吉川せいじ@teamリッピン♡
第6話 きっと大丈夫
2020年3月末。これまでにない大規模な外出自粛の要請がなされ、街から人がいなくなったそのとき、おしゃべりガールとして、そして本気で活動しているひとつのアイドルグループとして、活動の主たるイベントもライブもない中でどう自己を表現していくのか、どうファンを喜ばせていくのか、彼女たちが膨大な時間を使って話し合いを続けていたのは言わずとも聖司たちファンにはよくわかった。
「だってね、暇だったんだもん――」
グループ初の配信ライブを終えたその日の夜のグロウライブにて。卒業式もろくにできなかった〝みゆん〟は思わず本音を零しながらも、後悔はしていないのだと語った。
「きっとね、こういうことにならなかったら、だらだらと高校生になっちゃってたと思うの。ガチイベ参戦もしてないと思う。だから大切にしないとなぁって思うんですよね、今を。こんなときだからこそ」
今年高校生になろうという最年少の〝みゆん〟でさえ、この未曾有の自粛期間に際してしっかりとした自分の考えを持っているのだからLipp'inガールズはすごいのだと聖司はファンの贔屓目をなしにしてもそう思う。少なくとも世の中の大半の高校生は――いや、大人たちでさえ、この事態をどうすることもできず、だらだらと日々を浪費しているのにも気が付かずに過ごしているはずだ。
もちろん自分だってそうだった。それどころか、今でさえ彼女たちの応援をしていなければどうやって過ごしていたかわからない。
「あっ、そうそう。配信ライブご覧になっていない方もいらっしゃれる――んっ? ええと、いらっ……あの、いると思いますので、こちら書いてきました! えっと、来月4月10日から19日のここの……こ、9日間――あーキンチョウする……――なのですが、えー、わたくしLipp'inガールズ相原みゆが人生初の個人でのガチイベに参戦します! えー、今回、渋谷区……あの東京の、渋谷区道玄坂にありますアークシティという商業施設に入っている日本初、生クリーム専門店
〝みゆん〟のたどたどしいが懸命なその宣言に、彼女たちはどんな状況に置かれてもやはりファンを一番に思うアイドルなのだと改めて実感する。他のアイドルグループがメジャーアイドルも含めて今後の展開に右往左往しているなかで、素早くライブをオンライン開催に切り替えてその直後からちょうど高校生になるメンバーのガチイベが開始。
推したいのに推せないそんなご時世の中で、彼女たちはそのファンの思いを絶やさないように着実な努力をしているのだ。
ちなみにLipp'inガールズのこれまでの「ガチイベ」の戦績は聖司が知る限り、6戦4勝だった。個人での参戦が〝きりえ〟と〝かなかな〟、そして〝さきりん〟で合わせて四回、グループとしては二回。一位が取れなかったときでも二位より下になったことはなく、勝てなかった二回は相手に恵まれなかったというだけだった(たとえばグループで参加して二位だった時は相手に一人で100万GPを注ぎ込むTOがいた)。
「アイリスさん、『緊張してるね』? そりゃしてるよ〜。ガチイベってスタートダッシュが肝心だからね、戦いはもう始まってるんだもん」
初めて聖司がガチイベというものを知ったとき、可愛らしくて華奢なアイドルたちがその身一つで戦っていることに驚いたのを覚えている。そのアイドルにどれだけの時間やお金を費やす価値があるのか。獲得したポイントや順位が明確になる戦いに挑む覚悟は計り知れない。
なにしろ、〝みゆん〟の言うようにスタートダッシュに失敗するとイベント期間中をかけて自分のアイドルとしての力不足を露呈することにもなりかねないのだ。お店のイメージモデルや広告掲載権争奪、オーディションの一環としてガチイベが利用されることもあるためグロウライブではほぼ毎日さまざまなガチイベが開催されており、悔し涙のアイドルの配信も何度も見かけたことがある。そのうえ、不人気であると知ったことで離れてしまう不届きなファンだっていないわけではない。
それでも戦いに挑むというのだ。応援しないわけにはいかない。それに、〝みゆん〟は参加を発表するときからずっと緊張しっぱなしだというが、実のところ、聖司には不安な気持ちは全くなかった。
先ほどの100万GPは極端な例だが、実際のガチイベは単なるマネーゲームでは全くなく、期間中のファンは他の配信を視聴することでもらえる無料ギフトを上限まで集めて、推しの配信でギフティングをする通称「星投げ」という作業が大切になってくる。何しろ、それだけで毎配信ごとに3000GP近くの課金をするのと同等の貢献ができるのだ。学生ファンなど課金があまりできないユーザーにも容易な作業で、仮に10人が星を投げればそれだけで3万GP相当分。最も高額のギフティングスタンプが「天の川」と「テディベア(BIG)」の1万GPなので、効果は絶大だ。
イベントの規定にもよるが、配信は一日に三回か四回は可能なので、それが毎回、毎日となると一人で数十万GPの課金をしたのと同じくらいの効果がある。
また「星投げ」は無料ギフティングスタンプである「星」を贈るだけなので、ファン以外の人でも気軽に参加できるというのも重要なポイントだ。それがそれをきっかけにファンになることも多々ある。
それに〝みゆん〟ならばそんな星投げだけではなく、多くのファンが有料ギフティングやスーパーチャットをしてくれるだろう。
その証拠に、コメント欄には既にガチイベが始まったかのようにたくさんのコメントが並んでおり、さすがのおしゃべりガールも追いきれないほどだった。
白@teamリッピン♡きりえ推し:がんばれ、みゆちゃん〜!
カリア@リッピン箱推し/4月25日ワンマン決定!:めっちゃ応援する!
ルビィ:初ガチイベ、頑張って〜!
せいじ@teamリッピン♡:九日間、頑張ろう! みゆんならきっと大丈夫!
きっと大丈夫。もちろん、戦うのは〝みゆん〟だが、その結果は支えるファンに依るところも大きい。それならばきっと大丈夫。もしもポイントが足りないのなら、自分が支えればいいだけのこと。そんな覚悟のファンが無数にいる。むしろ安心して任せてほしいとさえ、聖司は思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます