真相
*
シアとダビは、エルフの女性に教えてもらった〝雪煙る山茶花亭〟を訪れた。〝山茶花亭〟はバースタイルの冒険者の酒場だが、昼間の今でも店内は活気に満ちている。二人が店に入ると、常連と思われる客の何人かに気前よく迎えられ、過去にこのギルドを拠点にしていた冒険者について話を聞きたいと伝えると、客の一人が意気揚々と店主に話を通しに行ってくれた。
「待たせたな。話を聞きたいってのは、おまえさんたちかい?」
ほどなくして、身が空いたらしい店主が二人の方へとやってくる。バーテンダーも兼任する店主はリードと名乗り、その挨拶に、二人も自分たちが〝まじないの向日葵亭〟から来た者であると返した。
「私達は今、この方々を調べています。ここを拠点にしていた五人組の冒険者と聞いたのですが」
シアがリードにイアンともう一人の似顔絵を見せると、彼はああ、と思い出すように頷いた。
「イアンのやつらか。確かに二年前くらいまで、うちを拠点に冒険してたやつらだ」
「一緒にいた他四名のお名前は分かりますか?」
「イアンの隣のそいつがカルカス。で、他にはグラスランナーのエド、ナイトメアのエレナ、メリアのディアンテで五人だ」
グラスランナーとナイトメア。その組み合わせの二人に、シアとダビは心当たりがある。
「グラスランナーとナイトメアの二人って、もしかしてこの二人?」
ダビが持ってきていたもう一枚の似顔絵を見せて確認すると、その通りだ、とリードは答えた。
「そうだ、こいつらだ。おまえさんたち、随分と似顔絵描くのうまいんだな?」
「ありがとう。描いてくれた人に伝えておくね」
「ん、おまえさんたちが描いたんじゃないのか。まあそれは何でもいいが、どうしてこいつらのことを調べてるんだ?」
「少し前に蛮族の基地討伐に行ったとき、イアンさんとカルカスさんのご遺体を発見したんです」
シアがそれを伝えると、リードは痛みを堪えるように眉を顰めた。
「……そうか。それは、残念だ」
「だから、彼らの身内とか近しい人がいるのなら、このことを報せたくて」
「成程なぁ、だから知り合いがいないか訊き回ろうってことか。……ん、そしたらおまえさんたち、エドとエレナの顔はどこで見たんだ?」
「……それを説明すると長くなるんですが、いいですか?」
リードの疑問を受けてシアは、【夏知らずの花園】という〝魔域〟があること、そこで見た幻影の中にエドとエレナの二人がいたこと、その幻影とイアンとカルカスの持っていた種が関わっている可能性が高いことを説明した。リードは【花園】のことを詳しく知らなかったようで、目を丸くしながらシアの話を聞いていた。
「名前だけは聞いていたが、また不思議な場所があったもんだな。……でも、だからか?」
「何がですか?」
「最近、本当にここ一週間くらいの話だが、ディガッド山脈に植物の魔物が大量に出るって皆が言ってるんだ。もうすぐ王国騎士団が調査本部を作って、山脈に人を派遣するって噂もある」
「そういえば、キャラバンの人も突然増えたって言ってたね。やっぱ、【花園】が関係してるのかな」
ダビが隊商の話を思い出しながら疑問をこぼすと、リードはその線が濃いだろうな、と呟く。
「いくら中が綺麗で平和なお花畑だろうと、結局は〝魔域〟だからな。今まで周辺が静かだったのが不思議なくらいで、普通は悪いものを呼び寄せるぞ、あれは。現に蛮族も寄ってきてんだろ?」
「……そう言われると言い返せませんね」
だからこそ、イアンとカルカスは帰らぬ人になってしまった。
「五人について、どんな人だったかとか聞いてもいい?」
「ああ。あいつらは、仲良く元気よく冒険していたよ。最後に渡したのは宝物探索ができる遺跡の位置情報だ。魔法文明だか魔動機文明だかの頃の遺跡だったんだが、エドはそういうのが大好きで。あの時もみんな喜んで出てったし、その後何の音沙汰がないのは、『宝物探索でデカい山当てたから、しばらく冒険者業休んで羽を伸ばそう』くらいのもんだと思ってたわ」
「そうなんだ」
リードの話を全面的に信用するのであれば、五人が不仲で解散したとは考えにくい。しかし、彼らは別々に行動していた。それは疑いようのない事実である。
「別の方から、五人のうちの一人は今でもこの辺りで見かけると伺ったのですが、その方がここに来ることはありますか?」
別行動に至った理由が何なのか。その真相を調べるにあたって、今のシアとダビが持つ手がかりは、あのエルフの女性が言っていた『一人』の存在のみである。
「ああ、ディアンテか。さっきも言った通り店には来てないが、その辺歩いてるのはたまに見るぞ」
「ディアンテさん……、メリアの方だね」
「おう。……ん、いいところに」
その時リードは不自然に話を止め、二人の後ろ、店の出入口の方向に視線を向けた。
「?」
視線の先が気になってダビが振り向くと、時を同じくして客の入退店を知らせるドアベルが軽やかに鳴る。
「いらっしゃい。ちょうどいいところに来たな、おまえら」
ドアをくぐってやってきたのは、冒険者風情の二人組だった。
「あ、こんにちはー。どうしました?」
そのうちの一人、ドワーフの女性がリードの挨拶に返事をする。
「おまえら、エドたちと仲良かったよな?」
今度の問いかけには、もう一人、リルドラケンの男性が答えた。
「懐かしい名前っすね。まあそれなりには」
「この兄ちゃんたちが、あいつらのことを調べてるらしいんだ。協力してやってくれないか?」
「ん? ああ、どうも。はじめまして?」
兄ちゃんたち、と示されて初めて二人はシアとダビに気が付いたようだった。
「うん、はじめましてー」
ダビがそれに軽く返すと、ドワーフの女性も軽く応じてくれた。
「よろしくねー」
「じゃあ、後は頼んだ」
リードは二人とダビとシアを引き合わせると、その場を去っていった。ギルド支部を取り仕切る立場にある人は、基本的に多忙なのだ。
「で、えっと、なんだったっけ。きみたちはエドたちのことを調べてる、であってる?」
「はい」
男性の確認に、シアが頷く。
「そもそも、なんでエドたちのことを?」
「私達が請けた依頼の中で、イアンさんとカルカスさんの遺体を見つけたんです」
「……そうだったんだ」
人の訃報の伝達は、言う方も言われる方も気分が良いものではない。シアの言葉に、二人も悲しそうに眉を顰めた。
「すみません、暗い気分にさせてしまって」
心苦しくなってしまったシアが謝ると、男性は気丈に首を横に振った。
「いやいや、きみたちが謝ることじゃない。……なら、うん、ディアンテに伝えてやらないとね」
「そうね」
「え、二人はディアンテさんの居場所知ってるの?」
ダビが驚いて発したその問いには、女性が答えた。
「ディガッド山脈の麓に住んでいてね、今は一週間に一度くらいの頻度で街に来るの。つい二日前に来たばかりだから、今は麓の方にいるでしょうね」
「その場所の詳細はご存知ですか?」
シアが重ねて女性に訊ねる。
「んー、ウォルタ川渓谷のちょっと手前くらい、ってことくらいしか知らないわ。でもあんな場所、人は滅多にいないから、行けば分かると思うわよ」
ディアンテは、そんな人里離れた場所で、おそらく一人で暮らしているという。
「なんでそんな場所に……?」
それを聞いて、ダビは不可思議な顔で腕を組みながら言った。彼は人との交流を楽しむ気質があるからか、基本的に賑やかな場所が好きであり、わざわざ人のいない場所を選んで暮らすという考えに及ぶことがない。その機微についても、彼女は答えてくれた。
「まあ、彼女はメリアだから。緑が多い場所の方が落ち着くのかもしれないし、物珍しい目で見られることに、ちょっと疲れてしまったのかもしれない」
そして、その機微に心当たりがないこともないシアにとって、それは些か痛い話でもあった。
「あー……。あり得なくは、ないですね」
シアが共感を述べると、ダビが今度は気遣うように問うた。
「あれ、シアさんもそういうの、経験あるクチ?」
「若干、ですかね。まあでも、私は楽な方ですよ。ナイトメアですから」
ハーヴェスは他国との交易が盛んであることや、人数の多寡はあるにせよ、さまざまな種族がごった煮となって暮らしていることが作用してか、異文化にも寛容な国である。しかし、寛容であるというだけで、『違うもの』に対する蟠りが全くないわけではない。
むしろ、表面では「差別はしない」と好意的に受け止めながらも、陰で『違うもの』と線を引くパターンは、メリアのような希少種族にこそ起きやすい。ナイトメアは初めから人々に忌避される代わりに、そういうまどろっこしい腹の探り合いとは無縁でいられる。
