妹が寝取った婚約者が実は影武者だった件について 〜本当の婚約者は私を溺愛してやみません〜 6



「ルーンファクトさまぁ~。いらしてたんですねぇ。」


 ファルと話しているとノックもなしに応接室のドアがバンッと開いた。


「アルフォネアお嬢様っ!お待ちくださいませっ!お客様がいらしているのですから急にドアを開けてはなりませんっ。」


「もう!いいじゃない!ルーンファクト様は私の旦那様になる方なんだからっ!」


 アルフォネアを侍女のニコルが止めるが、アルフォネアは気にすることもなくルーンファクト様のそっくりさん……ファルに駆け寄っていった。そして、ファルにぎゅっと抱きつく。


「もう!いらっしゃっていたのならすぐに教えてくださいませっ!アルフォネアはルーンファクト様にお会いしたくて仕方なかったのですわ。昨日はルーンファクト様ったらとっても他人行儀だったし、心配していたんですよ。アルフォネアに心配をかけるルーンファクト様は悪い人ですっ!」


 頬をぷくっと膨らませてファルに言いつのる。


 ファルはルーンファクト様じゃないのに。


 昨日本物のルーンファクト様に会ったというのに、アルフォネアにはルーンファクト様とファルの違いもわからないのだろうか。それでよく好きだと言えるものだ。


「あー。アルフォネア嬢。私は君のお姉さんのステファニー嬢と結婚する予定であって、アルフォネア嬢は将来私の義妹になるんだよ。」


「まあ!そんなっ!!王妃様も私にはルーンファクト様が相応しいとおっしゃっておりましたわっ!ルーンファクト様は私の旦那様になるのですわ。ルーンファクト様はお姉様の旦那様にはなりませんの!」


 アルフォネアはそう言ってファルにひっついた。


 まあ、ファルだからまだいいんだけど、これが本物のルーンファクト様だったら許せなかったわね。


「えっと、アルフォネア嬢?私の話を聞いているかい?」


「ええ!もちろんですわっ。ルーンファクト様も私に会いたかったのでしょう?だからお姉様をダシにして私に会いに来てくださったのでしょう。知っているんですよ。」


「はははっ。アルフォネア嬢は面白いね。私は君ではなくステファニー嬢に会いに来たんだよ。私の婚約者であるステファニー嬢に会いにきたんだ。私じゃあ君に相応しくないからね。」


「そんなことありませんわっ!私、ルーンファクト様以上に素敵な方にお会いしたことはございませんの。ルーンファクト様が一番ですわ。お姉様にはルーンファクト様はもったいなさ過ぎますっ!ルーンファクト様の隣には私こそが相応しいのですわ。」


「あー。君が魅力的なのは知っているが、私にはステファニー嬢の方が好みなんだよ。」


「まあ!そんなっ。お姉様が目の前にいらっしゃるからそんなこと言うのでしょう?こないだは私のことを愛しているとおっしゃったではありませんかっ。私が一番だっておっしゃっていたではありませんか。」


 アルフォネアは目にたっぷりと涙をためてファルを見つめる。


 まあ、確かにファルはアルフォネアに愛を囁いたのだろう。アルフォネアと関係を持つために。ルーンファクト様に嫌がらせをするために。


「はっはははっ。婚約者がいる男の言葉を本気にしちゃいけないよ?アルフォネア嬢。」


 ファルは乾いた笑いを浮かべながら視線を私に移した。その目は私に助けてくれと訴えているように見えた。


 助けてくれもなにもファルの自業自得だと思うのだけれども。


「……ルーンファクト様がお待ちかねのアルフォネアが来たみたいですので、私はこれで失礼いたしますわ。」


 ファルを助ける義理はないし、もともとファルが撒いた種だ。


 私はファルとアルフォネアを置いて応接室を出ようとソファーから立ち上がった。


「うふふっ。お姉様ったらわかっていらっしゃるわ。私は今からルーンファクト様との熱い時間を過ごすのよ。」


「ちがっ!!ステファニー嬢!私を置いていかないでくれ!!」


「はいはい。わかっているわよ。私は出て行くから後は二人でしっかりと話し合ってちょうだい。」


 アルフォネアは嬉しそうに私に早く出て行けと促す。反対にファルは私に出て行くなと手をのばす。


「アルフォネア!!ルーンファクト殿下に近づくんじゃない!ルーンファクト殿下はステファニーの婚約者なんだぞ。少しは常識を身につけてくれ!」


 出て行こうとドアを開けたところお父様がものすごい形相で応接室に入ってきた。きっと侍女の誰かが、アルフォネアが応接室に言ったとお父様に告げたのだろう。


「まあ!お父様っ!お父様、私がルーンファクト様の婚約者なのです。そうおっしゃいましたでしょう?王妃様にも気に入ってもらえていて、すぐにでも王宮にとおっしゃっているのです。お姉様ではなく私のことを王妃様は望まれているのですわ。」


