王太子より猫が好きなので婚約破棄を受け入れますわ

王太子より猫が好きなので婚約破棄を受け入れますわ

 


 


 


 


 


 


「マリアベル。私は君との婚約を解消しようと思う。」


突然、王宮にある王太子殿下の執務室に呼びつけられたと思ったら、開口一番にエレナンド王太子殿下はそう言い放った。


端正なエレナンド王太子殿下の顔が嫌そうに引きつっていることから見るに、エレナンド王太子殿下は私との婚約がとても嫌なようだ。


周りにはエレナンド王太子殿下直属の近衛兵もいるし、次期宰相と名高いアーモンド様もいる。それに、なぜだかエレナンド王太子殿下の隣にはピンク色の髪をしたひときわ可愛らしい少女がおどおどとした表情で立っていた。


人前でいきなり言われた言葉に私は驚いて息を飲んだ。


それはそうだろう。


仮にも私はエレナンド王太子殿下の婚約者なのだ。


いきなり呼びつけられて、婚約破棄を言い渡されている理由が私にはわからない。


普通はお父様を通してくるはずだ。それも、王様の承認を得てからだ。


私に直接エレナンド王太子殿下が言うことではないはずなのだ。


エレナンド王太子殿下はいったい何を企んでいるのだろうか。


「はい」と答えるべきか、「いいえ」と答えるべきか。


「……マリアベル。何か言ったらどうなんだ?」


エレナンド王太子殿下の顔が眉を潜める。私が何も反応しないことに苛立ったらしい。


「ええと。……なぜですの?」


私はなんとか言葉を絞り出す。


婚約破棄をされる理由がわからないからだ。


別にエレナンド王太子殿下と婚約破棄するのが嫌だというわけではない。


ただ、一方的に理由もなく王太子殿下から婚約破棄をされたとなると我が侯爵家の外聞が悪い。私のせいでお父様やお母様に迷惑がかかってしまうのだ。


私のせいで社交界でお父様やお母様が嘲笑されるのは許しがたい。


「そうか。よかった。マリアベル。君は私に少しは関心を持ってくれていたんだね。私は嬉しいよ。まあ、君が初めて私に興味を持ってくれたのが婚約破棄の話題を出した時というのが悲しいけれど。」


なぜだろうか。エレナンド王太子殿下に質問をしたら喜ばれてしまった。


エレナンド王太子殿下の声からも表情からも嬉しいという感情が駄々洩れである。いつもは、硬い表情しか浮かべないエレナンド王太子殿下なのに。


「それで、だ。ごほんっ。私がマリアベルに婚約破棄を言い渡したのは、ここにいるジョセフィーヌを見ればわかるだろう?わかってくれるだろう?それくらいは私に興味を持っていてくれただろう?そうだよね?マリアベル。ここにいるジョセフィーヌと私の関係くらいはいくら私に興味を持っていないマリアベルでも気づいてくれたよね?そうだよね?」


私は必死に言葉を紡ぐエレナンド王太子殿下から、その横にいるジョセフィーヌ嬢に視線を向けた。ジョセフィーヌ嬢は上気した頬でエレナンド王太子殿下をじっと見つめている。


私はそんなジョセフィーヌ嬢を見てピンッと来てしまった。


「ジョセフィーヌ嬢は、エレナンド王太子殿下のことがお好きなんですの?」


「……はい。」


私が問いかけると、ジョセフィーヌ嬢は顔を真っ赤にして俯きながら小さく肯定の返事を返した。


私はジョセフィーヌ嬢の気持ちを確認してさらに考える。


エレナンド王太子殿下の隣にいる可愛らしいジョセフィーヌ嬢。そのジョセフィーヌ嬢はエレナンド王太子殿下のことが好きなようだ。そうして、エレナンド王太子殿下もジョセフィーヌ嬢が隣にいることを許容している。


