越えるべきは
*
山道を歩き続けて三日目。
「もうそろそろ中間地点くらいだと思うんだけどな~」
と、ふわっとしたことを言いながら先を進んでいた一行の前に現れたのは。
「崖、ですね…………」
「そうだねぇ」
高さ十メートル程度の岩壁だった。方角的に、この崖を超えないと本部には辿り着けない。
「……迂回ルート、ないの?」
「見渡す限り岩壁なので、迂回するならかなり戻ることになりそうですね」
「シアさん、正解。かなり戻るから、たぶん期限に間に合わない」
すっかり道案内係が板についたダビが言うには、迂回するためには、一日目に見た分岐点まで戻る必要があるそうで、依頼期限の七日や手持ちの食糧などを考えると、戻っている時間的猶予はない。
「ということは結局、これをどうにか超えなきゃいけないわけか」
フェンネルが溜息とともに言った。
「しかし、超えるといってもどうやって?」
崖は昨日の川と同様、誰かが通過した形跡もないありのままの姿であり、クライミングの補助になりそうなものはない。冒険者セットにもそういう道具までは揃っていないし、川渡りと崖登りでは、冒険者の身体能力をもってしても、さすがに話が変わってくる。
そんな中、ダビがあっけらかんと言い放った。
「おれ、多分登れるよ」
それにルアンも同調する。
「ルアンも。のぼれるきがする」
それを聞いて、残る二人は間抜けな声を発した。
「「……は?」」
ダビとルアンが力自慢の二人であることはフェンネルとシアもよく知るところだが、己の身体能力のみで崖を登れそう、と宣うのは些か想定外だった。
「まずひとりが登って、上から昨日の川みたいにロープかなんかで補助すれば、みんなもどうにか登れるんじゃないかな」
と言うと、ダビはひょいっと崖を登っていく。いちばん上背があり身のこなしも達者な彼なので、崖を登ることは造作もないことだったようだ。
「よし、おいで~」
「はーい!」
ロープを垂らしてくれた部分を、新しい遊びを見つけた子供のように、楽しそうに登っていったのはルアン。その身体捌きは見事で、躓いたり滑落したりすることもなく、スムーズに登り切った。
「おいでよ~、たのしいよ~」
上から、ルアンがフェンネルとシアを呼ぶ。
「……もう、やるしかないですね」
シアは腹を括り、ロープを握りしめると、慎重に足をかける先を選びながら、一歩ずつ丁寧に登っていく。水中での身のこなしは危なっかしいシアだが、陸であればある程度器用にこなせるらしい。ダビとルアンの二人よりは時間がかかったものの、無事に崖上まで到達した。
しかし、ただひとり、フェンネルは一歩を踏み出せないでいた。
「フェンネルさん、どうしました?」
「私でも登れましたし、フェンネルなら大丈夫ですよー!」
ダビとシア二人の問いかけに、フェンネルは叫ぶように答える。
「そういう問題じゃない!」
その声にはわずかに動揺が混ざっていた。どうやら、崖を登るという、危険を伴う試みに不安があるらしい。
「こわいのかな」
ルアンがぽそりと呟いたそれに、ダビは「多分ね」と同意した。
「だけど恐怖心に関しては、おれ達が何を言っても意味ないだろうしなぁ」
と、ダビはシアに話を振る。確かに、自力で登ってしまった人や、その後に続いて嬉々として登った人の言うことはあてにならない。しかし、話を振られたシアも、ろくなアドバイスができなかった。
「こう、フィーリングでいけそうな部分を見つけて登ればどうにか!」
「なるかよ!」
そのやり取りを聞いていたルアンは、うーん、と首を傾げてしばらく思案したのち、
「なら、てつだう?」
と言って、一度登った崖を降りていった。
「いっしょにやればこわくないよ」
ルアンは綺麗な着地とともに崖下に戻ってくると、フェンネルに向けて、何度か昇降を実演して見せた。そのおかげで崖を昇降するコツに気が付いたらしいフェンネルが「あ、なるほど。分かった」と呟く。
「ん?」
「登るコツ。たぶん、もう登れる」
「ほんと?」
「ああ」
先ほどまでとは打って変わった、しっかりした声色で返事をすると、フェンネルはロープを掴み、崖に足をかけて登り始める。ルアンは、万が一フェンネルが滑落しても受け止められるよう、後ろを守るように待機していたが、フェンネルの足元に不安はなかった。要領を得たら難なく行動に移せるのは、さすがの器用さである。
