大剣を持つ者

 *


 残る調査対象は、ダビが全身で危険だと言った左の道の先である。そのため、再びフェンネルが作った生薬も飲みつつ、出来うる万全の体制を整えてから進むことにした。水路を遡ったあの時のように、灯りも限界まで絞って隠し、ダビとルアンの視界を頼りに進んでいく。

 そして、道を曲がると。

「灯りが、ついてる?」

 通路の先に浮かび上がる橙色が、シアとフェンネルの視界に映る。この向こうにある空間には、灯りが点いているという証だった。また、浮かんだ橙色に気が付いたと同時に、蛮族の話し声も全員の耳に届く。その声色は、複数あるようだ。

「……何体かが話しているみたいですね。だからさっき、止めたんですか? 敵が多いから」

 シアがダビに確認を取ると、彼はその通りだ、と言いたげに大きく頷いた。もしもあのとき左に進んでいれば、この先にいる蛮族たちを相手にしつつ、同時に右の部屋にいたレッサーオーガに退路を断たれて、大変なことになっていたかもしれない。その可能性に気が付いて、シアは軽く身震いした。

「まあでも、そろそろリーダー格がお出迎えしてくれてもいい頃合いだしな」

 門番役、中堅どころ、ときたら、残るは副将、もしくは大将。

「はい。行きましょう」

 もう、進む以外の選択肢はない。


「それにしても、何を話しているんですかね。彼ら」

 通路を進むにつれて、蛮族たちの話し声はより鮮明になっていく。しかし、彼らの言葉を音として認識できても、言語として認識できる者はここにはいない。

「蛮族語は勉強しようと思ったこともないからな……」

「おべんきょうしたほうがいいかなぁ」

「キミは身体を鍛える方が向いてると思うぞ」

 そんなことを話しながら、一行は灯りの漏れている場所のすぐ側まで近づいた。蛮族たちは話し込んでいるようなので、様子をうかがう程度なら気づかれないだろうと踏んだ四人は、戦闘に備えて、蛮族の種族詳細と、この先の地形を確認するために、灯りの出所を覗き込んだ。

「ここも結構しっかり『部屋』だな……」

「正直、建造物としてこの基地はすごく興味を惹かれます」

「あとでたんけんする?」

「散々してきただろ」

 覗き込んだ先にあったのは長方形の部屋で、長辺の方向に十メートルほどの奥行きがある。そして部屋の真ん中ほどには池のような水場があり、奥へ向かうにはその上に架かる、橋のような足場を渡る必要があった。蛮族は四人から見て橋の向こう、長辺の最奥に五体。彼らは車座になって、何かを議論しているようだった。

「ゴブリンとシールドフッドが二体ずつと、……あの一等でかいのはなんだ?」

 五体の中に、唯一見たことのない種族がいたため、フェンネルは前衛の二人に訊いた。しかしその名前は、ルアンだけでなくダビすらも分からなかったようで、彼は申し訳なさそうに首を横に振った。

「そうか。いや、分からないものは仕方ない」

 フェンネルはダビにフォローを入れた。また、ルアンはその蛮族について私見を述べ、シアがさらに自分の推測を重ねる。

「でもたぶん、ボルグのしんせき。にてるし」

「まあ、確かに似てますね。親戚かどうかはさておいて、あれも相当体力自慢のタイプでしょう」

 ボルグの親戚(仮)も、レッサーオーガよろしく、もしくはそれ以上の逞しい身体付きである。戦い甲斐のありそうな見た目をしていた。

「また面倒くさいことになりそうだ……」

 前回の最終戦を思い出したフェンネルが、遠い目をして呟く。今度はスムーズに、それこそ先ほどのレッサーオーガ戦のように、こちらの攻撃が順調に入ってほしいと思うものの、それがきっとかなわない願いであることは、フェンネルが一番よく分かっている。