ここから考えられることはただ一つ。


「……エレナンド王太子殿下は私と婚約破棄をして、こちらにいらっしゃるジョセフィーヌ嬢と婚約するおつもりですか?」


私は頭の中で導き出された答えを、口に乗せた。


エレナンド王太子殿下は私の答えに、目を大きく見開いた。そうして、急に破顔する。その笑顔は眩しいほど輝ている。


どうやら、私の考えは当たっているらしい。


「そうなんだよ!そうなんだよ、マリアベル!!よかった。君は私のことをちゃんと見ていてくれたんだね。そうなんだよ。マリアベル。私は君との婚約を解消して、ジョセフィーヌ嬢と婚約しようと思うんだ。さて、マリアベルは婚約解消に頷いてくれるかい?頷かないよね?ちゃんとに婚約解消は嫌だって言ってくれるよね?そうだよね?ね?」


……?エレナンド皇太子殿下が何を言っているのか私には理解できない。


婚約を解消したいと言いながら、私に婚約解消は嫌だと言って欲しいのだろうか。


昔から思っていたが、エレナンド皇太子殿下の考えが私にはよくわからない。


「……そうですわね。お父様たちにご迷惑がかかりますので。お父様たちにご迷惑がかからない理由で婚約を破棄してくださるのであれば、私は応じたいと思いますわ。」


私はエレナンド王太子殿下の言葉に疑問を持ちながらも淑女の笑みを浮かべてゆったりと返答した。


別にお父様や家に迷惑がかからない状況での婚約破棄なら、問題ないし。


エレナンド王太子殿下のことはそれほど好きでもないし、王太子妃の地位にも執着はない。


そう思ってエレナンド王太子殿下に返答すると、エレナンド王太子殿下はシュンと項垂れてしまった。


……なぜだろう?婚約破棄には応じるとお答えしたのに。


まるでこの世の終わりかと思うほどに落ち込むエレナンド王太子殿下。なんだかちょっとだけ心配になってくる。


「マリアベル……。どうして、君は私に執着してくれないのだ。私は王太子だ。そして、マリアベルは未来の王太子妃なんだよ。その地位はいらないのかい?」


この世の終わりかと思うほど暗い表情を見せて、エレナンド王太子殿下は問いかけてきた。


「私は地位よりも欲しいものがございます。」


正直地位なんていらないのだ。


「ぐぅ……。マリアベルはそうだよなぁ。地位には興味がまったくなさそうだものね。なら、私には執着してくれないのかい?私は自分でいうのもなんだが、性格だって並大抵の男よりは良いと思っているし、容姿だってこの国で一番だと思っている。それに、誰よりもマリアベルを幸せにする自信がある。それに、私も……マリアベルが側にいてくれればどんな試練だって乗り越えられるような気がするんだ。いや、マリアベルが側にいてくれればどんな試練にも打ち勝って見せる。」


そう言ってエレナンド王太子殿下は私に必死に言い募ってくる。


私の頭の中は疑問符だらけだ。


だって、先ほどエレナンド王太子殿下は私に婚約破棄を言い渡したのだ。それなのに、どうして、エレナンド王太子殿下は自分を売り込んでくるのだろうか。


「そうですね。世間一般的に見てもエレナンド王太子殿下はとても魅力的だと思いますし、エレナンド王太子殿下の婚約者になりたい方はたくさんいらっしゃるかと思います。」


「そうかそうか。そうだよな。もちろん、マリアベルもだよな?私とジョセフィーヌに遠慮したから婚約破棄を素直に受け入れようとしてくれているだけなんだな?そうだな?」


エレナンド王太子殿下のことを魅力的だと言えば、エレナンド王太子殿下は途端に輝かんばかりの笑顔を見せた。


先ほどからエレナンド王太子殿下の喜怒哀楽の表現が激しいような気がするのだけれども、王族としてそれはいいことなのだろうか。


それに、なんだかちょっとナルシストだし。


「そうですね。私の家族に迷惑がかからなければ喜んで婚約破棄をお受けいたしますわ。」


「……っ!?そ、そうではないっ!!そうではないのだっ!!どうして、どうしてマリアベルは私のことを魅力的だと言っておきながら、そうあっさりと私の手を放そうとするのだ。ジョセフィーヌよりマリアベルを選べとは言ってくれないのか?それともマリアベルには私よりも魅力的な異性がいるのかい?」


