妹が寝取った婚約者が実は影武者だった件について 〜本当の婚約者は私を溺愛してやみません〜 4



「お姉さま、なぜもう帰るんですの!?まだ王妃様に会ったばかりじゃない。王妃様とお茶を飲むはずだったのでしょう?それにルーンファクト様もいらっしゃったのよ。ここは未来の旦那様と未来のお義母様と親睦を深めるのが普通だわ。私がルーンファクト様と仲が良いのが見てられなかったのかしら?でも、それってせっかく王宮に呼んでくださった王妃様に対して失礼よね?見ていられなかったのなら、お姉さまが一人で帰ればいいじゃない。なんで私まで帰らなければならなかったの?」


 王宮から屋敷に帰る馬車の中、アルフォネアはずっと私に対して文句を言っていた。


 なにもわかっていないアルフォネア。


 私がどれほど気を揉んだことか。下手をしたら王妃様に対する不敬罪に問われてもおかしくはないのだ。


「……結婚もしていないのに、王妃様のことをお義母さまと呼ぶのは王妃様に対する不敬だわ。」


「もうすぐ、私はルーンファクト様と結婚するのよ。少しくらい早まったって王妃様は許してくれるわ。それに私のことこの国のお姫様だって言っていたわ。私は王妃様に好ましく思われているのよ。むしろ一日も早くお義母さまとお呼びした方が王妃様もお喜びになるわ。」


「……アルフォネア。まだ、ルーンファクト様の婚約者は私なのよ。あなたじゃないわ。」


「なによ!お姉さまったら私がルーンファクト様の婚約者よ。お父様だって言っていたじゃない。聞いてなかったのかしら?」


 アルフォネアはすっかり自分がルーンファクト様の婚約者になったと勘違いしているようだ。お父様があんなにはっきりとアルフォネアは相応しくないと言っていたのに。どうして、アルフォネアは自分の良い方に物事を捉えるのだろうか。


 私は頭が痛くなった。


 どうしようもなくルーンファクト様にアルフォネアのことを相談したくなった。ルーンファクト様は政務で忙しいのに。ルーンファクト様を煩わせたくないのに。


「今日あったことはお父様に一言一句もらさずに伝えるわね。王妃様とルーンファクト様に不愉快な思いをさせたことをお父様にしっかりと怒られることね。」


 侯爵家に馬車が到着すると、アルフォネアはそんな捨て台詞を吐いて馬車を降りて屋敷の中に入っていってしまった。きっとすぐにでもお父様とお母様に報告するのだろう。


「……頭が痛いわ。」


「……ご心痛お察しいたします。」


 頭を抱えながら馬車を降りると私の独り言を聞いていたのか、御者のアルフがそう言った。きっと馬車の中の私とアルフォネアの会話も聞いていたのだろう。


 私はアルフにニコッと笑いかけるとそのまま屋敷の中に入った。そうしてアルフォネアが向かったであろうお父様とお母様の元に向かう。


「お帰りなさいませ。ステファニー様。応接室でルーンファクト殿下がお待ちです。」


 お父様の書斎に向かおうとしたところ侍女のニコルが話しかけてきた。


「ただいま。ニコル。ルーンファクト様がいらっしゃっているの……?」


 不思議なことを言うニコルに私は首を傾げた。


 だって、先ほどまで私たちはルーンファクト様に会っていたのだ。寄り道もせずに戻ってきたというのに、ルーンファクト様が先に我が家にたどり着くはずがない。


 そこまで考えて、私はピンと来た。きっと、ルーンファクト様のそっくりさんだ、と。


 私は急いで応接室に向かった。


「やあ、色気がまったくないステファニー嬢。待っていたよ。王妃様に呼ばれたんだって?」


 応接室のドアを開くなりルーンファクト様のそっくりさんがそう言って意地の悪い笑みを見せた。


「私が王妃様に呼ばれたと知っていてなぜ屋敷に来たのかしら?」


「君に会いに来たわけじゃない。君に会いに来たけどいなかったからアルフォネアに挨拶をという筋書きだったんだ。私とアルフォネアは身体の相性が良いみたいだしね。だけど、私の目論見は外れたんだよ。なぜか、アルフォネアが王妃に呼ばれたはずのステファニー嬢に同行してしまったんだからね。君はなぜアルフォネアを連れて行ったんだい?」


 ルーンファクト様のそっくりさんは私をダシにしてアルフォネアに会いに来たらしい。あまりにも失礼な物言いにちょっとムッとした。


「アルフォネアに会いに来たのならさっさとアルフォネアに会いに行ったらどうかしら?」


「そうだね。そうさせてもらうよ。アルフォネアはどこにいるんだい?」


「さあね。アルフォネアは私より先に屋敷に入ったから私にはわからないわ。でも、お父様かお母様のところにいるかもしれないわ。」


「そうか、ありがとう。」


 ルーンファクト様のそっくりさんはそう言って応接室から出て行こうとする。


「ねえ、変装してから来てくれないかしら?アルフォネアに会いにいくなら是非そうしてくださる?じゃないと、ルーンファクト様は妹のアルフォネアにご執心だという良くない噂が立ってしまうわ。ルーンファクト様の婚約者の妹と懇意にしているなんて醜聞もいいところじゃない。」


 私はルーンファクト様のそっくりさんに冷たく言い放つ。


「ふぅん。君は私がルーンファクトじゃないと思っているんだ?」


「ええ、そうよ。あなたはルーンファクト様のそっくりさん。ルーンファクト様とは似ても似つかないわ。」


「私とあいつどこが違うっていうんだ?同じ顔だろう?同じ声だろう?同じスタイルだろう?」


「ええ。そうね。でも性格が違うわ。それに目の色が違うわ。発生の仕方も違うわ。あなたの発音は綺麗すぎる。」


「ふぅ~ん。」


 ルーンファクト様のそっくりさんはそう言って私を興味深そうに見つめた。


「なによ?」


 値踏みするような視線に気分が悪くなる。


「あんた良く見てんだな。あいつとオレの違いなんてほとんどのやつが気づかないんだけど。」


「そう?全然違うと思うのだけれども。」


「オレさ、あんたに興味が出てきたよ。あんたみたいな色気のない女なんてまっぴらだったけど、あいつとオレを見分けられるなんてすげぇな。」


「あなたに興味を持ってもらっても全然嬉しくないんだけど。」


「まあまあ、これからはあいつとあんたが仲が良いって噂を流せるようにしてやるよ。」


 ルーンファクト様のそっくりさんは意味あり気にそう言った。


「何を言っているの?」


「んじゃ、ちょっと出直してくる。」


「こなくてもいいわよ?」


 ルーンファクト様のそっくりさんは応接室から出てアルフォネアの元に向かうわけでもなく、屋敷から出て行ってしまった。


 いったい何をしに来たのだろうか。




☆☆☆☆☆





「よぉ。あんたの婚約者はいい女だな。」


 ルーンファクトが寝ていると、ルーンファクトのそっくりさんが自室に現れた。


「ああ。そうだろう?ステファニー嬢は私とファントムの違いがわかるんだそうだ。貴重な人だよ。多くの人は私の容姿と地位にしか興味がないようだが、ステファニー嬢は違うようだ。」


 ルーンファクトのそっくりさんはファントムと言う。


「目の色も声も発音も違うと言っていたな。」


「よくわかっているよね。ステファニー嬢は。だから、アルフォネアには近づくな。ファントムは私にそっくりだ。他の誰も区別はつかないだろう。それなのに、ファントムがアルフォネアに近づくとよくない噂が立つ。曰く、私が婚約者の妹に惹かれている、とね。それはステファニーのためにはよくないことだ。」


「ふんっ。あんたへの嫌がらせのためにアルフォネアに近づいたんだがな。ステファニーのこと気に入ったよ。だから、ステファニーに対する悪い噂は流させねぇ。」


「そうか。わかってくれたなら、よかった。だけど、ステファニーは私の婚約者だ。ファントムがいくら私に似ていようが、ステファニーの婚約者は私なのだ。ステファニーに本気になるなよ。」


 ルーンファクトはファントムがステファニーを好きになるのではないかと懸念した。


「……さてね。」


「はあ……。君がそういう反応をするってことはもう手遅れかな?」


「どうだかな。」


 ルーンファクトは大きなため息をついた。ファントムはニヤリと笑みを浮かべる。


「頭が痛いことが増えたな。」


「ルーンファクト様はお忙しいからな。オレみたいに自由に生きればなにも悩むことなんてねぇのに。あんたは真面目すぎるぜ。」


 ファントムはルーンファクトが寝ているベッドに近づくと、そのベッドにドカリと座り込んだ。


「……自由、か。私の地位では難しいだろうな。だが、ファントムは本当に自由なのか?オレにそっくりなために、王宮に縛られているじゃないか。」


「そうだな。だが、あんたよりは自由だ。もし、あんたが王になるのが嫌だってんならオレが代わってやるぜ?オレはあんたの影武者だからな。まあ、ステファニーをオレがもらうことが条件だがな。」


「それもいいね。王という重責に耐えられるか不安だ。逃げ出したいと思うときもある。だけど、ステファニーが隣にいないなら逃げたって意味はないんだよ。」


「ははっ。じゃあ、あんたはステファニーが王妃になるのが嫌だっていったら、オレに王を押しつけてステファニーと逃げる気か?」


「そうだな。ステファニーが望むなら、な。」


 ファントムはわははと笑い声を上げた。それはどこかとても楽しそうだ。


「ステファニーはすごいな。」


「そうだろ。でも、君には渡さないよ。」


「わかってんよ。で?あんたオレになにか頼みがあるんだろう?」


 ファントムは話題を変えた。これ以上はお互いステファニーの自慢大会になるだろうということがわかったからだ。


「ああ……。頼みがある。他でもないステファニーの妹のアルフォネアのことだ。」


「アルフォネア、か。とても良い身体をしてたぜ?」


 ファントムはニヤリと笑った。ルーンファクトはファントムの物言いに眉を顰めた。


「……アルフォネアにちょっかいを出すな。あれは危険だ。人が言うこと成すこと全て自分の良いように捉えてあたりに言いふらす。」


「そうだね。あんたが困るだろうと思ってアルフォネアに近づいたんだけどなぁ。今じゃあ、ルーンファクト様はアルフォネアにご執心だとあちこちで言いふらしているぞ。まあ、姉が婚約者なのに酷い妹だ、と貴族の間では言われているようだが。」


「まったく困ったことをしてくれたよ。それを撤回して欲しいんだ。君が撒いた種だろう?綺麗に刈り取ってくれ。」


 ルーンファクトはファントムにぞんざいに言い放つ。


「へいへい。ルーンファクト様がそういうなら。」


 ファントムは綺麗な礼をするとスッと闇に溶けるようにルーンファクトの目の前から姿を消した。


「……ファントムもステファニーを気に入った、か。手強い恋敵だな。」


 ルーンファクトはファントムが消えた方向に視線を向けながら呟いた。



☆☆☆☆☆





「ステファニー。聞きたいことがある。執務室に来なさい。」


 夕食後、私はお父様に呼ばれた。


 ちなみに今日の夕食はお通夜そのものだった。お父様もお母様も何もしゃべらない。まあ、本来食事中はしゃべらないことがマナーとされているけれど。


 お父様だけでなく、アルフォネアも何もしゃべらないのだ。いつもはお父様とお母様になにかしら話しかけて賑やかなのに。アルフォネアはどこかムッとした表情をしている。


 これは、王宮から帰ってきたあとにお父様とお母様になにか言われたのだろう。


「お父様、ステファニーです。入ってもよろしいでしょうか。」


 お父様の執務室のドアの前に立って、中にいるであろうお父様からの返答を待つ。


「……入りなさい。」


 お父様は少しの間の後、私に入室を促した。


「失礼しますわ。」


 私はお父様の返事を待ってから執務室の中に足を踏み入れる。


 執務室にはお父様が執務をするための机と椅子がある。その前に2人がけのソファーが2脚と間にテーブルが1脚だけある。執務中に人と話すためのスペースだ。


 私はその2人がけのソファーに腰掛けるようにお父様に言われた。


「ステファニー……アルフォネアから話は聞いた。アルフォネアの話はどこからどこまでが本当なんだ?」


 お父様もソファーに深く腰掛け、重い口を開く。


「どこからどこまでが本当かと言われましても……アルフォネアはなんと言ったのです?」


「ああ、すまない。あまりに衝撃的なことをアルフォネアから聞かされたものでな、つい。」


 お父様はばつが悪そうに頬を掻いた。


「それで?アルフォネアはなんと?私よりアルフォネアがルーンファクト様に相応しいというようなことでしょうか?」


「まあ……近いな。王妃様にアルフォネアをルーンファクトの婚約者にするように言われた、と。今すぐにでも王宮に住むように言われたと言っていてな。まさか、あの王妃様がそのようなことをアルフォネアに言うとは思わず……信じられぬのだ。王妃様はステファニーのことを気に入ってくださっていたと思ったのだが……。」


 お父様の言葉に私は「はあ」と深いため息をついた。アルフォネアの言うことはなんだかいろんなところが飛躍しすぎているのだ。というか、王妃様はそんなこと一言も言っていない。


「アルフォネアが王妃様のことをいきなりお義母さまと呼び出しました。私はアルフォネアが王妃様のことをお義母さまと言ったのを不敬だと思い王妃さまに謝りました。さらには、アルフォネアに相応しいのはルーンファクト様しかいないと。それを聞いた王妃様はアルフォネアのことをまるでこの国のお姫様みたいですね。とおっしゃいました。」


「……そうであったか。やはりアルフォネアの言うことは信じられないな。王妃様がアルフォネアをお姫様だと言ったのは明らかに皮肉だろう。どうしてアルフォネアはそれを気に入られたと取るんだ……。」


 お父様は疲れたようにソファーにもたれかかった。


「早急にどうにかしないと、アルフォネアの話が広まってしまいますわ。」


「ああ。困ったな。もし、アルフォネアの話が広まってしまったらきっと王妃様もお怒りになるだろう。」


「ええ。そう思います。」


「……まったく、妻の妹の忘れ形見だと甘やかしてしまったのがあだとなったか。いや……だが、妻はアルフォネアにも笑顔で違うことは違うと言っていたようだったが……。アルフォネアが良いように拡大解釈してたのか……。」


「そのようですね。」


「対処を考えよう。王妃様と親しいのはステファニーだということを貴族にすりこませるのが早いだろう。だが、それには王妃様にも協力していただかないとならない。王妃様がはたして協力してくださるだろうか。それに、下手をするとアルフォネアの所為でステファニーとルーンファクト殿下の婚約自体がなくなりかねないな。」


 お父様と私は頭を抱えた。

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