「よーし、あばれるぞー」

 ルアンは目を爛々と輝かせると剣を抜き、ダビとともに戦闘準備に入った。

「うわ、る気が違う」

 その目に宿した闘志にフェンネルが若干慄きながら言えば、シアが「まあまあ」と宥めるように彼女の肩を叩いた。

「未知の相手にも好戦的になれるのは才能ですよね。羨ましい」

 シアはそう言いながらもちゃっかり弾丸を装填していた。フェンネルはキミもだぞ、と言いかけたが、直前のところで飲み込んだ。この手の感覚に関しては、完全にフェンネルだけが蚊帳の外であり、何を言っても埒が明かない。フェンネルは防御魔法を全員にかけながら、戦略の確認に話題を移すことにした。

「こっちが先に仕掛けて、なるべく部屋の奥の方で前線を展開すれば、ボクらの巻き込み事故は阻止できるのか? 距離的に」

「うん。ボルグのしんせきも、たぶんまほうはつかえないし」

 敵が遠距離攻撃の手段を持っていないのは、つくづくありがたい話である。それができる敵と当たった場合、真っ先に狙われるのは支援係たるフェンネルだからだ。

「しかし、相手の数が多いので、ゴブリンあたりは手早く仕留めないと、多勢に無勢で前線を突破される可能性があります。ルアンに存分に暴れてもらいましょう」

 シアはそう言うと、ルアンの背を軽く叩いた。

「まかされたー!」

 そして少女は今日一番の笑顔で返事をし、勢いよく飛び出すと、その一閃でゴブリン一体を瞬殺したのだった。


 *


 鮮烈な一撃とともに敵の視界へと飛び込んだルアンは、よほど興味を持たれたのか、敵の攻撃の半分以上をその身に受けていた。しかし、本人の戦闘能力の高さに加え、フェンネルの支援もあったことから、ボルグの親戚(仮)から致命傷にもなりそうな一撃を見舞われても持ち堪え、倒れることなく元気に戦闘に参加していた。

「同じ攻撃食らったダビは気絶したっていうのに……」

「正直、敵じゃなくて良かったって心の底から思ってる」

「デスヨネー」

 遠い目で感想を述べるフェンネルに、シアも棒読みで同意した。

 実はルアンがその一撃を受ける少し前、ダビにも同じ威力の拳が向いており、鎧の類を着ていない彼はまともに全力を食らい、前回の戦闘よろしく気絶してしまった。それを、やはり前回と同じくルアンとフェンネルで、どうにか立て直していたのだった。

 そして後ろで戦況を分析していた二人にとって、もう一つ、言及せざるを得なかったことがある。

「というか蛮族ども、やたらルアンに甘くないか?」

「……フェンネルもそう思います?」

「さすがに、ここまで偏ってるとな」

 その傾向は、敵陣営がボルグの親戚(仮)だけとなってから、より顕著になっていた。敵はダビの攻撃は高い瞬発力で避けるのに、ルアンの攻撃を避けるときはどちらかというとのんびりしており、ダビの拳を避ける能力があるなら余裕で避けられるだろう、と後衛二人ですら思う軌道の攻撃も甘受していた。また、逆も然りで、ダビに攻撃が向くときは、敵は高い殺意で向かってくるのに、ルアンに向けるときは心持ち威力が控えめなのだ。

「気に入られて、殺すのが惜しい、とでも思われたのか?」

「だとしても、耐久力があってぶん殴っても平気なのは、むしろルアンの方なんですけどね」

「だよなぁ。とんだ当て馬だな、ダビが」

 後衛二人は援護射撃と回復を、それぞれタイミングを計って差し向けつつ、そんな軽口を叩いていた。戦闘中だというのに気が抜けている、という指摘をされそうな態度だとは当人たちも思っていたが、あまりにダビの不憫さが際立っていたのだ、仲間として、ひとつやふたつやみっつ、言いたくなるのも分かってほしいところである。