「でも、皆がここに顔を見せなくなっても、ディアンテは普通に生活してたから、皆そうやって休んでるだけだと思ってたんだ。それがまさか別々に動いてて、ましてやイアン達は亡くなってたなんてなぁ……」
「仲違いするような気配もまるでなかったものね。……なんて、外から見てるだけの私みたいなのが、彼らの人間関係に何を言ったところで眉唾なんだけれど」
「……そうですね」
ただ外から見ているだけでは、人がその内に抱えたものを知ることはできない。知ろうとする意志と覚悟の元、時には暴力的にでも踏み込まないと見えないものは、どんな人にも必ずある。
暗くなってしまった雰囲気を打ち破るように、うん分かった、とダビは明るく言った。
「話してみなきゃ分からないなら、話してみるしかないね。ディアンテさんのとこ行こう、シアさん」
彼の切り替えの早さと、その朗らかさは才能である。
「はい。……お話聞かせていただいて、ありがとうございました」
シアは二人に頭を下げる。辛気臭くならないようにか、二人は笑って応えてくれた。
「いえいえ」
「諸々落ち着いたら、またここに来てよ。その時は、イアンとカルカスに献杯しよう」
「うん、必ず」
ダビは二人とそんな約束を交わし、そして二人と別れて〝雪煙る山茶花亭〟を後にした。
「ディアンテさんのところは、みんなで行った方がいいかな?」
「魔物のこともありますし、その方がいいでしょう。一旦戻って中間報告をするにはいい時間だと思いますし」
ディガッド山脈は今、植物の魔物が大発生している。ディアンテの暮らす場所まで魔物の手が迫っているかは分からないが、仮にそうであった時のことを考えると、人手はあった方が良い。
「そうだね、戻ろう」
*
そうしてシアとダビが〝まじないの向日葵亭〟に戻ると、先に戻っていたルアンとフェンネルに出迎えられた。
「ふたりとも、おかえり~」
「ただいま戻りました」
「あれ、ビアンカさんは?」
ダビが無人のカウンターを見て、先にいた二人に訊ねる。その疑問にはルアンが答えた。
「ちょっとようじでおでかけだって。だからルアンたちがおるすばん」
「そっちはどんな感じだ? こっちで聞けたことは整理して、書き出してみたんだが」
「あ、じゃあそこに書き加えましょうか」
いつものテーブルに座ると、そこにはすでにフェンネルたちが情報整理をしたらしい紙が置いてある。
「わ、すごい。この人たちのことも睡蓮のことも、ほとんど分かってる」
「神殿には知識人が多いからな。そっちは?」
「五人の名前と、あと、その中の一人の居場所を聞けたよ」
ダビは、フェンネルが情報をまとめておいてくれた書類に、五人の名前を書き足した。
「このディアンテさんが、今はディガッド山脈の麓に住んでるんだって。だから、次はこの人に話を聞きに行きたいんだけど、魔物のこともあるからみんなで行く方が良いと思って」
「ああそうか。増えてるんだよな、植物の魔物」
「うん。リードさんの話では王国から調査隊を立てるかもってことだから、けっこう大事になってきてる可能性がある」
「……誰だ、そのリードって」
「五人が拠点にしてたギルド支部のマスターです」
シアが補足を入れたちょうどその時、扉が開く音がした。ビアンカが〝まじないの向日葵亭〟に帰ってきたのだ。
「あ、おねーさんおかえり!」
「ただいま、お留守番ありがとう。……あら、皆お揃いなのね? いいタイミングだわ」
「私達に、何か用事が?」
「ええ、あの手記の復元が終わったのよ。こっちが現物と、あとは、復元してくれた錬金術師の厚意で、中身から気になる記述を抜粋してくれたの。それがこの紙ね」
ビアンカはいくらか綺麗になったあの手記と、それとは別に一枚の紙を四人に渡した。
「睡蓮の種の方は、どうなっていますか?」
「そっちはもう少しかかるみたい。非破壊検査しかできないっていう制約もあるけれど、何より種の数がけっこうあったから」
たかが睡蓮の種といえど、あの種は【花園】調査に重要な物証、かつ彼らの遺品であるため、破壊を伴う検査は最終手段だ。そうでない検査となると、植物学に造詣が深い者の目視による選別や、【アナライズ】による内部解析などとなるが、それを種のひとつずつに行えば、当然時間はかかってしまう。
