敵陣、それとも

 *


 ランバージャックに貰った地図を頼りに、蛮族の基地を目指した一行は、道中で一晩を明かしながらも、やがて切り立った崖にたどり着いた。山の中腹が崩れたことによって形成された崖のようで、足元には大小様々な岩が転がっている。

「山崩れが起こりうる場所なら、洞窟も自然発生的に存在する、か」

「そしてそれを拝借すれば、最小限の手間で基地を持てる。うん、合理的」

「キミは蛮族相手に感心してどうするんだよ、この間の整理整頓とかもだけどさ」

「かんしん?」

「すごいねー、って思うことです」

 しかし、ざっと周囲を見渡しても、洞窟らしい場所は見当たらなかった。

「地図上ではここにあるはずなんだがな……」

「どこだろーねー」

 全員でもう一度、今度は見落としがないよう注意深く崖を観察したが、入口は巧妙に隠されているようで、何かがありそうな怪しい場所の見当すらもつけられない。一行は若干心が折れかけて、そして途方に暮れた。

「こういう時、【ライフセンサー】が使えれば、苦労しないんですけどね」

 シアが言ったそれは、周囲の生体反応を探知する魔動機術のことである。探しているのが蛮族の基地であるのなら、そこに棲んでいるはずの蛮族の生体反応を辿れば、闇雲に探すよりよっぽど早く見つけられる。ただ、そうは問屋が卸さないのが初心者冒険者の辛いところで。

「それってかなり難しい術だろ?」

「ええ。私のようなひよっ子駆け出し魔動機術士には雲の上の存在です」

 そんな会話を交わしながらも、使えないものは仕方がないので、四人は地道に、目視での観察を続けた。そして、景色に紛れた違和感に真っ先に気づいたのは、崖から少し距離を取って、俯瞰的に観察していたダビだった。

「あ、あれじゃない?」

「え、どこ?」

 その声に振り返り、残る三人も崖から離れ、ダビのもとへ向かう。彼が指差したのは、地上から三メートルほどの高さにある岩だった。その岩は崖のせり出した一部分に乗っかっているもののようで、接地面の影が落ちている。それだけでも調べるべき要件を満たしているのだが、さらに後ろに見える岩壁の迫り方が、他の部分と異なっていた。地図情報と合わせると、あの裏に洞窟の入口がある、と見るのが妥当である。

「結局また登るのか、崖を……」

「手前の目隠し岩と合わせると、五メートルくらいですかね?」

 面倒だな、と憂鬱な気分になるフェンネルと、登らなければ仕方ない、と真面目に崖を分析するシアの横で、なぜか前衛二人は盛り上がり始めた。

「やった、またがけのぼりだー!」

「今度は競争でもする?」

「うん!」

 そして二人は、ダビの「よーい、どん」という号令で駆け出して、あっさり崖を登っていった。身長の利もあって、勝ったのはダビだったようだが、勝手に置いて行かれた後衛二人は、その勝負をただ呆然と見つめるしかなかった。

「だから、なんでテンション上がってるんだよあの二人は……」

「……諦めましょう、あの二人はこういう二人です」


 とはいえ、前回よりも登る高さは低いうえ二度目のロッククライミングである。さらに幸運なことに、崖には手足をかけやすくするための加工がなされていた。登るという前提で観察しなければ気が付かないほどの加工だが、今はそれでもう十分だ。

「ここに誰かが出入りしてます、って喋ってるようなものだな」

「ありがたいですけどね。登りやすいし、空振りして体力だけ消費して悲しい思いをする、なんて確率も下がるので」

「……キミ、時々悲しいこと言うよなぁ……」

 今回はその昇降補助加工のおかげもあって、シアもフェンネルも手助けなしでスムーズに登れた。たどり着いた先には読み通り、ちょっとした納屋ほどの広さの平地と、洞窟の入口があり、先に登った二人はまるでピクニックをしている親子のように、緊張感もなくそこに座って待っていた。

「やあ」

 ダビは、遅れてやってきた二人の姿を認めると、朗らかに片手を掲げて出迎える。まるで自宅に客人を招くかのようなそれに、フェンネルとシアは、咄嗟に口を引き結んで耐えた。それはひとえに何やってるんだ、と叫びそうだったからで、腐ってもここは敵陣の入口かもしれない場所、大声で叫んだら余計な災いを招きかねない、と理性を瞬間で総動員させたことは褒められるべき行いだ。

「キミたちは、いつからここの住人になったんだ」

「え、さっき?」

 重たいため息の後、ようやく出てきたフェンネルのぼやきに、小首を傾げて答えたのはルアン。あくまで茶番を続ける気のダビとルアンに、フェンネルはもう常識だとかその類の思考回路を放棄しようと決めた。

