ルビィ

第7話 星を捨てる人

「はい、こんなご時世なんのその! おしゃべり大好き! みんなのことがとってもとってもとーっても大好き! ……なLipp'inガールズのさきりんです。ガチイベ解説講座、今日もやっちゃうよ〜」


 Lipp'inガールズの公式チャンネルにはこのところ、ほぼ毎日動画がアップされている。個人のガチイベといえども、彼女たちは一つのチーム。なんだったら自分が参戦するくらいの勢いで応援するのだと昨晩のグロウライブでもメンバーみんながそれぞれの配信で口を揃えていた。



 三十歳という節目の歳を迎えて、まさか自分が同性アイドルにここまでハマるなんて思っても見なかった【ルビィ】こと晴香にとって、これが初めてのガチイベ参加となるのだが、その戦いは意外にも複雑で、そんなふうに動画にしてまとめてもらえるのは大変にありがたかった。


 最初にライブ中止の知らせを聞いたときの晴香は心底落ち込んでいた。もちろん、こんな状況なのだからある程度は覚悟していたし、仕方ないとも思っていた。だが、実際に予約フォームに本名を入力して決済を済ませると現実味のなかった画面の中のアイドルたちが急に現実味を帯びて、そういえばどんな服を着ていったらいいのだろうと、まるで学生の頃のように悩んでしまったのだ。

 だから、会えないとわかったときはもう一生会えない運命なのではないかと疑いそうになってしまったし、その日一日は夫も心配するくらい元気が出なかった。


 けれど、今になって思えば配信ライブはLipp'inガールズひいては新米アイドルファンのライブ参戦入門編としてとてもありがたかったように思える。実際のライブでどのようなことをしているのかを知ることができたし、今回はオンライン物販はなかったけれど、その分ガチイベで彼女たちを存分に推すことができる。



ルビィ:さきりんの動画で勉強して頑張ります!


「ルビィさんありがとう! みゆんにも伝えておくね! あー、いつか実際のライブでもお会いしたいなぁ」



 〝さきりん〟の甘い声が媚びているなどと同性から嫌われていたのは今は昔のこと。確かに打算的な嘘で猫撫で声を出すのはどうかと思うが、〝さきりん〟は晴香にも後輩の〝みゆん〟や〝かのん〟にもそんなふうに甘えてくるのだ。

 好きだなぁ、と晴香は思う。単純に可愛らしいし、その一切ブレがなくアイドル然とした姿勢には憧れさえ抱いている。見た目では決して分からない芯の太さはむしろ、同性からの支持の方が大きいくらいだ。



 そんな彼女が今回ガチイベに初参戦する〝みゆん〟をサポートする一環としてはじめたのが動画投稿だった。

 普段からアップしているライブMC集などの編集も自分たちでこなしてしまう彼女たちが、特別番組というていでガチイベの解説をするという内容の動画だ。

 今回が初参戦となる【ルビィ】にとってそれはとてもありがたいものであったし、それをきっかけに興味を持ってくれる人もいるかもしれない。

 その解説動画で知ったことだが、課金をせずとも一人のファンの人の支援はかなり大きいのだ。



「つまり、この『捨て星』を行うことで一日に8000GP以上の課金に相当する貢献が出来ちゃうんです!」


 事務所に所属している公式アカウントのアイドルやアーティスト、あるいはバーチャルアイドルなどのライブ配信を一分間視聴すると付与される無料ギフティングスタンプの「星」には、付与されるに当たってひとつだけルールがあった。


 それは一時間以内に獲得できる星の個数だ。

 一つの配信を視聴することでユーザーは7色の星をそれぞれ10個ずつ得ることができ、その星はそれぞれ99個まで保有することができる。つまり、十人の配信を視聴すれば上限まで星が貯まるのだが、その後にすぐ推しの配信でその星を投げたとしても、次の星が付与されるまでには一時間という制限がかかる。



「規制をかけないで無制限に無料ギフティングができちゃったら誰も有料ギフティングしなくなっちゃうというわけですよ」


 〝さきりん〟の動画内でゲストとして呼ばれた〝かなかな〟がそう解説をするように、無料ギフティングには制約がないわけではない。が、実はその制約を逆に利用することで一時間に7色×99個しか回収できないはずの「星」を30分から40分の配信でほぼ3倍に当たる7色×288個投げることができるのだ。



「そこで編み出されたのが『捨て星』というテクニックです。集めてーって言いながらも、捨ててもらわないといけないんです」


「そうなんですよね。あっ皆様ここからがちょっと難しいのでよーく聞いてくださいね」



ルビィ:ごめんね、動画は可愛くて何度も見たんだけど、ちょっとよくわからなかったです…笑 でもとにかくスケジュール通りやってみるね!


