第16話 恋に破れた日
「気付いてたんだ」
夜風が冷える茜空の下。
家はもうすぐだが足を止め、隣のあいつを見上げる。
「そりゃずっと一緒だったからな」
「そうだよね、ずっと一緒だった」
「それで私はあんたを好きになった」
切なさを胸いっぱいに張り巡らせて一分も気を抜かないようにする。
もし体の緊張を緩めたら立っていられないと思うから。
「でもこの気持ちを―――打ち明けることはできなかった」
「察してほしかったってのもあるけどさ」
道路の端に寄って、お互い佇み顔は合わさず思いの丈をぶつける。
「悠馬は私のこと―――私が好きだったって言ったら、いいって言ってくれた?」
その質問に目を細める悠馬。
神妙な面持ちはかつて一度も、試合中でもテストの時でも見たことがなかった。
「俺はさ、いいって言わなかったと思う」
随分とあっさり言われたなぁ。
「彼女とかよりもずっと傍にいてくれた家族みたいな気がして―――」
「どっかに出掛けたり二人っきりになっても、それが当たり前すぎてなーんにも思わなかったんだわ」
空を仰ぎ流れる雲を目で追う悠馬。
「やっぱそういう意味でもミカは違うんだよなぁ」
しみじみと、一言。
「性格だって趣味だってまだまだ全然わかんねぇけど」
「心がワクワクするんだ。んで守らなきゃだとか応援してくれるから頑張らなきゃって気を引き締めてくれる」
「それを柚香から感じたことは多分、なかった」
力なくこぼれた笑いがこれほどまでに辛く圧し掛かってくるだなんて。
「もうハッキリ言うけどさ、俺はお前のこと幼馴染としてすげー好きだよ」
「でもさ、彼女とかそういう風に考えたことはマジないから」
「ごめんな」
何て酷い男なんだ!
ここまでズタズタにストレートに突き付けてくるだなんて。
「・・・そっか、薄々は感じてた」
泣かないように負けないように、舌先を前歯で噛み殺す。
ギュウッと力を込めると唾液が口いっぱいに広がって血の味がした。
「あー悔しい・・・私の三年間返してほしいなー」
「・・・ごめん」
「こんなんならもっと早くに告白してフラれて、別の奴と付き合えばよかった」
「・・・そうだな」
「あんたはさー今までどれだけの女の子にこんな思いさせてきたのかーってわけですよー」
「ふこーへーだよふこーへー」
こんなこといつもは言わないが、言っていないと堪らなくなってしまう。
「ならさ、高校ではお前も早く彼氏見つけろよ」
「別に作んなくてもいいかもしんねぇけど」
「例えばこないだの葵?とか」
「知ったような口利かないでよ、偉そうに」
大きく、とても大きく鼻から空気が抜けていく。
私はタバコなんて吸ったこともないし興味もないが、大人向けの恋愛映画だとこういう場面でポケットから一本取り出して口に咥えて、
『吸う?』
だなんてキザな誤魔化しができるんだろうなぁ。
けど思春期真っ盛りの擦れた少女には何も用意されていなかった。
「・・・あの子とすぐ別れたりして他の奴に鞍替えしたりしたら、絶対許さないから」
「おう」
「あと・・・暫くはあんたと話したくないし顔も見たくない」
「・・・おう」
低く吹いた風にスカートが揺れ、足先から冷たさが押し寄せてくる。
手先も異様に悴んで震えて、寒さで体全体が駄目になりつつある。
いや、本当は寒さのせいなんかじゃないけどさ。
柚香は無言で歩き出し、悠馬は寄り掛かっていたブロック塀から身軽に跳ねその足跡を追う。
無言の早歩きに響く足音。
明日から心躍る新生活なのに気分は沈んだまま。
そうしてある一軒家の前で立ち止まった柚香は、玄関を指差した。
「ここが私の新しい家」
「・・・まじか、家買ったのか?それとも―――」
あんぐり口を開き瞳の中全部に高遠家を収める悠馬。
これには驚いた以外の言葉が見つからない。
「そう、ママが再婚したの。今日帰ったらあんたのお母さんからも言われるんじゃない?」
辛そうに目を伏せる柚香は口を噤み玄関に向かった。
「葵は―――再婚相手の息子さん」
「マジか。それで同い年で同じ高校ってコト?」
「そう。何の偶然だか知らないけど」
カバンから鍵を取り出そうとする柚香。
「だからって学校であんまり言いふらしたりしないでね」
「ああ」
「まっ、マリ辺りは義弟探し始めそうだけど」
ふふんと鼻で嗤う彼女は鍵を差し込みノブを下げると、
「じゃ、そんなわけで高校でもよろしく」
首を回し片目で悠馬を捉え、淡白で冷淡な別れを告げる。
頬が潤んで見えたのは気のせいだろうか?
(・・・泣いてんだろうな)
「ああ、気が向いたらまた昔みたいに仲良くしてくれ」
「―――そうだね」
柚香は無理だよと言いたかった。
けれど言わずに耐えて別の言葉で繋いだ。
いや、お茶を濁したと言った方が正しいかもしれない。
それでも暗い玄関に消えてゆく彼女の背に十年来の幼馴染は何も言うことができず、
(また明日な)
大事な大事な半身を失ってしまった喪失感に包まれ、反対方向の自宅に重い足取りで帰ることとなった。
しかし後悔はしていない。
本当はもっと優しく傷付けないような言葉を選ぶこともできたが、中途半端な対応は火に油を注ぐだけになると確信していたのだ。
ましてや柚香のことだ、これが最善なんだと自分に言い聞かせ悠馬は震える手でスマホを弄る。
「あっ、もしもしミカ?」
堪える者に応える者。
悠馬は初めて、年下の彼女に弱音を吐き、慰めてもらうことにした。
例えカッコ悪いと後ろ指差されても、須崎悠馬の彼女が末崎美橙である限りできる限りのことはしてもらう。
一方、玄関扉に凭れ掛かった宮村柚香に甘い慰めを与える者は、
「クッ・・・フゥッッッ・・・!!!」
誰もいなかった。
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