解明
*
改めて基地についての資料を読んだ四人が出した結論は、『基地にいる蛮族のレベルは自分たちには手に余るため、危険である』。しかし、蛮族に見つかっても、逃げることだけに集中すれば、四人の錬度でも逃げ出して帰ってくることはできると踏んだ。というか最早、そうする以外に、状況を動かす手立てがない。
「残りの基地はどこにあるんだっけ」
「地図……、は、貼ったままになってるな」
作戦を立てるのに使っていたあの一角には、六日前に見た地図が、変わらずに貼り付けられていた。場所の確認のためにダビがその地図に近づくと、何かに気が付いたようで「誰か、ちょっと来てー」と応援を呼んだ。
「どうしました?」
その要請に応えたのはシアで、同じく地図へと近づいていく。
「ここ、何か書いてある」
そう言ってダビが指し示した部分には、紙面と二十センチほどの距離まで近づいてようやく読める程度の、ごく小さな字で文字列が書き込まれていた。
「……暗号、ですね」
「え、そうなの? シアさんは分かる人?」
「ええ、この程度のものなら。これは数字を隠しているタイプですね」
暗号に変換されていたその数字は、とある地点の緯度と経度であるらしかった。そのポイントは、ここから歩いて半日もすれば着く距離にあり、かつ、調査隊が出向いた二つの蛮族の基地とも近い。
「もしかして、これ……」
「【花園】の場所だろうな」
シアは、自らが予想していなかった声に、大きく肩を跳ねさせて驚き、後ろを振り返った。
「……突然背後に立たないでくださいよ、フェンネル」
「気配を読めよ。ダビはボクに気づいてたぞ」
フェンネルは悪びれもなくそう言って、そしてシアは気まずそうな顔をした。冒険者たるもの、いついかなる時も気を抜いてはいけない生き物であると知っているが故の気まずさで、何故気を抜いてはならないかと言えば、その一瞬の緩みが生死に直結するためである。
「油断していた私も悪いですけど、だからといって前衛二人と一緒にされても困ります」
前衛二人の気配を読む能力は、少なくともシアよりは高い。加えて、ついさっきに関しては、シアとダビでは周囲に割ける注意力の度合いも違っていた。
「それにしても、【花園】も蛮族の基地も、こんなに近くにあったんだね」
「調査隊と銘打つくらいなんだから、【花園】と本部が近いのは最初からだろうな。後から面倒くさいのが来ただけで」
「そうですね。残りの蛮族の基地二つは、【花園】調査隊の蛮族版ってところでしょうね」
「早急に、かつ一斉に対処しなければ、動乱の隙を衝かれて【花園】を侵攻される可能性が高い位置関係。……成程な」
調査隊が討伐の手助けを募った本当の理由は、おそらくそのあたりにあったのだ。ランバージャックが語った理由も、嘘ではないのだろうけれど。
「きち、いく?」
「そうだな。これ以上は、行ってみないと始まらない」
これ以上、ここで調べられることはない。
「ええ、皆さんを捜しに行きましょう」
*
二つの蛮族の基地と【花園】は、目と鼻の先と言っていい位置関係にある。半日ほどかけて基地のある付近にたどり着いた四人は、そこで不思議な光景を目の当たりにした。
「あれが、【夏知らずの花園】、ですか……」
光さえも吸い込みそうな真っ黒な球体が、山脈の山肌、断崖にめり込むように浮かんでいる。〝奈落の魔域〟の入口だ。
「〝魔域〟の入口は漆黒の球体上のものだと、聞き及んだことはありましたが……。実物を目の前にすると恐ろしく感じますね」
全員、〝奈落の魔域〟の入口を実際に見たのはこれが初めてである。
「内部が平和って知ってても、近づきたくない見た目だね。帰って来れるか不安になる」
「だから普通は、何かしらの依頼や目的がない限り、冒険者も寄り付かない。ハイリスクノーリターンで火事場に飛び込む馬鹿はいない」
【夏知らずの花園】とて、たとえ内部が穏やかでも、〝奈落の魔域〟であることには変わりがない。興味本位だけで足を踏み入れるのは、あまり褒められた行為ではない。
「調査隊の皆さんを見つけられれば、【花園】に行ってみるにしても心強いですよね。以前から知っているわけですし」
「だねぇ。とりあえず基地で、みんなを捜そう」
一行は、ひとまず【花園】を後回しにして、基地の入口へと注意深く近づいた。ここは、六日前に四人が討伐に向かった基地よりも、入口自体は目立っていて、探す間もなく見つけられた。
「こんなに分かりやすく拠点を張っていたってことは、相当腕っぷしに自信があったんだろうな。蛮族たちは」
存在を隠す気がないということ。それは、調査隊に対する牽制、もしくは挑発とも読み取れる。
「とりあえず入口は蛮族どころか、生き物の気配ひとつないですね」
気配がないということは、とりあえず蛮族の討伐には成功しているかもしれない。そんな希望が見えかけた時、ダビがすん、と鼻を鳴らして、顔を顰めた。
「けど、血の臭いはする。けっこう濃い」
それが討伐された蛮族のものか、はたまた別の生物のものか。臭いだけでは、その判断はつけられない。結局のところ、中を確認しないことには何が起きたかは分からない。フェンネルは、火を起こしてランタンに灯りを点けた。
「各位、警戒は怠らずに。行くぞ」
「はあい」
「うわ」
中に足を踏み入れると、さっそく蛮族の死体に出迎えられた。続く道の先にも転々と、蛮族だったものが転がっている。どうやら討伐、そして基地の制圧そのものは成功しているようだった。しかし、転がる蛮族の死体から戦利品を剥ぎ取った形跡もなければ、勝利を収めたはずの調査隊の面々も誰一人として見当たらない。
「うーん……?」
「だれもいない、ねぇ」
前を行く前衛二人は、首を傾げながら歩を進めていく。調査隊が紙一重で勝利を収めて、戦利品を剥ぐ余裕すらないほどに消耗していたとしたら、帰還していなかった理由にも説明がつく。だが、それならば調査隊が基地のどこかにいるはずである。その姿がひとつもなく、討伐後の死体だけが転がっているこの状況は、奇妙と言う他にない。
異様な光景の中、微かな異変に気が付いたのは、魔法を操る技能を持つ後衛二人だった。
「……フェンネル」
「ああ。魔術の痕跡がある。すごい大きなヤツ」
「こっちの部屋ですね」
シアとフェンネルは、それぞれの勘を探りながら、異変の出所と思われる場所へと進む。ルアンとダビはそのあとに続き、そしてその先で見つけたものに、目を見開いた。
「あ、あの魔法陣!」
「やばいやつ!」
四人が見つけたのは、レッサーオーガと一戦交えた部屋に描かれていた魔法陣と、寸分違わず同じものだった。ここの陣もまた、血で描かれている。
「なんでここにもこれが? これって有名な魔法陣なの?」
「魔法陣に有名無名があるかは知りませんけど……」
ダビとシアがどうでもいい感想を言い合う傍ら、フェンネルはその場に跪いて、魔法陣の端に触れてみた。すると、先ほどまでは「大きな魔術の痕跡」としか分からなかったものが、より具体的な情報となって、フェンネルの身体へと流れ込んできた。
「……これ、どこかに繋がってる。転移というか、これをキーポイントにして、別空間に移動できる術」
「ワープするの? たのしそう!」
「楽しそうかはさておいて。操霊術のものではなかったんですね」
「まあ、よく考えればレッサーオーガは自力で人族に変貌できるからな」
前回これを見たときは、魔術の痕跡も読み取れないままに大雑把な消去法で仮説を立てただけで、結局それも直接は関係がなかったので、何のために描かれた陣だったかが分からないままだった。今回痕跡を読み取れたのは、まだ使われた最後の瞬間から然程時間が経っていないからであろう。
「この魔法陣は、どういう仕組みの魔法なの?」
「これと同じ陣が書かれた場所同士を、空間法則を丸ごと無視して繋ぎ合わせて、この上にあるものを別の陣に飛ばすんだ。ただ、莫大な魔力を払う上に、繋ぎ合わせた『道』が不安定だから、大抵の場合は、飛ばす側、飛ばされる側に専属の術師がついて、『道』の安定性を確保する」
専属の術師を用意せずに自前で魔力をつぎ込んで、転送術を発動させることも不可能ではないものの、その場合は、出口がどこに繋がるか分からない、かつ一方通行の代物になる。
「おそらく、蛮族が使っていたものだろうが……」
フェンネルが呟く。同じものが別の基地にもあったこともそうだが、何よりも、これだけ大掛かりなものを、侵入者である調査隊がここで、血で描く理由がない。それを聞いて、ダビが再びはい、と手を挙げた。
「じゃあ、調査隊の皆が、この陣でどこかに飛ばされた?」
息も絶え絶えになった蛮族の残党が、起死回生をかけて調査隊を道連れに別の場所に飛んだとすれば。
「その可能性はあるな」
フェンネルはダビの意見に同意した。無理やりどこかへ飛ばされたことが事実なら、討伐された蛮族がそのまま、戦利品なども手付かずで転がっていることにも説明が付く。蛮族がそれだけ追い込まれ、焦り、そして生の可能性を探っていたのだと。
「でも、たとえばみんなが、おれ達が任された基地に飛ばされてるなら、さすがにもう帰ってきてるはずだよね」
あの中はちゃんとすべてを潰してきてある。よって脅威になり得るのは、調査隊の面々を魔法陣に詰め込んで飛ばした瀕死の蛮族だけだし、意味の分からない魔術に巻き込まれたとして、彼らなら、隙を見て撤退する余力くらいはあったはずだ。
「ああ。だから、もっと違う場所に出口が設定されているってことだ。多分、あの基地で見た陣もこの陣も、どこかへの入口として描かれている」
「……出口が分からない以上、彼らの行方も分からない、と。そういうことですね?」
「そうだ」
出口がもう一つの基地にあるかと期待して、四人はそちらも確認した。しかし、やはり状況は同じで、蛮族の死体と、どこかへ飛んだ痕跡のある魔法陣があるだけだった。
「ここも、入口だったか」
これ以上基地を調べても、何も手がかりは得られないと判断し、四人は基地を後にした。
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