花園
*
しばらくすると、ダビがルアンを引き連れてフェンネルたちのもとへと戻ってきた。
「あっちの方から、桜の匂いがした。だから春の『花園』には移動できると思うよ」
そして言うことには、彼の鋭い嗅覚で、春の『花園』に繋がる道を見つけたようだ。
「それ以外には?」
「多分だけど、春の『花園』への道以外は開いてない。ここに咲いてる花と桜の匂い以外は、何もないから」
ダビがそう言えば、四方八方走り回ってこの辺りの地形を確認していたルアンも、気づいたことを言い添えた。
「ダビさんのいってるむきいがいのとこは、がけみたいになってていきどまりだった。だからいまは、あっちしかいけない」
つまり、現時点では、春の『花園』にしか向かえないということだ。
「ディアンテがいても、さすがにすぐには夏に入れてくれない、か」
フェンネルがそう呟くと、ランバージャックがそれに応じた。
「まあ、この場所に来れただけでも、彼女に来てもらった意味はあるだろう」
初めて夏の草花が確認されたこの場所は、おそらく今までに発見された『花園』のどこよりも、夏の『花園』、つまり〈核〉のある場所に近接している、要となる場所である。「それに」と、ランバージャックは話を重ねた。
「ディガッド一帯やこの内部に魔物が出ている影響で、【花園】側が彼女を認識しきれていない可能性もある。メリアの気配は植物の魔物のそれとよく似ているから、混ざって不確実になるのもあり得る話だ」
つまり、今は周囲や【花園】内部にある強大な魔物の気配が、ここにいるディアンテか本人かどうかを認識する機構を邪魔しているかもしれない、ということだ。
それでも、蛮族の無理な転移術によって脅威を感じたばかりの【花園】が、七人に混ざる植物の気配をディアンテだと信じ、四季のあるこの場に迎え入れたとすれば、それは博打とも取れる大盤振る舞いだ。そこまでお膳立てされたなら、あとはこちらの仕事である。
「成程。……あとはボクたちがどうにか辿り着くしかない、ってことか」
「そういうことですね。なんにせよ、行けるのが春の『花園』だけなら、まずはそこに向かいましょう、私だと信じてここに入れてくれたなら、きっと導いてくれるはずです」
ディアンテのその言葉を合図に、七人は春の『花園』へと移動した。
そうして到着した春の『花園』は、一週間前四人が訪れた時と同じように、平和に七人を出迎えた。今日は、あの桜並木の下にも魔物の気配は見当たらず、まさに平穏そのものだった。調査隊の二人に聞いても、今日の春の『花園』は、これまで何度も足を踏み入れた時と同じ姿であるという。
「ということは、見つかっている秋と冬の『花園』には、ここから向かえますよね。それぞれの方向は決まっているのでしょうか?」
シアのその問いには、ランバージャックが苦い顔で答えた。
「太陽を背にする方向以外に歩けばそのうち移動できるんだが、季節の境目は時空間が安定してないらしくてな。だから、秋と冬のどっちの『花園』に出るかは運次第だ。まあ、歩けばどこかしらに移動できると決まっているだけでも、〝魔域〟としては相当安定している方だと思うが」
そして、太陽を背にする方向に歩くと、出口である白い球体へと着くという。出口の方向だけは常に定まっていて、その方向が分かりやすい点は、訪問者に危害を加えない【花園】らしい仕様でもあった。
「要は影が伸びない方向に歩けば良い、と」
「ああ。そんで、最初に行けなかった方の花園は、一旦春に戻ってきて真逆に歩けば行ける。だから、夏以外の『花園』に関しては、春の『花園』が中心になると思ってくれればいい」
まずは春の『花園』を出て、秋と冬のどちらかの『花園』へ移動する。それによって、春と秋と冬の『花園』の位置関係が決定するという仕組みらしい。
「成程。それなら、まずは移動しないと始まらないんだな」
「どの方角行きますか? 選び放題ですけど」
「選び放題って、逆に困るねぇ」
影の伸びる方向を避けて進めばいい。それはつまり、ほぼ三百六十度が行先の選択範囲であるということで、一行には数拍の逡巡が生じた。何を選んでも結果が同じだと聞かされると、却って選ぶ手に欠けて、行くべき道を悩んでしまうのは無理もない話であるが、幸か不幸か、ただひとり、そんな迷いと無縁の人物がいた。
「じゃあルアン、あっちいきたい!」
無縁の人物、ことルアンは言うが早いが、誰の返事も待たずに自分が行きたいと言った方向へと駆け出した。
「清々しいまでの即断即決だな。……せめて返事は聞けよ」
フェンネルが小言を言いながらも、六人はルアンの後を追いかけた。
*
