特別急行

 *


「おーい。ちょっと、いいか?」

 ビアンカと隊商のリーダーを含めた七人が〝向日葵亭〟の外に出て、隊商の皆と合流した時、その後を追うように、ある人の声が飛んだ。その音に振り返り、声の主に気が付いたダビは、破顔しながら、そこにいた二人を呼んだ。

「あ、アカマルさんとランバージャックさん!」

 すると、隊商の全員がその名前に反応し、二人を見て嬉しそうに叫ぶ。

「あー! おまえさんたち、生きてたんだな!」

「ん? ……ああ! 心配をかけた、すまない」

 隊商とアカマル達調査隊はお得意様の間柄、つまり旧知の仲である。加えて、調査隊に何かがあったことも、その後に過ぎた時間も隊商の皆は知っている。アカマル達はその長い付き合いと彼らの「生きてたんだな」という発言から、彼らも自分たちの身に何かがあったこと、そしてそれを案じてくれていたことを察知したようで、まずはそのことを謝った。

「謝ってくれるな。二人だけでも生きてるのが分かってよかった」

 隊商のひとりが、苦笑いをしながら二人に応じる。今生きているのならば、それだけでもう、釣りが来るような状況だ。

「……ありがとう、そう言ってもらえると助かる」

「うん、そっちのがいい。今度酒でも奢ってくれ」

「はは、分かった。覚えておくよ。……ところで、今は取り込み中だったか?」

 二人と隊商たちの再会がひと段落ついたところで、アカマルとランバージャックは改めてここにいた全員を見渡して、そしてアカマルが誰とは指定せず、場に質問を投げかけた。その質問には、この場が出来るに至った言い出しっぺこと隊商のリーダーが答える。

「いや、俺らの勝手な営業中。この子たちを俺らで【花園】に運んでやるっていう」

「【花園】に運ぶ? なんでまた」

「昨晩からこっち、急にディガッド一帯に魔物が溢れかえったってんで、騎士団が討伐に動き出したんだ。あいつらが【花園】に着いたら、まあ、厄介だろ?」

 【花園】がちょっとした政治権力話の絡む場所であることは、調査隊の発足当初から付き合いのある隊商たちも知っている。アカマルは苦虫を十匹ほどまとめて嚙み潰したかのように、口の端を歪めた。

「否定できないのが悲しいね」

「だから、その前に事情を知ってるやつを送り込めば、まだ打てる手も選べるだろうな、と。聞いたとこによれば、今じゃこのちみっこいの達のが、調査隊よりも詳しいみたいだし?」

 リーダーの言い分を聞いたアカマルは、それに「成程な、その通りだ」と頷いた後、四人とディアンテの方へと向き直った。ディアンテのことはまだ二人には話していないが、事情があって一緒にいるということは雰囲気から読んでいたのだろう、彼女を含めた五人に向けて、短く問いかける。

「……君たちは、行くのか? 【花園】に」

 アカマルの問いには、シアが答えた。

「あ、はい。早急に向かいたいと思っています」

 すると、アカマルとランバージャックは一度互いに顔を見合わせ、何かを確認するように頷き合った。そして、再び五人の方を向くと、「頼みがある」と言った。

「頼み、ですか?」

「ああ。僕達も、【花園】へ同行させてもらえないだろうか?」

「えっ、私達はいいですけど……」

 こればかりは輸送手段である隊商の能力が関わるので、シアは隊商のリーダーへと水を向けた。彼はその視線に平気だぞ、と短く返す。

「二人増えるだけなら、二往復のままだ」

「じゃあ、よろしく頼む。……この前からずっと、君たちに頼りっぱなしで心苦しいが」

 アカマルとランバージャックは小さく頭を下げながらそう言った。

「……身体はもう、大丈夫なのか」

 やめてくれ、と言う代わりにフェンネルが体調を訊くと、二人は苦笑いを浮かべつつ頭を上げ、しかし退く気はない強い目で答えた。

「正直、万全とは言えない。ただ、戦闘には支障が出ない、……というか、出さないし、やっぱり仲間が心配なんだ。なるべく早く捜したくて」

「ん? 調査隊は【花園】で遭難してるのか?」

「おそらく、だけどね」

 隊商の一人が放った疑問にはアカマルが答え、リーダーはその答えを聞くと、場を締めるように一つ大きく手を叩いた。

「よし、なら尚更急がなきゃならねえな。全員まとめて超特急フルスロットルで運んでやるよ」

「恩に着るよ、ありがとう」

「上客と勇猛果敢な冒険者には出し惜しみなんかしてやらねえさ。全員生きて帰ってこい」


 アカマルとランバージャックが合流したことや、【花園】の目の前に直で降りるのはさすがに危険だという判断から、この飛行の目的地は調査隊本部に設定された。一度に隊商が運べる最大人数は四人とのことだったので、調査隊本部が無事か、帰っている者はいないかを確認するためにアカマルとランバージャック、そして、本部に襲撃者がいた場合に備えて、とりあえず戦力になれるダビとルアンの四人が先発隊に抜擢された。

「……ところでおれ達、いったい何で飛ぶんですか?」

 先に行く四人が決まったところで、ダビは周りを見渡しながら、ずっと気になっていたことをリーダーに訊いた。見える範囲のどこにも、人を乗せて運べそうな何かが見当たらないのだ。

 リーダーはダビのその質問に、怪しげに、そして楽しそうに笑った。

「まあ、見てな」

 そして、彼はどこからか掌に乗るほどのちいさな彫像を取り出すと、そこに括りつけられていた、親指ほどの大きさのプレートを外した。するとその彫像は、瞬く間にその大きさを変えていく。

