あなたはだあれ

 *


「ねえねえ。あのひとたちのともだち、さがさない?」

 ビアンカがカウンターや外を行き来しながら、遺品の解析依頼のために再び事務作業を進めていた時、突然そう切り出したのはルアンだった。じっとしているのが退屈で嫌だと、その顔に大きく書いてある。

 フェンネルはため息をつきながら、少女を宥めた。

「そうしたいのは山々だが、人間の戦士と偵察士の冒険者なんて、このハーヴェスだけでも掃いて捨てるほどいる。だから、遺品の解析結果を待つ以外には、手の付けようがない」

 腐敗した遺体は、一部の骨が露出していたほどの見るに堪えない姿だったため、当然、人相などは分からない。手がかりは、彼らが戦士と偵察士のようであることと、骨が人間のものだったことと、そして持ち帰った遺品の三つのみである。この状況で遺品以外の情報から彼らを特定したり、ましてその知り合いを捜索したりするのは不可能に近く、だからこそ遺品の解析を依頼したのだ。

 しかし、フェンネルの指摘もどこ吹く風で、少女は言う。

「あのひとたちのにがおえ、つくればいいじゃん」

「はぁ?」

 待て待て、とフェンネルは呆れて制止する。二人と一緒に遺体を見ていたダビも、いくらなんでもそれは無理だという表情でルアンを見た。

「あの状態からどうやって顔を描くっていうんだ。半分は腐って融けかけた死肉、半分は骨だったんだぞ」

「うわぁ……」

 唯一遺体の詳細を見ていなかったシアが、フェンネルのおどろおどろしい説明に小さく悲鳴を漏らす。そんな中、ルアンは小首を傾げて宣った。

「ふくがん、ってしらない?」

「ふくがん……、あ。もしかして、復顔ですか?」

 変換する漢字の正解に辿り着いたシアが確認すると、我が意を得たり、とルアンは頷く。

「そう。ほねから、かおをすいそくするやつ」

「え、ルアンさんはそれが出来るの?」

 ダビが目をぱちくりさせながらそう訊けば、ルアンはこともなげに肯定した。

「できるよ。おじいちゃんに、おしえてもらったから」

 ルアンはビアンカに頼んで白紙と鉛筆を貰うと、悩む素振りひとつ見せずに、顔の骨格めいたものを描き始めた。

「……キミ、あの二人の骨を覚えてるのか?」

「だいたいね。どんなかおだったのかなってかんがえながら、ながめてたから」

 少女は何でもないように、その顔に似合わないことを言ってのけた。やはりこの少女は時々、抱えるものが計り知れない。


 やがて、ルアンが「できた」と鉛筆を置くと、そこには二人の青年がいた。出来上がった似顔絵を見た三人は、ただ呆然とするほかなかった。

「すごい、ちゃんと個人が特定できそうな顔になってる……」

 特に、戦士と思われる青年の方は、目鼻立ちがしっかりしていて、いわゆる美丈夫と呼ばれる類の顔であった。これなら、覚えている人も見つかりそうである。

「あれくらいのくさりぐあいなら、かみのけがのこるから。かみがのこるのは、ふくがんするうえでおおきいよ」

「そうなんですか?」

「うん。ほねからわかることは、げんかいがある」

 骨からの復顔というのは、膨大な過去の調査結果に基づいて、あくまで推測として行われるものである。そのため完璧に故人の顔を再現することは不可能で、故人を捜すために復顔を行う場合は、骨以外から分かることこそが大きな手がかりなのだ。

「残っているものがあれば、それは確かに故人の特徴、ということですね」

「そーゆーこと!」

 肉体よりも腐食に強く、今回も物証として残っていた髪の毛というパーツは、人の目につきやすく、同時に個性が現れ、結果として印象に残りやすいパーツでもある。これが現場に残っていたのは幸運だった。

