カリア@リッピン箱推し/4月19日までガチイベ!!

第10話 ハーフタイム・ミーティング

 ガチイベ初日の夜はせわしない。何しろ短時間のうちに一周目の星の回収と二周目のための捨て星をしなければならないのだ。


「なるほど、こういうことなのか」


 ガチイベ初心者である刈谷祐介は【たみる(Lipp'inガールズ応援中)】とリモートで酒を交わしながら、そんなふうに溢した。その仕組みは【ルビィ】同様、まだまだうまく理解できてはいないけれど、捨て星や星回収のためにいろいろな配信を観たり、タイマーをセットしてそわそわと待ったりするその忙しさは仕事に追われるのとは全く異なる豊かな充足感があった。


 誰かのために何かをする。

 ただそれだけのことを、ただの一度もやってこなかったことをまさか今日になって後悔するなど、祐介は思っても見なかったのだ。



 実際のところ、祐介はまだ、【たみる】や、〝みゆん〟推しの【吉川せいじ@teamリッピン♡】が「おれはいいから……」と言っていたあの境地には達してはいない。やはり投げ銭をしたからにはアイドルからのレスポンスは多少なりともほしいと思ってしまう。ただどんな感情よりも、彼女を支えたい、少しでも不安を除いてあげたいという思いの方が遥かに強い。〝みゆん〟が首を傾げるたびに、心からの笑顔を見せるたびに、浄化されていくような気分でさえあった。



 参加者11名全員が一度ずつ配信を終えた現在の〝みゆん〟の順位は堂々の一位だった。二位は大方の予想通りモデルの「平澤れいら」で、三位はアイドル声優の「八神みさき」。彼女たちと〝みゆん〟のポイント差はそれぞれ11万と15万だが、無料で行える星投げやイベントボーナスもあるためそれが単純に11万円分の課金の差になるというわけではない。


 また、平澤れいらに関しては未成年である〝みゆん〟と八神みさきが規制されている深夜配信も行うつもりらしく、1回目の配信は〝みゆん〟よりも20分も早く切り上げていた。


「もちろん、みゆんだってそのことはわかって参加してるんだろうけどね」


「でもなんかちょっとずるい気がしますね」


 だが、それに対する対処法はごく単純なものだった。すでに何度もLipp'inガールズのガチイベに参加し、時には辛酸を舐めた経験もある【たみる】は言う。


「そこはぼくらが補えばいいんだよ」


「投げ銭……凄かったですもんね、みゆ担の人たち」



 だが、ガチイベの面白いところはただ闇雲に課金すればいいだけじゃないというところだ――と彼は教えてくれた。

 彼女たちからのレスポンスは何も自分の心を満たすだけでなく、「これだけ丁寧に反応があるなら自分も投げてみよう」と通りすがりの視聴者に示すためでもあり、〝みゆん〟が先ほどの配信で言っていた風船に名前を書いて掲示するというのもその一環だ。

 そのため、ギフティングのタイミングは普段の配信以上に大切で、高額になるとそれをきっかけに他のファンたちのギフティングが連鎖したり、その逆に相手のファンを刺激してしまい、思わぬカウンターを喰らう形になってしまうこともある。


「ここが難しいところだ。初日から飛ばしすぎるのもよくない。かと言って勢いがないとファンは離れてしまうし、アイドルも辛い」


「100万円事件……」


 それはLipp'inガールズがグループとしてオリジナルグッズの製作権をかけて挑んだガチイベでのこと。祐介や【ルビィ】たち新参でも知っている事件は突如として起こったのだ。

 その日、Lipp'inガールズはメンバー全員での配信を終え、二位以下に大差をつけて四日目の折り返しを迎えていた。ちょうど一年ほど前の話で、あの頃はまだイベントの自粛も人流の抑制もなかったので、週末になればほとんど必ず関東一円のどこかのお祭りやイベントでライブを行なっていたこともあり、多くのファンに直接会ってガチイベの協力を頼むことができたのだ。


