共闘
*
「エドが番人だったとして、あなたたちはこれからどうするの?」
ディアンテのその問いは、言外に【花園】の今後の処遇を訊いている。隠してもしょうがないので、シアは正直に全てを話した。
「私達は、ここまでで判明したことを騎士団に報告することになっています。ギルド支部を通して、ですけど」
「騎士団?」
「はい」
騎士団が情報収集に動いている。そのことが意味するものを、ディアンテは正しく捉え、そして表情を曇らせた。
「……どうして、今になって? 【花園】は一年前からあったのに」
「一週間ほど前から、突然ディガッド山脈で植物の魔物が大量に出るようになりました。ここで暮らすあなたも、感じるところはあったと思うのですが」
「……そうね。このあたりは本来、ブラッディーペタルなんか出ない場所だから」
「あぁ、あいつの名前、ブラッディーペタルっていうんだ」
あの禍々しい花たちの名を口にしたディアンテに、ダビが相槌を打った。
「そして、私達が【花園】を訪れたのもちょうど一週間ほど前のことですが、その時、【花園】の内部にもある異変が起きていました」
「異変?」
「内部の敵性反応です。……それまでの【花園】は、平穏安寧そのもので、足を踏み入れる者に対する敵性もなく、そしてとても綺麗だったようです。それが一週間前には、外から来る者への明確な敵意を持つ植物の魔物が出現していました。それも少なくない量で」
「でもそれは、〝魔域〟内部だけの話でしょう?」
「ええ。〝魔域〟そのものは、外の世界のことに干渉する力までは持ちません。ですが、同類相求むという言葉もあるように、【花園】内部の敵性反応に、魔物が呼び寄せられた可能性もまた、否定できません」
それを否定するためには、大量発生中の植物の魔物に事情聴取でもしなければならないが、ほとんどの植物の魔物は言語を持たない。よって、それは悪魔の証明だ。
「……そういえばこの前、ダイケホーンのもっと向こうで大型の植物の魔物が出たような雰囲気を感じたの、
そこで言葉を切ったディアンテは、一度考え込むような素振りを見せた後、強い意志の宿る眼差しでシアを見た。彼女が見ているのは、シアか、それとも。
「騎士団は、……国は、そのさらに上流に【花園】の変性があると考えている、と?」
「はい」
ディアンテの確認に、シアが頷く。騎士団が情報収集に動き出した、それはつまり、国にその場所を危険視されている、ということなのだ。
「……だけど、本当にエドが番人だったら、私はそんなことすると思えない。〝魔域〟内部だけに話を限っても。確かに選んだ手段は良くなかったけれど、私達は、……彼は、『ニーファロータス』を咲かせたいだけよ」
しばらくの逡巡ののち、ディアンテがそう言った。彼女の痛みは四人には分からないが、四人にも信じたいことはある。シアは彼女へ言葉を重ねた。
「私達もそこは信じています。……【花園】は、略奪を目論む蛮族に侵入された形跡がありました。内部の敵性については、それに対する一種の防御反応と考えています」
「……そうね。植物の魔物、だものね」
植物の魔物は、魔物とは呼ばれているが基本的に温厚な性格で、たとえ遭遇しても、手を出さなければ被害もないまま丸く収まるケースも多い。あの中で出会った魔物は【花園】の防衛を目的として召喚されているために「侵入者」に対する敵意を最初から備えていたが、しかしそれだけで、襲撃はあくまで植物の魔物よろしく後手だった。
【花園】を防衛すると一口に言っても、〝魔域〟の力を持ってすれば、もっと凶暴な生物を使役して「入ってきた奴を片っ端から全員殺す」という選択もできる。しかし【花園】は、温厚な方である植物の魔物を防衛手段に選んでいた。それは単なる偶然かもしれないが、信じたいことを都合よく信じていた方が、時に前に進む力になる。
「私達は報告を終えたら、もう一度【花園】へ行こうと思っています。イアンさんとカルカスさんが見つけた種があれば、今度は夏に入れてくれる——エドさんが顔を見せてくれるかもしれないですから」
「あら、あなたたちは種も持ち帰ってくれていたの?」
「はい、遺品だと思ったので。今は植物学に詳しい機関へ解析に出していて、持っていないんですけど」
二人が古代に咲く睡蓮の種を見つけていたことは、カルカスの手記を読んだディアンテも知っている。であれば、その中に『ニーファロータス』が含まれているかもしれないことも、分かっているのだろう。
「……二人が、あなたたちに見つけてもらえて、よかった」
ディアンテは初めて、四人の前で嬉しそうに、笑った。
*
一夜明けると、昨晩の嵐が嘘のように、空は晴れ渡っていた。【花園】のことを考えるとあまりのんびりもできないからと、四人は早朝のうちにこの場所を出発しようと決めていた。そうなると家主のディアンテも自動的に早起きになってしまうので、昨晩この提案をするのに四人は気後れしていたが、いざその話をすると、彼女は「大丈夫よ」と頼もしげに笑った。
「だって、私はメリアですから」
「……そうか、生命維持に睡眠が必要ない種族か」
「ええ。眠らなくても生きていける便利な身体よ」
というわけで、ディアンテは夜通し起きていたようで、四人のうちでも朝に強いダビやルアンが起きた頃には、朝食まで用意してくれていたのだった。
その朝食を五人で囲み食べ終えたところで、ダビが、はい、と手を挙げる。
「なんだ、ダビ」
フェンネルが指名してやると、ダビはある提案を投げかけた。
「さっき思いついたんだけど、ディアンテさんにも【花園】来てもらわない? 本当に番人がエドさんなら、ディアンテさんとは絶対会ってくれると思うんだ。それに冒険の経験も豊富だから、おれ達もちょっと心強い」
その提案が実現できたらまさに渡りに船なのだが、そうは問屋が卸さないのが現実だ。ディアンテは申し訳なさそうに肩を落とした。
「私達のことですし、協力したいのは山々なんですけど……」
「エレナさん、ですよね」
「はい」
シアの問いかけに、ディアンテは小さく頷いた。ディアンテに協力を頼めば、エレナの看病をする人がいなくなってしまうのだ。
「代わりに面倒を見てくださる方を立てようにも、このあたりには人は暮らしていませんし……、エレナはナイトメアです、簡単にはいかないでしょう」
だが、ディアンテは迷っていた。それが分かったから、ルアンは言った。
「なら、ルアンたちが、まちまではこぶ?」
「え?」
エレナの面倒を見てもらえる人がこのあたりにいないのなら、いる場所に彼女を運んでしまえば解決する。
「そうだよ。ビアンカさんに見ててもらえば安心だと思うし」
そして、街、つまりハーヴェスに運ぶことさえできれば、確かに四人には看病に協力してくれそうな伝手がある。ルアンの提案に続くように、ダビがその伝手の名前を口にした。
「……ビアンカさん、とは? どちら様ですか?」
初めて出てきた人物に、ディアンテが疑問符を浮かべる。ルアンとダビはその疑問には答えず、勝手にエレナを運ぶための準備運動を始めたので、代わりにシアが答えた。
「私達が所属するギルド支部、〝まじないの向日葵亭〟の店主です。面倒見がよくて、私達の世話もよくしてくれる、ちゃんとした優しい人です。あの人なら信頼できると、私達が断言します」
そのことを告げれば、ディアンテの纏う雰囲気がまたわずかに変化した。協力してくれる方に、その意志が傾きかけている。
「……なんの話もなく突然押し掛けてしまっては、さすがにご迷惑だと思うのだけど?」
「多分、ビアンカさんなら大丈夫です」
シアがディアンテの背を押すように、力強く頷く。しかし、そこへダビがいらない補足を入れた。
「そうそう。おれ達、こないだも勝手に二人連れて帰っちゃったけど、怒られなかったし」
ディアンテはダビの発言に目を丸くして驚いて、そしてフェンネルとシアを見る。先ほどのやり取りから、どういうことだと聞いたときにちゃんと答えてくれるのはこっちの二人だと見破られているゆえの行動であるが、丸投げされた方の二人としてはなんて言い方をするんだ、とダビに呆れるほかなかった。
「彼の言い方がアレなだけで、誘拐とか拾い癖とかそういうやばいのではないです」
「ああ、ちゃんとした人助けだった」
「で、です、よね。よかった……」
弁解が済んで、ディアンテがきちんと納得してくれたのを見届けてから、フェンネルはダビを睨み上げる。
「おい、ダビ」
しかし、彼はいつも通りに飄々としており、フェンネルの叱責もどこ吹く風だ。
「えー、だってこれくらいした方が目が覚めるでしょ、フェンネルさんとシアさんは」
