到着
*
「おつかれさまー。なんか、ひさしぶりみたいだね」
「昨日みたいにそれぞれで動いてた訳じゃない分、長く離れてたように思うんだろ」
先に待つか後に待つかの違いこそあれ、互いに四時間、事態を動かせない時間があった。その停滞が空白を強調していたのだと、フェンネルはルアンに説明した。
「そっかぁ」
ルアンが納得したところで、ダビが三人に確認を取った。
「おれ達は先に【花園】用の準備をさせてもらったんだけど、シアさんたちはどんな感じ?」
この後七人は【花園】へ入り、人を捜す。【花園】変質の件も含めると、当然準備をしっかりして臨むべきなのだが、昨晩の戦闘以降事態は急転直下で回っているので、出来た準備がほとんどなかった。だから調査隊本部の備品はぜひとも恩恵に与りたいところであり、先発隊はそれにあやかっていたようだ。それならば、後発隊たる三人にもその権利はある。
「ボクは魔晶石があったら頂戴したいが、それくらいだな。二人は?」
フェンネルがシアとディアンテに話を振ると、ディアンテは首を横に振ったが、シアは控えめに手を挙げた。
「私は銃弾と、もし使っていない銃があるなら見せていただきたいのですが、良いですか?」
その問いは、調査隊本部の主であるアカマルとランバージャックに向けられている。ここの備蓄品に関して、以前ランバージャックに「好きに使っていい」と言われてはいたが、銃となればさすがに、消耗品のような気軽さでは扱えない。
「銃か。……確か、何丁かあったよな?」
ランバージャックはアカマルに問いかけ、アカマルはそれに「うん、あるよ」と頷いた。
「倉庫に置いてあるのは、もしもの時用とか部品取り用のだから、そのまま君が持って行っても問題ないと思う」
「ありがとうございます」
シアは胸を撫でおろしながらそう返事をし、それにルアンが小首を傾げる。
「あれ、シアさん、じゅうかえるの?」
「はい。ある程度銃を扱う経験も積みましたし、リロードを今より少なくできるものがあれば、その方が良いと思って」
シアが現在使っている銃はいわゆる初心者向けのもので、弾倉が三発だ。だが、経験を積んだ者にのみ扱える銃の中には、弾倉がこれより多いものがあり、戦闘中の銃弾装填作業を少なくすることができる。
「希望に合うものがあるかは分からんが、まあ好きに見繕ってくれ。……二人とも、場所は覚えてるか?」
ランバージャックに問われたフェンネルとシアは共に頷き、目的のものを調達しに、本部の建物へと入っていった。
「お待たせしました」
五分ほども待つと、二人は再び外へ戻ってきた。今は悠長に構えていられる状況ではないし、二人の目的もはっきりしていたので、最短で用事を済ませたようだった。
「お帰りなさーい。シアさん、いい銃あった?」
「ありました。弾倉が六発あるものが」
ダビに聞かれたシアがそう答えると、ルアンが口を尖らせて言った。
「ダビさんもシアさんも、あたらしいのいいなー」
実はダビも、後発隊を待つ間に倉庫を物色させてもらい、そのナックルを前よりも威力の出るものに交換していた。少女も強さを求める戦士である、より良い武器を手に入れるという状況は羨ましくて仕方ないらしい。そんな不満げな少女の頭を、同じ戦士であるアカマルが宥めるように撫でながら言った。
「剣は難しいからな。今はその剣を扱えてれば十分だ」
「ううー。もっとつよくなる!」
*
調査隊本部から【花園】までの道は、幸運にも魔物の気配がなく、七人はすんなりと入口へとたどり着くことが出来た。
「運が良かったねぇ、なんにも遭遇しなくて」
「そうですね。時間や体力を食わなくて済んだのは大きいです」
ダビとシアがそう話すのに、残りのメンバーも同意する。しかし、ディアンテだけは、表情が曇っていた。
「……ディアンテさん?」
その様子を不思議に思ったシアが訊ねる。すると、ディアンテは意を決したように口を開いた。
「覚えてますか?」
「何がです?」
「あなたたちが来た夜に、私が話したことです。……ディガッドに魔物が出るようになった時に、感じたこと」
ディアンテにそう言われて、シアはそれを記憶から引っ張り出した。
「ダイケホーンの向こうに、大型の植物の魔物が出た気配を感じた、という話でしょうか」
シアの記憶が確かならば、それは「同じ
「ええ。……あれと全く同じものを、【花園】から感じます。強く」
ディアンテは、【花園】の入口、漆黒の球体に視線を定めてそう言った。
「……元凶はここだと、確定したな」
フェンネルが言う。ディアンテは補足した。
「それに、予想はしていましたが、ただ大型なだけではなく、かなり強い部類です」
ディアンテの経験をもってして、強いと称される植物の魔物。それは、新米の四人には少し荷が重い可能性がある。しかし、それを聞いた新米四人の、特に前衛の二人は、目を輝かせて、肩を回しながら言った。
「敵に不足なし、いいじゃん。燃えるね」
「やった、ぞんぶんにあばれるぞー」
たとえ冒険者として覚悟を定めて生きていても、強大な敵がいると分かっている場所に向かうのが全く怖くないか、と問われれば嘘になる。だからこそ、生きて帰るための準備を十全に行う。
しかし、怖気づいたところで、「やっぱりやめます」と引き返せるわけでもなく、新米四人だって、この場で引き返すようなら、まずこんなところまで来ていないのだ。最初から、全員が前に進む選択肢しか持っていない。それなら、あとは気を奮い立たせて楽しんだ者勝ちである。
「愉快で頼もしい前衛だな、こいつら」
ランバージャックが嬉々とする二人を見ながらそう言った。ディアンテは、いつかの懐かしい記憶を頭の片隅に思い浮かべながら、「そうですね」とだけ述べる。微かに胸の奥が痛んでいたけれど、今はそれに浸る暇はない。
「じゃあ、入ります。各位準備はいいですか」
【花園】の入口前で号令を出したのはディアンテで、それに六人は肯定の意を示し、順に球体に触れていく。そして全員の視界が黒に包まれ、再び色彩が戻った頃には、誰もが初めて見る景色が広がっていた。
「なんだ、ここは……?」
真っ先にそう言ったのは、調査隊として何度もここを訪れたことのあるアカマルだった。ランバージャックも同じように呆気に取られており、また、シアたち四人も約六日前とは違う出迎えに首を傾げた。
「前と様子が変わっているんですか?」
唯一、初めて【花園】に足を踏み入れるディアンテがそう訊くと、アカマルが「ああ」と頷いて説明する。
「入口に一番近いのは、春の『花園』だったんだ。【花園】が確認されてから一年ほど、今までずっと」
「うん。おれ達が来た時も、入ってすぐにあったのは春だったし、出口も春の『花園』にあった」
ダビも補足を入れた。あの入口から正式に【花園】へ入った最新の存在は、今日この瞬間を除けば新米四人だったからだ。しかし、今全員がいるその場所は、春の『花園』ではないだけで、一見するとただ草花が咲き誇るだけの平原だった。魔物や蛮族、罠や番神といった脅威の気配もひとつもない。
「でも、……それだけじゃないな。ここは、異質だ」
特に異変を覚える景色とは思えないのに、アカマルは何かに引っかかっていたようで、独り言のようにそう呟く。
「……異質って、どういうことですか?」
聞こえたそれに不安を覚えたディアンテがアカマルに訊ねると、その横でしゃがみ込んで、咲いていた花を見ていたルアンが、あることに気付いて声を上げた。
「ここ、しきがぜんぶまざってる」
「——四季が、全部だと?」
ランバージャックが詳細をルアンに問いかけると、ルアンは「うん」と頷き、全員に向けて解説した。
「こすもすも、ふくじゅそうも、なのはなも、あさがおも。ぜんぶあって、ぜんぶさいてる」
少女が挙げたその花の名前は、すべてが同時に咲いていることなどはあり得ない組み合わせの花たちだった。そして、その中には、今までこの〝魔域〟内では誰一人見つけられなかった、夏に咲く花も含まれている。
そこまで聞けば、ここにいる誰もが、この場所が異質だとアカマルが引っかかった理由に納得せざるを得なかった。なぜなら、【夏知らずの花園】という名前の由来を知っているのだから。
「ここに夏の花があるなら、〈核〉もここにあるんですかね?」
花を見るのにしゃがみ込んで観察を始めたシアが、すぐ横で周囲を見渡していたフェンネルに対して疑問を投げる。フェンネルはそれにしばらく考えた後、否定を示した。
「——……いや。〈核〉は多分、ここにはない」
「何故、そう思う?」
すると今度は、傍で二人の会話を聞いていたアカマルが、フェンネルの否定の真意を訊ねた。夏の『花園』に〈核〉があるかもしれないことは、本部に保管されている報告書に書いてあったように、調査隊の共通認識として、アカマルたちも知っている。四季が入り乱れるこの場所は、夏の『花園』と呼ぶには些か無理があるが、夏の草花は自生している。よって、今まで顕現していたどの『花園』よりも、〈核〉に近い場所であると見たシアの意見は、調査隊の二人からも妥当な考えだったのだ。
フェンネルは臆せずに言った。
「確かに〈核〉には近づいていると思うし、それは疑っていない。……だが、ここには池がないんだ」
「池?」
「この〝魔域〟は、ある睡蓮を咲かせるために存在してる可能性が高い。なのに、睡蓮が自生するために必要な水場が、一帯のどこにも見当たらない」
「……そういえば、君が前に見たと言った幻にも睡蓮が咲いていた、な」
アカマルは、自分たちが助けられた日のことを思い出して言う。フェンネルはそれを肯定しつつ、話を続けた。
「ああ。あの後色々走り回って、幻の意味は大凡分かった。その重要参考人が、彼女」
フェンネルは彼女、と言ってディアンテを指し示し、アカマルはディアンテと目を合わせると、ひとつ自分を納得させるように頷く。フェンネルが見たあの幻影には、睡蓮を咲かせたい「人」がいた。そのこともアカマル達にはあの時一緒に話していたので、そこから辿った関係者だと彼は正しく察したのだ。
「成程。そういう理由で君が加わっていたんだね」
「はい」
「……彼女のこと、向こうの二人から、聞いてなかったのか?」
フェンネルは、向こうの、と言いながら、この四季が入り混じった場所を抜けるための道を探し回っている、前衛二人を目で示す。アカマルはそれに苦笑いで答えた。
「さすがというべきか、あの二人は着いてすぐに倉庫を開けてほしいと言って準備をして、そのあとは来るべき時に向けてしっかり休む、と寝ていたんだ。そうだな、君が着く五分前くらいまで」
「……はぁ?」
前衛二人の待ち時間の使い方にフェンネルが驚く隣で、シアも「寝てた……?」と呆れた呟きを漏らす。
「度胸があるというか、肝が据わっているというか。戦うことに全力を投じる姿勢は、同じ戦士としても、見ていて好ましいものだったけどね」
これから災厄の元凶と思われる場所に出向くという時にしっかり休めるのは、確かにひとつの才能ではある。あるのだが。
「それはさすがに緊張感なさすぎだろう!」
怒りに任せたフェンネルの叫びは、当然ながら遠くにいる前衛二人には届かず、虚しくも虚構の空に吸い込まれて消えていった。
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