「え、すごい! ドラゴンだ!」

 やがてそこに現れたのは、成竜にはなっているだろう大きさを誇るレッサードラゴンだった。騎獣はそのまま連れ歩くと、街で扱いに困ったり、一般人にいらない警戒心を抱かせたりすることもあるため、特殊な術で彫像にして携行するのが、騎手の常なのである。

 そして、そのレッサードラゴンを目の当たりにして、前衛二人ははしゃぎ回り、後衛二人とディアンテは慄いて、物理的に一、二歩ほど退いた。

「このレベルのドラゴンを扱える方だったんですか……? あなた方、もう建国できますよ……?」

 竜の成体ともなれば、小国ひとつくらいを簡単に制圧できるほどの力を持つ。そんな生命体を手懐けるには、当たり前だが卓越した騎手技能が必要である。ディアンテが驚きを隠せないまま言ったそれに、リーダーは軽く笑いながら応じた。

「羨望の眼差しに応えられなくて残念だが、こいつはそういうのじゃないんだ。森で死にかけてたのを偶然見つけて助けたら懐かれて、じゃあ荷運びに便利だから拾うかって」

 曰く、人慣れは初めからしていて、専有証や契約証の類は傍に見当たらなかったが、すでに騎獣として訓練を入れられていた可能性が高いという。竜は寿命が桁違いに長い生物であるから、前の騎手が不運にも死んでしまったのだろうと結論付けて、隊商の一員として招き入れたそうだ。

「この個体のベースが騎獣で人好きだったのを加味しても、かなりのことだと思いますが……」

「はは、賞賛はありがたく受け取っておく。じゃあ、説明するぞ」

 リーダーは、彼に頭を寄せてすり寄るドラゴンを撫でながら、騎乗について説明を始めた。

「乗れるのはこいつに二人、それからペガサスに一人ずつで四人だ。乗りたいのを選んでくれ」

 リーダーの横では、隊商の残り二人が、彼と同じように彫像を取り出し、ペガサスを二頭呼び出している。白い羽根が青空によく映えそうな、きちんと世話された、美しいペガサスたちだ。

 その騎乗希望調査には、ルアンとダビがほぼ同時に手を挙げる。

「ルアン、ドラゴンがいい!」

「おれも!」

 アカマルとランバージャックは特に希望はなかったようで、ルアンとダビが希望を言えば、あっさりとそれを受け入れた。

「では、僕とランバージャックはペガサスで」

「綺麗に決まったなぁ。じゃあ乗ってくれ」

 それぞれの騎手に先導されて、四人は選んだ騎獣の背に乗った。アカマルは、ペガサスに乗せてもらいながら、その騎手である隊商の一員に話しかけられていた。

「ペガサスのが若干速度が出ますから、本部の鍵開けるとかにもちょうどいいですよ」

「成程。偶然だけど、合理的だね」

 そして全員の準備が整うと、リーダーの号令を合図に、騎獣たちは大地を蹴り、青空へと飛び出した。

「行くぞ!」


 *


 〝向日葵亭〟を飛び立ってから一時間も経つと、眼下の景色が緑に染まった。そして、その緑の隙間には、蠢く影が覗いている。それも、少なくない数で。

「……うわ、ここからでも魔物の影が分かるよ。すごい量だ」

「ほんとだ。あのかずとたたかってたら、つくまえにへとへとになっちゃうね」

 ダビとルアンがそんな感想を述べると、二人の前方でドラゴンの手綱を引いていたリーダーも眉間に皺を刻んで言う。

「一週間でここまで増えるか……。植物系は生命力と繁殖力に定評があるもんだが、実際に見せられると、もはやおぞましいな」

「植物系って、みんな生命力強いの?」

「ああ。メリアが寝なくてもピンピンしてられるのだって、植物の系譜だからだ。おまえさんたちは、植物系の敵とは戦ったことなかったか?」

 リーダーにそう訊かれたダビは、ブラッディーペタルと戦った昨日を思い出し、納得した。

「そういえば、昨日遭った花みたいな敵はしぶとかった」

「うん。たぶんあれ、たたかいながら、かいふくしてた」

 ルアンも隣でそれに頷く。

「だろ。やつらは土と水と空気さえあればどこだって『自分たちの場』にできる。地面から引き剝がして空中戦でも仕掛けない限りはいつでも地の利が取れるんだから、敵に回すと厄介なことこの上ない」

 そこで、ダビはふとあることを思いつき、それを口にした。

「でも植物って、だいたい燃えやすい素材だよね。この一帯山火事にしたら、まとめて討伐できるんじゃ……」

 それを聞いたリーダーは、ぎょっとしたようにダビを振り返る。

「……できるかもしれんが、今度はおまえさんが指名手配犯でぶん殴られるぞ」

「あはは冗談です、ごめんなさい」

「なあお嬢ちゃん、この兄ちゃんはこういうことをよく言うのか?」

 隣で同じようにそれを聞いていたはずのルアンは、ダビの物騒な物言いに慣れたのか興味がないのか、特に何も言わなかった。だからか、リーダーはルアンにそんな問いかけを投げた。

「んー。まあ、ぼちぼち?」

 そして問われたルアンは、初めて調査隊本部を訪れた日に彼が取った行動——蛮族めがけて火薬の樽をぶん投げた件である——をついでに話した。それを聞いたリーダーは割と本気でドン引きした。

「……おまえさん、発想が蛮族あっち側だなぁ」

「うわー、そんなにはっきり言われたの初めて」

「きみらは、間違いなく俺が出会った中で一番愉快な冒険者だわ、うん」

 微妙な空気を纏いながらも、空の旅第一弾は順調に進んだのだった。

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