歓迎

 *


 本部までの山道は、前回同様、ダビが道案内係として先頭に立った。今回はロッククライミングをするほど急ぐ理由もないので、以前通らなかった、幅が広く、足元も整っている方の道を選んだ。そちら側は人通りの多い道だけあって、歩きやすく視界も良好、そして体力的にも楽に進めた。それでも川を泳いで渡る必要には迫られたが、今回は全員が何事もなく泳ぎ切った。おそらくシアは鍛錬も兼ねて、この一週間で泳ぎを練習したのだろう。

 一度だけ、蛮族の群れと思しき集団と遭遇したが、道案内係ダビの機転により、気づかれることなくやり過ごした。

「キミ、山歩きの才能あるよな」

「え、そう? 嬉しいなぁ」


 そうして数日かけて山を登り、一行は調査隊本部へとたどり着いた。


「こんにちはー」

「やあ。……お、あの時の新入り達じゃないか」

「その節はどうも、お世話になりました」

 本部前で出迎えてくれたのは、以前来た時にアカマルとともにいた鎧姿の男性だった。彼の名はランバージャックと言う。

「そうか。もしかして、君たちが今回の依頼を受けてくれた冒険者だね?」

「はい、そうです!」

 意気揚々とシアが答えると、ランバージャックが「いい表情だ」と呟いた。彼は全身くまなく鎧を纏っているため、表情は分からない。だが、その声色からは歓迎の意を感じる。

「それじゃあ、今回の依頼の概要を説明しよう。こっちへ」

 ランバージャックに手招きされて、一行が本部ことログハウスの中へと入ると、調査任務に出発しようとしていた、あの日顔見知りになった先輩冒険者の面々とすれ違った。彼らはすれ違いざまに「頼んだぞ!」とダビの背中を叩いたり、「元気だったかい?」とルアンの頭を撫でたりしてくれた。その一瞬には思い思いの、しかし、あたたかな交流があった。


 *


「さて、どこまで聞いてきた?」

 案内された一角には、周辺地域の地形図や【花園】に関する情報、近隣で遭遇した蛮族の情報などが、壁一面に所狭しと貼り出されていた。この一角は、いわゆる作戦会議をするためのスペースなのだろう。

「蛮族の基地調査だと伺いました。それ以上のことは、何も」

「オーケー、分かった」

 ランバージャックはシアの返事を聞くと、手に持っていた紙を勢いよく広げ、すでに雑然としている壁の上に、無造作に重ねて貼り付けた。動作がいちいち大きい人のようだ。

「こないだ貰った地図のおかげもあって、蛮族の棲み処と思われる洞窟が合計で三つ見つかってね」

 広げた紙は調査隊本部周辺の広域地図で、そこにはバツ印が三つ書き込まれている。このバツ印が蛮族の棲み処ということだろう。

「二つであれば調査隊に所属する人員だけで足りるんだが、三つとなると少し手が回らない。順番に調査するという考えもあったが、洞窟はそれぞれが人里に近い場所にある。だから、放置しておくのは危険だと判断して、君たちを呼んだ」

「なるほど」

「君たちにはここ、北東の洞窟をお願いしたい。あ、言い忘れていたけど、調査の目的は蛮族の殲滅だ。容赦なく一切合切を叩き潰してきてくれ」

 ランバージャックはバツ印のひとつを指で示しながら言う。

「先に派遣した視察部隊によると、見つけた三つの中で、最も下級の蛮族が出入りしている基地がここだ。だから、ここなら君たちのレベルでも十分対処できるだろう」

「ということは、ゴブリンやダガーフッドレベルの蛮族の棲み処なのでしょうか?」

 下級と聞いたシアが、具体的にはどんな種族が棲んでいるのかを訊ねると、ランバージャックは首を横に振った。

「そのレベルなら、相手の数がどれだけだろうと秒で片付けられる。わざわざ依頼を出してまで人員を確保することはしない」

 つまり、相手にする蛮族は、前回苦戦した相手よりは強いということである。

「ま、そこのかわいこちゃんにはちょうどいいと思うぞ」

「やった! いっぱいあばれる!」

 ランバージャックは、前回ここで暴れ足りないと宣ったルアンに水を向けた。ルアンはそれを受けて、楽しそうにはしゃいでいる。

「その子はよくても、ボクにとっては不安材料なんだよ……」

 一方で、フェンネルは死んだ魚のような目をしてそれを見ていた。より強い敵ということは、後方支援を一手に引き受けるフェンネルの考えるべきことがさらに増える、ということだからだ。フェンネルの呆れた態度の中に滲む、かすかな恐怖心を目敏く察知したランバージャックが、フェンネルにフォローを入れた。

