妹が寝取った婚約者が実は影武者だった件について 〜本当の婚約者は私を溺愛してやみません〜 3
「アルフォネア嬢。久しぶりだね。失礼だが、私は昨日アルフォネア嬢にはお会いしていないはずだよ?」
私たちの会話に割り込んできたアルフォネアに、嫌な顔一つせずにこやかな笑みを浮かべてルーンファクト様は言った。
アルフォネアはルーンファクト様の言葉に驚いた様子をみせた。
それもそうだろう。昨日アルフォネアが会って愛を交わしていたのはルーンファクト様によく似たそっくりさんなのだから。
ルーンファクト様はしっかりとアルフォネアに昨日会ったのは自分ではないと告げた。
「まあ!そうでしたのね。そうですわよね。私ったら勘違いをしてしまいましたわ。昨日、私はルーンファクト様とはお会いしていない。そういう設定ですのね。」
……会っていない設定?
なんだか、アルフォネアの言うことは良くわからないことが多い。
「……設定、とは?私は昨日は城から一歩も出ていないよ。」
「ええ。ええ。わかりましたわ。そのとおりですわね。昨日はルーンファクト様はずっとお城にいらっしゃった。お姉さま。ルーンファクト様は昨日はずっとお城にいらっしゃったのですわ。ふふっ。」
ルーンファクト様は困惑した表情を浮かべる。
アルフォネアの頭の中はどうなっているのだろうか。
「ふふっ。私と愛を交わしたのはまだ二人だけの秘密ってことね。ルーンファクト様ってば可愛らしいところもおありなのね。」
ルーンファクト様にも私にも聞こえないほど小さな小さな声でアルフォネアはそう呟いた。
☆☆☆☆☆
「ステファニーさん。ようこそ王宮へ。お待たせしましたね。あら。まあ。忙しい忙しいと私から逃げまどっているルーンファクトもいたのね。ステファニーさんが王宮にいると聞いて飛んできたのね。」
突如声がしたかと思い振り返ると、そこにはシンプルながらも仕立ての良いドレスを着た王妃様がにこやかに笑っていた。
「王妃様。本日はお招きくださりありがとうございます。」
「母上……。あまり揶揄わないでくさい。」
「ふふふ。」
ルーンファクト様は少し照れたように王妃様に言う。
王妃様は嬉しそうに微笑んだ。
ルーンファクト様と王妃様の仲は良好のようである。その話題の中心にいるのが私というのが少しいたたまれないけれど。
「まあ!ルーンファクト様のお母様なのですね!初めまして。ルーンファクト様と婚約する予定のアルフォネアと言います。いつもお姉さまがご迷惑をおかけしておりますわ。」
ほんわかとした空気をぶち壊すようにアルフォネアが元気よく言い放った。
私はその言葉に絶句する。昨日お父様がアルフォネアにルーンファクト様との婚約は諦めるように言っていて、それをアルフォネアも理解したと頷いていたと思ったのに。
「あら?あなたがルーンファクトと婚約するの?どうしてかしら?ルーンファクトは既にステファニーさんと婚約しているはずよ。それに王族は一夫多妻制とは言ってもそれはあくまでも結婚から5年経っても子供が出来なかったらの話だわ。」
王妃様はアルフォネアの発言に首を傾げた。ルーンファクト様も苦虫を噛み潰したような酷いお顔をされている。
「な、なにかの間違いです。母上。アルフォネア嬢はなにか勘違いをしているのでしょう。」
「た、大変失礼いたしましたっ。お許しください王妃様。アルフォネアは何か、勘違いをしているようです。」
「まあ!お姉さまなにをおっしゃっているのかしら?昨日お父様がおっしゃったじゃないの。お姉さまはルーンファクト様の婚約者として相応しくないって。ルーンファクト様に相応しいのは私みたいな貴族からも民からも模範になるほど美しい私だって言っていたじゃない。もう忘れてしまったの?」
王妃様に平身低頭謝るが、それを打ち消すようにさらにアルフォネアが発現する。
私はアルフォネアの口から飛び出した言葉にめまいを感じた。ふらりと傾く私の身体をルーンファクト様の逞しい腕で支えられる。
アルフォネアはお父様がおっしゃったことを自分の都合の良いように解釈したらしい。
「……あなたが、貴族と民の模範?」
王妃様の笑顔がピシリッと固まった。
「ええ。そうですわ。お父様もお母様も私のことを世界一の娘だと自慢してくださいます。夜会にも私を出したくないほど大事にしてくださいます。ほら、自分で言うのもなんですが、私ってばとっても美しいでしょう。外にでたら美しすぎて皆の視線を集めてしまいますの。だから、私は侯爵家の隠された宝として大事にされておりますの。」
アルフォネアは自慢気に微笑みながら王妃様に説明する。
確かにお父様もお母様もアルフォネアは決して夜会に出席させなかった。夜会どころか昼間に行われる貴族同士のお茶会にも参加させなかった。
お父様もお母様もアルフォネアを夜会やお茶会に参加させない理由を私には教えてくれなかったけれど。昨日お父様とお母様の話を聞くまでは、アルフォネアが大事すぎて夜会やお茶会にださなかったのかと思っていたけれど。実際のところは淑女として恥ずかしすぎて、もしくはトラブルを起こしそうだから夜会やお茶会に出席させなかったのではないかと思っている。
「……アルフォネア、王妃様の前ですよ。」
