悪役令嬢の婚約者はお菓子大好きな王子様!?
悪役令嬢の婚約者はお菓子大好きな王子様!?
「キャーーーっ!!ロベルト様よぉーーーーっ!!」
「きゃーーーーっ!早くしてちょうだいっ!!早くぅ!!」
「ちょっと押さないでくださるっ!」
「順番を守って淑女らしく行動なさいっ!!」
「そんなこと言っていられないわ!!だってロベルト様がいらっしゃるのよ!!」
「そうよそうよ。早くしなくては!!」
「きゃーーーーっ!!押さないでくださいっ!!」
今日もこの国の王子であるロベルト殿下が学園に足を踏み入れるとあちらこちらから女性の悲鳴が聞こえてくる。
そして、彼女たちは淑女であることも忘れたかのように慌てふためく。
「まったく。彼女たちは淑女であることを忘れてしまったのかしら。申し訳ございません。ロベルト殿下。私の教育が行き届いていないようですわ。」
私はロベルト殿下の隣で恭しく頭を下げた。
彼女たちは自分が淑女だと忘れて騒ぎ立てるのは生徒会長である私の教育が行き届いていないから。そうロベルト殿下に謝る。
私はロベルト殿下に謝りながらも、風紀を乱す彼女たちに頭を抱えた。そうして、後で必ず一人ずつ躾をしなければと心に決める。
「まあまあ。ライラック嬢。そんなに怒らないで。僕は笑っているライラック嬢の方が好きだよ。」
「恐れ多いことでございます。ですが、ロベルト殿下はとても甘いですわ。ですから、彼女たちはああもロベルト殿下に対して失礼なのですっ!」
「ライラック嬢。僕は怒っていないから。日常茶飯事だしね。」
「日常茶飯事ではならないのですっ!ロベルト殿下はこの国のお世継ぎにございます。それなのに彼女たちはそのことを忘れているかのような振舞。私は……私は……。」
ロベルト殿下はにこやかな笑顔を浮かべて気にしていないと告げる。
ロベルト殿下はこの国のお世継ぎの王子だというのに、甘すぎるのだ。他人にも自分にも。
「ライラック嬢がいつも僕とこの国のことを考えていてくれるのはわかっているよ。」
「そうですか。でしたらっ!!」
「うんうん。でも、僕怒るの苦手だしねぇ。それに、被害はないでしょ?」
「ありますわ!ロベルト殿下を煩わせるという被害がございますわっ!」
「う~ん。でも、僕は彼女たちのことを煩わしいとは思わないし……。」
ロベルト殿下はいつでも穏やかだ。私は彼が怒った姿をみたことがない。
でも、だからこそロベルト殿下が心配で仕方がないのだ。
前世の私がプレイした乙女ゲームのようにお花畑思考のヒロインを好きになって私との婚約を破棄した上、政務まで放棄されては困るのだ。この国の存続に関わる。
だから、私は、私が断罪されようともこの国のために心を鬼にしてロベルト殿下に進言する。
「もっとしっかりとなさってくださいっ!!」
「きゃーーーーーっ。どいてどいてーーーーーっ!!」
「きゃっ!!」
「あ、あぶないっ!!」
ロベルト殿下に進言していると、ふいにピンク色の髪のふわふわとした女性がロベルト殿下に向かって突っ込んできた。
ぽよぉ~ん。
そして、ロベルト殿下に真正面からぶつかった。
どうやら、ヒロインが襲来してきたようである。
私は、さらなる悩みの種が増えたことに頭を抱えた。
「ご、ごめんなさいっ!ロベルト殿下。ぶつかってしまいました。えへへ。」
ピンク色の頭の少女……もといヒロインはそう言いながらピョコンと頭を下げてロベルト殿下に謝罪をした。
「気にしないで。それより、君は怪我していないかい?」
「ええ。全然これっぽっちもまったく怪我はしていません!……え?」
「そうか。よかった。」
「え?え?え?……ロベルト、殿下、ですよね?」
「うん。そうだよ。」
私がヒロインの登場に驚いて声を上げれずにいると、ロベルト殿下とヒロインの会話が繰り広げられていく。だが、ヒロインがロベルト殿下を目に入れた瞬間にカチンッと固まったのがわかった。そして、戸惑い気味にロベルト殿下に問いかける。
ロベルト殿下本人にロベルト殿下かどうか直接尋ねるのは失礼にあたるだろうにヒロインはそんなことに気づく様子もなく無邪気に問いかけている。私は思わず「はぁ~~。」と大きなため息をついた。
「そ、そうですか。ロベルト殿下なんですね。そうなんですね……。」