 アルフォネアはファルにひっついたままお父様に向かって言う。


「違うと言っているだろう!ルーンファクト殿下の婚約者はステファニーだ。これは変わらない。アルフォネアは勘違いをしているんだ。アルフォネアは貴族や平民の見本にはなれぬだろう。アルフォネアは自分のことばかりを考えているのだからな。王族は自分のことだけではなく、民のことをすべて平等に考えねばならん。それがアルフォネアにはできるのか?」


「お父様がなにをおっしゃっているのかわかりませんわっ!私はいつも周りにいる皆のことを気にかけているのに。」


「……気にかけている?どこがだ。かき乱しているの間違いではないのか?自分の都合の良いことだけを言って、都合の悪いことは聞かないふりをしているんじゃないのか?」


「そんなことありませんわ!私を悪く言う人は今まで一人もいませんでしたわ。私は皆に好かれているのです。私がなすことは全て皆のためなのですわ。」


「じゃあ、今のルーンファクト殿下がどうお思いなのか、アルフォネアにはわかるのか?」


 お父様とアルフォネアの口論が続く。


 お父様の言葉にもアルフォネアは怯まない。


「もちろん!ルーンファクト殿下は私のことが大好きだっておっしゃってますわ。」


「そうなのか?ルーンファクト殿下?」


 アルフォネアの言葉にお父様がルーンファクト殿下に尋ねる。


「いや。私はステファニーのことを好ましく思っている。それに失礼だが、王家に相応しいのもステファニーの方だと思っているよ。」


 ルーンファクト殿下の言葉にアルフォネアが悲鳴を上げた。


「ルーンファクト様!嘘でしょ?お父様とお姉様がいらっしゃるから、そんな風におっしゃっているのでしょう?私を愛しているとおっしゃったじゃないですかっ!それに、私のお腹にはルーンファクト様との愛の証であるお子が宿っているのですわっ!」


「え?」「は?」「なにっ!?」


 突然のアルフォネアの爆弾発言に私たちは驚き過ぎて頭が真っ白になった。


「………………どういう、ことだ?アルフォネア?」


 長い長い沈黙のあと、お父様がゆっくりと口を開いた。


「私のお腹の中にはルーンファクト様の子が宿っているのですわ。お父様。だから、私がルーンファクト様と結婚するのです。」


 アルフォネアはにっこり笑っている。


「あ、アルフォネア……あなた、ここにいるルーンファクト様と関係を結んでからまだ一週間も経っていないわよね?それでどうしてわかるのかしら?」


 私は信じられない思いでアルフォネアに確認する。まさか、私が気がつくずっと前からファルと関係を持っていたというの?


「だって、私はこの子の母親ですから。」


 アルフォネアはお腹に大事そうに手を当てて目を瞑って微笑んだ。


「そんな、ばかな……。あいつがあんたと関係を持ったっていうのか?ありえない。あんなステファニーしか見てないやつがあんたなんかと関係を持つなんて馬鹿なこと……あるはずが、ない。」


 ファルは混乱しているのか素が出てしまっている。


 っていうか、普通に考えてルーンファクト様ではなくて目の前にいるルーンファクト様のそっくりさん……ファルの子ではないのかしら?


「……あなたには身に覚えがないのかしら?」


 私はファルのことをジトッと見つめる。私は確かに見たのだ。ユルスグレーン侯爵邸の東屋でファルとアルフォネアが関係を持っているのを。まあ、確かに服は着ていたし、遠目だったけれど、関係を持っていたとしか思えない体勢だったのは確かだ。


「流石にそれはない!ルーンファクトの姿で子供ができるようなことをしてみろ!オレがルーンファクトに殺されるじゃないか!!オレは知らない!!子供ができるようなことをした覚えはない!!」


「では、こないだ私が見たのはなんだったんですの?東屋で膝の上にアルフォネアを乗せておりましたわよね?」


 ファルは無実を叫ぶ。


「断じてやってない!ルーンファクトへの嫌がらせにあんたにアルフォネアと親しい姿を見せつけたが断じてアルフォネアとはやってない!……まあ、ちょっと雰囲気をだすためにアルフォネアの秘められた場所を手で責め立てたりはしたが……。オレ自身は入れてない!!」


「まあ、ルーンファクト様ったら。照れなくても良いのですわ。」


 アルフォネアは頬を染めながらファルを見る。その姿は嘘をついているようにはみえない。


 この場合、どうしても責任逃れをしていると思われるファルを疑ってしまう。


「誤解だっ!!」


「ルーンファクト殿下……あれほど、アルフォネアには近寄らぬように言ったのに……。こんなことになるかもしれないと危惧していたのだ。」


 お父様が愕然としている。


「ユルスグレーン侯爵!違います。断じて違います!信じてください。お願いいたします。」


 ファルは涙目になっている。


 本当にファルには身に覚えがないのだろうか。だとすると、本物のルーンファクト様がアルフォネアと関係を持ったの……?