ルアンを先頭に七人がしばらく走ると、やがて周囲が紅く色づく木々に囲まれた。足元にはいつの間にか落ち葉が降り積もっていて、走りに合わせて乾いた音を鳴らしている。
「……ここは、秋か」
「みたいですね」
走り続けて紅葉に囲まれた一行は、周囲を確認するために、一旦そこで立ち止まった。目の前には並木道が伸びている。春の『花園』にある桜並木のように、美しい景色であった。
「秋の『花園』までの道は、前とそんなに変わらないみたいだな」
春の『花園』からの移動や秋の『花園』の様子は、調査隊の二人以外に以前の姿を知る者がいない。ランバージャックが言ったそれに、五人はひとまず安心した。
「ここは、前と比べてどうなの?」
しかし、ダビのその問いから、奇しくも二人の話すことは不穏になる。まずはランバージャックが結論を述べた。
「残念ながら、ここには気になるものが二つある」
「二つ?」
そして、鸚鵡返しでダビが聞き返したそれには、アカマルが答えた。
「ああ。……お、一つ目が向こうから出迎えてくれたな」
彼がそう言った瞬間、風に乗ってくるくると回る花びらが七人の目の前に吹いて来る。
「スピンブロッサムがいる」
そしてアカマルがその名を明かした瞬間、明らかな敵意を持った花が、束になって落ち葉の下から現れた。その数は、軽く十を超えている。
「え、あんなに……?」
慄いたシアが口から零してしまったそれには、ランバージャックが軽く笑って答えた。
「あれは群れる習性がある。だが量があるだけで、ひとつずつの耐久性は大したことない。この人数で手分けすればすぐだ」
「わ、わかりました!」
ランバージャックのその言葉通り、七人の前に現れたスピンブロッサムたちは、数分と経たないうちに、回る花びらを残してあっけなく刈り取られた。
「これ、本体がいなくなっても回るんですね」
シアが興味深そうに花びらを見つめて言うと、ランバージャックが補足を入れた。
「ああ。珍品として取引されてるから、持ち帰ればそれなりの価格で売れるぞ」
「へぇ、じゃあ、二枚くらいもらっていこうかな」
ダビは言った通りに花びらを二つ拾う。それを見届けたところで、フェンネルはアカマルに、スピンブロッサムにぶった斬られた話の続きを問いかけた。
「で、気になることの二つ目というのは?」
「ああ。二つ目はこれだ」
アカマルはそう答えると、地面のある一点の落ち葉を足で掃いた。そこにあったのは、木の根が這っているかのような地面の隆起。しかし、それは緑色をしていて、どう見ても木の根ではない。
「……これは蔓草か?」
「詳細は僕にも分からない。だが、以前はこんなものはなかった」
すると、アカマルの足元を覗き込んだダビが「あ、それ」と声を上げる。
「どうした?」
「おんなじようなやつを、最初の場所でも見たんだ。ここと違って、地面がフラットになるように上手く隠されてた」
「そうだったか。……あの場にあったということは、〈核〉とも関係が深そうだな」
「うん」
ダビとアカマルがそんな話をしている横で、シアはディアンテにならこれが何なのか分かるかもしれない、と思い彼女を見た。しかしディアンテもその正体は分からないようで、複雑な表情でじっとその蔓草を見つめていた。
「何だったかしら……」
そして彼女の口から零れ落ちたのは、そんな言葉だった。その口振りは、記憶を探っている時のそれである。
「……ディアンテさんは、これを見たことがあるんですか?」
「ええ、どこかで見たことがある気がするの。同時に何か、とても怖い思いをしたような……」
「怖い思いをする……?」
残念ながらシアには、怖い思いを受けそうな蔓草には、全く心当たりがない。よって、ディアンテの言葉をただ繰り返すことしかできなかった。
「駄目だわ、思い出せない。ごめんなさい、急にこんな変なこと言われたって、困りますよね」
「いえ、こちらこそお力になれずすみません」
その後、七人は秋の『花園』を歩き回ってみたが、調査隊のメンバーの影もなければ、蔓草についても何ひとつわからなかった。ひとつだけ収穫があるとすれば、並木道の向こうには彼岸花が群生していて、そこに這っていた蔓草は細い、つまり末端の方であるらしいということだったが、末端が分かったところで、状況はまるで動かない。
そして、秋の『花園』に調査隊の姿がなかった以上、彼らがいるとすれば夏か冬の『花園』だということも絞り込めた。夏ならともかく、冬の『花園』で遭難していたら、その救出は一刻を争い、一分が正しく生死を分ける。一行は急ぎ足で来た方向を引き返し、春の『花園』へ続く道を走った。
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