第3話 さしも知らじな燃ゆる思ひを(前)

浸水、蒸発

 *


 凱旋帰還から三日後。調査隊本部には、相変わらず四人以外の姿はなかった。

「一度も戻ってきませんね、皆さん」

「……どうしたんだろ?」

 四人が蛮族基地調査に出て、帰るまでに超えた日付が三日。調査開始日が同じだと仮定すると、調査隊の彼らは、今日で六日目となる。そうでなくても三日は経っているので、そろそろ帰って来ないと不安になる頃合いだった。

「討伐に何日もかかる手強い蛮族が相手なら、尚更、一旦戻ってきて、体制を整えるなりしそうなものだけどな」

 フェンネルがそう思うのは、ランバージャックが四人にもそう言っていたからだ。一旦退いて、立て直すのも戦略のうちだと。命の危険を伴う場所に縁がある冒険者という生き物が、何よりも守るべきことは、生きて帰るために手段を尽くし、諦めないことである。

「となると、考えられるのは……」

 撤退も厳しいほど追い詰められているか、もしくは。

「蛮族に、やられた……?」

 全員の思考回路が辿り着いてしまった最悪の可能性を、言葉にしたのはダビだった。

「……それはないと、信じたい。実力を直で見たことはないが、相当の手練れの集団だろ、ここ」

 直接手を合わせたことはなくても、身体つきや装備品から、冒険者としてのレベルの高さは推し量ることができる。調査隊に属する彼らは、まさしく少数精鋭という言葉が似合う、歴戦の冒険者たちだった。

「そ、そうですよね。大丈夫ですよね」

「ジャックさんたち、つよい。……はず」

 四人は四人とも、そうではないと思いたい。しかし、その願望を乗せて最悪を否定したところで、不安は拭えずじまいだった。


 そんな時、木製の何かが転がる音が外から聴こえた。それはやがて本部に近づいてきて、さらには馬の鳴き声まで響かせながら、ちょうど建物の前で鳴り止んだ。

「馬車? こんな山の中に?」

「だれだろ?」

「こんな場所にわざわざ馬車を手配してまで来るのは、普通は貴族階級の方々だと思いますけど……」

 不思議がるダビとルアンの疑問に答えていたシアは、そこで言葉を区切り、後を濁した。

 足元の悪い森の奥という立地に居を構える、王国の騎士団も一枚噛んでいるという噂もある【夏知らずの花園】調査隊本部。これらの要素も考慮して、馬車まで手配して訪れる者を考えると、その可能性として最初に思い当たるのは、やんごとない身分の誰かである。しかし、可能性はひとつではない。

「……敵襲、も、あり得る?」

 シアが濁した先で言わんとしたことを察知したダビが続きを引き取ると、シアに加えて、シアと同じ考えにたどり着いていたフェンネルが、溜息をつきながら首肯した。

「何分、嫌な前例まであるからな。こっちは」

 前例、それは初めて四人が依頼を承って調査隊本部を訪れた日。あの日もここには歓迎したくない来訪者がいた。彼らが間抜けだったおかげで、あの時は事なきを得たが、その手の来訪者が二度と来ないとも限らない。

 いずれにしても、今この本部にいる四人だけで対応しなければならない。良からぬ来訪者の可能性も考慮して、まずは窓から外の様子を窺った。

 目の前に停車した馬車から出てきたのは、冒険者の格好をした人族が数人と、そしてたくさんの荷物だった。彼らは馬車の前に敷布を広げると、その上に積荷を解き、値札とともに並べていく。どうやら、隊商キャラバンであるらしい。

「キャラバンって、こんな山の中にも来るんだね」

 初めて見た、と興味深そうに観察するダビに答えたのは、旅の途中で何度も隊商を見てきたフェンネルだった。

「キャラバンは辺鄙な場所ほど出くわすぞ。地域の物流丸ごと支えるくらいの規模の隊も珍しくないし、たとえ小規模だとしても、彼らのような存在のおかげで人々の暮らしが成立している場所は多い」

「へぇ~。詳しいんだね」

「一応、旅の途中の身だからな。いろいろと見たことはある」

 ダビとフェンネルがそんな会話をしているうちに、外ではすっかり「店」が出来上がっていた。陳列棚代わりの敷布の上には、保存の利く食糧や服飾品といったものだけでなく、魔晶石やポーションといった消耗品に、特殊な鉱石が使われた装飾品など、冒険者向けの品々も並んでいる。

「ここが冒険者の拠点だって知ってるらしいな、このキャラバン」

 フェンネルは、隊商が並べた品々を見ながら言った。もしもこの建物を一般人の住居と思っていたなら、冒険者向けの商品を表に並べたりはしないだろう。

「みたいですね。……彼らに話を聞いてみましょうか。私達よりもこの辺りには詳しいと思われます」

「賛成。調査隊の人たちのことも聞けたら聞きたいね」

「というか、それくらいしか出来ることがないよな。この状況だと」

「まあそうなんですけどね。とにかく、外に出ましょうか」


「こんにちはー」

 四人揃って外に出て、ルアンが代表して隊商に挨拶をすると、隊商の彼らは、少し驚いたような顔をした。

「見ない顔だな。きみらは新入りかい?」

 その問いには、シアが答えた。

「そんなところです。……みなさんは、調査隊の方々をご存知なんですね?」

「おうよ。お得意様だからな」

 彼らは調査隊に頼まれて、ここを行商ルートに入れているのだと教えてくれた。だから、調査隊の面子も勿論知っているし、時にはくだらない世間話もする仲でもあるらしい。調査隊本部の潤沢な物資の何割かは、彼らの仕事によるものだったようだ。