 そんな中、四日目の夜の配信でそのとき二位だった配信者が50万GPの差がついたのをきっかけに配信中に泣き出してしまい、その結果としてファンの一部が「覚醒してしまった」のだという。


「もちろん煽ったわけではないんだけど、結果としてLipp'inは二位になってしまった……。まぁ、だからこそのガチイベなんだけど」


 一位だからと言って油断はできない。だが、二位が有利というわけでもない。もちろん、三位以下からの追い上げだって十分可能だ。だからこそ、そんな戦いにファンのために挑むという十六歳の覚悟を、祐介たちが無駄にするようなことはできない。



「そういえば、ルビィさんって、いくつくらいの方なんだろう」


 と、ふいに【たみる】が画面の向こうでパソコンをいじりながら言った。


「ど、どうしたんですか?」


「ああ、いやね。彼女、さっきの配信でかなり投げ銭してたみたいだから。どんな人なのかなって」


 熱心なレスポンスが嬉しくてどんどん投げ銭をしていくと、そのうちどこかで自分の懐具合とアイドルの反応に齟齬が出てきてしまう――というのはガチイベやグロウライブ初心者によくあることだ。今日より明日、明日より明後日と投げていると、そのうち必ずどこかのタイミングで投げることが苦になってしまう。そうして推しの配信から遠ざかってしまえば元も子もない。

 まして多様性のこの時代とはいえ、まだまだ少ないアイドルの同性ファンには、祐介たちとしても離れてほしくはない。


 配信終了後に見ることのできる視聴者の貢献ランキングで【ルビィ】は〝みゆん〟推しと古参の間、九位に位置づけていた。



「……どうなんでしょう。旦那さんがいるというのは聞いてますけど」


「あ……もしかしたら、9時からの配信の頃は旦那さんが帰ってくるから二回分投げたとか?」


 なるほど、それはあるかもしれない。先ほどの配信でも毎回は来られないからと投げ銭をしてくれたファンも結構いた。


「もしあれだったら、おれ、メッセージ送ってみましょうか? 作戦のこともあるし――」


 推すことで〝みゆん〟が思わぬカウンターを喰らったしまっては【ルビィ】も不本意だろう。

 だが、Lipp'inガールズを推すより前からいくつかのアイドルを追いかけてきたという【たみる】は少し考えたあと、首を横に振った。


「いや、とりあえずはやめておこう。リッピンを推したいっていう彼女の純粋な気持ちに水を差したくないし、〝みゆん〟もきっと女性のファンが増えるの、楽しみにしていたから」


「……そうですね」



 もちろん、色々な作戦があるのは当たり前だ。だが、祐介たちは皆一重に、このLipp'inガールズというグループに救われ、恩義を感じ、それを返したいと願っているのだ。誰にも止めることはできない。


「でも最近ほんとうに増えたよ、同性ファン。昨日の〝あーちー〟の配信も上段に女性、結構いたからね」


 上段というのはその配信内で投げ銭やスパチャのトータルが上位十位以内の人のことだ。イベントではない普段の配信では無料である星や1つ1GPのハートや音符などを投げるファンが多く、上段に入るのはそれほど難しいことではないが、やはり誰しもが目につくメジャーアイドルとは違い、自分から調べないと今はまだなかなかたどり着くことのできないローカルアイドルの配信で、同性ファンが多いというのはかなり人気である証だ。



「さすがおれたちのLipp'inガールズだ」


 【たみる】が画面の向こうでビールで口を湿らせながら誇らしげな表情で時計を確認する。


「それにやっぱり、もしものときはおれたちが支えればいいんですもんね。そんなふうに考えたら、仕事も探しまくって働きまくって頑張りますよ、おれ」


「ぼくもそうやって日々、仕事頑張ってるよ。じゃあ、待機、行きますか」


 祐介も時計を確認すると、本日二度目の配信まであと5分を切っていた。

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