吉川せいじ@teamリッピン♡

第9話 スタートダッシュ!

 決戦は金曜日の午後六時。普段、一般の客を相手にすることのない聖司の職場は多くの三次産業のように休業に追い込まれるということはなかったが、社員の半分は在宅で仕事をしていたので、ドックと呼ばれる作業場内にはほとんど人がいなかった。


「あれっ、橘さんと村上さん、まだ来てないっすか」


 そんな中、ジャッキアップした車の下へ潜り込んでいた聖司が一息つこうと起き上がると不思議そうな顔をして後輩が聞いてきた。

 聖司が今日は在宅で書類整理をしていると伝えると、その後輩はそれでも食い下がって、おかしいなと独り言のように呟いた。


「さっき、塗装ブースに誰かいませんでした? おれ、それが橘さんかと」


「ああ、それはおれだな。もう仕上げだったから」


「え、じゃあアライメントやってたのは?」


「さっき? それなら、おれだね」


 その後輩は驚いたような、半ば呆れたような顔で歳が倍近く違う聖司に「人の何倍働くんすか」と言ってその場を去っていった。



 二〇二〇年、自粛の春。人手不足なのはどこも同じだが、それ以上に聖司には自分でやってしまった方が人の何倍も早いという自負と、人の何倍も働いて人の何倍も課金したいという思いがあった。


 仕事は定時まで。その後、車を路肩に止めて捨て星をする。チームワークが抜群のLipp'inガールズはグループと個人それぞれでグロウライブに登録してあるので、彼のスマホには〝みゆん〟以外のメンバーの「捨て星配信」を知らせる通知が溜まっていた。


 そしていよいよ、六時を迎える。

 期間中は1日に合計で2時間までの配信をすることができるのだが、十八歳以下は10時以降に配信できないという規定と、捨て星をする時間の都合で初日の配信は一時間が二回と決まっていた。

 聖司はグロウライブアプリのマイページを立ち上げる。一度のGP《グロウポイント》のチャージ額が大きければ大きいほど、ボーナスのギフティングアイテムがもらえるキャンペーンをやっていたので、そこにはすでに普段とは桁違いの100000GPという文字が表示されている。



「……い、いい? いいよね? ってかこれ映って――」


マキノ@みゆん激推し垢:映ってるよーもう18時回ったから1周目開始する^^


マキノ@みゆん激推し垢:《がんばれ》×10


 ライブ配信画面が映し出された瞬間、ギフティングがされる。さすが最古参だ。本来であればまずは持っている星をすべて投げて、2周目である89個×7色を他のライブ配信を観て回収してこなければならない。


 だが、ここは景気付けだ。彼が古参だからと言って聖司も負けてはいられない。星を投げようとしていた手を止めて《ファイトくま》というハチマキを巻いたテディーベアのスタンプを10個投げた。一つ何と1000GPで、イベント中は星が1.2倍、有料ギフトとスーパーチャットが1.5倍のポイントになるので、1000GP×1.5だが、さらに10個連続で投げることでさらに1.2倍ボーナスで18000GP分の貢献だ。


「えっ待って。まだ何も言ってないのに《がんばれ》きてる。マキノさん! ありがとう?」


 少しのタイムラグがあるのでまだ聖司のスタンプには気がついていない〝みゆん〟が画面内でじたばたしている。

 その間にも画面には星やハート(1個1GPで100個単位で投げるのが通例)がきらきらと画面のあちこちに飛び交っている。


マキノ@みゆん激推し垢:みゆん、せいじさん天の川!


カリア@リッピン箱推し/4月25日ワンマン決定!:すげー


 と、本人よりも先にファンの方が聖司のギフティングに反応してくれて、〝みゆん〟にそのことを伝えてくれた。「天の川」というのは最も値段が高い1万GPのスタンプで1万GP分のギフティングをしたときも便宜上そんなふうに呼ばれているのだ。


「えーっ、ちょっと待って! き、きりえちゃん! もう天の川!」


きりえ(本人):10連だから天の川以上だよ。それとみゆちゃんお名前ちゃんと呼んであげて?