「ごめん、待たせて」
無事登り切った先でフェンネルが謝ると、上で待っていた二人はのほほんと笑った。
「気にしなくていいのに。得意不得意はそれぞれ、補い合えばいいだけ」
「そうですよ、昨日の私より全然。……自分で言っておきながら胃が痛い……」
「シアさんも気にしなくていいんだよ、過ぎたことなんだからさ」
そんな会話をしつつ、ダビとシアが先に歩き出した。フェンネルと、その後ろから続いて登ってきたルアンは、少し遅れて歩き始める。
「……降りてきてくれて、ありがとう」
フェンネルが、ルアンにだけ聞こえるように言った。少し表情が硬いのは、こういう礼を言い慣れていないからなのだろう。それを聞いたルアンは、ぱあっと顔を輝かせた。
「うん!」
その元気のよすぎる返事は、先を行っていた二人にも届いた。二人は何事か、と振り返る。
「どうしたのー?」
「何かありました?」
ルアンは機嫌よく「なんでもなーい!」と答えて、前を行く二人を走って追いかけた。
*
そんな一行の行く先に、また蛮族の群れが現れた。
「お、またか」
全員が臨戦態勢に入りつつ、相手を観察する。今回は四体いるらしく、うち一体は覚えのある風貌をしていた。初日にも遭遇したグレムリンだ。
「残りは、……ダガーフッド?」
ダビが種族に見当をつけて近づこうとすると、向こうもまたこちらの気配に気が付いて、視線がかち合う。
「!」
そして、やはり先に動き出したのは蛮族で、今回の相手の先制攻撃は、シアに集中した。
「うわ!?」
双方向からダガーフッド二体に殴り掛かられたシアは、躱すこともままならず、まともに拳を食らった。
「シア、大丈夫か?」
「あ、りがとうございます。痛かった……」
シアはフェンネルに回復魔法をかけてもらって、どうにか事なきを得た。もともと銃使いであるため、殴られる距離で戦うことには慣れていない。挟み撃ちを食らったら、痛いはずである。
「よし、数を減らすぞ」
「がんばろー!」
前回と同様、まずはシアとフェンネルがダガーフッドのリーチから抜け出すべく数を減らそう、とダガーフッドたちに狙いを定めた。
しかし、反撃に出るも相手の身のこなしが素早いためか、なかなか決定打が与えられず、三人がかりでようやく一体を倒すに留まった。よって、前線を抜けられたのはフェンネルだけとなってしまった。
「なるべく庇います」
「シアさん、こっち!」
ルアンとダビが、シアの前に立ち盾となる。しかし、グレムリンの魔法攻撃を避け切れなかったダビが、地面に倒れこんだ。
「ダビさん!?」
ルアンが近づいて確認してみると、どうやら気絶して倒れただけで、息はあった。そのことに少しばかり安堵する。ダビは身軽を売りにしているがゆえに、防具の類を身に着けておらず、まともに攻撃を食らうとかなりの痛手となるのだ。
しかし、息があるから安心などと、のんきなことも言っていられない。なぜならここは戦場だ。ルアンはアウェイクポーションを取り出すと、ダビの顔面に思いっきり振りかけた。
「だいじょうぶ!?」
肩を揺すると、ダビが目を覚ます。
「……え、おれいま気絶した?」
「してた!」
そんな二人の後方から、彼が目覚めたことを確認したのち、すぐさま回復魔法をかけてくれたフェンネルの声も飛んでくる。
「おーい、生きてるか!?」
「な、なんとか!」
それにどうにか答えたダビは立ち上がり、戦闘態勢に入りなおした。
*
前回よりも混迷を極め、さらには受けたダメージも、消費した魔力も大きくなった戦いは、どうにか勝ちで納めることができた。が、一行に大きな不安をもたらした。
「今回はなんとか勝てたけど……、この先大丈夫なのか? 【花園】に入らなくとも、近づけば強敵に出くわす確率は高くならないか?」
「……ここまで来たら行くしかないでしょう。とりあえず休みたいですけど……」
「ちょっと早いけど、今日はここでキャンプにしようか……おれも疲れた……」
「うん……」
疲れと不安から、全員がどことなく沈んだ気持ちになったまま、その日の旅は終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます