夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします 1
神聖なる女神様の加護する神殿。
その神殿でうららかな春のある日、純白のドレスを着た私は、かねてからの婚約者であるルードヴィッヒ辺境伯の前に立っていた。
同じく純白のタキシードに身を包んだルードヴィッヒ辺境伯はとても神秘的な雰囲気がしており、触れることも罪に当たるのではないかと思うほどの清廉さがあった。
思わず頬を赤く染めて、ルードヴィッヒ辺境伯のことをベール越しに見つめる。
純白の司祭服をまとった司祭様が私たちの間に立った。
手には女神様から託されたという教本を持っている。
「ルードヴィッヒ・コンフィチュール。あなたは女神様に誓って、生涯ユフィリア・マーマレードのことを慈しみ愛すると誓いますか。」
司祭様はお決まりの文句でルードヴィッヒ辺境伯に問いかける。
「……ああ。」
ルードヴィッヒ辺境伯はしばらくの間の後、低い声で短く頷いた。
「ユフィリア・マーマレード。あなたは女神様に誓って、生涯ルードヴィッヒ・コンフィチュールのことを慈しみ愛すると誓いますか。」
司祭様は今度は私に対して問いかける。
「……はい。誓いますわ。」
私は緊張のあまり上ずりそうな声を隠して厳かに女神様に誓いを立てた。
私、ユフィリア・マーマレードは結婚式を挙げ、この日ユフィリア・コンフィチュールとなった。
私はコンフィチュール辺境伯婦人として幸せな毎日を送ることになる。
☆☆☆☆☆
今日から住まう予定のコンフィチュール辺境伯邸に着いた私は用意された部屋のベッドの上に疲れこんで倒れこんでいた。
「疲れたわぁ……。」
厳かな式というものは思いのほか私の精神に疲れをもたらせたようだ。
失敗してはならないという緊張と清廉な教会の空気に緊張していたようだ。
それでも、幼い頃よりずっとあこがれていたルードヴィッヒ様と結婚することが出来たのが何よりも夢のようだ。
ルードヴィッヒ様は令嬢たちと浮名を流すことなくとても硬派な人だと貴族の間ではもっぱらの噂だ。私と婚約を結んだ時も、ルードヴィッヒ様と一緒にお出かけすることもなかったし、必要最小限の会話しかなかった。
国王陛下に決められた婚姻だったこともあり、ルードヴィッヒ様にも思うところがあったのかもしれない。ちなみに、なぜ私がルードヴィッヒ様の結婚相手に選ばれたのかは私のあずかり知らぬところだ。
ルードヴィッヒ様に愛されていないことはわかっている。だけど、一緒に暮らすうちに少しでも愛してもらえたらとこの時は思っていた。
「ユフィリア奥様。旦那様からのご伝言でございます。」
「まあ。なにかしら。」
侍女頭のユーフェが私の前にきて深々と頭を下げた。
ユーフェはこのコンフィチュール辺境伯に昔から務めている侍女頭である。初対面の時にそう挨拶された記憶がある。
「今日はこのまま湯あみをして休むようにとのことです。屋敷内の案内は明日、私の方からするようにと仰せつかっております。」
「……まあ。それはっ……。」
私は言葉を失った。
結婚式を挙げた当日だというのに、ルードヴィッヒ様は私に挨拶にも来ない気のようだ。
「旦那様はユフィリア奥様のお身体を気遣っておいでです。慣れない地で疲れているのに無理はさせられないとのことでした。」
「……そう。わかったわ。」
ユーフェに怒鳴っても仕方がない。
それにコンフィチュール辺境伯婦人となった初日なのに使用人に対して怒って、器量の狭い辺境伯婦人だと思われたくはなかった。
「ルードヴィッヒ様はどちらにいらっしゃるの。せめて、お休みの挨拶だけでもしたいのだけれども。」
挨拶をするくらいだったら構わないだろう。
私はそう思いユーフェに確認する。
「旦那様は、離れにおいででございます。」
「そう。では、離れに案内してくださるかしら?」
「申し訳ございませんっ。ですが、離れに客人をお連れすることは旦那様から許可されてはおりません。」
「……客人?私は客人なんですの?」
ユーフェの言葉に私はピシリッと固まった。
私は今日からこのコンフィチュール家の伯爵夫人となったはずだ。それなのに、客人とはどういうことだろう。
「た、大変申し訳ございませんっ!私の失言にございます。離れには旦那様が許可なされた方しかお連れしないように申し付けられております。」
「……私は今日からこの屋敷の女主人だと思うのだけれども?」
「申し訳ございませんっ。奥様。」
恐縮して謝っているユーフェをこれ以上突き詰めても、状況は変わらないだろう。
主人であるルードヴィッヒ様の言いつけをユーフェは守るしかないのだから。
「そう。わかったわ。それなら明日、ルードヴィッヒ様に直接、離れに行ってもいいか聞いてみるわ。」
「大変申し訳ございません。奥様。」
ユーフェは深々とお辞儀をすると私の部屋から出て行った。
「……好かれているとは思ったことはないけれど、私はルードヴィッヒ様に思った以上に嫌われているのかもしれないわね。」
ポツリと呟いた言葉は誰も聞いていないようだった。
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