夜騒曲

 *


 四季の『花園』を走り始めて三十秒ほど経った頃、フェンネルが犬と呼んだ二人の後ろを走る三人は、ほぼ同時にあることに気が付いた。

「……揺れが強くなっていますね」

「はい。それに、蔓草のうねりも大きくなっています。地震の原因はこれでしょう」

「茎径も太くなってる。本体がそろそろ出てくるかもな」

 また、前を行く二人も、景色の変化に気が付いた。

「あ、ひまわりだ!」

 ルアンとダビ、二人の視線の先には、一面に広がる向日葵畑があった。この場所は、正真正銘夏の『花園』と呼べる場所だ。

「だけど、やっぱり池がないね」

「うん。ぜんぶひまわりだ」

 二人は立ち止まって辺りを見渡したが、そこにあるのは向日葵だけで、目的であるはずの睡蓮を育てられそうな場所は見当たらない。そこへ、二人に追いついたフェンネルが言った。

「さらに奥があるんだろ。何より、ここもまだ昼だ」

 【花園】に陽の動きはなく、『ニーファロータス』は夜に咲く。フェンネルはそれらの事実から、〈核〉のある場所は夜であると以前から考えていたが、それは当たっていそうだった。

「あ、そっか。じゃあおれ、獣変貌しとくね」

「気楽だな」

「わん!」


 五人がさらに走ると、今度は空の色が変化した。夕焼けに染まり、陽が沈み、そして月が昇る夜へと変わっていったその色に反して、ディアンテがここまで迫っていてもなお姿を現さない「本体」、揺れが激しくなる地面に、全員の脳裏には最悪の考えも浮かび始めているが、それを覆すにも何をするにも、全ては〝彼〟に辿り着かなければ始まらない。

「あ、あったよ! すいれんのいけ!」

「わう!」

 そして辿り着いたのは、睡蓮が浮かぶ大小さまざまな池のある場所だった。その中でも一番大きな池の傍には、人影がひとつ。それが誰であるかは、もう自明だった。

「エド……?」

 ディアンテはその姿を認めると、引き寄せられるように、弾かれたように走り出した。

「まって、ひとりはあぶない!」

「わん!」

 ルアンとダビが、その後を必死で追いかける。どうにか二人がディアンテの横に並び着いたとき、人影——エドも、三人に気が付き、そして叫んだ。

「来るな!!」

 その怒声に、ディアンテは怯んで立ち止まる。刹那、彼の足元から、あの見知った蔓草が生えてきた。

「それがメリアミスルトゥの本体だ!」

 三人の後ろから、フェンネルの怒号も飛ぶ。五人の脳裏に先ほど浮かんでいた「最悪の考え」は奇しくも当たってしまったらしい。つまり、メリアミスルトゥは、エドに手を出していたのだった。

「ダビさん、いくよ!」

「わん!」

 ルアンは即座に剣を抜くと、頼もしい相棒を連れて、メリアミスルトゥの操る蔓草へと突っ込んでいった。


 *


「ああもう! じゃま!」

 当然ながら敵も馬鹿ではないので、自分を刈り取ろうとする存在を見つければ、その動きを封じようとする。二人は足元に生えては捕まえようとする蔓草をどうにか躱しながら、時には腕力や剣でぶった切りながら、エドを救出しようと先を急ぐ。しかし、蔓草の再生速度も尋常でなく速いので、二人は苦戦を強いられていた。

「再生が速すぎる。エドを通して〈核〉の力まで吸い取ってる可能性があるな」

 一方で、フェンネルとシアもディアンテのいる場所へと即座に駆け付け、前方二人に支援ができる位置についた。

「早く引き剥がさないと彼の命も保ちません、まずは邪魔する蔓草を減らさないと。ディアンテさん、協力をお願いします」

 シアは構える銃に銃弾を装填しながらそう言った。しかし、ディアンテは一言も発しない。

「ディアンテさん?」

 そしてシアが不審に思ってディアンテを見れば、彼女にも異変が起きていた。

「眠ってる……?」

 ディアンテが、直立したまま眠っていたのだ。シアからわずかに遅れて、ディアンテが眠っていることに気づいたフェンネルは叫んだ。

「……駄目だ! シア、先にこっちだ!」

「え、はい!?」

 先とはなんだ、何と比較しているんだ、というシアの混乱がそのまま返事に表れる。が、生憎それに構っているだけの猶予はない。

「メリアミスルトゥは寄生する時、まずは相手を眠らせるんだ! 向こうは二人に任せるしかない!」

 メリアである彼女が完全に寄生されてしまえば、似ているからこそ、引き剥がすのは難しく——有体に言えば、メリアミスルトゥを引き剥がしたところで、彼女の命そのものが道連れにされて死ぬ可能性が高くなる。それだけはなんとしてでも阻止しなければならない。

