第14話 入学式・前編

「いいじゃん、制服似合ってるよ」



 今時珍しい紺色のブラウスに赤のネクタイ、ブレザーは黒を基調に裾に白い線が敷かれている大人っぽい感じ。

 男子は黒のスラックスだが女子は短め紺のスカートて際どいっちゃ際どい。

 下ろし立てのローファーの履き心地に慣れないまま歩き始めた住宅街、今日も澄み渡る青空だ。


「ね、葵くんカッコいい♪」

 ベージュのフォーマルウェアに身を包む亜妃乃はカメラ片手に子供達の晴れ姿を写真に収めている。


「中学は学ランだったが、ブレザーになると感慨深いな」

 藍色のスーツを着た透も目に涙を浮かべながらしんみり話していた。


「透さんもママも向こうでは自重してね」

「えーママも泣いちゃうかもー」

「ははっ・・・」

「おっ、ちょうどタクシー来たし拾っちゃおうか」

「はーい」


 ♦♦♦♦


 澄星海ソラミ高校は生徒数も多く、今年も三百人近くが入学したらしい。

 単純計算で十クラスくらい。

 他の高校はその半分と聞いてどれだけ欲張るんだと驚いたが、比較的自由な校風が人気でバスケ部の先輩達もここに通っていた。


 そんな高校の入学式は近くのホールを貸切って行われる。


「うひゃー」


 現地は地元民なら馴染み深い、成人式などを執り行う施設なので透も亜妃乃も懐かしそうに話していた。


「あっ!ユズカ~!」


 眩暈がするほど学生の多さに呆けているとどこからか声をかけられる。


「んっ、マリだ」

「あら」

 それは小中一緒の女友達で私は彼女と、亜妃乃はその後ろにいる彼女の母親と目が合った。


「ちょっと話してくるわね」

「ああ、俺達はここで待ってるよ」

 母娘に混ざれない男二人は近くのベンチに向かい腰を下ろす。


「葵は知ってる子、いないのか?」

「うっ」

 父の視線が辛い。

 誰でも一度はあるかもしれない好意に嘘をつく瞬間、自業自得とはいえ苦手だった。


「えっと―――あっ!あそこの男子グループは前崎の子!」

 葵が指差した方を見遣る透。

 その子達はいかにも活発溌溂というか、運動部に所属してそうな子達だった。


「あの子も!知ってる!」

 もう一方は素行が悪そうで髪を染めてる少年少女達。

 男子も女子も自分の時代ならバリカンで頭を剃られてそうな人種だ。


「なら話してきなさい。父さんここで待ってるから」

「え”っ」

 たじろぐ葵。

 前々から思っていたが息子には友達がいないのであろうか?


(母さんの性格―――いや俺の育て方かなぁ)


 表に出さないが心の内側で子育ての大変さ、息子のことをわかってやれていない辛さが透の肩を叩いてくる。

 こういうことは今に始まったことではないが、自分の不器用さを反省。


 そんなことを考えていたら、



「こんにちは、葵君」



 まるで暖かな陽光に話しかけられたかのように、耳元がふわっと心地良くなる。


「あっ―――」


 父は言葉を失ってしまった。


「ふふ、お父様にお会いするのは初めてですよね?」


 目の前に立つ少女があまりにも可憐すぎて、愛おしすぎて困ってしまったのだ。


「あっえっ?」


 その人形みたいな少女と息子を交互に見る。

 まさかこんな美少女が葵の友達?学校の行事に参観したこともあるが話題にも上らなかった。

 けれど、


「梨華ちゃん・・・」


 息子は知っている口振り。


「卒業式以来だね」

 ニコリとした微笑みは淀みない所作で目を奪われる。



「申し遅れました、わたくし透君の御学友で一番の親友の―――」



「愛内梨華と申します」



 行儀のよい完璧なお辞儀。

 どうやら一人で挨拶に来たみたいだが、周りの集団の何人かの視線はこちらに向けられていた。


「あぁ、どうも・・・葵の友達かい?」

「はい!中学の時ずっと図書委員を一緒にしてまして―――」

「とても、とても助けていただいたんです」

 朝露のように潤った青黒い長髪が揺れる。

 屈託のない微笑みに自然とこちらも顔が綻んでしまう。


「高校でも、わたくしのこと助けて下さいね?」

 梨華は葵よりも背が高くスラリと伸びた足で彼に歩み寄ると、


 スッ


 そっと手を取る。


「ちょっとやめてよ!こんなところで!」

「ふふっ、ごめんなさいね」

 彼女は意外と大胆というか、葵も葵で嫌がってはいるが満更でもないというか。


「彼女かい?」

「いえいえ、違いますよ?ね?」

「まだって・・・」

 葵は驚いていた。

 中学まではこんな積極的ではなくせいぜい写真を送るとかずっと朝まで遣り取りをするとかで、特定の関係を匂わせるようなことはしなかったから。

 それがどうしてしまったのか?

 何か心境の変化でもあったのだろうか?


 ふと、柚香に言われたことを思い出した。


 僕が誰かと付き合うのならば・・・と形振り構っていられないのかもしれない。


「そろそろお時間なので行きますね」

 梨華は右手に着けた腕時計を一瞥し、眉を顰める葵に小さく手を振り会場に向かって行く。

 立ち尽くしていた彼は彼女の姿が見えなくなってから父の隣に座る。


「いい子そうじゃないか、何だか気があるみたいだし」

「・・・僕は梨華ちゃんのこと、好きとかそういう目で見てない」

「でもあんなに可愛い子滅多に現れないぞ?少なくとも葵の前には」

「どういう意味っ!」

「はは、ごめんごめん」

「だけどな、父さんも昔はあんな感じだったから」

「え?」

「母さんって美人だけど凄く気難しいところがあったから―――」

「種を蒔ける内に蒔いておいたんだよ、好きになってもらえるように」

 苦笑いの胸中に秘められた父の思い出。

 だがああなってしまったのだから笑えない話ではある。


「結局母さんの気持ちをわかってなかったのかもしれない、付き合っても結婚しても俺の独り相撲だったのかもな」

「けど確実に、あの子はお前に尽くしてくれると思うぞ?」

「だから今は好きとかわからなくとも、男として度胸は見せなくちゃいけない日がくるはずさ」

「その時に―――どちらに転んでもいい返事ができるよう、後悔は残すなよ」

 組まれていた両拳にギュウっと力が入るのが見てわかる。



「父さんは、今幸せ?」



 人波も最高潮に達した騒めきから隔離されたように、父と子は二人だけの空間で腹の内を明かしていく。


「ああ、お前がいて亜妃乃さんがいて、柚香ちゃんがいるからな―――」


 遠くから手を振り小走りに駆け寄ってくる家族の片割れに目を細める透。


「俺は、世界一幸せ者だと思うよ」


 自分に言い聞かせるためだけではない、ずっと頭の片隅にあった想いの結晶。


「おまたせ~!」

「待たせてごめん、友達いっぱいいて」

「いいんだよ、そろそろ行こうか?」

「そうだね」


 笑い合って泣き合って、酸いも甘いも共有できる四人。


「葵は―――どうだ?父さんが再婚して不満じゃないか?」


「・・・全然!僕も毎日、楽しいよ」


「そうか」



 改めて、今日この瞬間再出発できるんだ。





 そして―――秘めた想いをぶつけ合う旅路が、始まる。



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