「ねえ、そこのピンク色の貴女。ロベルト殿下に失礼ではなくって?貴女は自分の名も名乗らずにロベルト殿下の名前を確かめようとするのは失礼ですわよ。」
このまま黙って見ていてもいいけれども、このヒロインが将来ロベルト殿下と結婚して王妃となる可能性があるのだ。そう思うとしっかりと王妃として務められるように教育しなければならない。せめて、普通の淑女くらいには……。
「ああっ!ライラック!!ライラックは普通なのに!なんでロベルト殿下は……。」
このヒロインってばなぜ私のことを呼び捨てにするのかしら。私はロベルト殿下の婚約者であり侯爵令嬢だというのに。まあ、例え侯爵令嬢でなくとも初対面の相手を呼び捨てにするのはいかがなものかと思うけれど。
「ちょっと貴女。なぜ初対面の私が呼び捨てにされないといけないのかしら?まったく常識のない貴女はどこの誰ですの?」
「わ、私はハイビスカスですっ!」
ヒロインもといハイビスカス様は元気いっぱいに答えた。だが、その視線が困惑しているようにも見える。
「ハイビスカス様。元気で明るいことは良いことですわ。ですが、貴族の女性たるものもっと常識を学ばなければなりません。私が放課後教えましょうか?」
このままだとヒロインが王妃となったとき、ヒロインの常識がないために各方面で失礼をかってこの国が滅んでしまうかもしれない。
別にロベルト殿下のことはそれほど好きではないし、王子殿下の婚約者という地位にしがみつきたいわけでもない。ゆえに、この国が豊かに成長していってくれるのであれば私は別に誰がロベルト殿下と結婚し、王妃になっても構わないのだ。
「えっ。いらないですっ。そんなのっ。」
「まあ。ハイビスカス様、ロベルト殿下と仲良くなりたいのであれば最低限の礼儀は守って欲しいのですけれども……。失礼ですが、貴女にはその最低限の礼儀がないと思いますわ。」
「ええっ!そんなのロベルト殿下の婚約者になれば自然と身に付くから大丈夫です!」
「……。」
「なぜ君が僕の婚約者になるんだい?僕の婚約者はライラック嬢だけなんだけど。」
ヒロインの発言に絶句する私。さすがにロベルト殿下の婚約者を狙っているという発言についてはロベルト殿下も思うところがあるようで、困ったように首を傾げていた。
「目の前にいるロベルト殿下の婚約者はライラックなんですよね?でも、私のロベルト殿下の婚約者は私になるんですよ。そう決まっているの。」
「……?」
「……この国にはロベルトという名の王子はここにいらっしゃるロベルト殿下だけですわよ。」
なんだろう。このヒロイン……もといハイビスカス様は。
どんな頭の構造をしているのか、ここにいらっしゃるロベルト殿下以外のロベルト殿下がいると言い出した。普通に考えて同じ国に同名の王子が複数いるはずがないことはわかるだろうに。
どこの国に同じ名前を王子につける国があるというのだ。
「うそよ!だって、私の知っているロベルト殿下とはまるで違うわ!」
「……ハイビスカス様の知っているロベルト殿下とはいったいどのようなお方でなのでしょうか?」
もしかしたらハイビスカス様はロベルト殿下の名を騙る人物と間違えているのだるか。そう思って尋ねる。
「まばゆいばかりの金髪のすらっとした美しい人よ!まさに王子様って容姿をしているの。それに性格だってとっても優しくて貴族令嬢ばかりで肩身の狭い思いをしている私をいろいろと手助けしてくれるのよ。私がいじめられている時にも颯爽とやってきて庇ってくれるの。まさに理想の王子様なのよ!」
ハイビスカス様はそう言って目をキラキラと輝かせながら言い切った。
ハイビスカス様が語るロベルト殿下という人物は理想の王子様像に近いようだ。本当にそんな人が存在するのだろうか。
優しい性格というのなら、目の前にいるロベルト殿下にも当てはまっているし、まばゆいばかりの金髪というのも目の前にいるロベルト殿下に合致している。一点だけ、ロベルト殿下とは真逆なところがあるけど。
「ハイビスカス様がおっしゃられているのはこの国の王子ではなく、王子様のようなロベルト様ということでよろしいでしょうか?」
「いいえ!ロベルト殿下は正真正銘のこの国の王子様で後の国王陛下になる人よ!!」