「ボクらとキミたちでの戦闘なんて、明らかにこちらの分が悪い。不戦敗でいい、手柄もいらない。帰らせていただきます」

 言うが早いが、フェンネルは越えてきたばかりの崖に足をかける。そんなフェンネルを見て、シアが慌てて場を諫めた。

「ちょっと、フェンネルまでボケないでください、収拾がつきません。二人も、ふざけるのはこの辺で止しましょう」

「あはは、ごめんなさい。でもさ、ここすごくいい立地だと思わない? 便利そうじゃん」

 ようやくふざけた空気をしまって、ダビとルアンが立ち上がる。高台に入口がある洞窟、というだけでも、地に足をつけて歩く生物相手の防犯面では有利に働く。それをさらに岩で隠されてしまえば、先ほどのダビのように、遠目から注意深く観察しないと気が付けない。まさに灯台下暗しであり、うまく隠したものだ、と感心さえしたくなる立地であることは、全員が思うところではある。

「だからって、住人ごっこをするな。緊張感がなさすぎる」

「はーい、ごめんなさい」

「ったく」

 フェンネルの説教が終わったところで、シアとフェンネルは改めて洞窟の入口を見やった。ルアンとダビは先に検分していたのだろう、二人が観察し終えるのを待っている様子だ。

「地図の位置とも合っていますし、明らかに動物のものではない足跡も、武器でつけられたような傷もあります。蛮族の基地で間違いないでしょう」

 そして二人は、入口を覗き込んで中を確認する。内部は入口からの光に加えて、通路の奥の方にも少し光が降っていた。洞窟が出来た時の崩落で、天井部分にも隙間が生まれたのだろう、しばらくは照明がなくても歩けそうな明るさがあった。

「幅はわりと狭いんだな。一列で入るしかなさそうだ」

「対侵入者用の罠とか、そういうのは大丈夫そうですか?」

 シアはこういう時に頼りになるダビに確認を取った。やはり先に安全を確認していたらしい彼はのんびりとした声で答える。

「とりあえず、見える範囲には何もないよ。だから大丈夫かな」

「それじゃ、入りましょうか」

 早速進もうとするシアに、フェンネルがちょっと待った、とストップをかけた。

「進む前に、ランタンを点けておきたい」

 ランタンを点けるには、火を起こすのを含めて十分ほどかかるため、暗闇と敵陣の中でやるよりも、明るさのみならず安全も確保されている外でやる方が安心できる。そのことを鑑みてのフェンネルの提案に、ダビも同意した。

「そうだねえ。暗くなって覚束ない手元でやるより、手元をしっかり確認しながら点けられる今の方が結果として速く点けられそうだし」 

「では、お願いしても?」

「ああ」

 そして、フェンネルが火を起こしてくれている間、手隙の三人は誰からどの順で先に進むかを決めることにした。

「ルアンくらくてもみえるから、いちばんまえいっていい?」

「それは心強いですね。是非とも」

 ルアンは夜目が効くため、洞窟内部に光が届かなくなったあとでも、照明器具に頼らずに視界を確保できる。加えて、もとより前衛で戦い慣れているルアンだから、敵に遭遇したとしても多少のことは何とかなる。そういう意味でも、少女が先頭に立つのは心強い。

「それなら、順当におれ、シアさん、フェンネルさんの順かな?」

 前衛、後衛の順に進めば、狭い通路であっても、前後の距離さえ取れれば、即座に戦闘における基本の陣形を取ることができる。

「ですね。そうしましょう」

「いちばんまえって、たいちょー?」

「隊長だねえ」

「はい。基地探検隊、ルアン隊長です」

「じゃあさ、いくとき『しゅっぱつしんこーう!』ってやっていい?」

「どうぞどうぞ。隊長の仰せのままに」


 そして約十分後、無事ランタンの芯に火が灯った。

「お待たせ、ランタン点いたぞ。……何をしてるんだ?」

 作業を終えて、振り返ったフェンネルが怪訝な顔をしたのは、振り返った先の三人が輪になって肩を組んでいたからだった。

「お疲れ様です。隊長のご命令で、円陣を」

「はあ?」

「ルアン、たいちょうなの!」

「……分かったからそんな期待の眼差しで見るな。ボクはやらない」

「えー、なんだ。つまんない」

「つまんなくて結構です。ほら、散った散った」

 暇つぶしの側面が強かったからなのか、フェンネルの一声で円陣はゴネられることもなくあっさり解かれた。フェンネルはそれでいいのか、と思ったが、言うだけ無駄だろうと飲み込んで、別のことを口にした。

「ランタンはボクが持てばいいのか?」

「そうですね、それが一番理に適っているかと思うので」

 ルアンはそもそも照明を持つ必要がないし、機動力を考えると前衛のダビにも持たせたくはない。すると消去法で後衛二人のどちらかが持つしかないことになるが、シアも戦闘時には両手で銃を構えるため手が空いている方が都合が良く、ランタンを置く、という一動作を節約できるならしておきたいところであった。

「わかった」

「じゃあ行こう」

 ダビが前にいるルアンの背を軽く叩く。少女は小声で、しかし真っ直ぐ拳を天に突き上げて言った。

「しゅっぱつ、しんこーう!」

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