第15話 入学式・後編
「葵は同中の子と話せた?」
ガラス張りの近代的な建物にぞろぞろと入っていく新入生達。
柚香達は一階の座席に案内され、父兄は二階に流されていく。
見知らぬ顔ぶれに流石の柚香も緊張するが、隣の葵はもっとカチコチに固まっていた。
だからリラックスさせてあげようと嫌味を言ったのだが、全然反応がない。
「おーい?」
朝陽が昇った午前九時。
同級生はキラキラと輝いていてその内の一人になりたいのに、
(あっ、あっ)
頭の天辺から血の気が引いていく葵。
(駄目だこりゃ)
二人は受付でプリントを貰い懐かしい吹き抜けの会場に足を踏み入れる。
ここから檀上まで見渡すととんでもない座席数に様々なテイストを持つ少年少女が蠢いていて不思議な気分。
残念ながら義姉弟の座席は別々で入ってすぐに別れた。
「柚香おっすー!」
「久々だねぇ」
彼女の席はど真ん中もど真ん中でそこに辿り着くまでが大変だった。
声をかけられるのは嬉しいが男子の前をスカートのまま通過するというのに羞恥を覚え、常に頭は小刻みに上下させながら自分の座席に体を捻じ込む。
「よっ」
「げっ」
バスンと腰を下ろした隣に座っていたのは幼馴染の須崎悠馬だった。
相変わらず大きなガタイに爽やかな笑顔。
ムカつくくらい異性を虜にさせる要素を孕んだ彼は小学校時代からの親友で好きだった人。
今は―――彼女がいる。
だから私の好きはもうここにはない。
「何だよ『げっ』て」
「朝から暑苦しいなって」
「安心しろ、今日は眠さの方が勝ってる」
今日のために散髪したのか短い髪になっているのに気付くが指摘はしない。
眠たげな横顔を視界の端で捉え、興味なく相槌を打つも本人を前にするとドキドキが止まらない。悟られないだろうか?
「彼女さんとはうまくやってる?」
「後輩じゃねぇか、その言い方はやめろよ」
「・・・お陰様でな」
姿勢が気に食わなかったのか身をググッと捩じらせてふぅと一息つく悠馬。
柚香は話題を広げることもせず聞くだけ聞いて話を打ち切った。
「おっ、そろそろだな」
由緒あるホールの天井付近には時計が掛けられていて、それが九時半を指し示した時壇上横から威厳あるおじさんがやってくる。
「皆様初めまして―――」
さぁ、長い長い校長のお話だ。
♦♦♦♦
「疲れたぁ”ぁ”ぁ”~」
長話の達人に始まり新入生代表の挨拶、現生徒会長の祝辞などが終わった昼過ぎ。
決して柔らかいとは言えない窮屈なイスに座っていたからか大柄な悠馬はボキボキと体を鳴らしストレッチを始める。
「でも今日はもう解散だからいいじゃん」
「まぁな、昼飯一緒に食うか?他の奴も誘ってさ」
「あーどうしようかな」
ぞろぞろと出入り口に向かう人々の背中を眺めながら考える。
「・・・ちょっとママに聞いてみる」
「おう、気が向いたらでいいよ」
悠馬は会場の天井を仰ぎスッと目を閉じた。
(寝る気かい)
そんな自由な幼馴染を横目に自分もスマホを取り出し外にいるであろう母にメッセージを送ろうとすると、
『お昼はマリちゃんのお母さん達と食べます♪パパの紹介も兼ねて♪』
先に届いていた。
「あー・・・」
別の席にいる義弟に伝えようとすると、
『ちょっと用事があるので先に出ます』
(・・・マジか)
慌てて会場内を見渡してみる。
が、残念ながら右も左も似たようなシルエットばかりで彼を見つけることはできなかった。
「悠馬、私も行くよ」
「へ?」
喧騒の中で寝ようとしていた幼馴染はその言葉に驚きを隠せなかったのか、目を見開いてこちらを覗いた。
別に人付き合いは悪い方でもないし高校でもまた皆にお世話になるかもしれないんだ、行った方が得になるだろう。
「いや、いいのか?」
「何で?」
「お前最近さ、俺のこと避けてるじゃん?」
気怠そうな瞼の向こう側の眼光は鋭かった。
けれど威圧しているような感じではなく、何故やどうしてが垣間見える疑問の眼差し。
柚香は若干の罪悪感に眉を顰め、
「そんなことないよ」
と嘘を吐いた。
「・・・いいけどさ、俺らもそろそろ出るか」
人の波が引いてきたのを確認した悠馬は席から立ち上がると、プリントをカバンに仕舞い欠伸をしながら通路に向かう。
そして私もあとに続く。
♦♦♦♦
「またこの面子で集まれるだなんてねー」
新高校生達は駅前のファミレスに集まり思い出話に花を咲かせていた。
「そんな驚くことでもないだろ。近所で偏差値大したことなくて入れる高校なんだから。現にウチの先輩方が入れてるじゃん」
「ショウタはすーぐそういうこと言う」
大盛況の店内に集まった同中の面々。
私は特に話しやすい友達と同席になれた。
悠馬とマリは小さい頃からの顔馴染みだしショウタはバスケ部で出会った子だがウマは合う。
この席はとても居心地がよく会話も弾む。
「あーやっと斎藤先輩に会える~」
「俺はあの先輩嫌いだな」
「ショウタはしごかれてたもんなー」
中学の時にすることはなかった話。
年寄りくさいかもしれないが光陰矢の如し、あの頃の話は各々をセンチメンタルにノスタルジックにさせていく。
「ユズカは高校でもバスケ部?」
隣のマリが尋ねてくる。
「ううん、やっぱバスケはいいや」
「え~もったいないな~」
チューチュードブ色の混合液を吸うマリ。
「そういうマリは続けんの?」
「あたしは入ってから決める!」
「あっそう」
柚香もストローに口をつけるついでに対面の悠馬をチラリと盗み見る。
「そういえばさっき滅茶苦茶カッコいい人見かけたんだよね!」
「またそういう話?いい加減高校生になるんだからやめなよ」
「えー」
見た目に反し意外と子供っぽい一面を持つ彼女は私の横腹を小突く。
そういう平熱な時間はあっという間に過ぎてしまうもので、
「んじゃ解散しますか」
「そうだね」
「あたしカオリ達と帰るねー」
「ん、気を付けて」
店内からごっそりいなくなる団体客。
「四時か、結構いたね」
「店からしたら迷惑だっただろうな」
「俺ここでバイトしようかと思ってたんだけど」
「ショウタもバイト組?」
「バスケはこの熱血野郎だけがやっとけばいいよ、俺はパソコン買いたいからさ」
「なんだとう」
二人は肩を組んで仲良く戯れている。
この光景が失われずにすんだのはよかったかもしれない。
「じゃあまた明日な、遅刻すんなよ」
「お前もな!」
一人帰路に就くショウタを見送ったあとに残された二人。
「・・・何で一緒に帰らなかったの?」
「柚香引っ越したんだろ?家まで案内してくれよ」
「絶対イヤ」
「いいじゃん」
あまり乗り気になれないが最近の態度のお詫びも込めて地元の駅から我が家へと舵を切る。
こうして二人歩幅を合わせて帰るのは中二の夏以来だった。
傾く西日に置いていかれないようゆるやかな坂を上り大通りの騒めきも聞こえなくなってきた頃、悠馬が口を開いた。
「柚香さ、俺のこと好きだったんだろ?」
これは―――チャンスなのか?
明日を迎える前に、本心と向き合う瞬間が訪れたようだ。
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