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☆☆☆☆☆



「旦那様は、変わりましたね。」


「ええ。とても変わってしまわれました。」


 ユフィリアとルードヴィッヒが離れに行ってしまって、残されたユーフェとライラは遠くを見つめながら呟いた。

 二人ともユフィリアがコンフィチュール家に来る前のルードヴィッヒのことを知っている。ライラはまだコンフィチュール家の使用人として仕えている期間は浅いが、ユフィリアよりもコンフィチュール家にいる期間は長い。

 ユーフェについては言わずもがなだ。


「旦那様は昔から猫がとてもお好きな人でした。」


「はい。ミーア様を保護してからというもの離れでミーア様につきっきりでしたよね。」


「それに、旦那様は人間の女性には見向きをされない方かと思っていたわ。」


 ユーフェは大きなため息を吐いた。

 ユーフェが見てきたルードヴィッヒは猫が第一、次に領地経営、領民。人間の女性には見向きもしない人だった。

 ルードヴィッヒの地位に惹かれてやってきた令嬢は一人や二人ではない。だが、ルードヴィッヒはその令嬢たちを見向きもしなかったのだ。

 だから、ユーフェは勘違いをしたのだ。

 ルードヴィッヒがコンフィチュール家のことでユーフェを頼ったから、自分こそがルードヴィッヒの特別なのだと。


「美しい令嬢にも、令嬢の後ろ盾も、令嬢が持つ多額の金銭にも旦那様は見向きもしなかった。」


「そのようですね。」


「だから、とてもびっくりしているのよ。奥様が猫が好きだと知ってからの旦那様の変わりようが。」


 ユーフェはグッと手を握りしめた。

 ルードヴィッヒは変わった。ユフィリアが猫が好きだと知ってからユフィリアに目を向けるようになった。そしていつの間にか、ユフィリアにぴったりと寄り添うようになってしまった。結婚してから数週間という短期間に、だ。


「そうですね。ミーア様とのことも、ミーア様のことを気遣って奥様を近寄らせなかったのに、今はミーア様と奥様が仲良くなれるようにと間を取り持とうとしていますね。」


「そうね。びっくりしたわ。旦那様のミーア様至上主義は変わらないと思っていたのに。……私も猫が好きだと旦那様に言っていたら何か変わったのかしらね。」


 ユーフェはポツリと呟いた。

 ユフィリアよりもルードヴィッヒの傍に居たのはユーフェなのだ。もし、ユーフェが猫が好きだとルードヴィッヒに言っていたら、今よりもずっとルードヴィッヒの傍にいれたのだろうかと考えてしまう。


「変わらないと思いますよ。それに、ユーフェさんは奥様みたいに猫のことを大事になさいますか?奥様は旦那様とためを張るくらいの猫馬鹿でいらっしゃいます。走っている馬車の中から助けを呼ぶ仔猫の鳴き声が聞こえたというのですよ。奥様は。どんな聴力をしているのでしょうって話ですよ。でも、私はそんな猫に対して一生懸命な奥様が好きです。」


 ライラは今まで以上に力を込めていった。

 思い返せば、ユフィリアはルードヴィッヒと同じくらい猫が好きなようだった。

 仔猫のこともとても大切に育てようとしている。


「最初から私に勝ち目なんてなかったのね。」


 ライラの言葉を聞いてユーフェはそっと目を閉じた。






☆☆☆☆☆






「ミーア。ユフィリアと仔猫ちゃんがきたよ?ミーアの傍にいってもいいかな?」


 離れに着くと、ルードヴィッヒ様は猫なで声でミーア様に近づく。

 ミーア様はルードヴィッヒ様が近づいてきたことに気がついて耳をピンッとそばだてた。まあるい瞳がルードヴィッヒ様をじっと見つめる。


「みゃあ。」


「ありがとう!ミーア。さあ、ユフィリアもう少しこちらにおいで。ミーアの許可が下りたよ。」


 ルードヴィッヒ様はミーア様の鳴き声を聞いて嬉しそうに私を手招きした。

 正直私には、ミーア様が許可を出したのかどうかわからない。

 私はゆっくりとミーア様の元に近づく。ミーア様は私が近づくにつれて警戒するかのように、横たえていた身体をゆっくりと起き上がらせる。そして、私の方をジッと凝視するミーア様。

