奇を衒う

 *


 夜が明けて、四日目。

 調査隊本部は昨晩のキャンプ地から目と鼻の先だったらしく、歩き始めてすぐに見つかった。

「ここが調査隊本部?」

 本部はログハウスのような建物で、各々の予想よりもしっかりした造りだった。

「みたいですね。……すみませーん、冒険者ギルドの依頼を受けた者です!」

「誰かいませんかー!」

 シアとフェンネルが建物のドアをノックし、中に向けて問いかけてみるが、返事がない。どうも出払っているらしい。

「いませんね」

「誰かが帰ってくるまで待つしかないな」

 二人がそんな常識的なやりとりをする後ろで、ダビとルアンは自由にあちこちを探索して歩き回っていた。

「暇だし、裏回って探検してみる?」

「うん。ひま、やだ」

 そして、そんな思い付きで建物の裏手口に回ってみると。

「……ありゃ~」

「りゃりゃ〜」

 二人は、建物のすぐそばで何かを画策しているらしい蛮族の集団を見つけてしまった。

「おれはここで見張っておくから、ルアンさんはあの二人を呼んできて」

「らじゃー」

 小声でそんなやり取りをして、ルアンは建物の表側へと回る。

「ねえねえ、ちょっときてー」

 小走りでシアとフェンネルに駆け寄ったルアンは、小声で二人を呼んだ。

「どうしました?」

「なにかあったのか?」

 二人はルアンの様子に何かあったのだと察知し、建物の裏手に回るルアンの後をついていく。その先には、ある一点を見つめたままのダビがいた。

「よんできた~」

「ありがとう、ルアンさん」

「何かありました?」

「うん。あれ見て」

 言われるがまま、シアはダビの示す先に視線をやる。その先にいるのは、もちろん件の蛮族だ。シアから一拍遅れてその姿を認めたフェンネルは、ものすごく呆れた表情と声色で、「こんな間抜けな発見があるか……?」とぼやいた。確かに、酷く間抜けである。

 見つけてしまったからには対処すべき、というシアの発案の元、蛮族たちを観察していると、一行から見て奥にいた蛮族の一体が、火を持っているのが見えた。調査隊が出払った隙に、本部の建物を焼き討ちにするつもりだろうか。彼らの近くには、ご丁寧に火気厳禁マークが記された樽が積まれている。十中八九、中身は火薬だろう。

「え、あれ止めないとやばいよね?」

「やばい、たたかおう」

「止めましょう」

 ダビとルアンが戦闘態勢に入り、シアも銃弾を装填した。そのまま作戦会議に突入する。

「あの奥のやつをまず止めるか? 火で何かされるとやっかいだ」

 フェンネルが、全員に防御魔法をかけながら言うと、シアが難しい顔をする。

「しかし、そのまま突っ込めば手前の蛮族たちが妨害しに来るでしょうし、遠方から狙える私が攻撃しても、銃弾一発で倒せるかは運次第だと思います」

 火を持っているのは道中でも遭遇したグレムリンだったが、それなりに攻撃を避けられて苦戦していた相手でもある。加えて、厄介な点はまだあった。

「それに、グレムリンとゴブリンに加えてボルグもいる。ボルグは倒すのに結構骨が折れるから、あいつにグレムリンを庇われたら面倒だ」

 蛮族の集団内で、唯一初めて遭遇した種族をまたしても見破ったダビが助言する。彼は蛮族に対する知識が深い。

「うーん、そうか」

「ただ、火を先に消しておきたいのは、その通りなんですよね……」

 本部はログハウスのような建物、つまり木造なので、火が回ってしまえば焼失するのは時間の問題。どう手を打てばいいものかと悩んでいると、ダビが何かを閃いたように「あっ」と声を上げた。残る三人の視線がそちらへと向く。

「どうしました?」

「火はおれがなんとかする。だから、あとはよろしく」

「よろしくって、え、何をするんだ?」

 フェンネルの疑問には答えないまま、ダビは顔を獣のそれに変貌させた。この状態の彼はリカント語しか話せないため、その言語の心得がない残り三人には、何を言っているかが分からない。

