妹が寝取った婚約者が実は影武者だった件について 〜本当の婚約者は私を溺愛してやみません〜 7



「あの……ルーンファクト殿下……アルフォネアの……。」


 ユルスグレーン侯爵はルーンファクトとファルコンを交互に見ながら声を出した。


 アルフォネアはいろいろ問題のある子だが、ユルスグレーン侯爵にとっては家族なのだ。


「さて、私には身に覚えがない。執務が忙しくて、愛しのステファニーにもほとんど会えなかったのだ。」


「オレじゃない。確かにアルフォネアには近づいたが、身体は重ねてない。」


 ユルスグレーン侯爵がなにを言いたいのか察したルーンファクトはユルスグレーン侯爵がみなまで言う前に無実であることを伝える。ファルコンも無実を訴える。


「そうですか……。では、いったい……?」


 ユルスグレーン侯爵も二人が無実を訴えるのならば強くでることができない。証拠がないからだ。それに多少(?)の妄想癖があるアルフォネアのことだ。アルフォネアが嘘を言っている可能性も低くはない。


「……アルフォネアと親しい男性はいたのですか?」


 ルーンファクトはユルスグレーン侯爵に尋ねた。


 ユルスグレーン侯爵は力なく首を振る。


「お恥ずかしながらアルフォネアとは距離をおいていました……。私の娘として育てておりましたが、私は正直なところアルフォネアが苦手で妻にまかせっきりで……。」


「……そうでしたか。」


 ユルスグレーン侯爵は自分がアルフォネアに関わってこなかったということに気づき顔を曇らせた。


「失礼いたしますわ。」


 そこに、ユルスグレーン侯爵婦人がやってきた。侍女から騒動を聞いてかけつけたのだ。


「ユルスグレーン侯爵婦人……。」


「侍女から話は聞きました。このたびはアルフォネアがとんだご無礼を働いたとか。大変申し訳ございません。」


 ユルスグレーン侯爵婦人はルーンファクトとファルコンに向かって頭を下げた。


「……妹の忘れ形見だからとアルフォネアを自由に育てすぎてしまいました。お恥ずかしい話、私も話が通じないアルフォネアのことが苦手で、アルフォネアの世話を使用人に任せきりで……。正直社交界にも出せるような状況ではありませんでしたので、社交界には出さずに過ごさせておりました。アルフォネアは家の中と時々使用人を連れてお忍びで街に行っていたようではありますが……どなたか好いた方がいるなど聞いたこともなく……。」


「ああ。わかった。」


「ルーンファクト殿下には大変失礼なことをいたしました。罰はお受けいたします。」


 ユルスグレーン侯爵婦人はその場に跪いた。ユルスグレーン侯爵も侯爵婦人とともにその場に跪く。


「立ってください。ユルスグレーン侯爵、侯爵婦人。その話は後にしましょう。私だけでは何も決められません。王妃様もアルフォネア嬢にはご立腹でいるので。王妃様とも相談したいと思います。」



☆☆☆☆☆




「アルフォネア……お医者様がいらしたわ。看てもらいましょう。」


 ベッドの上で丸くなっているアルフォネアに声をかける。


「痛いっ……痛いっ……。どうして……どうして、ルーンファクトさまぁ……。」


 アルフォネアは涙を流しながらルーンファクト様の名前を呼び続ける。


「アルフォネア……。」


「アルフォネア様……ソフィーでございます。脈診させていただきます。お手に触りますね。」


 アルフォネアのために呼んだ女性のお医者様であるソフィーがアルフォネアの白く細い手に触れた。アルフォネアは何も言わずにされるがままになっている。


「……月のもの……でございますね。アルフォネア様。大丈夫ですよ。落ち着いて深呼吸してください。」


 ソフィーはそう言うとアルフォネアの背中を撫でさすった。


「……月の……もの?でも……私……。」


 アルフォネアは呆然とした表情を浮かべてソフィーを見つめる。


「アルフォネア様はお子ができる行為を知っておりますか?お母様から閨のことを教わりましたか?」


「いいえいいえ。愛し合っている男の人と肌を触れあわせることでお子ができると……。」


 アルフォネアは泣きはらした目でキョトンとした表情をした。


「そうですね。では、まずそこからお教えいたしますね……。」


 ソフィーはアルフォネアに手取り足取りどうしたら子供が出来るのかということを説明した。


 アルフォネアはソフィーの説明を顔を真っ赤にして聞いていた。そして、ソフィーが全て説明をし終わると、枕に顔を押しつけた。


「……私ってば……私ってば……。」


「ソフィーありがとう。アルフォネア……子供が出来たわけではなくてよかったわ。今、応接室ではルーンファクト様もファルもお父様も大混乱の最中だと思うわ。私はお父様たちに説明してくるから、ゆっくり休んでいなさい。ソフィー。アルフォネアのことをよろしくね。」