「アルフォネア……ルーンファクト様と関係を持ったのは何回なの?」


「東屋での一回限りよ。その一回でこの子ができたのでございますわ。」


 アルフォネアはにっこり笑った。


「……そんな、馬鹿な……。」


 ファルががっくりとうなだれたとき、応接室のドアが戸惑いがちにノックされた。


「あ、あの……ルーンファクト様とおっしゃる方がいらっしゃいました……。もうすでにいらしていると言ったですが、なにぶんルーンファクト様にうり二つでしたので……その……。」


 侍女のニコルがわけがわからないと言った表情をしながら立っていた。後ろに本物のルーンファクト様をつれて。


「る、るるるるルーンファクト殿下っ!!?」


「えっ?ルーンファクトさまぁ?」


「あっ……。」


「あちゃー。来ちゃったかぁ……。」


 何もこんなに混乱しているときに来なくてもいいのに、本物のルーンファクト様がやってきた。ルーンファクト様は部屋の中にファルがいるのを見つけて顔をしかめた。


「ああ、ファントムも来ていたのか……。これは、まずかったな。」


「ルーンファクトさまがお二人……?」


 さすがのアルフォネアもこれには驚きを隠せないようだった。しきりにファルとルーンファクト様の顔を交互に見ている。お父様も同じだ。何度もファルとルーンファクト様を見て首を傾げている。


「いや……これにはわけがあってだな……。」


「ルーンファクトさまがお二人……?どういうこと?」


「オレはルーンファクト様の影武者のファントムだ。」


 居直ったようにファルが胸を張っていった。


「……影武者。風の噂かと思っていたが、こうも見分けがつかぬほどそっくりだとは……。」


 お父様が先ほどまでのことを忘れたように感心しきったように顎を撫でながら頷いた。


「……影武者?え?私の子はルーンファクト様の子よね?影武者なんかの子じゃないわよね?いやよ!私はルーンファクト様と婚姻を結ぶのよ!」


 アルフォネアのお腹の子がファルの子かもしれないということに気づいて、アルフォネアは嫌だ嫌だと悲鳴をあげた。


「……なんの話だ?」


 ルーンファクト様はアルフォネアの異常な発言に気がついたようだ。ルーンファクト様の表情が険しくなった。その視線の先にはファルがいる。


「違いますって!オレはアルフォネアには入れてません!」


「そうですわっ!!私のお子はルーンファクト様のお子です!影武者なんかの子ではありません!そうですわよね?ルーンファクト様?この子はルーンファクト様の子ですわよね?」


 アルフォネアは本物のルーンファクト様の服の裾を握って上目遣いで尋ねる。


「私はアルフォネア嬢には指一本たりとも触れてはいないが……?子がいるとするならば、ファントムの子だと思うが?」


「そ、そんな……。」


 アルフォネアはルーンファクト様の言葉に絶望した表情をした。そして、ふらふらと床に倒れ込む。


「違いますって!誤解ですってば!!」


 ファルはルーンファクト様に言うが、ルーンファクト様は相手にもしない。


「そんな……そんな……私の子が……あ、いたっ……痛いっ……。」


 アルフォネアはうわごとのように呟いたあとに、お腹を抱えて蹲った。ドレスの裾から血が伝い落ちる。


「あっ……血が……。」


 アルフォネアはそう言ったあと、意識を失ってその場に倒れ込んでしまった。


「アルフォネア!!誰かお医者様を!!お医者様を呼んでくださいっ!!」


「は、はい!ステファニー様!!今すぐに!!」


 気を失って倒れ込んだアルフォネアに近寄る。そばにいた侍女のニコルに医者を手配するようにいった。


「お父様!アルフォネアを部屋に運びますわ。ルーンファクト様、ファル、私はアルフォネアに付き添います。お父様、ルーンファクト様とファルのことをよろしくお願いいたします。」


 男性の使用人を呼んで、アルフォネアを抱き上げてもらい、アルフォネアの部屋に運ぶように指示する。ルーンファクト様とファルのことはお父様に頼んで、私はアルフォネアに付き添うことにした。



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