「ルビィさん、大丈夫! 解説したわたしもよくはわかってないから」


 のちに〝かなかな〟の配信でそうコメントして笑いあったように、まだ晴香はその仕組みを完全には理解していないが、とにかく一時間の回収の規制があるということは、反対にいえば一時間後には必ずまた99個の星を取得することができるということになる。


 そこで、一時間後の規制解除のタイミングをちょうど配信時間中に迎えるように予め星を取得しておくことで、配信中に99個×7色の星を再度取得することができるというわけだ。


 これで1時間に満たない配信でも投げられる星の数は各色198個。しかし、それだけではまだまだ推し足りないファンが編み出したのが「捨て星」というテクニックだ。



「先程言ったこの『一時間後に再取得するため、タイミングを見て星を取得する』という技ですが、皆さんそのときに既に星が満タンだとしたらどうでしょう?」


 〝さきりん〟が口角を上げる。それはもちろん、ものすごく可愛い。ものすごく可愛いのだけれど、さて何がどうなるのか、やはり晴香にはわからなかった。


「えーもったいない! 満タン状態で星を取得しても、109個にはならないんですよね?」


 台本通りといった棒読み具合で〝かなかな〟が口を尖らせた。


「そうです。でも、それをするとその一時間後に99個再取得ができるようになるんです」



 画面の中の〝かなかな〟がおもむろにフリップ(とっても見やすい手書き)を出す。そこに書かれているスケジュールはこのような感じだ。


(1) 予め99個持っている状態であえて10個だけ星を取得することで一時間後に規制解除を設定

(2) 配信開始!!

(3) すぐ予め持っていた99個を投げる(1周目と呼びます)

(4) 一時間後の規制解除な前に集められることができる(1)の残り89個を回収&投げ(2周目)

(5) 規制解除を待ってさらに99個回収&投げ(3周目)

99+89+99=288☆



 この際、規制解除のためだけに、どうしても無駄になってしまう星のことを「捨て星」と呼ぶのだ。

「でも、これなら三時間配信分の星をたった10個捨てることで規制をコントロールして、それで300個近く投げれちゃうという訳なんですね!」


「そうです! ……たぶん。だよね、きりえちゃん」



 画面の外から解説動画のカメラマン兼演出役のリーダー〝きりえ〟が言う。


「そう。しかも10個連続で投げるとポイントは1.2倍! さらにイベント中のお星様は1つでもさらに1.2倍! なので3000GPに近いということなんです」


 単純なマネーゲームにならないよう、最近のイベントは期間中のポイントにはいくつかのボーナスがあり、この三周のサイクルを繰り返すだけでも何十万GP分の貢献をすることができるファンの存在は一人でも欠かすことができないというわけだ。


「配信の直前に捨て星、それまでに1周目の回収もしてね、とかっていうスケジュールも細かくSNSで発信させていただきますので、ぜひよろしくお願いいたしますね。あっ、くれぐれも無理はしないようにね? 星は1つでも本当にありがたいのでね、楽しく! 頑張りましょう」


 その解説動画を何度見ても、晴香はそこで笑ってしまう。〝さきりん〟が可愛いからというのが半分、もう半分はやはり何度聞いてもいまいちその仕組みが理解できないからだ。


 だが、とにかく会えなくなってしまった分、彼女たちにしてあげられることが増えるのは嬉しいことだった。捨て星というものも、やっているうちにきっと慣れていくだろう。



「ルビィさん、こんばんは。捨て星は理解できましたか?」


 自分とそれほどファン歴の変わらない【カリア@リッピン箱推し/4月25日ワンマン決定!】からDMが届いたのはガチイベまであと数日と迫ったそんなときだった。


 彼は別のファンの方が作ってくれたという画像を添付して捨て星や他のガチイベの攻略法について教えてくれたうえに、その画像を制作したファンの方とも相互フォローするように話をしてくれた。


「わからないことはたみるさんに聞いてみて。あの人、リッピンよりも古くからアイドルを見守ってるから」


 晴香の身体に起こったたった一つの不都合な事実によって、周りにいてくれたはずの友人や仲間が減っていったように感じたあの日々の中で、勝手に見かけて、勝手に好きになって、勝手に推しているだけだと思っていたら、いつの間にかそうしてまた仲間ができていた。

 

 はっきりと言えば、これまで晴香はアイドル文化に妙な偏見を持っていなかったわけではない。だが、今では自分の持ちうるすべてを彼女たちに捧げて、勝利を勝ち取りたいとしか考えられない。


「不思議な気持ちですね」


 そのことを【たみる(Lipp'inガールズ応援中)】や【カリア@リッピン箱推し/4月25日ワンマン決定!】に伝えると、


「それが彼女たちの魔力だよ」


 と二人は声を合わせるかのようにほぼ同時に返信をくれた。

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