侵入者

 *


 周囲の気配に注意しつつ洞窟を奥へ進んでいくと、やがてそれは行き止まりになり、代わりに下の階層へとつながる竪穴が見つかった。竪穴はご丁寧に側面が煉瓦で補強されており、昇降しやすいように梯子までかけられている。自然に崩落しただけの洞窟内にそんなものが存在するはずはないので、ここに棲み付いている蛮族が手をかけてそのように作っている証であり、この基地には、この程度のことを思いついて実行できる知能がある種族がいるということだ。

 しかし、気が付かないのか気にしていないのか、前衛二人はそれを目にしても、恐れるどころか楽しんでいた。

「あ、地下に行けるんだ。潜っていくタイプの洞窟ってはじめてかも」

「ひみつきち、たのしいね~」

「まあ、一応秘密基地ですけど……あれだけ入念に隠されていたわけですし……」

「九生の猫ですら今頃みんな死んでるレベルの好奇心だぞおい」


 梯子の先にも敵の気配がないことを確認してから、先ほどまでと同じ順番で、一人ずつ梯子を降りていく。降りた先は格子の扉がひとつあるだけの小さな部屋だったが、その格子戸の向こうからは水の流れる音がしており、それは今四人がいる小部屋にも反響していた。

「水脈があるのか、この洞窟には」

「ますます住むのに便利ですね」

 格子戸の隙間から向こう側をうかがうと、隣はランタンが一つ灯った部屋で、その灯りのおかげで、ルアン以外の夜目が効かない三人も、部屋の様子をある程度知ることができた。

「真ん中あたりに、川と池っぽいところがあるねぇ。流れの方向的に、川の終着点が池なのかな」

「それから、川の上流の方にも、人が通れるスペースがありそうです。近づいてみないとわかりませんが」

「敵や罠の気配は?」

「とびらのちかくは、なにもない。あけるよー」

 先頭のルアンが格子戸を開けて、隣の部屋へと移動する。改めて周りを見渡すと、池の近くには大きめの宝箱があり、その奥、川を挟んだ向こう側にはまた扉があった。今度の扉は、上半分が格子窓になっている、鉄でできた扉のようだ。

「それにしても、すっごい意味ありげな宝箱がありますね……」

 その存在に最初に言及したのはシアだった。いちばん目につくと思われる場所に、これ見よがしに置かれた大きい宝箱。さあ飛びついてください、と言わんばかりの存在感である。

「侵入者対策の罠、か?」

「調べてみる? おれ、やろうか」

「はい。お願いします」

「お願いされまーす」

 名乗りを上げたダビが、宝箱を検分するべく近づいていく。しかし、近づいても触れてみても特に何もハプニングは起きない。そのまま宝箱を開けてみたが、やはり特に何も起きず。

「んー、何も起きなかったねぇ」

 近づいても問題なし、と判断して、残された三人も宝箱の置かれている方へと向かった。

「なかみもからっぽ」

 ルアンは宝箱を覗きながら、残念そうに言った。

「警戒しすぎた、ってことか。まあ、警戒しないよりはよっぽど良いと思うけど」

 フェンネルがそうまとめたが、シアは腑に落ちない表情でなおも呟く。

「……別の人が引っかかった後だったのでしょうか?」

「え、まだ疑うの?」


 *


「次に調べるならあの扉の中、かな?」

 ダビが視線を鉄の扉へと向ける。格子窓の向こうには光源の類はないようで、吸い込まれそうな漆黒が覗くだけだった。

「真っ暗だな。本当に何も見えない」

 それだけ向こう側が暗いということは、あの中に何かがいた場合、近づいて窓から中を照らしたり、扉を開けたりすれば、その光の動きで「何者かがやってきた」と即座にバレるということでもある。

「あまり不用意に近づくのは、得策ではないかもしれませんね」

「え、そうなの?」

 シアの慎重を期した意見に、ルアンは「なんで?」と言いたげな顔で首を傾げた。そこでフェンネルは、あることを思い出す。

「あ、そうか。キミなら灯りがなくても見えるのか」

「うん。ばっちりだよ」

 そこで、夜目が効くルアンが代表して格子窓を覗き込み、中の様子を確認することにした。

「どんな様子ですか?」

「……てきは、いない、けど」

 シアの問いかけに、そこで言葉を切ったルアンは、三人の方へ向き直った。しかし少女の顔は、先ほどまでとは打って変わって、暗澹としている。この扉の向こうに、何を見たというのだろうか。

「ルアン? どうした?」

「だれかついてきて。こわい」

 その応援要請を受けて、少女の戦闘時の相棒ともいえるダビと、灯りを持っているフェンネルがついていくことにした。シアは二人も応援が行けば大丈夫だろう、と判断し、川の上流部にあった、人の通れそうなスペースを調べるためにそちらへと向かった。

「どうしたんだ。向こう側には、何があった?」

「このへやのなか、ろうやがある。そこに、いる。しんでるいきもの」

「……死体か。それは人間?」

「たぶん。それが、ふたつ」

「……言われてみれば、この部屋の方から醸された臭いがするね」

 洞窟特有の苔生した匂いの中に、死臭が混ざり込んでいることに、嗅覚の鋭いダビが気づいた。『しんでるいきもの』は確実にいる。

「といってもまだボクらには見えないからな……。とりあえず部屋に入るぞ、敵はいないんだよな?」

「うん。うごくいきものはいない」


 扉を開けて中へと入り、フェンネルが手に持ったランタンを掲げて室内を照らすと、五メートル四方ほどの部屋を二分割するように、鉄格子の壁が嵌まっていた。ルアンの言う牢屋とはこの格子の向こう側のことだろう、捕らわれて死に絶えたと思われる遺体がふたつ横たわっている。

「いかにも、って感じの監獄部屋だね」

 ダビが感想を呟きながら、部屋の隅を歩いて、牢屋に至るまでの空間に罠などがないかを検分し始めた。幸運にもその手のものは見つからなかったようで、牢屋の扉と思われる部分にたどり着いた彼は、腕で大きく丸印を描く。その「大丈夫」のサインを合図に、フェンネルとルアンも扉へと近づいた。その扉には、当たり前だがしっかりと鍵がかかっている。

「鉄格子だと壊すにも骨が折れるからなぁ」

「というか、音も響くから壊すのはやめた方が良い。わざわざ侵入を知らせることになる」

「あ、そっか」

 先日の火薬ぶん投げ騒動といい今の言動といい、ダビは思いつく行動の選択肢がなかなかに派手だ。

「かぎ、あけよっか?」

「開けられるのか?」

「うん、たぶん」

 ルアンはそう言うと、スカウト用ツールから針金状の道具を取り出し、ものの数秒で開錠した。まるで正規の鍵を持っていたかのような速さだった。

「うわ、はっや」

 ダビがその鮮やかな手捌きに驚いている。実は彼も、いくらかツールでの鍵開けの経験があるのだが、ここまで鮮やかに開けられたことはない。

「ここのかぎはかんたんだった」

「あ、そう……」

 フェンネルも呆然と相槌を打つしかなかった。

 牢屋の扉を開けると、錆びた鉄の軋む音が鳴った。もう長いこと開閉をしていなかったのだろう。なるべくゆっくり、音が響きすぎないように注意しながら開いて、三人が通れる隙間を確保した。

「よし。この人たち。調べてみるぞ」

「うん」

 さすがに牢屋の中まで来ると、ルアンやフェンネルのような一般的な嗅覚の持ち主でも、死臭を堪えるのがきつくなる。鼻の効くダビにとってはより辛い状況のようで、彼は鼻の辺りを腕で抑えながら、横たわる遺体に近づいた。

「けっこう前にここで力尽きたみたいだね」

「ああ。ただ、動けないだとか、致命傷になりうるほどの大きな怪我をしていたとかではなさそうだ。……衰弱死、だろうな」

 遺体は個人の特徴が判別できない程度に腐敗が進んでいたが、骨格に目立った欠損はなかった。失血死や内因による死である可能性もあるが、この腐敗具合ではそこまでの判別はできない。

「おれなら、一思いに殺される方が幸せだと思っちゃうなあ、こんな場所なら」

 光ひとつ入らない苔生した洞窟の中で、日ごとに衰弱する身体、朦朧とする意識を抱えて、幾ばくかの余生をただ消費させられる。この二人はその余生で何を見て何を感じ、そして死んでいったのか。答えが目の前で永遠に葬り去られている以上、考えても詮無いことではあるが、気にするな、と言われてどうにかできることではない。フェンネルは意識的に、その思考を頭の隅に追いやった。

「……そうだな。せめて、死ぬ間際まで隣に人がいたことを、良かったな、と言ってやりたい」


 フェンネルはせめて身元が分かりそうなものを持ち帰れないかと、風化し始めている着衣を検分した。長旅をするような服や靴、それから軽い防具を身に着けていることから、冒険者らしいことは辛うじてわかったが、武器などの得物や金目のものはすっかり剥ぎ取られていた。

「この服と防具だけじゃ、さすがに身元も割れないな……」

 顔の特徴が分からなくとも、武器や呪具は持ち物の中でも冒険者の個性が出やすいため、それらがひとつでも残っていれば、例えば調査隊本部の面々に「これを持って冒険していた者を知らないか」と聞いて回り、情報を集めることが可能だ。しかし、服や防具は「着れればいい」「守られればいい」程度の考えで、安く手に入る大量生産の既製品を調達する冒険者も多く、目の前に転がる二人も例に漏れずそのタイプだった。

「ん、なんだこれ」

 そんな中、着衣のポケット部分に引っかかりを感じたフェンネルは、手を突っ込んで中を探った。蛮族の剥ぎ取りを免れた違和感の正体を取り出してみると、それは。

「巾着袋と、手帳……?」

 それぞれの中も検分すると、巾着袋の中には植物の種と、折り畳まれた紙が一枚。手帳は、表紙から察するに日記のようだった。しかし、最後の頁が破られている。

「何かを書いて、破って、この巾着袋に入れた……?」

 巾着袋に入っていた紙も開くと、この牢屋の中で書いたのだろう、ペンではなく血で文字がしたためられていた。

『やっと目的のものを見つけたのに、蛮族に遭遇してしまった。あと少しだったのに。もし誰かこれを見つけたなら、——に渡してくれ』

 この手記が、おそらくこの冒険者たちから聞ける最期の言葉。だが。

「ものすごく、訳あり物件……」

 状況から察するに、目的のものというのは巾着袋に入っていた種。この種を何かに使う予定で、探して、ようやく手に入れた。しかし彼らは、それを手に入れた後―—おそらく、そう時間は経っていない——に蛮族に捕まって、無念の死を遂げた。

「……って、この種は誰に渡せばいいんだよ」

 そして肝心の、この冒険者たちが成し遂げたかったことを託す相手のことについては、字が滲んでいて読み取れなかった。

「……仕方ない、か」

 怖いものを拾ってしまったという、若干の外れくじを引いた気持ちもあるが、遺品であることには変わりない。フェンネルはそれらを持ち帰ることに決め、自分の所持品にしまって立ち上がった。

「終わった?」

 そのタイミングで、フェンネルの影の動きに気づいたダビが問いかける。漂う死臭がきつかったのか、ダビはフェンネルが遺体の服を調べ始めたあたりから遺体を離れ、牢屋の外で検分が終わるのを待っていた。

「ああ、調べられることは調べたと思う。……そういえば、ルアンは」

「よんだ?」

 どこだ、と思ってフェンネルが辺りを見渡しながら声をかけると、予想に反してすぐ足元から声がした。少女は遺体のそばに置かれていた宝箱を開けていたようだ。

「はい、これ。なかにあった」

 そう言うルアンがフェンネルに手渡したのは、ヒーリングポーションが三本。

「ちょうど三人だし、キミとボクとダビで一本ずついただいていくか」

「わかった」

「戻るぞ、シアのいる方へ」

 ポーションの分配を終えた三人は、牢屋のある部屋を後にした。

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