「……。」


「はい。ステファニー様。」


 アルフォネアは何も言わなかった。


 私はアルフォネアの部屋を出てお父様たちがいる応接室に向かった。




☆☆☆☆☆






「ルーンファクト様、お父様、ファル。失礼いたします。アルフォネアのことですが……。」


 私は応接室のドアをノックした。そして、戻ってきたことを伝える。


「ああ。入りなさい。」


「失礼いたします。」


 中からお父様の声が聞こえた。


 私は、応接室の中に入る。


「アルフォネアはなんと?」


「……お母様。」


 応接室の中にはお母様もいた。お父様の隣に並んでいる。


「アルフォネアは……ソフィーに診ていただいたところ月のものだそうです。」


 私は事実をお伝えする。


「……はぁ。」


「はははっ。そっか……そっか……。」


「はあ……頭が痛いわ。」


「……まあ……よかったの……か?」


 子供が出来たわけではなく「月のもの」だということを伝えるとルーンファクト様たちは安堵したような笑みをみせたり、頭を抱えたりと反応は様々だった。


「あと……アルフォネアは子供が出来る行為について何一つ知りませんでした。好きな人と肌を触れあわせたら子供が出来ると思っていたようです。」


 私はもう一つの事実を伝えた。


「……はあ。これで、オレの無実は証明されましたよね?ステファニーありがとう。オレの無実を証明してくれて……。」


「「「…………はあ。」」」


 ファルは自分の無実が証明されたことにホッとした様子をみせて喜んでいたが、ルーンファクト様とお父様とお母様は頭を抱えてしまった。特にお父様とお母様は頭を抱えてその場に座り込んでしまった。


「アルフォネアがお騒がせいたしました。大変申し訳ございません。」


「アルフォネアがルーンファクト様を混乱させてしまい大変申し訳ございません。どんな罰でもお受けいたします。」


 お父様とお母様はそのまま、ルーンファクト様に向かって謝罪をした。


「あ、ああ。……うん。まあ……不問にしたいところだが……。アルフォネア嬢が私の子を妊娠したという話をここにいる者以外には口外していないよな?……もし、噂が広まっていたりしたら……虚偽の罪で無罪というわけにはいかないだろう。」


 ルーンファクト様は歯切れが悪い。


 ルーンファクトの子だと偽ったのだ。王家に対して虚偽の発言をした。その罪は重いだろう。


 社交界や平民の間にその話が広まったりなどしていたら、王家の醜聞となるだろう。ルーンファクト様になんの落ち度もないのに。それを罰せずにいれば、本当だったと言っているようなものだ。


「……いかなる罰もお受けする所存でございます。」


 お父様とお母様はルーンファクト様に頭を下げた。


「……まずはアルフォネアに誰にこの話をしたのか確認した上で、王様と王妃様にお伝えする。処分については……私の父である王様から後ほど伝えられるだろう。後でアルフォネアに王宮の者を使わせるからそのつもりでいてください。」


 ルーンファクト様は困り果てた顔をしながらそう言うと急いでユルスグレーン侯爵家を後にした。





☆☆☆☆☆





 翌日、王宮からの使者がアルフォネアの元にやってきた。ことの経緯を確認に来たとのことだった。


 アルフォネアは渋々と使者に対面をした。


「アルフォネア嬢。初めまして。王宮から来たメリッサと申します。状況確認のためいくつか質問させていただきます。よろしくお願い致します。」


 メリッサと名乗った王宮からの使者は女性だった。きっと、アルフォネアに配慮してルーンファクト様が女性の使者を遣わせてくれたのだろう。


「………………。」


 アルフォネアはメリッサさんの問いかけに何も言わずそっぽを向いていた。


「……大変失礼いたしました。ほら、アルフォネアご挨拶なさい。」


 同席しているお母様がアルフォネアに促す。


「………………アルフォネアよ。」


 お母様に促されたアルフォネアはしぶしぶと名乗った。


 メリッサさんはアルフォネアの態度を気にした様子もなくアルフォネアに質問を始める。


「ルーンファクト殿下のお子のことを誰かに話しましたか?」


「……もちろんよ。」


「誰だ。誰に言ったんだ!」


「あ、アルフォネアっ!!?」


「えっ!?」


 アルフォネアの返答に同席していたお父様とお母様と私は驚きの声を上げた。


 まさか、お医者様に診てもらう前から誰かに言っていたとは驚きを隠せない。そうでなくとも相手は王族だ。王族に関することを周知に広めるには確定した情報でないとリスクが高いことなど誰もが知っていることだろう。


