第13話 葵の裸『も』見せてよ

『二人共、まだ起きてるの?』



 デジャブというか何というか、今日はよくドアをノックされる。

 柚香は葵に絡めていた指をパッと離し、すくっと立ち上がる。


「もう寝る!」

『そう?休みだからって夜更かしは駄目だからね?』

「はいはい、お休みなさい!」

 そう言ってドアノブに手をかけようとした瞬間、



 ガチャ



 向こう側から先に開けられた。



 ジー・・・



「びっくりした!?なになに!?」

 寝間着姿の亜妃乃は室内の二人を訝し気に見つめ始める。

 左右に動く瞳、その視線は疑いに満ち溢れていた。


「顔、紅いけど?」

「え!?」

 指摘されすぐ顔を覆い隠す柚香、葵はそっぽを向いててわからないが怪しい。


「・・・変なことしてたんじゃないでしょうね?」

「してないって!昼間ちょっとあったから、仲直りしてたのっ!」

「あらそう、それで仲直りできた?」

「できたっ!」

 それを聞いた亜妃乃は柚香に耳打ちする。


「仲直りのチューしたんじゃないでしょうね?」

「っ!!!っるわけないじゃん!!」

 あらぬ疑いをかけられ必死に否定し、背後の葵をそのままに自室へ逃げ込む。


「・・・葵くん、もしあの子に変なことされたら言ってね?」

「あっ、はい」

「それじゃあお休みなさい」

「はい・・・」

 小さく手を振る亜妃乃を見送り、少年は放心したようにベッドに座り続ける。

 そしてふと、湿った片手の暖かさに気が付く。



「・・・」



 その感覚はやっぱり、愛内梨華とは違うものであった。



 ♦♦♦♦


 数日後、ある春の明け方。


 目覚まし時計が鳴る前に肉体が起きてしまった葵はカーテンの隙間から差し込む朝陽に溜息を洩らした。

 何とも景気の悪い寝起きだがそれはそうだろう。

 友達や人付き合いが苦手な人見知りにとってこの日ほど憂鬱で緊張する日はない。


 葵と柚香が受験した高校は所謂マンモス校であり、学力そこそこ部活動もそこそこの生徒にとっては都合のいい学校だった。

 葵のレベルならもうワンランク上の高校を目指せたが、あえてそうしなかったのには理由がある。


 木を隠すなら森の中、目立ちたくないという至極単純な理由だ。


 そして中学の同級生がいてそこはかとなくこちらを認識しかと言ってあまり構われるでもない存在になれば万々歳。


 普通の中学生は新しい出会いに心躍らせ高校生になるものだが、世の中には卒業した証は欲しいが人と関わりたくないという性根が暗い奴もいると理解してほしい。

 脳内でぶつくさ呟きながらとても重い瞼を軽くさせるべく洗面所へ。

 葵は朝が結構苦手で近くで音を立てられても起きることが少なかった。

 今日も目覚めたはいいが全然エンジンがかかっていない状態なのである。


 まだ透も葵も就寝中の最中、急な階段を下り一階廊下奥を目指す。

 季節はもう春とはいえまだ肌寒く、長袖でも着ればよかったと後悔。


 毎日同じルーチンワークで足を動かしているからか、今朝もごく自然と洗面所前の引き戸まで辿り着いてしまった。



 そしてガラッと戸を引くと、



「っ」



 ぼんやりとした視界が鮮明に美しく、目の前の対象にピントを合わせてゆく。



 スローモーションの影響を受けたのか、目を見開く彼女と筋肉質で引き締まっている女性的な裸体を上から下まで隅々、余すところなく目に焼き付けてしまった。



 そして―――これは生理現象だから仕方のないことだが、葵の下部分もアレだった。



「あっ」



 この数日の間で何度か朝シャンしていたのを覚えている。

 どうして夜に風呂に入ったのに朝も入るんだと疑問視していたが気に留めるほどでもなかった。



 だがしかし、気付くべきだったんだ。





「ちょっと!!」





 濡れきったショートカットが乱れ辺りに水飛沫が付着する。

 大判のバスタオルを目にも留まらぬ速さで巻くも時すでに遅し。

 混乱状態に陥った葵は涙目で強がった反応を見せる柚香に萌えつつ踵を返し廊下で待った。


(あちゃー)