「そんな爆弾で覚ましてくれとは頼んでない。そうでなくてもキミの言葉選びは時々物騒なんだから、いつか誤解か冤罪を生むぞ」
「はーい、気をつけます」
そんな二人のやり取りに、ディアンテが小さく肩を揺らして笑った。
「……ふふ」
「あ、ごめんなさい。お見苦しいところをお見せして」
シアが謝ると、ディアンテは何かを懐かしむような表情で言う。
「いえ。……愉快でいいパーティーだと思います」
そして、ひとつ息を吐くと、今度は強い覚悟を宿した目で四人を見た。
「私も腹を括るときだと思いました。あなたたちの提案に賛同、そして協力させてください」
四人はそれに頷くと、ディアンテとエレナを連れて、〝まじないの向日葵亭〟へ帰還した。
*
「ただいまー!」
ルアンが元気よく帰還の挨拶をしながら、〝まじないの向日葵亭〟の扉をくぐる。その声で一行に気が付いたビアンカは、心配そうに駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、嵐は大丈夫だった? ……あら、そちらの方は、もしかして」
そしてビアンカが四人以外の存在にも気が付くと、確信を持った声色で四人に訊いた。エレナの顔はビアンカも知っているため、彼女と連れ立った人ということで、見知らぬ人が誰であるかを推測できたのだろう。
「幻の女性と、その仲間。昨日、嵐をやり過ごすのにも世話になった」
フェンネルが答え合わせのように説明すると、ビアンカはひとつ頷いたのち、ディアンテに頭を下げた。
「それはそれは。うちの子たちがお世話になりました」
「い、いえ」
ディアンテは戸惑いながらも、その感謝を受け入れる。
「まずはそちらの方を部屋に運びましょうね。こっちへ」
「うん」
ビアンカは、エレナを背負っていたダビを手招きしつつ、ディアンテに語りかける。
「あなたは新米ちゃんたちと、テーブルでゆっくりしていて。すぐ戻ります」
「え、はい」
「ディアンテさん、こっちです」
そして、ビアンカとダビが二階へ行くと、シアはディアンテを案内しながら、別のテーブルから椅子を一脚拝借して、いつものテーブル席へと向かった。
ほどなくすると、二階へ行っていた二人も戻ってきた。そして、ダビが空いた椅子に座るのを待ってから、先に席に着いて所在なさげにするディアンテに向かって、ビアンカが切り出した。
「簡単に事情は聞きました。協力要請は新米ちゃんたちの提案でもありますし、この子たちの監督責任者として、エレナさんの看病は、こちらで引き受けます」
「いいんですか? 突然のことなのに……」
ディアンテは戸惑いと安堵が混ざった目でビアンカを見る。すると、ビアンカは嫋やかに笑って言った。
「新米ちゃんたちがこれだけ頑張ってくれているのに、私が応えなくてはギルドマスターの名が廃ります。それに、新米ちゃんたちにとっても、きっとあなたにとっても、これが最善策でしょう」
「すみません。ありがとうごさいます」
「気にしないで。……さて、新米ちゃんたち。何がどこまで分かったのかしら?」
「あ、はい」
ビアンカに促されて、四人はここまでに判明した【花園】にまつわることを洗いざらい話した。当事者であるディアンテも、細かく補足を入れていく。
「……なるほど。【花園】の番人が、彼女の仲間かもしれない、と。この一日でよく調べたわね、よく頑張りました」
ビアンカは一通り話を聞き終えると、手近にあって、かつ一番の褒められたがりなルアンの頭を撫でまわしながら感心したように言い、ルアンはそれを嬉しそうに享受していた。
「んへへ、やったー」
「ご褒美じゃないけど、こちらからもひとつ、報告があるわ」
「あ、もしかして!」
「ふふ、そうよ」
ビアンカは満足した様子のルアンの頭から手を離すと、種の入ったあの巾着袋を取り出し、ディアンテに向けて差し出した。
「種の解析が終わったのよ。だから、これはあなたが持っていて。結果は別紙で貰っているから」
「……ありがとう、ございます」
ディアンテは、ビアンカから種を受け取ると、それを大事そうに両手に持ち、目を伏せた。
(to be continued)
「……みんなの願いが、間に合いますように」
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