「もふもふ……」

「ダメですよ、ルアン」

 目を輝かせて近づこうとするルアンを、シアが制する。毛並みの整った獣毛を触りたくなる気持ちは理解できるが、確実に今やることではない。

 三人が動向を見守る中、ダビはそっと火薬の詰まった樽に近づいていった。蛮族たちは、自分たちの策に気を取られていたのか、近づくダビにはまったく気が付いていない。そして、気づかれぬまま火薬樽にたどり着いたダビは、それをひとつ持ち上げると、グレムリンめがけてぶん投げた。

「え、えええええええええええええええ!!!!」

 驚きのあまり、敵前だということも忘れてうっかり大声で叫んだ三人を後目に、樽は綺麗な放射線を描いてグレムリンのもとへと飛んでいく。そして樽は、グレムリンの持っていた火が起爆スイッチとなって爆発し、辺り一帯に爆発音が轟いて、噴煙が舞った。

 蛮族たちは完全に油断していた上に、突然の爆発に何が起きたかを把握しきれていない様子で、慌てふためいているのが見て取れた。爆風を受けてすっ転んでいる個体もいる。

「わん」

 そして彼は、ついてこい、と言わんばかりに一声吠えると、混迷極まる敵陣へ、躊躇なく踏み入っていった。それを見ていたルアンは、最初こそ呆然としていたが、すぐに順応したのか、

「なんかテンションあがってきた~!」

 と、目を輝かせながら爆風の中へ突っ込んでいく。

「うちの前衛は戦闘狂しかいないのか!?」

「まあ、崖を自力で登れるって言い出した二人ですし……」

 フェンネルとシアは全体を見渡せる程度に距離を取って、後ろに控えた。混乱に乗じてシアがグレムリンを撃ち倒し、とりあえず火の不安を刈り取る。

「残りはゴブリンが二匹とボルグか」

「特にボルグの図体からして、殴り合いの耐久戦でしょうね」

 ボルグが打撃特化、かつ高耐久力の蛮族であろうことは、知識はなくともその見た目から想像できる。

「ダビに攻撃が集中するとまずいな、昨日みたく気絶するかもしれないから」

 という会話を繰り広げていた後ろの二人を知ってか知らずか、それとも敵が馬鹿なのか、ゴブリン二体はルアンが一手に引き受けており、ダビはボルグと格闘していた。ボルグの攻撃力が不安要素ではあるが、ダビが攻撃を躱せるなら問題はなく、攻撃回数が少なければ、攻撃を受ける確率は下がる。ダビが獣変貌しているがゆえに、今のルアンとダビは言葉で意思疎通することはできないのだが、うまく擦り合わせられているらしい。おそらく、互いの呼吸は直感で察知している。

「……戦うために生まれてきたのか、あの二人は?」

「案外、いいパーティーになれそうですね」

 すばしこいゴブリンにルアンが少し手間取っていたので、シアはまずこちらに援護射撃をして二体を倒した。そして、ルアンとシアがボルグ討伐に加勢する頃には、ボルグもダビも互いにかなり消耗していた。フェンネルは回復魔法でダビをバックアップしてはいたのだが、魔力がもう底をつきかけていた。

「もうそろそろ倒れてくれないと、こっちがピンチになるな……」

 と、フェンネルが戦況を分析していると、ダビの拳がボルグに突き刺さる。その一撃を受けたボルグは足元がふらついており、立っているのもやっと、という風体であった。おそらく会心の一撃を食らわすことができたのだ。

 あとちょっとだ、と、誰もが思った。しかし、ここからが長かった。

「――!!」

「しぶといですね……!?」

 ボルグの最期の抵抗なのか、その「あとちょっと」を悉く躱されたのだ。ボルグも回避するだけで限界なのか、攻撃動作に俊敏性は皆無で、ルアンもダビも攻撃を難なく躱せたのだが、ダビの拳も、ルアンの剣も、シアの弾丸も、ボルグの槌も、すべてを躱し躱されること三十秒ほど。

「あたらない!!!!」

 とうとう、ルアンが痺れを切らして癇癪を起こした。その喚き声に一瞬視線を向けたボルグがバランスを崩し、倒れこむ。その隙を確実に衝いたシアの弾丸がボルグの身体を貫き、ようやくボルグは完全に沈んだ。

「生きようとする力ってすごいんだな……」

 すべてをただ見ていたフェンネルの、いっそ感心したらしい声色の独り言は、誰に聞かれることもなく、空に消えた。


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