「ぅがーう!」

 そんな時、ついに痺れを切らしたのか、ダビが咆哮を上げてボルグの親戚(仮)に突っ込み、その腰のあたりを拘束した。

「あ、キレた」

「キレましたね」

「あのダビを怒らせるって相当なんじゃないのか?」

「ええ」

 少なくとも、シアとフェンネルが彼と出会ってからは、怒るところは見たことがなかった。彼はそのままレスリングよろしく敵をぶん投げて転ばせる。

「ようやく会心の一撃が決まったみたいですね」

 シアが転んだ敵に照準を定めながら笑う。ダビが転ばせてくれたおかげで、シアは敵の心臓に迷いなく狙いを定めることができた。

「――一矢報えてよかったな」

 そして、ボルグの親戚(仮)は、シアの撃った弾丸で心臓を貫かれ、息絶えたのだった。


 *


 獣化を解いたダビが言うには、唯一名前が分からなかった蛮族はボルグハイランダーというのだそうだ。戦闘が終わって緊張状態が解けたことで、あれが何であったかを思い出したらしい。

「ボルグハイランダーは、より大きな武器を扱う者ほど強い者とみなす傾向がある。ルアンさんが気に入られたのは、それが原因だったんじゃないかな……」

 心なしか沈んだ面持ちで、ダビが言った。ダビは拳で戦うため、武器を持っていると言っても腕に身に着けるナックル類だけであり、ボルグハイランダーの審美眼から考えると「戦うに値しない」と判断されてもおかしくはない。しかし、戦う者として、戦う相手に舐められるというのは、不意を衝ける反面、業を煮やすものでもある。

「まあ、確かに一番でかい得物を振り回してはいるよな……」

 さらに、ルアンの場合は、自分の背丈よりも持つ武器が大きい。その身体の小柄さによる錯視効果を受けて、より得物が大きく見えていたのかもしれない。しかし、見初められた(?)本人は、気に入られたこと自体にはまるで興味がなさそうだった。

「へえー」

「へえー、って、そんなのんきな。今回はたまたまああいう展開になりましたけど、強いとみなした一人を、総力を上げて袋叩きにする可能性だってあり得たんですよ」

 シアの指摘は尤もだった。相手陣営の主将クラスを討ち取ることは、もちろんリスクも伴うが、成功したときには相手の士気を大きく下げ、また自陣営の勝率を大きく上げることができる。しかしルアンはどこ吹く風だった。

「つよいってわかっててけんかをうりにくるなら、さいしょからてかげんしなくたって、あそんでくれるじゃん。あばれられるなら、なんだっていいよ」

「さては容姿で舐められた経験が相当あるな、キミは」

「うん。そういうときはちょっとずつほんきだして、ゆっくりかえりうちにした。でもそうすると、ぜんいんたおさないうちに、なんでかにげられちゃうんだよね?」

 だからいつも、自分の中の暴れたい気持ちが消化不良になるのだと、要約するとそんなことを少女は言った。

「一番戦いたくない相手だな」

 それを聞いて、つくづく少女が敵対する相手じゃなくて良かった、とフェンネルは思ったのだった。

 そんな微妙な空気の中、待つことしばし。

「さて、こんなもんですかね」

 よいしょ、と言いつつ、しゃがんでいたダビが徐に立ち上がった。

「お、終わりましたか。剥ぎ取り」

 彼は最後に倒した敵、ボルグハイランダーの身体を検分していた。その手には書類と思しき紙束と、剣のかけらが握られている。

「うん。剣のかけらを五つも埋めてたよ、このボルグハイランダー」

「つよくなりたかったんだねぇ」

「こいつが実質リーダーだったんだろうし、集団の統率を取るには、力を示すのが手っ取り早いからな」

 基地の内部はこの部屋が最深部で、他に調べられる場所や通路はなかった。そこにいた強敵であり、そしてどの蛮族よりも大きな身体。彼がここの統率を取っていた支配者、だったのだろう。

「そっちの紙は何ですか?」

「作戦書じゃないかな。読めないけど、そんな気がする」

 「気になるなら見てみる?」とダビが言うので、シアはその言葉に応じ、彼から紙の束を受け取った。そして内容を確認してみると、たしかにそれは何かの計画と、その実行の段取りを記したものにも見えなくはなかった。

「何を話していたのかな。リーダーとその部下で、輪になって」

「さあな。まあ、もう終わったことだ。帰るぞ、忘れ物するなよ」

「うん」

「はい」

 そうして四人は、初めての調査任務を無事に終え、洞窟を後にしたのだった。


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