奔走

 *


 それは、シアとダビが三軒目に訪れた、冒険者ギルド支部兼酒場でのことだった。

「あら、このひと。見たことあるわよ」

 まずは確実に冒険者である二人を捜そうと、戦士と偵察士の似顔絵を見せて回っていた二人にそう言ったのは、酒場の常連だというエルフの女性だった。

「知り合いですか?」

「知り合いってほどじゃないけど。イアンに似ている気がするわ」

「イアンさん」

 ダビが名前を復唱しながら、似顔絵の傍にその名前を書き記した。

「こちらの方は分かりますか?」

 シアが偵察士の方を示して訊ねると、女性はうーん、と首を傾げる。

「よく一緒にいたような気もするけど、こちらの方はあんまり覚えていないわ、ごめんなさい。この二人がどうかしたの?」

「ええ。……実は、この二人の遺体を発見しまして」

「……あら、それは……」

 シアが二人を知った経緯を話すと、エルフの女性は沈痛な表情を見せて、足元に視線を落とす。

「だから、二人が帰るべき場所に帰れるように、近しい人を捜しているんです。イアンさんについて、他に知っていることはありますか?」

「そうね……。五人で組んで冒険していたっていうのは聞いたことがあるわ。でも、私が知っていることはそれくらいしかないわ、ごめんなさいね」

 重ねて問えば、女性は視線をシアとダビに戻しながら、申し訳なさそうにそう言った。

「いえ、十分手がかりです。ありがとうございます」

「何年か前を境にめっきり顔を見せなくなったから、もうどこか遠くに拠点を移したとばっかり思っていたわ。……こんな再会は嬉しくないわね」

「なんか、こんな話を持ってきちゃってすみません」

 ダビがその罪悪感から謝ると、エルフの女性は慰めるように笑った。

「あら、あなた達が謝ることじゃないのよ? 冒険者を長くやってれば、こういうのも嫌でも慣れるわ」

 冒険者として研鑽を積めば積むほど、冒険者は大きな危険を伴う場所にも訪れるようになる。いつまでも生死の賭けがなくならないまま生きていくしかないのが、冒険者という道を選んだ全ての人の運命である。

「あ、そうだ」

 二人がそろそろお暇しようと思いかけた時、エルフの女性が何かを思い出したように声を上げる。

「どうしました?」

「彼らと一緒にいたうちの一人は、たまにこの辺りで見かけるらしいわよ。私も人伝に聞いただけだけど、冒険者をやってるというよりは、ただ普通に生活しているみたい」

 あの二人はここに顔を見せなくなった後も、冒険者であり続けていた。しかし、彼らと一緒に冒険していた残り三人のうち一人はこの辺りにいて、そして冒険者をしている素振りがない。それはつまり、少なくともここ最近は、一緒にいなかったということだ。

「……五人は解散してたのかな?」

「まだわかりませんね。その一人を見つけて話を聞けたら早いんですけど、さすがにまだ情報が足りませんし」

 女性が思い出してくれた事実を受けて、二人は小声でそんな会話を交わしたのち、シアはもう一つ聞いていいですか、と女性に訊ねた。

「彼らが窓口にしていたギルド支部はここだったんですか?」

「ああ、それはまた別のところよ。といっても、ここから歩いてすぐのところで、〝雪けぶる山茶花亭〟っていう名前の」

「ありがとうございます」

「協力できたなら何よりよ。あの二人が、ちゃんと弔ってくれようとする人に見つけてもらえて、よかったわ」

 気を付けて、と手を振りあって女性と別れた二人は、教えてもらった〝雪煙る山茶花亭〟へと向かった。


 *


「しんでん、ってあれじゃないの?」

 キルヒアの神殿へ向かう道すがら、その通りに面して建つ荘厳な雰囲気を湛えた石造りの建物を指さして、ルアンが言った。

「あれはライフォスの神殿。信仰する神が違う」

 フェンネルが、神殿ではあるが目的地ではないと説明すると、少女は不思議そうに首を傾げた。

「かみさまって、なんにんもいるんだ?」

「ああ、キミはそうか……」

 ルーンフォークは、神の声が聞こえない。その存在を感覚で知覚できない者にとっては、この世界に神という存在がいることまでは理解できても、『神』が何柱もいるということを理解するのは難しいかもしれない。この世界にいるとされる神様という存在は、信者の少ない小神マイナー・ゴッドを含めると、把握しきれないほどの数になる。

「とにかく、目的地とは違う神殿なんだ、あれは」

「でも、なんかいっぱいひとがいるよ? よってこうよ」

 始祖神と呼ばれるライフォスは、信仰者の多い古代神エンシェント・ゴッドの中でも、信者が二番目に多い神である。したがって、神殿への人の出入りも多く、情報収集をするのであれば行っておいても損にはならないところではある。

「……分かった、寄るか」

 二人は、ライフォスの神殿に立ち寄ることにした。


「この四人の誰かが、ここを訪れたことはなかったか?」

「そうですね……、申し訳ありませんが、見覚えがありませんね」

 神殿に訪れる人のことを一番よく知っているのは、神殿に勤めている神官である。二人は神官に人捜しをしている旨を伝えて、似顔絵を見せて話を聞いてみたが、今回は空振りに終わったようだ。

「それにしても、すごくたくさんひとがいるね」

 神殿という場所に初めて足を踏み入れたルアンは、そんな感想を述べた。すると、その感想を聞いていた神官が、ルーンフォークであるルアンに向けて、神を信じる人の暮らしを大雑把に解説してくれた。

「かみさまって、おいのりやねがいには、こたえてくれるの?」

「いえ、明確に答えを授けてくださることはありません。あくまで、私達の一方通行、とでも言いましょうか」

「……じゃあ、なんでしんじていられるの?」

「信仰という行為に、答えは必要ないからですよ」

 神官は、凪いだ海のように落ち着いた声で話を続ける。

「何かを信じる。願いを託す。それは、本来一個人の勝手です。我々のような神官は神の声を聞く者と呼ばれますが、だからといって預言者のように、神の言葉を代弁することもできません。そもそも、神は答えませんから」

「神聖魔法も、『決まった手順を踏んだ場合は、神がそれに応じた効果を与えてくれる』ってものだからな。術者の個別の願望を聞き入れてくれてるわけじゃない」

 フェンネルも、少しだけ補足を入れた。

「信仰に答えなんてないんですよ。神様だって知らないんですから。だから、気に病まないでいいんです、あなたも。その小さな背中に、無理してまで背負わなくていいんです」

「……ばれてた?」

「詳しくは分かりませんが、訳ありだろうな、ということくらいは」

 少なくとも、訳がないルーンフォークは信仰に興味を抱かないし、ましてやどうして信じていられるのか、なんてことを神官に直球で聞きません、と言われれば、ルアンも自分の迂闊さを認めるしかない。

「あちゃー」

「……どうせなら、ここで全部吐いてけば」

 やってしまった、という顔をしながらとぼけるルアンに対して、フェンネルはそう呟いた。

「へ?」

「ボクはあっちの方で聞き込みしてくる。別行動だ、ついてくるなよ」

 そう言うと、フェンネルはルアンの返事も待たずに似顔絵をすべて持って、さっさと歩いて行ってしまった。絵を持っていかれてしまっては、ルアンひとりで聞き込みはできない。

「そとぼり、うめられちゃったなぁ……」

 あからさまで不器用、かつ強引なやり方ではあるが、フェンネルは、ルアンの逃げ道を塞ぐという目的は完遂した。その点でも今この状況はルアンの負けで、それは、全てを目の前で見ていた神官にも伝わっていた。

「……あの方なりに、心配していらしたのでしょう。話したいなら、聞きますよ」

「じゃあ、きいてください」


 何故ルアンは生かされているのか。少女の身の上話を聞き終えた神官は、その問いに対してひとつの仮説を渡した。

「あなたのおばあさんは、あなたを守りたかったんじゃないのでしょうか?」

「……まもる?」

「培養液を強奪していったとき、そこにルーンフォークのあなたがいたのでしょう? であれば、新たなルーンフォークを生むために、蛮族はあなたの身体も奪うと思うのです」

 ルーンフォークを新たに生み出す際は、培養液の他に、ルーンフォークの身体の一部を供与する必要がある。そして、その身体と培養液には相性があり、使用する培養液から生まれた過去のあるルーンフォークの身体を使う方が、不備のない個体が生まれる確率が上がる。蛮族が欲しがっていたのは即戦力なので、製造過程に不備は起きない方がいい。

「私の勝手な推測ですけど。あなたはきっと、蛮族の侵入に抵抗したけれど、戦いに不慣れで命を落とした。その時あなたの家族は、あなたまで奪われるわけにいかないと抵抗して、そしてなんとか守り切ったのでしょう」

「……」

 ルアンは何も言わないまま、自分の右手に嵌まる指輪に視線を落とした。神官はその様子に慈しむような笑みを向けながら、話を続ける。

「だけど、きっと二度目の奇跡は起きないと悟った。もう敵に場所は割れているから、仲間を呼ばれたら太刀打ちできない。歳も歳だったご家族は、あなたを抱えて遠くへ移動するだけの体力も残っていなかった。だから、あなたが自分の足で逃げられるように、あなたの目を覚ますことを選んだ。自分たちの存在が足枷にならないよう、その命と引き換えに」

 少女の名前の由来でもある青緑色の右目から、滴が一粒零れ落ちた。それはやがて、頬に筋と、足下に滴の痕を作る。ルアンは自分が泣きたかったのだということに、今さらになって気がついた。

「自分たちが愛したあなたのことを、ひとかけらだって誰かに、ましてや蛮族になんて、渡したくなかったのではないでしょうか」

「……なに、それ、じぶんかって」

 しばらくの無言の後、ルアンが震える声でついた悪態に、神官はただ微笑んだ。

「そうですね、自分勝手です。でも、それが信じるということですし、あなたのご家族は、あなたを信じたから、この世界に希望を見て去ることができた。私はそう思います」

「ううー……」

 ルアンは流れる涙を止められず、神官はただ泣きじゃくる少女の様子を、慈愛の眼差しで見つめていた。

 そんな二人の様子を、フェンネルはただ遠くから見守っていた。

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