12
「ミーア。今、ユフィリアはどうしていると思う?ちゃんとに仔猫ちゃんのお世話できているかなぁ。ああ、私も最初くらいはユフィリアの傍で仔猫ちゃんの世話を一緒にすればよかったかな。心配だよ。」
「にゃあ。」
離れに着いてドアをノックしようとしたところ、中からルードヴィッヒ様の声が聞こえていた。
ちょうど私のことを心配していたようだ。
ルードヴィッヒ様の心配は的中してしまった。ナーガ様が仔猫のお世話をしているのを見ていたから大丈夫だと思ったのだけれども。ルードヴィッヒ様の心配は見事に的中してしまったようだ。
「はあ。」
それにしても入りづらいなぁ。
私の話をしている時に離れに入るというのはかなり勇気のいることだ。
でも、ルードヴィッヒ様に仔猫の排泄のお世話の仕方を教えてもらわないと、仔猫ちゃんが死んじゃうかもしれない。
そう思って私は勇気を出して、離れのドアのノッカーをトントンと鳴らした。
「どうしたんだい?」
中からルードヴィッヒ様の声が聞こえてくる。
「ユフィリアです。仔猫のお世話のことでお尋ねしたいことがあります。お時間よろしいでしょうか。」
「ああ。ユフィリアか。すぐに行くから待っていてくれるかい。」
ルードヴィッヒ様はそう言うと、すぐに離れのドアを開けてくれた。
「中に入るといい。」
「でも、私が入るとミーア様が……。」
「そうだね。ミーア、ユフィリアを入れてもいいかい?」
「……にゃああん。」
ルードヴィッヒ様がミーア様にお伺いを立てると、ミーア様から低い声が聞こえてきた。
「……うん。まあ、あまりミーアに近づかなければ大丈夫だと思うよ。それで、仔猫ちゃんがどうかしたのかい?」
ルードヴィッヒ様はドア近くに椅子を持ってきてくださり、私に座るように促した。私は、ルードヴィッヒ様が用意してくれた椅子にありがたく腰掛ける。すぐに、ルードヴィッヒ様はもう一脚椅子を持ってくると私の隣に座った。
「ええ。ミルクは飲ませることができたのですが、排泄が上手くできなくて……。」
私はルードヴィッヒ様に経緯を説明した。
ルードヴィッヒ様は優しく頷きながら、
「まずは、やってみてくれるかな?一緒に問題点を探してみようか。」
「は、はい。」
ルードヴィッヒ様に仔猫の排泄をしてもらうのは簡単だ。けれど、肝心の私が仔猫の排泄のお世話が出来なければ意味が無い。
私は先ほど仔猫に施した排泄の介助をおこなう。
それを見ていたルードヴィッヒ様は私の手に自らの手を重ねた。
「方法はとても正しいよ。良く覚えていたね。でも、実践はきっと初めてだったんだよね?」
「ええ。ナーガ様が仔猫の排泄のお世話をしているのは見ていました。実践はこれが初めてなんです。」
「うんうん。ユフィリアは優しすぎるんだよ。仔猫ちゃんのことを壊してしまわないように大切に扱っているんだね。でも、大丈夫だよ。もう少し力を入れて仔猫ちゃんのお尻を擦ってみてごらん。力加減がわからなければ、少しずつ力を入れていってみるといい。」
「え、ええ。やってみます。」
あまり強く擦っては仔猫が傷ついてしまうのではないかと怖くて確かに力をあまり入れることができないでいた。
「ああ、あと、絹でもいいけど、絹よりもふわふわしている布の方がいいかな。ほんの少しお湯で湿らせてというのも効果があるよ。」
ルードヴィッヒ様は優しく私に教えてくれた。
教えられたように、仔猫のお尻を先ほどよりも少しだけ力をこめて擦る。すると、布がじんわりと湿りだした。
「ああ、よかった。ちゃんとに出来たね。」
「よかったわ。ルードヴィッヒ様のお陰ですわ。ありがとうございます。」
仔猫が無事に排泄したので私は嬉しくなって、満面の笑みをルードヴィッヒ様に向けた。
「……っ!?」
「……ルードヴィッヒ様?」
ルードヴィッヒ様はなぜか私から顔を逸らすと俯いてしまった。
不思議に思って問いかけるがルードヴィッヒ様は「……なんでもない。」と言うだけだった。
なんでもないっていうようには見えないのだけれども。
もしかして、私があまりに手際が悪いから呆れてしまわれたのかしら。
「……私を頼ってくれてありがとう。これからも猫のことに限らず君からの相談はちゃんとに聞くから言ってくれると嬉しい。」
「ありがとうございます。」
うん?なんだろう。この変わりようは?
