第2話
ぼくの存在を否定されたことがある。
ぼくは「わたし」と一緒にいる。ひとつの身体の中なのだから、常に一緒なのは当たり前だ。外向けには「わたし」が対応する。見た目、というか身体の形状からして「わたし」と名乗るのが正しいらしい。誰にとっての正しさなのだろう。
だからぼくは、人前に出すぎないようにしていた。誰かが「わたし」の存在以外を認めないのなら、ぼくは隠れていた方がいい。その方が、罪もなくぼくが殺されることもない。ぼくは影のような存在だ。「わたし」と表裏一体で、同じものを見ている。時折「わたし」を叱咤する。耳元で囁く。ぼくは一人じゃない。「わたし」は一人じゃない。いつだってぼくは「わたし」を見ている。
ある時、「わたし」はぼくのことをそっと口にした。そうしてもいいと思った相手だったのかもしれない。牽制だったのかもしれない。真意がどちらだったのかは、今となっては思い出せない。重要なのは結果だ。「そんな訳あるか」と一笑に附された。
ぼくはいたく傷ついた。「わたし」が相手に失望を抱くのを感じた。殺意すら沸いた。ぼくは現にここにいる。お前の見えてるのがすべてのぼくじゃない。お前はぼくの何を知っている?
ぼくは夢想した。ぼくのぼくとしての姿を。ぼくは男でも女でもない。男にも女にもならない、ただの透明でまっさらなぼくだ。人の形の白く濁った汚い皮袋に収まって、いい思いをして生きているお前に何がわかる。そうやって人を足蹴にして、お前は生きていくんだな。もうぼくはお前を許せない。
その時、はっきりとわかった。「わたし」はぼくを殺せない。ぼくが「わたし」を殺せないのと同じように。表裏一体、光と影、どちらかが失われることはありえない。この先どれだけ「わたし」が表舞台に立とうとも、たとえぼくが新たな形を得ようとも、ぼくと「わたし」はずっと一緒だ。この血に染まった醜い器が滅びるまで、共に生き続けるのだ。
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