 こういうことを想定していなかったわけではないがタイミングがタイミングすぎた。


(油断してたなぁ)


 完全に、誰にも見せないプライベートな瞬間を目撃してしまった。

 昨夜のキャミソール姿の彼女にパズルのピースをピタリと嵌め、手の感触と体温から女子特有の柔らかさも算出してしまう。


「もう、いいよ」


 朝からお元気なことを考えていたら引き戸の隙間から声がする。

 葵はズボンを直し部屋に入ると、ほとんど裸体と変わりない彼女が軽蔑した眼差しで出迎えてくれた。

 白い目とはまさにこのこと!


「ふっ、不可抗力だったんです!!」

「ふーん?でも葵もやっぱ興味あるんでしょ?」

 腕を組みながら尋ねてくるが首より下に目を移すと肩を竦められる。


「っ、違うから!全然興味なんてないっ!」

 思わず声を張り上げ否定したが、生なんて初めて見たし興味がないと言えば嘘になる。


「なーんだ、それはそれで傷付くんだけど」

 ズイと一歩寄られて、僅かばかりの身長差で見上げられる。


「でも私は興味あるしー?私だけ見られたのなんて不公平だよね~」

 柚香の片手が僕の鳩尾に当たり、指先でグリグリ押される。


「それはどういう―――」

 こういう展開は漫画で予習済みだが自分に訪れるとは思っていなくて、先の展開を失念する。



「葵の裸も、見せてよ」



 勝ち誇ったようにニヤリと口角を緩め、両眉をヒクつかせる柚香。

 初心な少年は完全に信じてしまい、声にならない叫びをあげながら固まってしまった。


「・・・もしもーし?冗談だよ?」

「えっ」

「本気にしちゃった?」

 指先をツーと上になぞられ、手の平が花弁のように開き心臓の鼓動を確かめられる。


「ドキドキし過ぎ」


 柚香はそのまま葵を押し退け出て行ってしまった。


 取り残された者は過ぎ去った嵐に安堵した表情カオで本日二度目の溜息を吐くと、ボロボロの足取りで服を脱ぎ始める。



 胸板の上からでも、左胸の跳ね上がりを認めることができた。



 ♦♦♦♦


(あー振り回されてんなー)


 自室に戻った柚香は鏡に映る真っ赤な自分を眺め辟易していた。

 ここ数日彼に会ってから確実に自分という人間が変わっている。

 例えば半裸を晒すだとかは小中どちらもあった。

 しかし部活の面々だし特に気にすることもなかった、見られて減るもんじゃないと思っていたから。

 けれど悠馬あいつにだけは何となく見せづらいってのはあって、同じ男子でも人によっては違うんだなって疑問に思ってた。


(どうして葵なんだろう?)


 初めてあの場所で挨拶を交わしてから身が引き締まったというか、一目置いてるところはある。

 そして同級生や後輩にもしなかったようなことをして恥ずかしくなってしまっている。

 あいつから少しづつ離れようとしてる意志の表れなのか、本当はこういう性格なのかどちらも定かではないが・・・。



(ガッツリ見られてたし、見ちゃったよ)



 所詮義理なんだ、男と女に変わりはない。

 透だって私の裸体を目撃すればもしかしたら悪い大人に変貌を遂げるかもしれないし、葵が亜妃乃にしてはいけないことをするかもしれない。


(かもしれない運転は大事だよね)


 自分で勝手に納得する柚香。



 今後は身の振り方に気を付けつつ、葵と―――自分自身も発情しない戒めを胸に仕舞うのであった。

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