 星も10連投げをすることでボーナスポイントが入るので、期間中のファンたちはものすごい速さでスマートフォンの画面あるいはパソコンのボタンを連打する必要がある。

 聖司も画面端の星を連打しながら、コメント欄にいるリーダー〝きりえ〟と〝みゆん〟の会話を眺め、隙をついてコメントを送る。


吉川せいじ@teamリッピン♡:おれにはお礼はいいから、他の人呼んであげて!


 どのみち、あと星を2色分投げ終わったら猛スピードで他のライブ配信を回って星を集めてこなければならないのだ。これがグロウライブの面白いところで、当然聖司たちも他のアイドルや歌手の配信を否が応でも目にすることになるのだが、その逆に他のアイドルや歌手のファンたちも〝みゆん〟の配信を見ることになる。もちろん、一目さえ見れば誰だって〝みゆん〟に釘付けだ。生半可なファンならば乗り換えてしまうことだってあるだろう――と、聖司は心から思っている。


 だからこそ、自分よりも他の人の相手をしてほしかった。勝ち負け以外にもガチイベはそうしてファンを増やす場にもなり得るのだ。



  聖司が残りの星を捧げている間も、コメント欄は止まることなく流れていく。


ルビィ:《だいすき!》×10


シノン@女神ハーティス様の僕:通りすがりですが星捧げていきます!


タツノ(さとみん推し):ハート×100


たみる(Lipp'inガールズ応援中):ハート×500


かな♡リッピン:《がんばれ》×10


エイト@北関東アイドル連合:ハート×300


メルク・RockForYou!!選抜:イベ初日駆け抜けろ〜


1000GP ▷ マキノ@みゆん激推し垢:Lipp'inガールズみゆん、今最も注目すべきローカルアイドルです!


「せいじさん! もうほんとにありがとう。だめだめ、お礼はちゃんと言わせてね? もういつもいつも――って嘘でしょみんな! これはあれだね、おしゃべりガールの本領発揮だ。いいよ。どんどんきちゃって? ルビィさん! 《だいすき》10個、いつもありがとう? みゆもだいすき! シノンさん、初見さんかな? ぜひぜひフォローもお願いします! みゆも女神になりたいな。タツノさん! さとみんって坂道のかな? わたしも好き〜。みゆハート! あっ! えっと、そうだ、せいじさん! まだいるかな? あのね、たくさんギフト投げてくれた方に、流れ星の形した風船にお名前書いて膨らませて、それで背景のここ……あ、逆か。こっちのへんに貼っていこうと思っててね、今ふみたんに、あの、メンバーのふみたんに買い出しを頼んでいるんですけどまさか開幕からもらえると思ってなくって……。でも9時からの配信もくるよね? くるよねって決めちゃってるけど」



 そのコメント欄の速度にも負けず、課金によってのみ優劣をつけることもなく、丁寧に返事をしながらも今後の流れを説明する〝みゆん〟の姿に後ろ髪を引かれつつも、聖司は「もちろんくる!」とコメントして別のライブ配信へと移動した。


「あっ、メルクさん『イベ初日駆け抜けろ〜』、ありがとうございます! じゃあここで自己紹介します――」



200GP ▷ レンレン@清水のパンダ:カラオケ配信期待してます!


白@teamリッピン♡きりえ推し:さくら×1000


インダストリーヤマトさん:初見です!


かなえん@チームりえどる♫:流れ星×1



 ファンとしては、見た目の可愛さ以外の〝みゆん〟の魅力もぜひ見てほしいところではあるが、聖司のスマートフォンの画面が切り替わるそのぎりぎりまで、星と有料ギフティングやスーパーチャットは止まることを知らないようだった。

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