今までは猫のこと以外話しかけてくれるなって雰囲気だったのに。
少し戸惑いながらも私は頷いた。
「……うん。今、困っていることはあるかい?」
ルードヴィッヒ様がそう尋ねてきた。
私は少し考えた後、ユーフェのことを話すことにした。
「……気のせいかもしれないのですけれど、先ほどユーフェに仔猫を渡すように言われたのです。私が仔猫のお世話をするのに頼りないからだとは思うのですが。少し強引に感じました。ユーフェは猫が好きなんですか?」
「……ユーフェが?ユーフェは猫が嫌いというわけではなかったが、特別好きという話も聞いたことはないな。仔猫ちゃんの世話の方法も知らないんじゃないかと思うよ。猫を飼っているとも聞かないしね。」
「……そうですか。この子がとっても可愛いから構いたくなったのでしょうか。」
「そうだね。この子はとっても可愛いからね。ユーフェも仔猫が欲しくなったのかもしれないね。今度それとなくユーフェに確認してみるよ。だから、ユフィリアは仔猫ちゃんのお世話をすることだけを考えていて。それ以外の煩わしい事柄は全て私の方で処理するから。」
「ありがとうございます。でも、ルードヴィッヒ様のお手ばかりをわずらわせるわけには……。」
「構わないよ。私はユフィリアの力になりたいと思っているんだ。」
ほんと、最初の頃と全然違って好意的なルードヴィッヒ様に思わず顔が引きつる。
嫌われていたり、なんとも思われていなかったり、放っておかれるよりはいいけれども。
私はしばらくルードヴィッヒ様と話をすると、ミーア様が痺れを切らさないうちに離れから自室に戻ることにした。
「奥様。あまり旦那様のお手を煩わせるのはいかがなものかと思います。その子猫も奥様が面倒を見る必要はありませんよね?私にお任せくださいませ。」
部屋に帰った私は、目を釣り上げさせているユーフェに出迎えられた。
☆☆☆☆☆
「ユーフェか……。ミーアはどう思う?」
ユフィリアが離れを去った後、ルードヴィッヒはミーアの頭を撫でながら問いかけた。
ミーアは眠そうに「みゃぁう。」と大きなあくびをした。
「そうだよね。ミーアはユーフェには会ったことがないものね。」
ルードヴィッヒは先ほどまでいたユフィリアからの相談事を思い出す。
ユーフェはルードヴィッヒがまだ小さい頃から使用人としてコンフィチュール家に仕えていた。元は孤児だったと記憶している。
ユーフェとルードヴィッヒは年が近いこともあり、幼少期には一緒に遊んだこともあった。年を重ねるごとに、ユーフェは侍女として仕事を全うするようになり、ルードヴィッヒと遊ぶこともなくなった。
ルードヴィッヒの方も、コンフィチュール家の当主になるために父親についていって仕事の仕方を学んだり、領地経営について学んだりと忙しい毎日を送っていたために、ユーフェと仕事以外で話をすることもなくなっていった。
「ユーフェは良くも悪くも真面目だからねぇ。」
仕事ぶりはとても真面目という評価だ。
真面目で誰にも媚を売らない。目上相手でも悪いと思ったことは素直に指摘する。
そんな仕事ぶりが認められてユーフェは侍女長まで上り詰めた。
ルードヴィッヒの母親であるコンフィチュール辺境伯夫人が亡くなってから、ユフィリアがコンフィチュール家に嫁いでくるまでは、コンフィチュール家の女主人代理として采配を振るっていた。
問題はおきていなかったはずだ。
ユフィリアがコンフィチュール家に嫁いでくるまでは。
「……いくらコンフィチュール家で働いている期間が長いと言っても、ユーフェはただの使用人だし。ユフィリアから仔猫ちゃんを取り上げる権限はないんだけどなぁ。それに、ミーアのこともユフィリアに説明していなかったみたいだし。」
ユーフェのことは幼い頃から知っていた。だから、ルードヴィッヒも彼女のことを信頼していた。
だが、ユフィリアが嫁いできてからのユーフェの態度は使用人としての域を通り越しているような気がするのだ。
「ミーアのことをユフィリアに伝えていなかった理由を聞いた時も要領を得なかったし。」
ルードヴィッヒの中に少しずつユーフェに対しての疑念が湧き上がる。
「ユーフェはユフィリアのことを女主人として認めていないのかな。あまり私がでしゃばることではないのだけど、少し様子を見てくるか。」
ルードヴィッヒはミーアが自分の子供たちにミルクを与え、排せつを促しころころと眠り始めたことを確認すると、椅子から立ち上がった。
「少し、ユフィリアのところに行ってくるからね。」
ミーアの頭を優しく撫でてからルードヴィッヒは離れから出て、先ほど別れたユフィリアの部屋に向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます