適任者


 *


 夜目が効くランバージャックを先頭に、四人は洞穴の中へと歩を進めた。ランタンを点けるには時間がかかるため灯りの類は用意せず、夜目が効かない三人はランバージャックの説明する情報を頼りに奥へと進む。

「……灯りだ。見つけた」

 やがて、道行く先に、わずかに滲む光を見つけたランバージャックが言った。

「危ない気配とか血の臭いはしないね、よかった」

 ダビが安堵して言うと、アカマルも纏う空気を少しだけ緩ませながら、自分が感じたことを三人に共有する。

「いくつか見知った気配もある。だから、ここにいるのは調査隊でほぼ間違いない」

「一先ずは僥倖だったな。あとは、彼らの衰弱の度合い次第だ、急いでくれ」

 救助活動は一秒の緩みこそが命取りになるため、フェンネルは三人に安堵への理解を示しつつも、先頭に立つランバージャックを急かした。

「こちらは【夏知らずの花園】調査隊だ! 誰かいるか?」

 そして、それに二つ返事で頷いたランバージャックは、叫びながら光の出所へと近づいていく。こちらが灯りを持っていないため、音もなく突然近づいては相手をパニックにさせる可能性があるからだ。

 すると、光の向こうから「隊長!」と声が上がった。四人はそれを号砲代わりに、彼等へと駆け寄る。そこにいた調査隊と思しき人たちは六人で、アカマルとランバージャックは勿論、調査隊に所属する冒険者は全部で八人だと知っていたフェンネルとダビも、これで全員見つかったと胸を撫でおろした。

「全員ここにいたか」

「なんとか全員生きてます。隊長たちも、無事で良かった」

「怪我などはどうだ? 彼女が診れるから、何かあれば申告してくれ」

「じゃあ、こっちをお願いしたい。足を折ったみたいで、歩きにくいんだ」

 ランバージャックがそう水を向けると、向かって右奥の方から手が挙がる。そこにはたしかに、違和感のある角度の足首を抱えて座る冒険者がいた。

「わかった。この場では簡単なことしかできないのは大目に見てくれよ」

「文句なんかあるわけがない。ありがとうございます」


 そして、骨折の応急処置をはじめとした簡単な加療を一通り終えると、ひとまず全員が全員とも、自立して歩ける程度にはなっていた。怪我や衰弱の程度が軽く、ポーションで大体どうにかなったのが不幸中の幸いであった。

「よし、じゃあみんなのとこに戻ろう」

 そしてダビがそう言って、踵を返したのと時を同じくして、一つの破裂音が洞穴に響き渡った。全員は反射で身を屈めつつ周囲を確認するが、壁の崩落など、音の原因になり得そうな現象は見当たらない。

「ということは、外の音?」

「……シアだ!」

 フェンネルとダビは、音の出所が仲間の銃使いだと思い至ると、一目散に外へと走った。

 銃声が響いた。それはつまり、あの足跡を辿ってやってきた何者かと、三人が応戦しているということで、奇しくも三人があの時考えていた嫌な予感が当たってしまったのだ。

 全速力で来た道を引き返せば、そこにはウォーキングツリーの群れを相手に奮戦する三人がいる。二人はその背に叫びつつ、即座に合流した。

「敵襲か!」

「大丈夫!?」

 すると、二人の声に気が付いてディアンテが振り向く。しかし振り返ったディアンテは、眼球が瞼から零れるくらいの勢いで瞠目していた。ものすごく驚いているらしい。

「えっ、ほんとに十秒で来た!?」

「だからいったでしょー!」

 そしてディアンテの問いかけには、なぜかルアンが得意げに答え、二人は意味がわからないままウォーキングツリーとの戦闘に参戦することになったのだった。


 *


「ねえ、ディアンテさん」

「なんでしょう?」

 戦線を突破されることなく無事にすべてのツリーを刈り終えて、ダビは自分の記憶が正しいかどうかを確認するべく、確認できそうな相手であるディアンテに話を振った。

「あいつら、ずっと妖精語で『ニンゲンコロス』って言ってたよね」

「はい。ちなみに、私達と戦う前から呪文のように呟いていましたよ」

「ウォーキングツリーって、こっちから殴らなければ殴って来ないやつじゃなかった?」

 ダビの記憶では、ウォーキングツリーは『どちらかというと無害』カテゴリーに入っている魔物だった。ウォーキングツリーは植物の魔物の典型的な例で、自分の縄張りさえ荒らされなければ、外界のすべての変化に興味を持たない。そのことはディアンテも当然知っていて、だからこそダビの質問が何を確認しているかも、彼女にはすぐに分かった。

「ええ、元来の性格は中立です。ですから今の群れは、何かに影響を受けている変異種ということになりますね」

「この前【花園】でウォーキングツリーに会ったときは、対【花園】侵入者撃墜システムだと思ったんだけど……」

 ダビが濁した言葉の続きは、フェンネルとシアが引き受けた。

「さっきのを見ると、メリアミスルトゥの影響を受けている可能性の方が濃いな」

「人間殺す、ですもんね。殺意に見境がない」

 ウォーキングツリーが本当に対【花園】侵入者撃墜システムだったなら、正規ルートで【花園】に入っている、しかもディアンテにまで敵意を向ける訳がない。

「だとすると、この先も調査隊の人たちに付き合ってもらうのは危険だよね? 人族が全部あいつらの標的になるなら、今は助けたみんなの身が一番危ない。アカマルさんたちさえ、まだ本調子じゃないのに」