私はアルフォネアにでしゃばらないように注意する。
「そうよ。だから私の素晴らしさや、私に相応しいのはルーンファクト様しかいないということを説明しているんじゃない。」
……だめだ。アルフォネアは淑女教育に失敗している。王妃様の前で、どのような態度をとるべきなのかまるでわかっていないような気がする。
しかも、アルフォネアに相応しいのはルーンファクト様だと言い切っている。これじゃあ、アルフォネアよりもルーンファクト様の立場が下ではないか。相手は王族なのに。
「……そう。あなたに相応しいのはルーンファクトだけ、と?」
「ええ。そうですわ。お義母さま。」
王妃様の問いかけにアルフォネアはにっこり笑う。
「お、お、お義母さま?」
「も、申し訳ございませんっ!王妃様。すぐにアルフォネアを連れて帰りますので。どうか、お許しくださいませ。」
戸惑っている王妃様に私は地面に額がついてしまうんじゃないかというほどお辞儀をする。アルフォネアの頭を掴んで頭を強制的に下げさせながら。
「お姉さま!痛いわ!!お姉さまがルーンファクト様と婚約する私が羨ましいのはわかるけど、王妃様の前ですのよ。乱暴はよしてください。王妃様とルーンファクト様に失礼ですわ。」
アルフォネアは自分が発現した言葉が王妃様にとって不敬にあたると微塵も感じていないようだ。
「ほ、ほほほ……。元気なお嬢様だこと。まるでこの国のお姫様みたいだわ。」
王妃様は乾いた笑みを浮かべながらアルフォネアに皮肉を言う。
侯爵家の令嬢なのに、この国の姫のような振舞いをするとはいかほどなものか、と。王妃様はそうおっしゃっている。
「そうでしょう。お義母さまはわかってらっしゃるわ。嬉しい!」
王妃様の皮肉はアルフォネアにはまったく聞いていないようだ。というか額面通りに受け取ったようだ。
これには王妃様をはじめ、ルーンファクト様も周りにいる護衛騎士に侍女たちも乾いた笑みを浮かべていた。
☆☆☆☆☆
ステファニーとアルフォネアが逃げるように王宮を去った後、王宮の庭に用意された椅子に王妃は座り込んだ。
「嵐のような娘でしたわね。私、とっても疲れました。」
「ええ。まさかあれほどとは思いませんでした。ユルスグレーン侯爵に、アルフォネア嬢には近づかないようキツく言われたのですが、こういうことでしたか。」
「あら。ユルスグレーン侯爵がそんなことを言っていたの。」
「はい。ユルスグレーン侯爵もアルフォネア嬢には手を焼いているようです。」
「あの様子じゃあねぇ。なんでもかんでも自分の都合の良いように受け取るものだから説得も難しいのでしょう。」
王妃は大きなため息をついた。
「アルフォネア嬢だけは王室に迎え入れてはなりませんよ。なにがあっても阻止してください。アルフォネア嬢が王室の一員になどなったら、この国が内側から崩壊することでしょう。」
よっぽど王妃はアルフォネアのことを腹に据えかねているらしい。
「もちろんです。アルフォネア嬢がなにを画策してこようと跳ね除けてみせます。」
ルーンファクトは王妃に向かって断言した。
ルーンファクトも話の通じないアルフォネア嬢だけは、相容れない存在だと思ったのだ。
「……ステファニーさんはとても好ましい令嬢なのに、なぜアルフォネア嬢は……。ああ、そうだわ。ステファニーさんとルーンファクトが婚姻を結べば、アルフォネア嬢はあなたの義妹になるのよね。」
「そうですね。考えたくもありません。」
ステファニーとルーンファクトが婚姻すれば、もれなくアルフォネアがルーンファクトの義妹になる。
そのことに気づいてルーンファクトは背筋に冷たいものを感じた。
「……いっそのこと、ステファニーさんとの婚約を破棄するのも手よ。」
王妃の提案にルーンファクトはビクッと背筋を震わせた。
「母上!いくらなんでもそれは……。」
「でも、アルフォネア嬢が義妹になるのは嫌でしょう?あの性格だもの。ステファニーさんが王家の一員となったら、アルフォネア嬢がその特権を振りかざしそうだわ。考えただけでも目眩がするわ。」
王妃は額を押さえて身体をよたらせる。
「母上!!私がなんとかアルフォネア嬢を抑えますから!だから、ステファニー嬢との婚約はこのまま続けさせてください。ステファニー嬢にはなにも落ち度はないのです。ステファニー嬢はとても慎ましく穏やかで優しい心根の女性です。私にとってステファニー嬢は、奇跡のような存在なのです。私にはステファニー嬢しか考えられないのです。」
ルーンファクトは王妃の目を見て懇願する。
実はルーンファクトとステファニーの婚約はルーンファクトが強く望んだから実現したことだったのだ。
「ふふ。わかっているわ。冗談よ。あまりにもアルフォネア嬢と縁を結びたくなくて。ステファニーさんはあなたの初恋の女性ですものね。もう10年も想い続けているんですもの。‥……でも、アルフォネア嬢はあなた方が婚姻するには一番の障壁になるかもしれませんね。」
「……。」
王妃もルーンファクトもアルフォネアの存在に頭を悩ませるのだった。
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