「私、近接戦闘の経験なんてないんですけど!?」

「そんなもんボクも同じだ! ツタ引っぺがしてディアンテが起きてくれれば寄生は免れる、それまでは気合で避けろ!」

「無茶言いますね! 分かりました!」


 *


 苦戦を強いられながら、前衛の二人もどうにかエドのもとへと辿り着く。そして探すべきものに先に気づいたのは、視線が低いルアンだった。

「……! ダビさん! ねっこ、あった! こっち!!」

「わん!」

 そして二人が、どうにかエドからメリアミスルトゥを引き剥がすことに成功すると、周囲の蔓草の再生がようやく止んだ。エドはぐったりしていたが、まだ息もあり、脈も弱いが安定している。間に合ったようだ。

「よかった、まだいきてる」

「くぅん」

 二人は一瞬安堵したが、すぐに思考を切り替える。メリアミスルトゥを始末しないことには、彼の治療などは行えないし、ディアンテが近づくこともできない。

「よし、たおす!」

「わぅ!」

 そして改めて二人がメリアミスルトゥと対峙すると、銃弾が一発と、炎の矢が後方から飛んできて、メリアミスルトゥを貫いた。

「あ、ふたりのだ!」

 ルアンが言うと、その「二人」の声が追いかけるように飛んでくる。

「よかった、ようやく届きました!」

「メリアミスルトゥは体力がかなりあります、こちらも援護しますので、どうか気を付けて!」

 蔓草の再生が止んだおかげで、ディアンテも無事危機を切り抜け、さらに援護射撃も本体に届くようになった。しかし、二人の援護射撃を食らってもなお、目の前にいるメリアミスルトゥはまだ元気に蠢いている。ディアンテの言う「体力がかなりある」は、本当にかなりあるらしい。

 であれば、前衛の二人が取る行動はただ一つ。

「……てきに、ふそくなし!」

「わん!!」

 二人は嬉々として、メリアミスルトゥに立ち向かっていった。


 *


 寄生先を失ったメリアミスルトゥは、ディアンテの言う通り体力こそあったものの俊敏さなどには欠けており、攻撃を仕掛けられても、簡単に避けられる程度のものばかりだった。また、自陣に攻撃が当たらなければやることがないフェンネルも、【フォース】で攻撃に参加していたため、意外とあっさり落ちてくれた。

「エド!! 大丈夫!?」

 そして、ディアンテはメリアミスルトゥが動かなくなったと分かると、一目散にエドのもとへと駆け出した。今度はもう、誰も止めなかった。

「……あ、うん、なんとか……」

 エドはディアンテの姿を認めると、顔に分かりやすく「やばい」と書いて目を逸らしたが、生憎彼には逃げられるだけの体力が残っていない。そもそも、自力で立つこともできないのだ。

「っの、馬鹿!」

 ディアンテはその頬に一発、鋭い平手打ちをかます。彼が弱っていることなどお構いなしという威力である。

「わあ、良い打撃……」

 獣変貌を解いたダビが、独り言のように呟く。見ていた三人は無言で頷き、ディアンテの気が収まるまで、その顛末を見守っていた。


「……ん、あれ、なに?」

 そんな時、二人の後方に何かが転がっているのを、ルアンが見つけて近づいた。三人もそれにつられて続くと、そこには黒い結晶状の物体が落ちていた。〝奈落の魔域〟の入口にもよく似たそれは、光を吸い込んでいるようでいて、発光しているような、不思議な存在感を放っている。その正体にはシアが言及した。

「〈奈落の核〉ですね。メリアミスルトゥを剥がしたときに、エドの手からも離れたんでしょう」

「へえ、これが……。意外と小さいし、見た目無害そうなんだね」

 物珍しそうにダビがそれを突いて言えば、フェンネルは重い溜息をついた。

「それはエドが一年これを持ってたからだ。彼の強靭な精神力のおかげで〝魔域〟も〈核〉もこの程度だったが、普通は一年も存在すれば、色んな外力が働いて、ボクたちには手に負えない代物になる」

「……すごいね、エドさん」

「ああ。……だが、こうなってしまった以上、もう見過ごせない」

「そうですね。……そろそろ、いい頃合いでしょうかね」

 四人は〈核〉を拾い上げると、エドへの詰問がある程度収まって、静かになっていた二人の元に向かった。

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