悲壮感漂う表情でエレナンド王太子殿下は詰め寄ってくる。


「え、ええ。」


あまりの勢いに私は素直に頷いてしまった。


すると、エレナンド王太子殿下はその場にがっくりと崩れ落ちてしまった。


「そ、そうか……。だから、私との婚約をすんなりと破棄するのだな。だから、私には興味を持ってくれなかったのだな。マリアベル。教えてくれ。君の心を奪った者の名を……。」


「……え、エレニャンドですわ。」


この名前を告げるのはとても恥ずかしい。だって、エレナンド王太子殿下の名前にそっくりなのだから。


しかも、エレニャンドと名付けたのは他でもない幼い頃の私だ。


エレナンド王太子殿下はその名前を聞いて、ついにはその場に倒れてしまった。


「え、エレニャンド……。私はエレニャンドに負けたのか……。」


「あ、あの……。失礼ですが、エレニャンド様とおっしゃるのは……?」


それまでずっと側で見守っているだけだったジョセフィーヌ嬢が耐え切れずに会話に混ざってきた。


「……マリアベルが飼っている黒い猫だ。しかもとても紳士的で優雅で気品もある。それに、勇気もあり、マリアベルをいつも側で守っている。マリアベルが落ち込んでいる時はマリアベルの側に黙ってつきそい、マリアベルが喜んでいればともに喜び合い、マリアベルが窮地に立たされればどこからともなく駆けつけてマリアベルを守る。エレニャンドに、私は負けたのか……。」


「ええ。エレニャンドがいてくれれば私は幸せですわ。」


私はエレニャンドの姿を思い浮かべてにっこりと微笑んだ。


ああ、エレニャンドに会いたくなってきてしまったわ。


「……マリアベル。私が悪かった。ここにいるジョセフィーヌとはなんでもないのだ。ただ、私に興味を持たないマリアベルをけしかけたかったのだ。婚約者に婚約破棄を言い渡されれば少しくらいは私のことを見てくれるのではないかと……愚かにも私はそう思ってしまった。こんな考えではエレニャンドに勝てるわけがない。」


「ま、まあ。そうだったんですか。」


ということは、この婚約破棄の話は全てお芝居だったということなのでしょうか。


つまり、私はエレナンド王太子殿下と婚約破棄をすることはないということ。つまり、お父様やお母様に迷惑をかける心配がないということ。そう思っていいのだろうか。


「悪かった。マリアベル。いつか、エレニャンドを超えるような紳士になってみせる。そして、マリアベルを守ることを誓うよ。だから、婚約破棄はなかったことに……。」


「……わかりました。」


私は大人しくエレナンド王太子殿下の言葉に頷いた。


正直エレニャンドと結婚することはできないし、エレニャンドは人間ではないので寿命だって短い。


私も侯爵家の令嬢として、誰とも結婚しないという訳にはいかないのだ。


ただ、最期までエレニャンドとは一緒にいたい。


「でも、エレナンド王太子殿下。一つだけお約束してください。エレニャンドが生涯私の側にいることだけは許してくださいませ。」


 


 


 


☆☆☆


 


 


こうして、私はエレナンド王太子殿下と婚約破棄をすることはなくなった。


私は自室でホッとため息をついた。


「よかったわ。エレナンド王太子殿下と婚約破棄をせずにすんだわ。これもエレニャンドが私に初めて会った時に教えてくれたお陰だわ。ありがとう。エレニャンド。」


「にゃあ。」


私は微笑んで、エレニャンドの額にキスを送った。


エレニャンドは嬉しそうに目を細めて一声可愛く鳴いた。


 


 


 


☆おわり☆

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