第8話

 不幸に耐え忍ぶのが何かと美徳とされがちだ。玉の緒よ、絶えなば絶えね、長らえば、忍ぶることの、弱りもぞする。忍ぶ恋を歌った古歌は美しいが、実際今の世の中で恋心を秘めておくのが難しくなったことが死因というのは、なかなかないだろう。時にはあっけなく死ぬけれど、死のうとするほど、死ぬのが怖くなる。この恐怖の一線を越えたものだけが、死の世界を見ることができる。この古歌を歌った巫女であり皇女だった女性が生きた時代は、今よりは死が身近だったはずだ。しかし、よし死のうと言って簡単に死ねたかというとそうではあるまい。

 耐え忍ぶのは美徳。でも死ぬのはいけない。それはさながら、生き地獄。生きながら辛酸を舐めて、嘗め尽くせ。ただし死んではいけない。地の底から這い出て足首を掴み、引きずり降ろしてくるのは、まるで亡者の群れだ。蜘蛛の糸など垂れてはこない。あるいは無数に垂れている。その蜘蛛の糸を、時に亡者の群れは「逃げ」と呼んで蔑む。「リア充爆発しろ」と軽口をたたく。「キラキラしやがって」と唾棄する。大小さまざまな悪意は、やがて亡者の群れの数を増やし、この世の生き地獄を地の果てまで拡大しようと目論む。そうして手に入れた生き地獄は、きっともうこの世とは呼べないだろう。

 ただ生きたいように生きて、何が悪いのだろう。世界の片隅で、残された大地に立つ。亡者の群れに囚われそうな自分を、必死に押しとどめながら。亡者の烙印を、背中に飼ったまま。

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