「大丈夫、ちゃんと気をつければ死ぬことはない。ゴブリンよりももう少し戦い甲斐のあるやつ、くらいに思っておけ。この面子の殿しんがりじゃあ単純に考えるのは難しいだろうが、考えすぎると動けなくなる。気負うな」

「え。あ、はい」

「まあでも、危険だと思ったなら、一度撤退して、体制を整えて挑み直したっていい。必要なら、本部にある物資も使ってくれて構わない。調査に要るものは大体揃っているはずだからな、消耗品も含めて」

 ランバージャックはそう言うと、「ついておいで」と言って、一行を倉庫のようなスペースに案内してくれた。そこには一番から七番まで番号を振られた区画があり、それぞれに資材物品が積まれている。

「君たちが使いそうなのは、……銃弾とポーションと薬草類と、魔晶石あたりか。今言ったものは一番と五番と七番にある。そこから適当に探してくれ」

「持ち出し記録とか代金とかそういったことは、どのようにすれば?」

 シアが訊ねると、ランバージャックは「真面目だな!」と豪快に笑った。

「君たちはもう調査隊の一員も同然だ、対価なしで自由に使ってくれていい。敢えて言うなら、最終的に蛮族の基地をぶち壊してくれることが対価だ。なんなら、暇そうなやつを捕まえて助っ人として連れてっても良いぞ?」

「景気がいいね。おれ、そういうの好き」

 楽しそうに身体を揺らしながらダビが言った。

「好きとか嫌いとかそういう話だったか、今の……?」

「さあ……?」

 フェンネルとシアはその思考回路についていけず、首を傾げるばかりだった。ルアンはそんな四人の会話をまるで聞かずに、二番の区画に保管されている物資を物色していた。


 *


 行くぞ、というランバージャックの一声で、四人は倉庫を後にする。先ほどいた場所に戻る道すがら、フェンネルは、気になっていたことをルアンに問うた。

「さっき、倉庫で何見てたんだ?」

 ルアンはきょとんとした顔で答える。

「え? ぶき」

「ぶき……、……、武器?」

 返事の漢字変換に時間がかかったのは、フェンネルがまるで予想していなかった言葉だったためである。どういうことだ、と混乱するフェンネルを見て、ランバージャックが喉の奥でくつくつと笑いながら解説を挟んだ。

「二番は、近接攻撃用の武器や防具が保管されてる区画でな」

 彼はそれを知っていたからこそ、ルアンの物色を気にも留めなかったのだろう。

「ただ、うちはいかつい身体付きのが多いからな。おまえさんに使えるものはなかったろ」

「うん。おもくてたたかうのむりそうなのばっかだった」

「その剣を持て余さず使えてれば十分なのでは……」

 先日の凄まじいまでの怒りの一閃を見ているフェンネルとしては、これ以上の武器ってなんだよ、と突っ込みたいところである。果たして、さすがは強さを求める戦闘狂、と言うべきなのか。その答えはフェンネルには出せなかった。

 そして一行は、先程の作戦会議室(仮)へと戻る。

「さて、これで一通りの説明は済んだかな。他に質問は?」

「いえ、特には」

 「ないですよね?」とシアが他三人に確認ついでに問いかけると、三人はそれぞれ首を縦に振った。

「オーケー。なら、心の準備が出来次第いつでも出発するといい。俺は君たちを見送ってからアカマル達と合流することになっているから、気にせず存分に悩んでくれ」

 ランバージャックがそう言って場を締めると、シアは即座に外に向かって歩き出した。ルアンとダビもそれについて行く。

「まあ、なるようになるでしょう。早速行きましょう!」

「いこーう!」

「楽しみだねえ」

 よって、フェンネルが半ば押し切られる形で、なし崩しの出発となった。

「相変わらず能天気だなキミたちは!」

 

「じゃあ、また。くれぐれも、死なないでくれな?」

 見送ってくれたランバージャックが、ハハッと笑って最後にそんなことを言うので、フェンネルはつい叫んでしまった。

「縁起の悪いことを言わんでください!」

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