とばっちり

 *


 山脈を目指しているので当たり前だが、道中は山道である。最初こそ平坦で整備された道だったが、だんだんと緑が深くなり、その深さに比例して足元も獣道の様相を呈してきた。冒険者をしている身では造作もない道ではあるが、大掛かりな馬車などは通れそうになく、蛮族の出現の有無にかかわらず、一般人に物資輸送を頼むには難しい条件が揃っていた。多少費用が嵩むことに目を瞑ってでも冒険者を呼ぶ事にも頷ける。

 そして今、一行の目の前にあるのは、二つの方向に伸びた道。ちょうど、道の分岐点に差し掛かったのである。

「お約束、といえばお約束だねぇ」

 先頭に立っていたダビが、道の様子を観察する。片方は比較的広く、地面が硬く踏み固められていることから、人がよく通ると思われる道。もう片方は、道と呼べるものではあるが幅が狭く、あまり人は通っていないであろう雰囲気が漂っている。標識のようなものも、詳細がわかる地図もないので、それぞれの先に何があるのか、目的地との位置関係は分からなかった。

「どっちに行きましょうね?」

「人が通った形跡がある方が、安全だとは思うけど」

 フェンネルとシアが分岐点で相談している横で、ルアンは特に何もせず、ダビはそれぞれの道を数歩ずつ進んでは戻る、というのを二、三度ほど繰り返していた。そして。

「こっち行くと、早く着くよ」

 ダビは、おもむろに狭い方の道を示してそう言った。

「え?」

 その突然の確信めいた発言に、驚いた顔で聞き返したのはシアだけだった。後の二人は「そーなの?」「じゃあその早い方で」と、なんてこともないように受け入れている。

「ちょっと足元悪くなるけど、冒険者ならどうにかなるって。みんな大丈夫?」

「ボクは足元くらいなんてことないよ、早く着く方が嬉しいし」

「ルアンもへいき~」

 雰囲気と多数決で「じゃあこっちでいいか」となりかけたところを、シアが慌てて止めた。

「いや、待ってください、なんでそんなあっさり適応できているんですか、二人とも」

「どうしたんだ、シア。なんの話?」

「なんの話、じゃないですよ。……ダビを信用していないわけではないですが、何故、近道がわかったんですか? 何の情報もなかったはずなのに」

 シアの疑問は尤もだったが、やはりダビはのんびりと答えた。

「ちょうどそこに妖精がいて、教えてくれたんだ」

「妖精?」

「うん。ほら、あっち。今はもうかなり木陰に行っちゃって見づらいけど」

 ダビに示された方角を向いて目を凝らすと、確かにそこにはマナの濃い一角があり、シアには中心付近に妖精らしい浮遊物が見えた。

「本当ですね……」

 シアはその姿を認めてようやく納得した。ダビには妖精語の心得があるため、妖精と会話することができるのである。

「ようせいさん、いるの?」

 ダビの視界の五十センチ下方から、疑問が飛んだ。声の主はルアンである。

「いるよ。ああでも、ルアンさんには見えないんだっけ」

 聞かれたダビはそう答えるしかなかった。

「うん」

 ルアンには妖精の姿を見ることも、声を聴くこともできないのだ。

「いいなぁ、ようせいさんとおはなしできるの」

「そうですか?」

「だって、いつでもひとりぼっちにならない」

「うーん、一人になりたいときもあるけどねぇ」

 そんな会話をしながらも、一行は近道だと教わった方へと進んだ。


 しばらく歩を進めると、一行には水の流れる音が近づき、また、前方にあったはずの森の影が薄くなっていった。

「河原のような、広めの水辺に出そうですね」

 シアのその予想は正しく、一行は森の深い獣道から一転、視界の開けた場所に出た。そこは川によって形成されたらしい河岸段丘で、川のほど近くには木造の小屋が一棟建っている。

「水があってある程度平坦で、でも森に囲まれている場所なんて、生きるのにもってこいの好立地だよな」

 周囲を観察していたフェンネルが言った。小屋の周りには何かを干すのに使っていそうな柵、焚火の跡、釣り竿のようなものなどが並んでおり、それは明らかに、ここで誰かが生活を営んでいる証拠だった。この小屋には住人がいると、全員がそう思ったとき、その小屋の近くにいくつか動く影があることに、シアが気づいた。