 全身で私のことを警戒していることがわかる。


「ミーア様。ユフィリアでございます。これ以上近づかない方がよろしいでしょうか?」


 あまりにもミーア様が警戒するので、私はミーア様にお伺いを立てた。

 すると、ルードヴィッヒ様が「クスッ」と笑う声が聞こえてきた。私は視線をミーア様からルードヴィッヒ様に移す。


「君はミーアを立ててくれるんだね。ありがとう。ミーアのことも大切に思ってくれて。」


「いいえ。ミーア様はとても愛らしく優雅で私はミーア様と仲良くなりたいので当たり前ですわ。」


 ミーア様と友好な関係を築きたい。

 ミーア様はほんとうにお姫様みたいに気位が高い。でも、心を許しているルードヴィッヒ様にはとても甘えん坊なのだ。

 ミーア様に絶大な信頼を受けているルードヴィッヒ様が羨ましい。

 私だって、ミーア様もふわふわな毛並みに触れたいのだ。ふわっふわな尻尾を触ってみたいのだ。


「君は、ミーアと私のどちらが好きだい?」


 不意にルードヴィッヒ様が質問してくる。

 なぜそのような質問をされるのか、意図がわからず私は首を傾げた。


「直感で答えてみてくれるかい?」


「そうですねぇ……心を許してくださるのならば、ミーア様でしょうか。ルードヴィッヒ様のこともミーア様のこともまだ良く知りません。なので、今は見た目から判断させていただきます。とても麗しいミーア様の方が好きと言えるでしょう。」


 私はありのまま答える。

 正直どちらの方が好きかはわからない。

 まだ私はルードヴィッヒ様のこともミーア様のことも良く知らないのだから。

 ただ、ミーア様のこともルードヴィッヒ様のことも好ましく思っている。ルードヴィッヒ様とミーア様と会えてよかったと思っている。


「ははっ。正直だな。でも、そうだね。これから私たちのことを知って言ってくれると嬉しい。私もユフィリアのことをもっと知りたいと思っている。」


 ルードヴィッヒ様は照れたように笑う。

 その笑みは私をドキッとさせた。


「みゃぅ。」


 ミーア様が一声短く鳴いた。そして、私のもとに音もなくスッと寄ってくると私の身体によじ登り、私の手の中から仔猫の首の後ろを器用に咥えて、タッと地面に降り立った。


「ミーア様……?」


「……うんうん。ミーアも少しずつユフィリアに慣れてきたようだね。ミーアの方からユフィリアに近づいて触れてくるだなんて随分好かれていると思うよ。」


「……そうだと良いのですが。なにやら仔猫ちゃんを私から保護するために、ミーア様が私の身体によじ登ってきたような気がしてなりません。爪をここぞとばかりに思い切り立ててくださいましたし。」


 ルードヴィッヒ様が困惑気味の笑顔を浮かべて言うので、私はそれに対して同じように困惑した表情を浮かべて返す。

 

「いやぁ。でも、ほら。ミーアは嫌いな人物には自分から近寄らないから。大丈夫だと思うよ。ユフィリアはミーアに好かれているんだよ。」


「……そうですね。」


 私から仔猫ちゃんを奪うように持っていったミーア様をジッと見つめる。

 ミーア様は私のことなど気にすることなく、一生懸命に仔猫ちゃんをグルーミングしている。一心不乱といってもいいくらいに一生懸命に仔猫ちゃんのことを小さく赤い舌で大切そうに舐めている。

 まるで、私の匂いを仔猫ちゃんから必死に消そうとしているようにも見えた。

 今までだったら、ミーア様は私が側にいると警戒して唸り声を上げて、私のことをジッと睨みつけていた。それを思えばかなりミーア様に心を開いてもらっているような気がする。

 ただ、まだ触ることは出来そうにないけれど。

 

「それより。いつまでも仔猫ちゃんじゃ可哀想じゃないか?名前はつけてあげないの?」


 ルードヴィッヒ様が話題を逸らすかのように仔猫の名前について尋ねてきた。


「そうですわね。そろそろ名前をつけてあげたいですわ。ルードヴィッヒ様。仔猫ちゃんに名前を付けるのに相談に乗っていただけますか?」


 私はルードヴィッヒ様に問いかける。

 ルードヴィッヒ様は私の問いかけに嬉しそうに顔を破顔させた。


「もちろんだよ。ユフィリア。一緒に特別な名前を考えようか。この子が幸せな生涯を送れるような素敵な名前を。」










終わり。




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短編小説集(異世界 婚約破棄・悪役令嬢など) 葉柚 @hayu_uduki

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