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「えっと、ミーア様はお姫様なのでしょうか?」


 私は内心ビクビクしながらルードヴィッヒ様に尋ねる。

 でも、ミーア様がお姫様だったのなら、国王陛下がルードヴィッヒ様と私の結婚を認めるはずがない。国王陛下はルードヴィッヒ様を一目置いて見ていたようだったし。とても気にいっているように思えた。

 愛人にするよりも、結婚を選ぶだろう。


「うーん。そうだね。私の大切なお姫様だよ。君だって、ミーアに会えば大切なお姫様だって思うと思うよ。」


 ルードヴィッヒ様は少し考えたあとににっこり笑いながら答えた。

 答えるまでの間が気になるけれど、やっぱりミーア様はお姫様だったらしい。


「そ、そうですわね……。」


 ミーア様がこの国のお姫様だとしたら私がどうあがいても敵うはずがない。

 もうすでに負けているけれど。


「早くミーアに君を会わせたいよ。きっとミーアも君を気に入ると思うんだ。でも、まだ子育て中でね。ミーアは慣れた人以外が傍に居ると落ち着かないみたいで、子供たちを隠してしまうんだよ。そんなことをさせてしまったら可哀想だろう?ミーアだって落ち着いて子育てしたいと思うんだ。」


 ルードヴィッヒ様は困ったように笑った。

 それにしても、ミーア様は信頼した人以外に子供たちを会わせると、子供たちを盗られると思っているのだろうか。

 やはり、ルードヴィッヒ様とミーア様の関係は愛人という関係で、その間に産まれた子たちだから邪魔に思う人がいるとか?

 でも、いったい誰がミーア様のお子様たちを盗るというの……?


「でも、ミーア様とお子様たちは望まれてここにいるのでしょう?誰かがミーア様のお子様を盗ろうとしているのでしょうか?」


 私は気になったのでルードヴィッヒ様に確認してみる。

 もし、誰かがミーア様のお子様を狙っているのだとしたら、私も不審人物に気をつけておかなければならない。下手をすると私が犯人にされかねないからだ。

 愛人の子を疎ましく思う正妻として担がれてしまったらとても困る。


「ああ、気にしないで。ミーアの習性みたいなものだから。誰かがミーアの子供たちを狙っているわけではないよ。まあ、ミーアの子供たちはとっても可愛いからねぇ。私だって、可愛くて可愛くて仕方なくてね、こう手のひらの上にのせて頬ずりしているくらいなんだよ。まあ、ミーアに返せって怒られるけどね。そのミーアが怒っている姿も可愛くて仕方が無いんだ。でも、あまりミーアを怒らせると拗ねちゃうからね。私も気をつけてミーアには接しているんだよ。本当に可愛いよね。ミーアは。」


 ルードヴィッヒ様はミーア様と子供たちのことを思い出したのか頬を上気させながら夢見がちに答える。

 誰からに狙われているわけじゃないのはよかったことだが、相当な溺愛ぶりである。

 ルードヴィッヒ様は私に一線を引けとおっしゃっているのだろうか。


「……そうなんですね。ミーア様とお子様たちのことを早く見てみたいです。」


 私はこれ以上ルードヴィッヒ様と愛人の話を聞いていたくなくて、適当に頷くと立ち上がろうとする。


「私も早く君に紹介しようと思っているよ。でも、二ヶ月は待ってね。二ヶ月経てばある程度子供たちは独り立ちするから。まあ、今度は子供たちがちょこまかちょこまか走り回ってミーアは慌てるようになると思うけど。きっと今ほど警戒はしなくなると思うから。」


「……え?二ヶ月……?」


 先日ミーア様にお子様がお生まれになったと言わなかっただろうか。

 赤ちゃんって二ヶ月で自分で走り回ることができるの……?

 私は驚いてもう一度椅子に座り直してしまった。

 私の妹だって、そんなに早く走り回りはしなかったはずなんだけど……。


「長いだろう?すまないね。ミーアと子供たちのためと思って我慢して欲しい。ああー、でも今のミーアも子供たちもとっても可愛くて本当だったら君にも見せたいんだよ。一緒にミーアと子供たちの成長を見守ってもらいたいし。一緒に一喜一憂してもらいたいと思っているんだよ。君ともうちょっと早く出会えていたら。そうすれば一緒にミーアの出産にも立ち会うことができたのに非常に残念だよ。」


 ルードヴィッヒ様は眉を下げて非常に残念そうな顔をする。

 夜会で見かけた時のルードヴィッヒ様はいつもすまし顔で、こんなに表情が豊かだと言うことを私は全然知らなかった。

 そこまでルードヴィッヒ様を一喜一憂させるミーア様はとてもすごいと思う。

 でも、なんだかちょっと引っかかる。

 ミーア様の出産はもうちょっと前だったのではないだろうか?