思わず「はあ」というため息がこぼれてしまう。
この国の後の国王陛下になるのは現段階では目の前にいるロベルト殿下に他ならないのだ。やはり、ハイビスカス様はなにか勘違いされているようだ。
「そうですか。ここにいらっしゃるロベルト殿下も、この国の王子であり、次期国王ですわ。」
私ははっきりとハイビスカス様に伝える。
ロベルト殿下は、私とハイビスカス様のやり取りについていけていないようで、始終首を傾げていた。
「違うわ!私の知っているロベルト殿下は見た目も完璧なのよ!こんなにぶくぶくのおデブさんではないわ!!」
「ぶくぶくのおデブさん。」そう言われて私の顔に貼り付けた笑みが凍り付いた。誰もがロベルト殿下にはっきりと言うのを伏せていた言葉だというのに。それを、まさかヒロインであるハイビスカス様がおっしゃられるとは。
はっきり言ってこの言葉は地雷だ。
「はっはっはっ。貴女は面白いことを言うね。そうだね。王子様というのは見た目も性格も完璧を求められるものね。そうだね。その通りだよね。では、僕は貴女が求めている王子様じゃないとので、今後いっさい僕に近寄らないでくれるかな?ああ、そうだ。僕が君の言っている王子様じゃないんだったら、ライラック嬢にも突っかかったりしないようにね。ライラック嬢はこう見えてとても努力家で繊細なんだ。君のような子にライラック嬢を壊されてしまったら困るし。」
先ほどまでのおっとりとしたロベルト殿下はどこへやら。ロベルト殿下は笑みを浮かべているが、目が全然笑っていないし、ロベルト殿下の纏う空気が凍てつくほど冷たい。
「ええ。あなたは私のロベルト殿下ではないわ!私のロベルト殿下はどこにいるのかしら。おかしいなぁ。今日、ここでロベルト殿下と私が出会って恋に落ちるはずだったのに。ねえ、貴女、ライラックだっけ?ライラックは私のロベルト殿下がどこにいるか知ってる?」
「いいえ。私はここにいらっしゃるロベルト殿下しか存じ上げません。」
ハイビスカス様が他のロベルト殿下を知らないかと尋ねるので、私は知らないと回答した。
「そう。なら、仕方ないわね。まったく私のロベルト殿下はどこにいらっしゃるのかしら。今日この場所で出会って恋に落ちる予定だったのに……。ロベルト殿下との出会いイベントは必須イベントだから誰のルートになっても起こるイベントのはずなのに。どうしたのかしら?……あれ?でも、ライラックって名前どっかで聞いたことがあるような……。」
私はハイビスカス様の発言にドキッとした。
出会いイベントとか。誰のルートとか。
もしかして、ハイビスカス様も乙女ゲームのことを知っているのだろうか。
「んー。ま、いっか。そのうち会えるよね。だって私がヒロインだもん。」
ハイビスカス様は固まってしまった私のことなど気にした様子もなく、颯爽と歩いて行ってしまった。きっと、ハイビスカス様のロベルト殿下を探しに行ったのだろう。
「変わった子だったね。」
呆然とハイビスカス様を見送っていると、隣にいたロベルト殿下がのんびりとした口調で話しかけてきた。そこには先ほどまであった凍てつくような冷たい空気は存在しなかった。陽だまりのようなほんわりとした温かい空気をまとっているいつものロベルト殿下がいた。
私はホッと肩を撫で下ろす。
「……そうですね。」
「でも、これで一安心だね。僕とライラック嬢の邪魔をするハイビスカス嬢は去っていったし。ねえ、ライラック嬢。無事にハイビスカス嬢が去っていったお祝に君の手作りのお菓子をくれないかい?」
「え、ええ。構いませんが……。」
「ふふ。よかった。僕、ライラック嬢の手作りのお菓子大好きなんだよね。楽しみにしてるよ。」
ロベルト殿下はそう言って嬉しそうに無邪気に微笑んだ。
☆☆☆
「本当に、ライラック嬢が作るお菓子は美味しいよね。今日のレモンパイも職人顔負けだよ。うん。美味しい。ずっと食べていたいくらいだ。」
「……恐縮でございます。ロベルト殿下。」
ロベルト殿下にお菓子を所望された私は、いつものように焼き菓子を作成した。そして、学園のロベルト殿下の部屋で仲良くお茶の時間を楽しんでいる。
お菓子を食べている時のロベルト殿下はとても幸せそうで、見ているこちらも嬉しくなる。本当に美味しそうにお菓子を召し上がるのだ。
だから、「それ以上食べると今以上に太ってしまいます。」なんて言えない。
それにロベルト殿下が太っているからこそ、ハイビスカス嬢に「貴女の探しているロベルト殿下は目の前にいるこの太っているロベルト殿下ですよ。」と言っても取り合ってもらえなかったのだろう。
「よかった。」私はホッと胸をなでおろした。
「ライラック嬢も食べよう。とても美味しいよ。」
ロベルト殿下はそう言ってにこにこ笑いながら私にもお菓子を進めてくる。
「ありがとうございます。ロベルト殿下。」
私は、ロベルト殿下が差し出してくれたフォークに刺さっているパイを口に入れた。
「ね?美味しいでしょう?」
「……はい。」
自分で作ったお菓子を自分で美味しいというのもおかしなものだが、ロベルト殿下が私の返事を聞いてさらに笑みを深めるのだ。肯定するしかないだろう。
私の返事に気をよくしたのか、ロベルト殿下はもう一口、もう一口とパイを進めてくる。ロベルト殿下から差し出されるパイを一口、また一口と食べて行けば、いつの間にかホールで用意したパイはなくなっていた。
「一緒に食べるととても美味しいよね。」
そう言ってロベルト殿下は今までで一番輝くような笑みを浮かべた。
「ええ。とても。」
私はこの人並み以上に太っているロベルト殿下のことをとても好ましく思っている。地位や権力を誇ってくる貴族よりも、こうやって和やかで落ち着いているロベルト殿下の方が好ましい。それに、とても優しいところがあるのだ。
ロベルト殿下という人を知っていけば知っていくほど、人は見た目じゃないと思わされる。
だから、不安だった。
乙女ゲームのヒロインであるハイビスカス様がやってきたことが。
きっと、乙女ゲームと同じようにハイビスカス様はロベルト殿下を私から奪っていくのではないかととても不安だったのだ。
だけれどもそれも杞憂に終わった。
ハイビスカス様はこの太っているロベルト殿下には見向きもしなかったからだ。
よかったと、私は胸を撫で下ろした。
☆☆☆
まったりと自室のソファーに座りながら、ライラック嬢が作ってくれた焼き菓子に手を伸ばす。香ばしいバターの香りが鼻孔をくすぐる。
見た目も匂いも完璧な焼き菓子を見つめながら、この美味しい焼き菓子を作ってくれたライラック嬢を思い出して微笑んだ。なにもかも完璧な令嬢。完璧に教育され、次期王妃としての期待を注がれて教育された礼状。それがライラック嬢だ。
弱音を吐くことすら許されず、他の貴族令嬢の模範となる使命を課された少女。辛いときも泣かず、どんなに嬉しくても飛び跳ねて喜ぶことを許されず、絶えず冷静であることを課せられている。その少女がお菓子作りが好きだと知ったのはいつの頃だっただろうか。
まだ10歳にも満たない頃だったかと思う。嬉しそうにお菓子を作っていた姿を偶然みかけてしまった。その時の楽しそうなライラック嬢の笑みが忘れられなくて、息抜きがてらお菓子を作ってもらっていたのだ。
「それにしても、私も随分と丸くなったものだなぁ。」
前に突き出たお腹を撫でさすりながら一人呟く。ついでに、顔も随分と丸くなったと思う。遠い昔に見た乙女ゲームのメイン攻略キャラの王子の面影などない程に丸くなった自分の身体に苦笑する。
「しかし、まだしばらくは脂肪を落とすことはできないな。ヒロイン……ハイビスカス嬢が誰かとくっつくまでは油断できないからな。はあ……ライラック嬢がいつか私に愛想をつかさなければいいのだが。」
流石にこれ以上太ったら、ライラック嬢も私に愛想をつかしてしまうだろうか。少し不安になりながらも、それでライラック嬢が悪役令嬢として断罪されることがなくなるのであれば、それもそれで仕方ないかと思う。
だって、私は凛とした佇まいをしながらも、どこか愛情に飢えていていつも誰かに嫌われてしまうのではないかと心の中で愁いているライラック嬢のことが好きだから。ライラック嬢が断罪されることなく平穏に過ごして欲しいと願ってしまう。
願わくばライラック嬢が私の手で幸せになりますように。
☆終わり☆
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