第2話 出会いと別れ

招集

 *


 初の依頼から一週間後。休息がてら、しばらく冒険者の宿を離れていた各々のもとに、ビアンカから一通の手紙が届いた。


『——君たちにお願いしたい案件が入ったの。どう?』


 *


 知らせを受けた翌朝、ビアンカから詳細を聞くべくフェンネルが〝まじないの向日葵亭〟に着いた頃には、すでに全員が揃ってテーブルに座っていた。

「おはようございます、フェンネルさん」

「おはよー!」

「おはようございます。眠そうですね」

 シアが笑いながらそう言うので、フェンネルは迎えられるままに空いた席に着いて答えた。

「低血圧なんだよ……。シアだって、朝には弱いだろ。なんでもうそんなに元気なんだよ」

 それは前回の依頼で寝食を共にしたからこそ分かったことでもあった。シアとフェンネルは朝に弱い。

「孤児院から歩いてくるうちに、嫌でも目が覚めますから。私は」

 シアが身を寄せている孤児院は、〝向日葵亭〟から一時間ほど歩く場所にある。陽の光を浴びながらそれだけ身体を動かせば、確かに眠気など嫌でも吹っ飛ぶ。

「さて、全員揃ったけど……。ビアンカさんがいないね」

 ビアンカの定位置であるカウンターを覗き込んだダビが言う。全員で室内を見回してみたが、探し人の姿はなかった。

「おそとかな?」

「ですかね。手伝えることがあるかもしれませんし、外に出てみましょうか」

〝向日葵亭〟の外に出ると、軽快な歌が風に乗って聴こえてきた。その音の元を辿った先にあったのは、庭園のような場所と、目的の人の姿。

「あっ、いた」

 ビアンカは庭園の一角で何やら作業をしているようで、鼻歌を奏でている。ちょうど四人に背を向ける形で作業をしていたため、何をしているのかまでは見えなかった。

「ビアンカさーん! おはようございます!」

 その背中に、シアが呼びかけた。

「あら、新米ちゃんたち。おはよう」

 ビアンカは一行に気が付くと、にこやかに振り返って挨拶をした。

「おはようございます」

「依頼の件よね? 水やりが終わるまでちょっと待っていてもらえる?」

 ダビがその挨拶に返事をすると、ビアンカは手元の如雨露を掲げて言った。

「水やり?」

「ええ。この子たちに」

「この子たち……?」

 『水やり』という動名詞の後に続くにはいささか不思議な言い回しを耳にして、首を傾げたシア。その様子に、悪戯っ子のような笑みを浮かべたビアンカは、「この子たちよ」と自分の足元を指し示した。

 そこにいたのは、水をかけられて楽しそうに踊るゴーレムたち。

「ゴッ……!?」

「そういやこの人、操霊術師コンジャラーなんだっけ……」

 驚くシアと対照的に、ダビが冷静に、しかしなんだこれ、という困惑の気持ちも滲ませて呟く。

「だけど、ゴーレムにしてはやけに緑が生い茂ってない?」

 おそらくビアンカが作り出したゴーレムなのだろう、敵意は微塵も感じられない。しかし、飼い主に懐いている犬のごとくはしゃいでいるのは実際に主従関係があるからいいとして、緑が生い茂るゴーレムというのは、ダビを含めここにいる全員が見たことがなかった。

「……身体に生えてるの、薬草だ」

 薬草などに対する知識が深いフェンネルが、生い茂る緑の正体に気づいた。すると、ビアンカが耳敏くそれを拾う。

「その通り。操霊術師の修行も兼ねて、この子たちの身体で栽培を。お料理に使うハーブなんかも育てているのよ」

「あ、なるほど。動く畑」

 ダビが得心した様子で頷く。

「そう。ほら、作物って種類ごとに土質や日当たりの最適条件が変わるじゃない? だったら土壌ごと動かせるようにすれば、畑づくりの自由度も高くなるかと」

「ゴーレムを畑に……。合理的と言って良いのだろうか……」

「かわいいねぇ~」

 どう評するべきか悩むフェンネルと対照的に、ルアンは踊るゴーレムをニコニコと眺める。少女は今日もマイペースだった。

 そんな、平和でどこか珍妙な水やりを見守ること約五分。

「さて、おしまい。中に入りましょっか」

 終了を宣言したビアンカに、ルアンは素直に返事をした。

「はーい」

 そして四人が来た道を戻ろうとすると、「ちょっと待って」とビアンカに呼び止められた。

「あなた達もこっちから行きなさいな。近いから」

「こっち?」

「お勝手から戻ると早いし、手洗い場も近くて便利なのよ。今日は特別ね」

 その言葉に甘えて、四人はいわゆる勝手口を通って〝向日葵亭〟の室内へと戻った。


 *


 踊り飽きたのか、庭にごろんと寝転がり、たっぷりの朝日の下で日向ぼっこを始めたゴーレムたち。そんな彼ら(?)を眺められる窓際の席に着いた四人とビアンカで、いつかの朝のように話が切り出された。

「さて。朝早くから集まってもらってごめんね、新米ちゃんたち」

「いえ。それで、お願いしたい案件、というのは?」

「初心者レベルの冒険者宛に、【花園】調査隊から依頼が来たのよ。だから君たちが適任かなと思って」

「あ、この間の配達先の?」

 ダビが確認を兼ねて訊くと、ビアンカが「ええ」と頷く。

「顔見知り相手だとやりやすいでしょう、お互いに」

「そうですね、ちょっと安心できる気がします」

 シアも頷いた。

「では本題。……前回の君たちの仕事や、調査隊の斥侯のおかげで、【花園】やその調査隊を狙う蛮族の基地がいくつか見つかった。ただ、その数が多くて、調査隊だけでは手が足りないから、そのうちのひとつを調べてほしい、というのが今回の依頼」

「あ、あの時の地図ですか」

 前回の仕事、とは、蛮族が暮らしていた小屋で見つけた地図の束のことだろう。そのあたりのことは、ビアンカの耳にも届いているらしい。

「大活躍だったみたいね。奇襲を止めたお手柄も聞いているわ」

「あれに間に合わせることができたと思えば、ロッククライミングした甲斐もあったね」

「かいがあったね!」

 ダビに同意したルアンが、えへん、と得意げに胸を張る。

「ダビはともかく、ルアンはただ楽しく登っただけだろ」

 そんなルアンにフェンネルが即座にツッコミを入れると、ルアンは悪戯がバレた子供のように舌を出した。

「ばれた〜」

「バレバレです」

 ビアンカはそんな一行の様子を微笑ましげに見守っている。

「今回は、後の詳しいことは現地で直接、だそうよ。だから、私から出せる情報はこれだけです。……どうしたい?」

「調査の邪魔をするものは悪です、討伐すべきです!」

 ビアンカが意向を訊く前からシアはやる気に満ちており、その問いには一拍と間を置かずに了承の意を述べた。それを受けて、ビアンカは嬉しそうに笑う。

「他のお三方はどうかしら」

 ビアンカが残る三人に目を向けると、ルアンはやる気というよりは血気や闘志に満ちており、ダビは面白そう、という感情を顔に乗せていた。有り体に言えば、ワクワクしている様子である。

「やる。たたかいたい」

「調査ってはじめてだし、なんか楽しそう」

 対照的に、ひとりだけ顔を顰めていたのはフェンネルだったが、前衛二人の返事を聞くと、頭を抱えて机に突っ伏した。

「全員楽観的すぎる……!」

「え、これやるのやだ?」

 ルアンが問うと、フェンネルは顔を上げないままため息をついた。それはもう特大級に重たいやつを。

「……嫌ってわけじゃない。ただ、……」

 言葉を濁すフェンネルの頭にあったのは、前回、調査隊本部裏での対ボルグ戦と、その前日の戦闘の苦い記憶だった。回復などの後方支援担当として、戦況と、敵味方各々の体力魔力を見定めていたフェンネルだからこそ、懸念材料を数えたら枚挙に暇がなく、考えてしまうことも多い。

「まあ、はい。依頼は請けます……」

 とはいえフェンネルも依頼そのものが嫌なわけではないので、結局のところは引き受けるしかない。気持ちの整理がついたのか、それとも腹を括ったのか、徐に顔を上げて、渋々ながらも承諾の返事をした。

