妹が寝取った婚約者が実は影武者だった件について 〜本当の婚約者は私を溺愛してやみません〜 2


「ふっ……。そうだな。それもいいかもしれんな。アフォルニアだったか?アフォルニアの方が美人だしな。」


 ルーンファクト様のそっくりさんは無口なのかと思ったが意外と饒舌だったようだ。


「あ、アルフォネアですわ。ルーンファクト様。」


 名前を憶えてもらえていなかったことにアルフォネアは引きつった笑みを浮かべた。


「まあ。ルーンファクト様は私の前で他の方を美人だと褒めたりはしませんわよ。ルーンファクト様のそっくりさん。」


 ルーンファクト様は誠実でとてもお優しい方だ。


 一度会っただけの人の名前も顔も覚えているし、冗談でも人を馬鹿にする態度はとらない。まあ、多少ぶっきらぼうなところはあるけれど。


「……っ。私に対してそっくりさんとは無礼なやつだな。」


「そ、そうよ!!お姉さまは無礼だわ!いくらルーンファクト様に相手にされないからって!」


 名前を憶えてもらえてなかったショックから立ち直ったアルフォネアがルーンファクト様のそっくりさんに同調する。


「ルーンファクト様の品位を下げるようなおこないはなさならいように。ルーンファクト様はとても目立つお方ですわ。どこに目があり耳があるかわかりません。ルーンファクト様として相応しいふるまいをなさってください。できぬのなら、変装なさった方がよろしいですわよ?このことは本物のルーンファクト様にもお伝えしておきますわ。」


 私はにっこりと微笑んでその場を後にした。後ろからギャンギャン騒いでいるアルフォネアのことは無視する。


「お姉さま!私にルーンファクト様を取られて悔しいからって偽物呼ばわりは失礼だわ!ここにいるルーンファクト様は本物なのだから!」



☆☆☆☆☆




 お父様とお母様にルーンファクト様のことで何か言われたのか、その日の夕食の場に現れたアルフォネアは不機嫌そうな表情をして私を睨みつけてきた。


 私はそんなアルフォネアを無視してアルフォネアの隣の椅子に座った。


「……お姉さまばかりずるいわ。お父様もお母様もお姉さまにばかり甘すぎるわ。ルーンファクト様というとても素晴らしい婚約者までお姉さまのために用意するのだもの。」


 アルフォネアは憮然とした表情でそう言った。


 普通の声量で話しているのだから、お父様もお母様もアルフォネアの言葉はしっかりと耳に届いている。側で給仕を担当している侍女たちもだ。


「侯爵家の婚約は政治的要素が強いわ。王家にとって我が家と婚姻関係を結ぶのが一番安泰だっただけのことよ。」


 お母様がアルフォネアに諭すように言う。その表情はどこか疲れている。


 きっと、お母様は何度もアルフォネアに言ったのだろう。真実を隠して。


「お姉さまばかりずるいわ。家の繋がりなら私だっていいじゃない。」


「……長女から婚姻を結ぶべきでしょう。長女がいるのに次女の婚姻を先に結ぶなんてこと、王家に失礼すぎて顔向けができないわ。先ほどもアルフォネアには説明しましたでしょう?」


「でも、お姉さまばかりずるいわ。お姉さまは伯爵家に嫁ぐことがすでに決まっていたってことにして、私がルーンファクト様と婚約することはできないの?」


「……もう決まったことです。今更そのようなことできません。謀反の疑いをかけられたいのですか?」


「でも!私の方がルーンファクト様に相応しいわ。見た目も性格も!!そうでしょう?」


 アルフォネアはなおも言い募る。


「いい加減にしないか!!」


 見かねたお父様がアルフォネアに向かって声を荒げた。


「お、お父様……。」


 お父様が声を荒げるなんて何年ぶりだろうか。いつも、冷静なお父様がらしくない。


「お父様っ!そうですわよね!お母様もお姉様もおかしいですわよね。私の方がルーンファクト様に相応しいのだもの。ねえ?お父様。お願いよ。私、ルーンファクト様の婚約者になりたいの。いいでしょ?」


 怒りをあらわにしているお父様にかまわず、アルフォネアはお父様におねだりをしている。まあ、内容はおねだりというほどには可愛くないが。


 アルフォネアには甘かったお父様だから、今回もアルフォネアに味方をすると思っているのだろう。


「……淑女、という言葉を知っているかね?」


「……?お父様、何を言っていらっしゃるの?」


 アルフォネアはお父様が言った言葉を理解できずに首を傾げている。きっと、お父様は「わかった。」と返事をするものと思ったのだろう。


「ルーンファクト殿下は将来国王となるお方だ。ルーンファクト殿下の隣には淑女たる妃が必要だ。貴族女性だけではなく、貴族と平民両方のお手本となるような淑女が相応しいと私は考えている。」


「……?」


 お父様の回りくどい言い方にアルフォネアは首を傾げる。


 それからしばらくしてお父様の言葉を飲み込んだのか、ぱぁああああっと明るい笑みを浮かべた。


「そうですわよね!ルーンファクト様の隣には誰もが憧れるような素晴らしい女性が並ぶのが相応しいですわよね。うふふ。」


 先ほどとは打って変わってニコニコした笑顔を浮かべるアルフォネアに薄ら寒いものを感じる。


「あ……ああ。やっとわかってくれたか。アルフォネア。」


 お父様はどこかしっくりときていないようだが、アルフォネアが頷いたのでそれ以上何も言わなかった。


 確かにこれだけはっきりとアルフォネアはルーンファクト様に相応しくないと言ったのだもの。きっとアルフォネアは理解してくれたのだろう。


 ただ、理解したはずなのになぜだか満面の笑みを浮かべているアルフォネアが私には不気味に思えた。




☆☆☆☆☆








 翌日、私は王妃様からの呼び出しにより、急遽王宮に行くことになった。


 私が王宮に行くということを嗅ぎつけたアルフォネアが、何故だか一緒に王宮に行くと言って聞かなかった。昨日お父様に窘められたばかりだと言うのに。


 王宮に着くと王妃様付きの騎士に王室の庭に案内された。


「王妃様が間もなくいらっしゃいます。ステファニー様とお付きの方はこちらで座ってお待ちください。」


 庭に用意されていたテーブルに案内された。騎士は椅子を引くと私に座るように促した。


「ええ。ありがとうございます。」


 私は椅子にお礼を言ってから椅子に座ろうとする。


「ありがとうございますわ。」


 だが、私より早くアルフォネアが騎士が引いた椅子に座ってしまった。


 私はギョッとしてアルフォネアを見る。


 王妃様に呼ばれたのは私なのに。


 騎士もびっくりしたように、アルフォネアと私を交互に見た。


「私の妹のアルフォネアですの。」


「ああ。そうでしたか。これは大変失礼いたしました。お二人でいらっしゃるということでしたので、てっきり侍女がいらっしゃるのかと思っておりました。今、椅子をもう一脚用意いたします。庭を見ながらお待ちください。」


「いえ。こちらこそ、事前にお伝えせずに大変失礼をいたしました。お手数をおかけいたしますわ。」


 騎士は一度私に会釈してその場を後にした。どこからか椅子を調達してくるのだろう。


 アルフォネアは椅子に座りながら辺りを珍しそうに見回している。


 私はその間庭を見ることにした。


「綺麗ね……。」


 庭には王妃様が好きなのだろうか淡いピンク色の薔薇、淡い紫色の薔薇、白い薔薇が咲き誇っていた。


「そうだろう。母上は淡い色合いの薔薇が好きなんだ。」


「そうなんですね。とても綺麗に咲き誇っておりますわ。」


「君が気に入ったのなら、母上の許可を得てくるからいくつか持って帰るといい。」


「いえ。そんなことは出来ませんわ。切ってしまったら薔薇が可哀想ですわ。このまま咲かせておいてくださいませ。」


「ここにある薔薇は見てもらうために咲き誇っているのだ。君みたいな花を愛でる心がある人の元に行くのは本望だろう。」


「まあ。ありがとうございます。……え?」


 綺麗に咲き誇っている薔薇を見ていると誰かが話かけてきた。


 あまりにも自然に話しかけられたものだから、私は相手の顔も見ずにそのまま会話を続けていた。


 そしてしばらく会話をした後に、誰かが側にいるということに気が付いた。


「る、ルーンファクト様。」


 気が付けば横にルーンファクト様がいた。澄み切った青色の瞳が私を見て柔らかく微笑む。


「驚かせてしまったかな。ステファニー嬢。ここで母上を待っていると聞いたので来てみた。」


「いいえ。お会いできて光栄ですわ。ルーンファクト様。」


「私もだよ。なかなか君に会いにいけなくてすまない。」


「いいえ。ルーンファクト様がお忙しいのは存じております。こうして会いに来てくださっただけでも嬉しいのです。」


 ルーンファクト様は時期王として王様の執務を手伝っている。一部の執務については王様から全権を移譲されたとも聞いている。


「……昨日、私が君の屋敷に行ったことは知っているのかい?」


 ルーンファクト様は少しバツが悪そうに私に尋ねられた。


「いいえ、昨日はルーンファクト様はいらっしゃっておりませんわ。従者の方に私へのプレゼントを持って行くようにお命じになったのでしょう?もっともその従者の方は私と妹を間違えたようですわ。」


「ああ。そうだね。直接伺いたかったのだが、仕事がいそがしくてね。……あいつは、君と妹を間違えたのか。仕方のないやつだ。あいつには会ったのか?」


「ええ。妹といるところを見かけましたわ。直接会話もさせていただきました。」


「……はぁ。それにしても、君はあいつと私の違いがわかるのかい?」


「ええ。ルーンファクト様とはまったく違いますわ。お声も、その目の色も。」


 ルーンファクト様はそっくりさんと見分けがついた私に驚いたように声を弾ませた。どこか嬉しそうだ。


「そうか。父上と母上くらいしかあいつと私の区別がつけられなかったが……。君も区別をつけられるとは私はとても嬉しいよ。」


「だって、全然違いますもの。」


 私はルーンファクト様と見つめ合って笑いあう。


「あら、ルーンファクト様!昨日はとても楽しかったわ。」


 ルーンファクト様と話していたら椅子に座っていたはずのアルフォネアが会話に割り込んできた。




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