「ああ。というか、二人が【花園】に来たのは捜索が目的だから、向こうも今頃同じことを考えていると思う」

「そっか」


 フェンネルの予想は見事的中し、調査隊の全員はここで離脱し、一足先に本部へ戻ることになった。また、冬の『花園』には、雪で覆われていることもあって蔓草が見つからず、五人も蔓草のある春の『花園』に戻ることにしたため、その結果、出口のギリギリまで調査隊を見送ることになった。

「本当に世話になった。途中離脱になってしまうのは、個人的にも悔しい」

 そして調査隊の最後の一人、ランバージャックが出口に触れる前、五人に対してそう言った。調査隊として【花園】と一年ほど関わっていた彼には、【花園】そのものの顛末も見届けたいという葛藤があった。しかし、適材適所という言葉があるように、彼が適任として為せることは今、【花園】の外にある。ランバージャックの言葉には、【花園】の中に為すべきことのあるディアンテが、代表して返事をした。

「気持ちも分かりますが、まずはきちんと休んで回復、です。全ては生きることから始まるんですから」

 ルアンも、無邪気に言い添える。

「そーだよ。えんそくは、おうちにかえるまでがえんそくだよ!」

 すると、彼の鎧の隙間からふは、と息が漏れた。

「……遠足か。そうだな、長すぎる遠足だったな」

 多少時間軸が歪んだ部分もあったが、それでも調査隊が本部に全員揃うのは、約二週間振りである。思いがけず長い旅になってしまったそれを「遠足」と呼べる少女に、ランバージャックはいくらか救われていた。

「君たちも、『帰るまでが遠足』だからな。今度こそ盛大に出迎える、覚悟しておけ」

「分かった。楽しみにしておく」

 そして、ランバージャックが最後に添えた冗談のような祈りには、フェンネルが殊勝に応えた。


 *


 調査隊の捜索という一つの目的が完遂されれば、あとは番人エドを見つけ出すことだけがこの旅の目的である。番人がいる可能性の高い、夏の『花園』へ行く道を探さなければならない。

「これで、他の季節は全部回ったわけだけど……。ここからどうすればいいんだろう」

 春の『花園』からは、これまで訪れた他の『花園』への道が開いている。しかし当然ながらそこに夏の『花園』は含まれず、戻ってみたところで、別の新しい道が開いているということもなかった。

「一旦四季の『花園』に戻ってみるか。夏に行けるのであれば、ボクはあの場所からだとしか思えない」

「メリアミスルトゥも見つかっていませんしね。ここまでで見つかっていないなら、きっとあれも夏にいるのでしょうけど」

「ああ。……早く見つけて、潰さないとな」


 そして五人が四季の『花園』に戻ると、そこには大きな異変が起きていた。

「……花が、うねってる? 波打ってる? ……なんて言えばいいの、コレ?」

「うねる、が一番適切ですかね……?」

 ダビとシアは、その状態を説明する言葉をしどろもどろに探していた。花たちが、まるで海岸に寄せる波のように、一定の速度で上下に動いていたからだ。花が波打つなどという自然現象は、当然ながら存在しない。

「地震でしょうか?」

「……何のために?」

「そこなんですよねー……」

 また、ディアンテとフェンネルは、その揺れの原因について思い付いたことを言い合っていた。地面に根付いているはずの草花がそのうねりを作っているのであれば、原因もその地面にあると考えるべきであり、地面が動く現象としては、地震くらいしか可能性がない。

 だが、そもそも地殻などで地形が形成されるわけではない〝魔域〟においては、自然現象としての地震が発生する条件が揃わないため、地震があったとしても、それは人工地震のように『外部からエネルギーを加え、意図的に発生させた振動』となる。エネルギー源は言わずもがな〈核〉であるため、この地震を起こせるのは〈核〉に近しい者のみに限られ、【花園】の場合は当然番人になるのだが、地震を発生させる理由があるとは考えにくい。

「このまま揺れが酷くなって地面が崩壊して、夏に落ちるって仕組みとか?」

「なんで見知った人を招くのに、蟻地獄方式を採用するんだよ……」

 波打つ地面に足を取られそうになりながらも、五人は異変の原因と、夏へ行くヒントを探した。しかし、分かったことと言えばルアンが最初に訪れた時に言っていた「崖のような行き止まり」がなくなっていたくらいで、その先は白く霞んでおり、行ってみないことには何があるかは分からなさそうだった。

「それらしき目印もないのなら、秋と冬の時のように、出鱈目に走れば着くのでしょうか?」

 行き止まりにするための障害物がなくなったのなら、障害物の先に夏があると考えるのが自然である。今はその「障害物の向こう側」に選択性があるという状況だが、秋と冬の『花園』の位置関係にも表れていたように、【花園】では方向や方角という概念があまり機能していない。目標を決めることよりも、まずは一歩踏み出すことの方が、【花園】においては有効な手らしい。

 そんなシアの提案には、全員が賛成した。

「よしルアン、好きな方に走れ。ゴー」

 そしてフェンネルは、ルアンに対してそう言った。さながらハンドラーであるが、彼女がそういったふざけた態度を取るということは珍しく、それはつまり脳に疲労がきているらしい。

「フェンリィさん、あつかいがざつ! ルアンいぬじゃないよ!?」

「そうだねぇ、犬なのはどっちかといえばおれだしねぇ」

「じゃあまとめて犬二匹。走れ」

「おーぼー!」

「あはは、フェンネルさんが疲れてる。行こうルアンさん」

「いくけどさー!」

 そんな軽口を言いながら、五人はとりあえず、走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る