨は結構、重さがあり、多少痛みもある雨だった。

 例えるならそう、プールの授業前と授業後に浴びるあのシャワーみたいなあんな感じの痛さだ。

 梅雨時のせいか、降水量が比較的に増加しているのだろうか。

 思った事を声に出しているものの、雨がうるさすぎて自分の声は聞こえやしない。


 するとそこに木小屋の停留所があったので、そこへ急いで走りながら駆け寄る。

 雨中うちゅう。周りにある田んぼから虫やウシガエルの鳴き声が聞こえてくる。かれらにとって雨は恵みのような存在なのか?

 ぽしゃんぽしゃんと水たまりを踏みまくりながら。

 停留所までたどり着くと鼻先にある、木製の草臥くたびれた長椅子に腰を掛けた。


「はぁ、こんなに雨が降るなんて聞いてないよ」


 と愚痴を1人で呟く。まあ聞いている人なんて、誰1人とていないし何言っても問題はないだろう。

 もし言う相手がいるとなれば、それはこのうるさい雨を降らせている雨雲かな。「雲のバカヤロー」とか。

 雲に意思がないのは当然だし、こんなこと言っても何も答えは返ってこない。

 と俺がそんな事を呟いていると隣から声がしてきた。


「お兄さん、天気予報ちゃんと見ましたか?」


 俄然。耳に入ったのは、幼い少女の声だった。

 すかさず俺は隣席を見る。

 俺のすぐ横に、腰かける少女。


 「うん?」と上目遣いに首を傾げる。


 肩まで垂れかかった青い長髪。俺の胴体ぐらいまでしかない幼い体付き。

 涼しさを感じさせそうな青い瞳。頭には可愛らしい麦わら帽子を被っており、白いワンピースを着ている。

 問いの返答がない俺に対して、少女は聞く。


「どうしたんです、私の方をジロジロみたりして?」

「…………はっ! いいやッこれは決して変なことは考えたりしてはいないよ」


 我に返り、後退りをする。

 ついみとれてしまったのが本音だが、いつからいたんだこの子は。

 超能力者かなにか、オカルト染みた妄想を膨らませる。

 ……単に周り目を配らなかった俺が悪いのだが。


「いつからいたの?」


 少女は目を丸くして言う。


「何いっているんですか? 私ならずっとあなたの隣にいましたよ」


 立てこもるのに必死で、全然気づかなかったんだが。


「え?」

「お兄さんがさっき必死でこちらの方に走ってきた時も、立てこもってブツブツなんか独り言いっている時も……ずっといましたよ」


 全部見られているじゃないか。

 いや、というかこんな幼い女の子に、変なところ見られるなんてとても恥ずかしいのだが!


「……まぁそういうの別に気にしませんけどね。私は」


 心の広い少女は、無神経に今の事柄を水に流す。

 軽視されているのかもしれないが、気にすることはないだろう。


「う、ありがとう」


 間一髪でセーフでこれはいいのだろうか。


「ところでどうしてここに来たんですか? お兄さんは。見た感じ学生っぽいですけど」


 俺は頭を掻きながら少女との視線を逸らしながら言った。

 正直当てもなければ行き先の1つもない。完全にノープランだ。


「い、いやさ気がついたらここに来ていたんだよ」


 明確な理由は何1つでてなかった。観光気分や気晴らしに訪れたと言ってもいいのだがそれだと余計不審がられるからやめた。

 けど少女は納得したかのように和やかに微笑んだ。


「そうなんですね、ここに来たという事はお兄さんのいる町でお兄さんはなんか嫌な思いでもしたんじゃないですか?」


 図星を突かれるよう心が痛む。


「かもしれない」


 優しくてほっとした。これがもし柄の悪い、俺を侮辱するガキだったら頬を1回つねっていたところだ。


「でもここ何もありませんよ。だってこんな田舎町ですから」


 分かってはいるんだけど、再度確認。なんできたんだろうな俺。


「いやでもさ、ここはこれでいい景色っていうか」


 雨降っているけどな。

 そう言うと少女に鼻で笑われた。なんとかこの町を頑張っていいとこアピールしようと思っていたのだが、駄目だったか。


「くすっ。お兄さんは面白いこといいますね。こんな雨がたくさん降る町のどこがいいと思うんですか?」


 やっぱりなんか変な人って内心思われているようなそんな気がする。だがここはぐっと我慢しよう。


「……それもそうだな」


 俺が納得に安堵を一つ吐くと、少女は口を歪めてその場を立った。

 そして麦わら帽子を取り、可愛らしい姿を現すと俺に言った。


「でもそれはそれでいいかも知れませんね」

「? それってどういう…………」


 そして少女は言った。


「お兄さんあなたには、この雨の音がどのように聞こえますか?」


――――――その時、雨の音が一瞬止まったそんな気がした。

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