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「……はぁ。」
コンフィチュール辺境伯邸の離れで私は深いため息を吐いた。
今日は私とユフィリア・マーマレード伯爵令嬢の結婚式だった。
純白のドレスを身に纏ったユフィリア伯爵令嬢は想像以上に美しくまるで妖精のようだった。触れてしまえば消えていってしまうのではないかと思うほどだった。
昼間のユフィリア伯爵令嬢のことを思い出して私はソファーに深く身を沈める。
「ああ、ミーア。心配してくれるのかい?」
物思いにふけっている私の傍にミーアがやってきて、背伸びをしながら私の頬をその赤くざらざらとした舌でペロッと舐める。
いつもと違う私の様子を心配して慰めにきたのだろう。
私はミーアの頭を優しく撫でさする。
さらさらとした毛は触れるだけでも私の心を癒やしてくれる。
「ミーア。今日から本邸にユフィリア伯爵令嬢が嫁いできたんだ。私は、どうしたらいいんだろうね。」
旧知の仲である現国王陛下の采配でユフィリア伯爵令嬢は辺境伯に嫁いできた。
今まで苦労などしたことがなく大切に育てられた令嬢だ。きっと、辺境の地に来たことを後悔しているかもしれない。
私の大切なミーアのことも受け入れてくれるかもわからない。
そう思うと、優しくしたいと思っても、私のことも、ミーアのことも受け入れてくれなかったらと思うと怖かった。
「……私は本当に意気地がないな。」
女性にどう接したらいいかわからない。
それに、ユフィリア伯爵令嬢は夜会で会った時に一目で気に入った女性だ。隣に居た国王陛下も私の様子にすぐに気づいたのだろう。だから、国王陛下は私とユフィリア伯爵令嬢の結婚を急いだ。
ユフィリア伯爵令嬢にも想う相手がいたかもしれないのに、だ。
「ユフィリア伯爵令嬢は、ミーアのことを気に入ってくれるだろうか。ミーアのことを出来れば彼女には受け入れてもらいたい。」
ミーアは甘えるように私の身体にもたれかかってくる。
そしてそのまま、私の身体を枕にして眠ってしまった。
呼吸に合わせて上下するお腹がとても愛しい。そのお腹に顔を埋めたくなる。
「せめて、ユフィリア伯爵令嬢がミーアのことを気に入ってくれれば……受け入れてくれれば、私は……。二人で一緒にミーアのことを愛でることが出来たらとても幸せなのにな……。」
私は誘われるように愛らしく愛おしいミーアのふかふかのお腹に顔を寄せた。
私の体温より1度高いミーアの身体にくっついていると、少しだけ安心する。
「ベッドで寝ようか。ミーア。ここで眠ったら風邪を引いてしまいそうだ。」
しばらくミーアに寄り添っていたが、ソファーで眠るにはまだ少し肌寒い。
私はミーアをベッドに誘った。
だがミーアは小さく声をあげたが眠いのか起きようとはしない。
仕方なく私はミーアの柔らかい身体を抱き上げると寝室に向かうのだった。
☆☆☆☆☆
「奥様。朝食のお時間でございます。食堂に参りますか?それとも、お部屋にお持ちいたしましょうか。旦那様からはお好きな方で召し上がって良いと伺っております。」
翌日の朝、侍女頭のユーフェがやってきた。
「そうね。食堂に行くわ。」
食堂に行かなければきっとルードヴィッヒ様に挨拶することができないような気がして食堂を選んだ。
きっと、ルードヴィッヒ様は私の自室にはよほどの用事がない限り来ないだろう。誰に聞いたわけでもないが、そんな気がする。結局昨夜も私の部屋にルードヴィッヒ様が来ることはなかったのだから。
「かしこまりました。それでは案内いたします。ライラ、奥様を食堂まで案内してください。」
傍に控えていた黒髪の女性にユーフェは命令した。
ライラと呼ばれた侍女は一礼した。
「奥様。食堂までご案内いたします。」
「ええ。お願いね。」
この屋敷に来たばかりで私にはまだ専属の侍女がいない。
誰が指名されるのか、それとも私が指名していいのかもわからない。
これに関してもルードヴィッヒ様に確認しなければならない。
「こちらでございます。」
ライラに案内されて1階の南側にある食堂に案内された。
そこには既にルードヴィッヒ様が……いらっしゃらなかった。
ルードヴィッヒ様はとてもしっかりとされたお方だと聞いている。定刻前には食堂に来ているものと思われたのだが……。
「ありがとう。それで……あの、ルードヴィッヒ様は?」
用意された椅子に座ってから後ろに控えているライラに声をかける。
まさか、ルードヴィッヒ様が寝坊をなさるなんて思えない。でも、寝坊かもしれない。そんな淡い期待を描いて。
「……旦那様は離れでミーア様とお召し上がりになるとのことです。」
ライラは言い辛そうに告げた。
「……ミーア様というのはどなたなのかしら?」
確か、ルードヴィッヒ様にはご兄弟はいらっしゃらないはずだ。それにルードヴィッヒ様のお父様もお母様もルードヴィッヒ様がまだ10歳だった頃に事故で他界したと聞いている。
「あっ……。し、失礼いたしました。今のはお聞き逃し下さい。」
ライラは慌てたように両手で自分の口を押さえた。
どうやら言ってはいけないことを言ってしまったようだ。
「……そう。ミーア様と言うのは女性なのかしら?いつから、離れで暮らしているのかしら?」
ライラは聞かなかったことにして欲しいと言うが、とてもではないが聞かなかったことにはできそうにもない。
新婚である私を置いて、ミーアという人の元に夫は言っているのだ。事情があるのかもしれないが、それならそれで秘密にせずに教えて欲しい。
「も、申し訳ございませんっ……。私の口からはっ……。でも、きっと奥様もミーア様のことを気に入ってくださると思います。」
「そう。ルードヴィッヒ様に口止めされているのね。仕方ないわ……。では、ルードヴィッヒ様にいくつかお聞きしたいことがあるの。ルードヴィッヒ様にお会いできないか確認してもらえないかしら?」
「……承知いたしました。」
ライラが頷いたのを確認してから、出された朝食を口に運んだ。
味は……きっと美味しいのだろうけれど、今の私にはなんの味も感じられなかった。
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