8
「ユフィリアさん。毎日来てくださってありがとう。」
保護猫施設に訪れると迎え入れてくれたナーガ様に開口一番にそう言われた。
「いいえ。私こそ、毎日来させていただいてありがとうございます。」
「まあ。ふふっ。少しは緊張が取れたかしら?」
「えっ……。」
「コンフィチュール辺境伯はとても寡黙な方でしょう?ユフィリアさんも嫁いできたばかりで緊張されていたように見受けられたから。少しはコンフィチュール辺境伯とお話しできるようになったかしら?」
どうやらナーガ様は、ルードヴィッヒ様と私が上手くいっていないことをご存知だったようだ。まあ、ミーア様が実は王族だったということがわかったのだから、ナーガ様も最初から気にかけてくださっていたのかもしれないが。
「は、はい。」
「そう。それはよかったわ。ああ、そうだわ。ミーアちゃんに子供が産まれたと聞いたわ。ユフィリアさんは、もうミーアの子供たちに会ったかしら?」
やっぱりナーガ様もミーア様が出産なされたということはご存知だったようだ。
「いいえ。まだ、ルードヴィッヒ様に止められております。」
「そうなの。そう言えばそうよねぇ。まだ出産してから一週間ほどですものね。産まれたての赤ちゃんもとっても可愛いからユフィリアさんにも見ていただきたかったわ。私も見たかったわ。」
ナーガ様はうっとりと目を細めた。
ナーガ様はミーア様のお子様たちにまだお会いしていないらしい。
「……ナーガ様でしたら、すぐにでもお会いできるのではないでしょうか。私はまだミーア様とお会いしたことはございません。ですので、ミーア様が見ず知らずの相手だと警戒してしまうからということでまだ会っていないのです。ナーガ様でしたら、ミーア様と面識がございますでしょう?」
「実はね、ミーアちゃんはと面識はあるのだけれども、コンフィチュール辺境伯が家族として迎え入れられてからは会っていないのよ。だから、残念ながら私でもミーアちゃんに警戒されてしまうの。ミーアちゃんには安心して子育てをしてほしいからね。私はまだ会うのを我慢しなくては、ね。」
ナーガ様はそう言って残念そうにため息をついた。
私は首を傾げる。
ミーア様は王族なのに、王太后陛下とあまり親しくなかったのだろうか。もしかして確執があったのだろうか。それにしては、ナーガ様はミーア様のことを気にかけているようにも見えるけれど。
「ミーアちゃんは女の子だしね。毛並みが白いでしょう?白い毛並を持つ子は警戒心が他の子たちよりも強い傾向があるのよ。」
「……そうなんですね。」
髪の色が警戒心とどういう関係があるのかわからないけれど、ミーア様はどうやらとても警戒心の強いお方らしい。それにしても白い髪の毛ってとても珍しいわ。年を取ると髪が白くなるけれど、ミーア様はまだ若いしそれとは別なのよね。
でも、王家に髪が白いお方がいるとは聞いたことが無いわ。
もしかして他の人と違うという理由で隠されて育てられたとか?