「分かりました、引き続きよろしくお願いします」
「ええ、進捗が来たらすぐお知らせするから」
ビアンカは四人にそう言い残すと、カウンターの中へと戻っていく。フェンネルは、彼女から受け取った手記の抜粋に目を通した。
「……二人は『ニーファロータス』を探していたんだな」
そこには、『ニーファロータス』という単語がよく登場していた。『ニーファロータス』が古代に咲いていた睡蓮の一種で、現代でこの花を探すなら古代の遺跡や、それを吞み込んだ〝魔域〟を訪れなければならないということは、手記を復元した錬金術師が補足情報として書き足してくれていた。
「そして見つけた古代の睡蓮の種、が、あの袋の種だった……」
資料を横から覗き見ていたシアが言う。
「みたいだな」
手記の抜粋によると、彼らの持ち帰った種は、魔動機文明時代に作られた魔動巨人兵の内部遺構にあったもののようだった。遺構の中に、何種類かの睡蓮の種が大量に入った箱があり、その傍には『これらの花からは、様々な薬効を得られる』と書かれた手記もあったという。
二人はその薬効を信じて種を持ち出し、そして育てようとした。きっと、エレナの治療のために。
「あれ、それなら『ニーファロータス』の種があるかはまだ分からないってこと?」
種の袋の中には確信めいた手紙が入っていたが、この手記の内容を読んだ限りでは、探していた種が見つかったとは、断定できない。ダビが疑問を口にすれば、フェンネルが頷く。
「そういうことになるな。この手記の感じでは、遺構にも『薬効がある』以上の説明はなかったようだし」
「でも、〈薬効があるとされる古代の睡蓮の種〉を見つけたなら、二人の目的は達成できていたかもしれないですよね」
エレナを治療できるかもしれない方法の鍵は、『それが古代のものである』『標準療法ではない治療法』の二つであり、彼らが持ち帰った種はその条件に合致している。
「そっか、ならあの手紙にもなるね。……けど、そもそも『ニーファロータス』って、どういう花?」
ダビが発したそれは尤もな疑問であった。先に睡蓮のことを調査していたルアンとフェンネルも、さすがに特定の品種の詳細までは調べていないため、答えられない。
「ディアンテに会いに行く前に調べるか、それ」
「あ、それがのってるほん、あった。おぼえてる」
「……やっぱキミ、時々怖いよな」
「ええー、なんでえ」
ルーンフォークは見た目の年齢を重ねないため、子供の姿をして博識であること自体は珍しいことではない。しかし、ルアンの場合は普段の言動をわざと外見に寄せているため、不意にその実年齢分の経験によって蓄積された面を見せられると、驚きというよりは、恐怖に近いものを覚える。
「何でもいいですけど、ディアンテさんのところに行くなら、早く行った方がいいんじゃないですか?」
「まってシアさん、なんでもいいってひどくない?」
「だな。山は陽が落ちるのが早い、向こうに着いたときに暗いのは危険だ」
「むしされた!」
拗ねるルアンはダビが宥めつつ、善は急げと四人は再び外に出ようと準備をし始める。
「ディアンテの居場所、詳しいことは分かるのか?」
「ウォルタ川渓谷の手前くらいだろうってことまでですね。でも、人が住む場所じゃないから行けば分かるだろうと」
「……成程。まあ、ダビが居ればどうにかなるか」
「はい」
この四人の中でという狭い話ではあるものの、山を歩かせたら、彼の右に出るものはいない。
「ビアンカさん、おれ達ちょっと出てきます」
ダビがビアンカにそう声をかけると、ビアンカは少し目を丸くしたのち、心配と信頼が半分ずつ、という表情で四人を見た。
「あらあら。もうじき陽も傾く頃合いだから、気を付けるのよ?」
「うん、ありがとう」
「むちゃはしない。いってきまーす!」
「はい、行ってらっしゃい」
四人はビアンカの声を背に受けながら、〝まじないの向日葵亭〟を後にした。
「そういえば今夜って、嵐の予報じゃなかったかしら……?」
そして、四人が出かけて静かになった店内で、ビアンカは思い出したようにそう呟いたのだった。
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