 でも、ミーア様の出産時期を偽ったのはなぜ?こんなに堂々と愛人のことを語るのだから、ミーア様の出産時期をわざわざずらして言わなくてもいいと思うのだけれども。


「……ミーア様はいつ出産なされたのでしょうか?」


 聞かないでおこうと思っていたが、どうしても気になってしまい、気づけばルードヴィッヒ様に問いかけてしまっていた。


「君と結婚した次の日だよ。君と話している最中にユーフェが僕を呼びに来ただろう?あの時なんだ。君との結婚式の最中、実は私は気が気では無かったのだよ。ミーアの出産が近かったからね。君と話す時間がとれなくてすまなかった。」


「い、いえ……。」


 頭が混乱してきた。

 私と結婚式を挙げた翌日にミーア様が出産されたってことはまだミーア様はお子様を産んでから一週間しか経っていない。それなのに後二ヶ月経てばお子様たちが好き勝手に走り出すようになるってどういうことだろうか。

 ミーア様のお子様たちは人間ではないんじゃないかと思わず疑ってしまいそうになった。


 ミーア様が人間じゃないだなんて、私なんてことを思ってしまったのだろう。

 私は自分の愚かな考えに慌てて首を横にふる。

 ルードヴィッヒ様がおっしゃってたじゃない。ミーア様はこの国のお姫様だって。

 人間に決まってるのに、私ったらミーア様に失礼なことを思ってしまったわ。


「今日は君と話すことができてよかったよ。やっぱり、ミーアのことを君と話すことができると、とても嬉しい。君が私の妻で本当によかったと思っているよ。」


 そう言ってルードヴィッヒ様は嬉しそうに破顔した。

 ルードヴィッヒ様は本当に良く笑う人だ。

 それにしても、愛人がいるのに私が妻でよかったというのはどういうことだろうか?やっぱり、愛人のことを受け入れてくれるお飾りの妻だから嬉しいとでもいうのかしら?

 でも、こんなにも愛人であるミーア様のことを大好きだ大好きだとのろけられてしまったら、私は受け入れるほかないではないか。


「それは……よかったですわ。」


「うん。今度は君のお気に入りの猫ちゃんの話を聞かせてくれる日がくるといいな。私ももっとミーアの愛らしいところを君と共有したいし。」


「……そうですわね。」


 お気に入りの猫ちゃんだったら保護猫施設に何匹もいる。

 どの子もとても素晴らしくて。

 でも、ルードヴィッヒ様にお伝えするには、まだ猫ちゃんたちのそれぞれの素晴らしさを私がまだ充分にしれていないのだ。一週間だけだとまだそれぞれの猫ちゃんたちの癖や可愛さなどをすべて熟知することは難しい。やっぱりずっと一緒にいることでどんどん好きな部分が増えていくと思うのだ。


「私も、ルードヴィッヒ様がミーア様のことを嬉しそうに語るように、私も猫ちゃんたちのことをルードヴィッヒ様に負けないくらい大好きを込めて伝えたいと思いますわ。」


 私は愛人を持つことはない。

 だから、ルードヴィッヒ様が愛人のミーア様のことを語るのと同じように、私は愛人の代わりに大好きな猫ちゃんのことをルードヴィッヒ様に語りたいと思う。

 それが私のせめてもの意趣返しだ。

 興味が無い相手のことを熱く語られる気持ちをルードヴィッヒ様も知るべきなのだ。

 私はそう決意した。

 私の都合に可愛い可愛い猫ちゃんのことを巻き込むのはちょっと抵抗があるけれど。今のところ、他に愛を語れそうな存在を作れそうにないのだから仕方ない。


「楽しみにしているよ。」


 ルードヴィッヒ様はそれはそれは嬉しそうに笑った。

 そして、私はその運命の猫ちゃんともうすぐ出会うことになる。








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