「これがあれば、さがせるでしょ? ともだち」

 ルアンは、はやく捜しに行きたい、外に出たい、と言わんばかりの期待のまなざしでフェンネルを見る。

「捜せる、けど……」

 フェンネルは歯切れの悪い返事をした。似顔絵ができたからといって、今この状況で勝手に四人が動き回っていいものかが分からなかったからだ。


 そんな時、ビアンカが再び四人のもとへとやってくる。そして開口一番、こう言った。

「君たち、依頼です。調査しましょう」

「へっ?」

 突然の命令じみた提案に、渡りに船だと少女は喜び、そしてシアに諫められていた。

「やったー! おそと!」

「ルアン、静かに」

「あっ、ごめんなさい」

 ビアンカは、そのやり取りを微笑ましげに見守ったのち、一拍置いてからその詳細を話し始める。

「調査隊の皆の捜索をね、王国騎士団の方に頼んだの。そうしたらさっき伝令さんが来て、捜索は承るが、対価として【花園】のことを分かるだけ教えろって言われちゃって」

「王国直属のくせに、やることがケチくさい……」

 ビアンカの話を受けてそう言ったのはダビで、シアがそれに真面目に訂正を入れた。

「【花園】調査隊に国が関与しているって話も噂レベルのもので、一応全くの他人ですから。金品を要求されなかっただけ優しい方です」

「民間から税以外の名目で金品要求してたら、そっちの方が大問題だが……?」

 フェンネルの突っ込みは、ダビとシアの二人には聞き流された。ビアンカもそれらにはかまわず話を進める。

「でも、君たちから聞いたことだけではまだ分からないことだらけでしょ? だから、現状判明していることは報告できる水準にないので、報告するなら追加調査が必要です、と進言して、予算をつけてもらいました」

「予算」

 突然の堅苦しい単語にダビが怯み、その単語だけを鸚鵡返しすると、ビアンカは人の悪い笑みを浮かべて言った。

「お役所仕事はこちらから交渉しないと、出すもの出してくれないですから」

 さすがは冒険者の宿の店主、やることに抜かりがない。

「ということで、この調査を、私から君たちへの依頼という形で発注します。報酬は一人千G、ただしこれは調査費用でもあるので、今ここで支給。……請けてくれる?」

「はい、それは勿論」

 代表してシアが頷く。

「よかった。ということで君たちには今から、【花園】と番人に関連している可能性の高い、三つのことを調査してもらいます」

 ぴ、とビアンカが三本指を立てると、シアもまた指で数えながら三つの調査内容を順に述べた。

「青年と女性は誰なのか、青年が睡蓮の花を咲かせたい理由、睡蓮の種を持っていた冒険者の身元、ですね?」

 二人の手の形が同じになったところで、ビアンカはよくできました、と笑った。

「ご名答。だから、君たちにはまず、これを授けます」

 ビアンカは、テーブルにレザーネックレスのようなものを四つ置いた。そのペンダントトップは、文字が刻まれた真鍮の板である。

「これは……?」

認識票ドッグタグ、とでも言いましょうかね。君たちがこの〝まじないの向日葵亭〟に所属する者だと証明するものよ」

 レザーネックレスのひとつを手に取り、板に刻まれた字を確認したダビが嬉しそうに声を上げる。

「あ、これ名前彫ってある!」

「ふふ、認識票ですからね」

 その板には、それぞれの名前と、〝まじないの向日葵亭〟所属の旨が彫られている。四人は、自分の名前が彫られたそれを手に取り、首から提げた。

「冒険者って、みんなこういうの持ってるものなの?」

「それは人によるわね。ギルド支部にも色々なやり方があるし、冒険者にしても、どこか決まった拠点を持つ人もいれば、持たない人もいるから。うちの場合は、みんなに何かがあったとき、最期に帰りたい場所に帰れるように、これを渡すようにしているってだけ。だから、特にそういう配慮がいらないって人は、渡しても突き返してくるし、痕跡を全部消して別のところに行きたいってときにもやっぱり返却されるわね」

「へぇ~」

「本当はこんなついでじゃなくて、ちゃんとした感じで渡したかったんだけれど。……貰ってくれるかしら?」

「そんなの当たり前じゃないですか。嬉しいです」

「うん、うれしい!」

「真鍮なのがかっこいいね。おれは好き」

「……まあ、動き回る以上、身分証明手段があるに越したことはない」

「よかった」

 四人が受け取る意思を見せると、ビアンカが安心したように笑った。

「これがあれば、君たちの身元は証明されるから、調査もきっとやりやすいと思うわ。同時に〝まじないの向日葵亭〟の看板も背負ってもらうことになるから、そこは心に留めておいてほしいのだけれど」

「はい。変なことはしません」

「しません!」

 シアとルアンが続けざまに、ビアンカへと宣誓する。

「ふふ、よろしい。それから、今回の報酬がこっちです」

 ビアンカは今回もまた、四人分の報酬を合算して麻袋に入れたものをテーブルに置いた。すっかり会計係が板についたフェンネルがその中身を確認する。

「……はい、四千G。確認しました」

「よし。三つの調査、お願いね」

「はーい!」


 *


「フェンネルさんが見た二人も似顔絵描かない? そしたらフェンネルさんと別行動してても聞けるからさ」

 ダビがそう言ったのは、誰がどの調査をするためにどこへ行くか、を四人で話し合っていた時だった。フェンネルが見た二人は種族に特徴がある二人なので、似顔絵がなくとも捜し出せる可能性はあるが、ないよりはあった方が捜索しやすいのもその通りである。

 フェンネルは、それに苦い顔をしながら答えた。

「……描けないけど、絵なんて」

 すると、ルアンがはーい、と元気よく手を挙げる。

「じゃあ、ふたりのとくちょうをおしえて? そしたらかわりに、え、かくよ」

 そして、言うが早いが少女はビアンカに新しい紙を強請る。ビアンカは当然頷き、すぐさま新しい紙を持ってきてくれた。

「ルアンさん、そんなこともできるんだ? すごいね」

「似顔絵捜査官ルアン、ですね」

「えっへん」

 そんなやり取りを経て、フェンネルとルアンが青年と女性の似顔絵を作っている間、ビアンカはカウンターには戻らず、シアとダビにアドバイス、と称してある話をした。

「ひとつ補足。グラスランナーは、冒険者でもない限り、そもそも他人と交流を持つことが少ない種族よ。だからあとの二人も冒険者と仮定した方が、話が早いと思うわ」

「ナイトメアは言わずもがなですもんね」

 女性と同じ種族であるシアには、思い当たる節がある。この社会は、生まれながらに穢れを持っているナイトメアには少し厳しい。

「だとすると、この辺の冒険者の宿や酒場を回るといいかな? この二人か、もしくはあの二人が拠点にしてた場所が見つかるかもしれないし、そうでなくても、知り合いがいるかもしれないもんね」

「ですね」


「にがおえできたよー」

 待つことおよそ二十分で、青年と女性の似顔絵も完成した。

「あ、そうだ。これの複製って」

 ダビがビアンカに問いかけるように仰ぎ見れば、意図を先回りしたビアンカは任せて、と頷く。

「一分待ってくれれば出来るわよ。複製するのはこれだけでいい?」

「あ、こっちも!」

 ルアンが先ほど描いた絵をビアンカに渡す。あの遺体の二人についても手分けして捜すなら、似顔絵の枚数が必要だ。

「枚数はどうする? ひとり一枚持ちたい?」

「単独行動はしない気がするから、二人で一枚あればいいかも」

「承りました。ちょっと待っててね」

 捜すべき四人の似顔絵を受け取ったビアンカは、カウンターへと戻っていく。その間に、フェンネルが見た二人の似顔絵を描いていた時に、ダビとシアの方で出ていた案を、フェンネルとルアンにも共有した。

「亡くなった二人は勿論なんだけど、フェンネルさんの見た二人もきっと冒険者だと思うんだ。だからとりあえず、このあたりの冒険者の宿を回ろうかなって」

「なるほど。……ボクは、キルヒアの神殿に行きたい」

「神殿?」

「あの女性がどうして体調を崩しているのかを知りたい。文献を引けば、なにか分かるかもしれないから」

 キルヒアの神殿には、キルヒアが賢神と呼ばれるだけあって、全国各地から常に知識が集積される。調べ物をしたいなら、これ以上に適任の場所はない。

「じゃあ、冒険者の宿を回る組と、神殿に行く組に分かれましょうか。神殿も多くの人が集まる場所ですし、聞き込みも同時に出来ますよね」

「……だな。そうするか」

「私は神殿にはちょっと行きづらいので、冒険者の宿の方に行きたいんですが」

 シアは申し訳なさそうに言う。ナイトメアという種族と社会で一番相性が悪いのは、神殿にいる非冒険者の信者である。フェンネルもそれは知っているので、その希望は当然だと受け入れた。

「ああ。ルアンとダビはどうしたい?」

「おれはシアさんについていきたいかな、楽しそうだし。ルアンさんは?」

「どっちでもいいよ~」

「じゃあルアンはボクの方で引き取る。それでいいか?」

「ん、わかった」

 ちょうどそのように話がまとまったところで、ビアンカが複製してくれた似顔絵を手に戻ってくる。

「お待たせ、できたわよ」

「ありがとうございます」

 似顔絵は、シアとフェンネルが受け取った。

「じゃあ、ここから別行動して、何時間か後に戻ってきて、情報を擦り合わせるって感じかな?」

「ああ。そうなるな」

「もうそろそろ、街の人出も増えてくる時間帯です。行きましょう」

「うん。……いってきまーす!」

「はい、いってらっしゃい。気を付けてね」

 ルアンの高らかな挨拶とともに〝まじないの向日葵亭〟を後にした四人は、二手に分かれて街へと繰り出した。

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