 周知した後に実は間違っていましたでは信用問題に発展するし、なにより王家を侮辱していると捉えかねない。


 下手をしたら反逆罪にもなりかねないのだ。


「……そうですか。どなたに話しましたか?もしくは書面で知らせましたか?」


 メリッサさんも言葉に詰まったようだ。次の質問まで多少の時間を要した。


「……私付きの侍女には言ったわ。ルーンファクト様には直接お伝えしたし、王様と王妃様と宰相様には書面で伝えたわ。だって、大事なことでしょう?あとは……誰だかわからないわ。嬉しくて街に行ったときに会った人たち皆に教えてあげたもの。」


 アルフォネアは悪びれた様子もなく告げた。


 どこまで常識がない妹なのかと頭を抱えてしまいたくなる。


 お父様とお母様はアルフォネアの発言に頭を抱えて、大きなため息を吐いた。


「……アルフォネア。なんで、医者に診てもらう前の不確定な状態で話を広めたんだ。」


 お父様が固い口調でアルフォネアに尋ねる。


「なんで、話しちゃいけないの?国にとって喜ばしいことでしょう?」


「……それは、本当のことだったらな。だが、国の慶事は個人が勝手に発表していいことではない。王宮で決めてしかるタイミング発表されるのが普通だ。」


「だから、私は王様と王妃様と宰相様に手紙でお伝えしたわ。でも、なかなか発表しないんだもの。私が発表するしかないじゃない。先日王妃様にお会いした時にも直接王妃様に伝えようとしたのに、お姉さまに邪魔されて何も言えなかったし。」


「いつ、手紙を出したんだ。」


「ルーンファクト様と初めてお会いしてからすぐよ。」


 アルフォネアは思い出したかのように言った。


「「「「……。」」」」


 私たちはアルフォネアの言葉に絶句するしかなかった。


 まさか、ここまでアルフォネアが常識知らずだったとは思わなかった……。




☆☆☆☆☆




 数日後、私たちの元にユルスグリーン侯爵家一家王宮へ来るようにとの王命が届いた。


「……私たち、どうなってしまうのかしら。」


「……アルフォネアがしたことは王家に対する冒涜に値する。最悪侯爵家の取り潰しになるかもしれないなぁ。」


「そんなっ!ステファニーはルーンファクト殿下の婚約者なんですよ。それなのに……そんなことになったらステファニーの人生が……。私がもっとアルフォネアに意識を向けていれば。侍女たちにアルフォネアのことを任せっきりにせずに、私がアルフォネアを厳しくしつけていればこんなことにはならなかったのかしら。」


「私も、育児のことはおまえに任せっきりだった……。おまえだけの責任ではない。とくにアルフォネアは苦手だったから、できるだけ避けていたのは事実だ。私にも責任はある。だが、ステファニーには何の責任もない。せめて、ステファニーだけはなにも罰を受けるようなことがなければいいのだが……。」


 お父様とお母様が王家から承るであろう罰について話し合っている。


 お父様とお母様は罰を受け入れる覚悟でいるらしい。


 二人とも育児に対して侍女に任せっきりだったことを悔いているようだ。


「ふふっ。早く王宮に参りましょう。ルーンファクト様の影武者と私は問題なかったんだもの。私のことをルーンファクト様が今か今かと待ちわびているわ。それに王様と王妃様も私を一日も早く王室に迎え入れたいはずよ。」


 アルフォネアだけは罰が待っているとは思わずに虚しい希望だけを口にした。


 アルフォネアの場の空気を読まない発言に私たちは閉口する。


 なにがどうすれば、そのような考えに至るのか理解ができない。


「……アルフォネア、あなたまだそんなことを言っているの。」


「……アルフォネア、王宮に行こう。そこで、どんなことが待っていても心を強く持ちなさい。」


 お母様は呆れたように呟いた。


 お父様は下手にアルフォネアに対する罰が待っているとアルフォネアに告げることで、アルフォネアが逃げ出すことを懸念する。そして、本当のことは言わずにアルフォネアの勘違いを利用して王宮に行こうと伝える。


「ええ。もちろんよ。王宮が待ち遠しいわ。この日のために今日はいつも以上におめかしをしたのよ。うふふ。お父様もお母様もお姉さまも今日はいつも以上に地味な恰好だわ。私が王家に迎え入れられる日なのよ。もっと華やかな恰好にすべきよ。」


「……アルフォネア、私たちはこの格好でいいんだ。アルフォネアだけ浮いている。もっと地味な恰好に着替えてきなさい。」


「嫌よ。なんで?今日は私の記念すべき日になるのよ。どうして地味な恰好をしなければならないの?」


「……わかった。」


 お父様はアルフォネアを諭してみようとするが早々に諦めた。お母様も私も同じだ。


 既に何回も今日の服装についてアルフォネアに苦言を呈しているのだ。それでも聞き入れてもらえなかったため諦めた。実際に王宮から罰が提示されれば、アルフォネアも現実が見れるだろうと、そう考えたのだ。


 私たちは王宮に向かう。


 馬車の中ではアルフォネアだけが上機嫌だった。



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