「よし、ありがとう。じゃあはい、これ」

「えっ、なんですか」

 ビアンカはフェンネルの返事を受け取ると、返す刀でいつか見た袋を取り出して、テーブルに置いた。記憶が正しければ、それは前金を受け取った時と同じ麻袋。

「今回も私の判断で前金を支払います。まだまだ君たちは新米ちゃんだし、準備が十全に出来ていれば、そこの神官プリーストちゃんの気苦労も多少は晴れるでしょ?」

「ぷ、神官ちゃん……」

 そんな愛称のつけ方があるか、とフェンネルは若干引いた。しかしビアンカはどこ吹く風で受け流す。

「勇気ある冒険者には優しくするのが信条ですから。今回は一人三百Gだから、四人分で千二百G。内容が基地調査だから、ちょっと多めに出しておきました」

「助かります、ありがとうございます」

「いえいえ」

話題はそのまま、調達するべき物へと移る。

「とりあえず、調査隊本部までのキャンプにかかるものがいるのかな? テントとかの大物はもう持ってるけど、食べ物とかは買い足さないといけないし」

「そうだな。それと、灯りの類は調達したい。ボクやシアは夜目が効かないから、たとえば基地が洞窟の中で、灯りのひとつも灯されていなかったら、何も見えない」

 フェンネルは神官だが魔術師ソーサラーでもあるため、【ライト】を詠唱する手がないことはない。それは魔動機術士マギテックであるシアも同様で、己の持つマギスフィアを投光器に変形させる【フラッシュライト】を使えはする。ただ、周囲を照らすだけのことは、わざわざ魔力を消費してやることではない気がした。

「それなら、新しく用意しなくても松明が冒険者セットにありますよ。前回は使いませんでしたから、四人分合わせれば二日程度は持つはずですし、これで十分なのでは?」

 シアのその意見に、うーん、と難色を示したのはダビだった。

「あるけど、お金があるならランタンを買った方が良いんじゃないかな」

「何故です?」

 シアが理由を問うと、ダビは訥々と自身の考えを述べた。

「松明は常に誰かが持ってなきゃ灯りが採れないでしょ。そうすると、もしも暗い中で戦うとなった時に片手が塞がれるから、こっちの機動力が落ちる。だけどランタンなら床に置いた状態でも灯り続けるから手が空くし、灯りも機動力も確保できて一石二鳥」

「なるほど、一理ある。ランタンを買おう」

 身体の自由度にまで考えが至るのは、前衛で戦う人だからこその視点である。フェンネルは半ば感心しながら頷き、その意見に賛成した。シアも異論はないようで、「じゃあそうしましょう」と後に続いて言った。

「あとはやっぱり、魔晶石とかポーションとかですかね」

「だな。特に魔晶石は多めに用意しておきたい……」

 体力魔力を補うための消耗品は、あればあるだけ安心につながる。主にフェンネルの。

「それじゃ、キャンプ用のものとランタン買ったあとの残金は石に突っ込もう」

 朗らかに物騒な物言いをぶちかますダビに、フェンネルは呆れたように肩を落として項垂れた。誰が言い出さずとも、余った前金の使い道はそこ以外にないのだが、いかんせん表現の仕方がよろしくない。

「ギャンブルの賭け金みたいに聞こえるぞ、その言い方」

「ある意味で賭け金じゃない? 生死をかけた」

「事実その通りだから性質が悪いんだ」

 そんな軽口を挟みつつも、賑やかに買い出しリストを作ること五分。

「じゃ、こんなところで出発ですかね」

「うん」

 話がまとまり、出発しようと〝向日葵亭〟の出入り口へと向かうと、それに気づいたビアンカが見送りに来てくれた。

「さて、新米ちゃんたち。計画準備は万全ですね?」

「はい」

 今回は、全員で街に買い物に繰り出し、そのまま調査隊本部へ向かう算段なので、ビアンカとは、ここで暫しの別れとなる。

「では、気を付けて。いってらっしゃい」

「いってきまーす!」

 見送る人に手を振り返すのは、すっかりルアンの役目だった。

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