「……あれは、蛮族では?」

「ここで暮らしてるのって、もしかしてあいつら……」

 フェンネルがそう予測したとき、向こうもこちらに気が付いて振り返る。三体いるらしい蛮族たちと目が合い、動き出したのは相手が先だった。

「――っ!!」

「いったぁ!」

 ダビこそその奇襲を躱したものの、シアは避け切れず、ルアンもまた魔法攻撃を受けた。それはさしずめ、冒険初心者への洗礼のようだった。

「こいつらは……、グレムリンとゴブリンだな」

 体勢を立て直しながらダビが言う。遭遇したのはゴブリンが二体と、グレムリンが一体。殴りかかってきたゴブリン二体が一行の目の前で行く手を阻み、グレムリンはその向こうで距離を取ってこちらを見ていた。

「まず仕留めるべきはゴブリンたち……か?」

 フェンネルが呟く。このまま戦いを続行すれば全員ゴブリンの攻撃範囲だが、肉体派の二人はともかく、残り二人は体力温存のためにも攻撃範囲圏外に出たかったし、とりあえず頭数も削りたい。

 フェンネルの疑問に答えたのは、蛮族の種族を見破ったダビだった。

「ですね。ゴブリンは魔法に弱いから、シアさんが撃ってくれるとかなり助かります」

「えっ、ダビさんくわしい! すごい!」

「だからおれとルアンさんで片方いくんで、シアさんはもう一体を。どっちか片方でも潰せたら、シアさんとフェンネルさんがより安全に後ろに下がれる」

「はい、承知です」

 銃を構えながら、シアが頷く。彼女は銃使いだが、弾丸に魔力を込めて撃つため、銃撃という物理攻撃でも魔法のものとしてダメージを与えられるのだ。ルアンも、背負っていた自分の背よりも長い大剣の鞘を剥いで、両手に構えた。

「よし。じゃあルアンさん、やろう」

「うん、よろしく~!」

 二人と一人で分かれ、それぞれゴブリンに対峙する。まずはダビがゴブリンの片割れに殴りかかり、その打撃でゴブリンの足元を揺らがせる。その隙にルアンが剣で攻撃する、という段取りだったが、ここで、ルアンの怒りが爆発した。

「さっきの、いたかった!!」

 と、ありったけの怒りで振り下ろした剣は、ゴブリンを一瞬で砂塵へと帰したのだ。

「……は?」

 ゴブリン相手には明らかに威力が高すぎたその一撃に、フェンネルの口から呆けた声が漏れる。

 そして、フェンネルと同様、ルアンに気を取られたらしいもう一体のゴブリンは、シアの撃った弾丸に気が付かず、まともに被弾してよろめいていた。

「フェンネルさんとシアさんは今のうちに!」

 ダビの一声で、呼ばれた二人は我に返って前線を離脱するべく走り出す。

「ルアンが最初に受けた攻撃って、グレムリンの魔法じゃなかったか……?」

「黙っていましょう。おかげで一体倒せたのは事実ですし」

 フェンネルとシアが走りながらそんな会話をしていたことを、ルアンは知る由もないのだった。


 *


 最初こそ奇襲を受け混戦だったものの、ルアンの一撃の甲斐もあり即座に立て直し、難なく蛮族を仕留めた一行は、日が暮れてきたことをうけて、蛮族たちが生活していたらしい小屋をそのまま借りて一泊することにした。

「なんだこれ、ぐちゃぐちゃだな」

「整理整頓を知らない蛮族?」

「整理整頓を知っている蛮族って何だよ」

 小屋の中は、あちこちに何かが書かれた紙が散乱しており、あまり綺麗と言える状態ではなかった。フェンネルとダビが蛮族の暮らしを分析している横で、シアは手近なところにあったその一枚を拾い上げて確認した。

「……地図?」

 散乱していたそれはこの一帯の地図や地形図で、書き込まれた言葉こそわからなかったが、矢印や記号から、【夏知らずの花園】調査隊を襲撃するために行った、周辺地域の調査結果だと見るのが妥当な代物だった。

「シアさん、どした?」

 地図を見たまま固まっていたシアを訝しんでルアンが声をかけると、シアは弾かれたように顔を上げ、目線をルアンに移した。

「ああ、いえ、なんでもありません」

 この地図たちは、冒険初心者の自分たちでも倒せたような、言ってしまえば下級の蛮族ですら【花園】や調査隊の存在を知っていて、襲撃しようとしていたことの証だ。それならば、より力のある者たちが狙っていないわけがない。

「これは調査隊の方々に渡しましょう。拠点防衛のための参考情報になると思いますし」

「? うん」

 いくら有用な場所だからといって、蛮族にその有用さすらも知れている〝奈落の魔域〟を存続させておいていいのだろうか。その影響が現に今、自分たちへの依頼という形で現れているというのに。シアの頭に浮かんだその疑問は、誰に問われることもなく、彼女の内側に飲み込まれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る