「で、あいつらはどこ行ってんだ? 今日は誰だかが欲しいって言ってた武器を持ってきたから、そいつが帰って来ないとせっかくの努力が水の泡なんだが」

 隊商のリーダーらしい一人が、周囲を見渡しながら言った。希望のものを引き渡せるというその期待に水を差すのは心苦しいと思ってしまうが、四人にはそれでも言わなければならないこと、そして聞くべきことがある。

「それが、分からないんです」

 正直にシアが現状を申告すると、隊商全員の顔が途端に険しくなった。

「……分からない? どういうことだ?」

 次にその疑問が飛んで来るのは、予想通りだった。とはいえ、四人も調査隊本部のことで知っているのは「帰ってきたらいなかった」という事実のみである。よって、それまでの経緯をひとつずつ話すくらいしか為す術がない。

「おれ達は、六日前に依頼でここに来たんだ。蛮族の基地がこの近くに何個か見つかったから、それを叩き潰すのに手がいるってことで」

「ん? ということは、新入り達も早速仕事をしたのか。それはお疲れさん」

「……あ、ありがとう、ございます」

 それは、初めて四人にかけられた労いの言葉。非常事態に直面している今だからこそ、無事を言祝ぐ言葉が重い。

「で? そのあとは」

「六日前、到着してからすぐ私達は蛮族の討伐に出ました。全部終わって帰ってきたのが三日前です。三日前に帰ってきた時も、本部は無人でした」

 シアが事実をありのまま伝えると、リーダーの彼の顔に刻まれた眉間の皺が、さらに深いものとなる。彼以外の隊商の面々の纏う雰囲気も、より一層硬く尖ったものになった。

「……予想はつくが、その後三日間の動向は」

「はい。誰ひとりとして姿を見せていません」

「そうか……。あいつらも、蛮族の討伐に行ったのは確かなんだな?」

「はい。私達に割り当てられた基地よりも難易度は高い基地ですが」

「ああ。だがあいつらも相当の手練れだ、簡単には死なねえ」

 しかし、と彼は話を続けた。四人の(主にシアによる)状況説明に、違和感を覚えた部分があると言う。

「引っかかるところが一点ある。きみらが帰ってきたその時に、本部に誰もいなかったことだ」

「……それは、討伐に出てたからでは?」

「いんや、それはない。ここのポリシーに反するからな」

 突然のトラブル対応など、多少のイレギュラーはあるにせよ、基本的に調査隊の面々は、誰かが本部に常駐するように仕事を回しているのだという。そのため、本部が無人になることがあったとしても、せいぜい一時間程度のこと。その日のうちに帰らないことは、まずあり得ないのだとリーダーの彼は言った。

「……このあたりで変わったこととか、ありましたか?」

「そんなに大きい異変、ではないが。ダイケホーンの辺りだけ、植物系の魔物がやたらと増えてたな。ここ三日ほどの話だ」

「植物系の魔物……」

「だが、ここのやつらが手間取るような強そうなのではなかったぞ。少なくとも、俺達が見たやつは」

 討伐で消耗したところで出くわし、帰りを妨害されたと考えても、調査隊の面々であれば帰還不能になるほど追い込まれるような魔物ではないという。となるとやはり、可能性として高いのは、『蛮族の基地で何かがあった』。

「まあ何にせよ、ここのやつらが壊滅するような事態が起きたとしたら、かなり不味い。こっちだって実力は知ってるつもりだからな」

「ですよね……」

 再び最悪を考えた四人とプラスアルファの中に重い沈黙が流れること暫し。「ま、考えてても仕方ねえ」とリーダーの彼が口火を切った。

「うちはもうハーヴェスに降りるだけだから、なる早で下って世話になってるギルドに報告を上げる。きみらはどうする?」

「あ、じゃあ、私達が所属するギルドにも、このことを伝えてもらえますか。そこもハーヴェスにありますし、調査隊のことも知っているので」

 シアは隊商に、〝まじないの向日葵亭〟のビアンカにも、自分たちの無事と、調査隊の異変を伝えてくれるように頼んだ。彼らは、その頼みから四人がここに残って何をしようとしているかを察したらしく、憂慮の表情を浮かべて言った。

「……無理はするなよ? きみらにまで何かがあったら寝覚めが悪いし、俺たちも悲しい」

「はい、最大限の努力はします」

 あ、じゃあ、とダビが手を挙げる。

「最大限の努力として、その魔晶石とか買ってもいい?」

「ん? おう。心意気に免じて、ちょっとまけといてやる。今回限りな、内緒だぞ」

 そして四人は買い物を済ませると、隊商に別れを告げて、調査隊本部の室内へと戻った。

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