「老婆みたいな白髪の子ね。気持ち悪いわ。」とか、言われて王家との間に確執があったのかしら。
それならミーア様が人一倍警戒心が強いのも頷けるし、ナーガ様のことも警戒してしまうのもわかる。
「でも、コンフィチュール辺境伯がミーアちゃんをとっても大事にしてくれているから安心だわ。ユフィリアさんもミーアちゃんのことを可愛がってあげてね。まあ、ユフィリアちゃんもミーアちゃんに会ったら絶対気に入ると思うわ。誰よりも気位の高い子だけど、仕草も優雅で美しいから。そんなミーアちゃんが子育てをしている姿見てみたいわね。ふふっ。」
そう言ってナーガ様は楽しそうに笑った。
そしてこの日の帰り道で私は運命の相手と出会うことになる。
☆☆☆☆☆
「みぃーーーーーっ。みぃーーーーーーっ。」
「馬車を止めてちょうだいっ!」
保護猫施設からの帰り道、どこからともなく甲高いなにかの鳴き声が聞こえてきた。
その鳴き声が助けを求めているように感じて私は馬車の歩みを止めるように指示する。
まもなくして馬車が止まる。
「奥様、いかがなされましたか。」
「鳴き声が聞こえたの。誰かに助けを求めるような鳴き声が。」
ライラがなぜ馬車を止めたのかと心配そうに問いかけてきた。
私はライラに馬車を止めた理由を告げる。
「……鳴き声、ですか?」
「そうよ。甲高い鳴き声よ。」
ライラには聞こえなかったのだろうか。助けを求めるような鳴き声が。
「みぃーーーーーっ。みぃーーーーーーっ。」
その時、もう一度鳴き声が聞こえた。
「ほら、この鳴き声よ。」
「……奥様、良く聞こえましたね。馬車の音に紛れて普通は聞こえないかと。」
「助けてあげないと……。」
「奥様……。わかりました。私も一緒に参ります。」
ライラは御者のマルフォイにここで待つように告げると私と一緒に馬車を降りた。
私は鳴き声を頼りに辺りを探す。
「あっ……。いた……。」
必死に助けを求めるように鳴く小さな小さな命がそこにあった。
私はちょうど木下にある草影の中に手のひらサイズの小さな生き物がいることに気づいた。
小さな命は生きようと口をパクパク開けて助けを求める鳴き声を上げる。小さな手足をばたつかせて。
まだ目も開いていないし、手足をばたつかせているだけなので、自分で歩くこともできないのだろう。
辺りを見回したがその生き物の親と思わしき動物はいなかった。
親に置いて行かれてしまったのだろうか。それとも、他の動物や心無い人間の手によって親から引き離されてしまったのだろうか。
どちらにしても想像すると心が痛くなる。
私はその小さな命を両手で救い上げた。
「……冷たい。」
手の中の小さな命は体温が低くなっているようだった。
長時間この場所に一匹でいたのかもしれない。
どうしたらいいのかわからないが、とにかく両手で包み込んで温めようとした。
「奥様っ。その子ですね。」
「ええ。でも身体が冷たいわ。ここからならナーガ様のところに戻るのが早いわね。ナーガ様のところに戻るわ。」
「わかりました。」
そうして私たちは今来た道を大急ぎで引き返していった。
「ナーガ様っ。なにかの動物の赤ちゃんを拾ってしまいました。息はしているようなのですが、身体がとても冷たいんですっ!」
馬車から急いで下りると、ナーガ様の元まで小走りで走り寄る。
私に気づいたナーガ様はすぐに私の手から小さな赤ちゃんを受け取った。
「あら。大変。体温が下がっているわね。この子のお母さんは近くにいなかった?」
「近くを探してみましたがこの子の母親と思われる動物はおりませんでした。」
「そう。ちなみに、ユフィリアさん。この子なんの動物だかわかるかしら?」
ナーガ様は私に質問しながらも、手を止めることなくテキパキと赤ちゃんの様子を確認していく。
「いいえ。四つ足の動物ってところまではわかるのですが……。」
「そうね。これはね。猫の赤ちゃんなのよ。まだとっても小さいから見慣れない人には判別は難しいかもしれないわね。目が開いてないところを見ると、生後一週間も経っていないわね。近くに母親がいないということは通常であれば考えられないわ。捨てられたのか、他の動物が猫の赤ちゃんをさらったのか、心無い人間が母親と赤ちゃんを故意に引き離したのか……。まずは、この子を助けなければね。」
ナーガさんはそう言って、人肌よりも少しだけ高く温めた布で猫の赤ちゃんをくるむ。その上で、温めたミルクを小さな哺乳瓶にいれて猫の赤ちゃんの口元に持って行った。その哺乳瓶の吸い口を小さな口でいっぱい頬張り放さない猫の赤ちゃん。
少しずつ哺乳瓶の中からミルクが減っていく。
猫の赤ちゃんからは、生きたいという強い意識が感じられた。
「とりあえずは大丈夫そうね。」
ナーガ様は赤ちゃんがミルクを飲む姿を見て安堵の息をついた。
「この子、ここで面倒を見るのもいいけれど、折角だからユフィリアさんが育ててみる?サポートはさせてもらうし、きっとコンフィチュール辺境伯も力になってくれるはずよ。」
赤ちゃんが無事だとホッとした瞬間にナーガ様からの爆弾発言が投下された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます