第1章 渋谷・生クリーム専門店Creama!! イメージガール決定戦
白@teamリッピン♡きりえ推し
第5話 新しいライブ
そうして迎えた3月29日の配信ライブ当日――。
以前、〝きりえ〟と〝かなかな〟の二人が月一でレギュラー出演しているネット配信番組の企画として一度だけ配信ライブを行ったことはあったが、単独で行うのはこれが初のことだ。
その準備の様子は〝あーちー〟の提案で都度メンバーのグロウライブで発信され、実際に会えないのはとても辛いことではあるけれど、地元の施設や都内のライブハウスで行う定期公演とは違う、どこか特別な高揚感があった。
ステージはいつも彼女たちが使っているスタジオを使うことになっていた。レッスン用の鏡張りのままだと撮影スタッフが反射してしまうので、コスプレが好きで裁縫のできる〝さきりん〟と器用な〝きりえ〟が幕を作って、その上から凝った飾り付けもしていた。
そんな彼女のセトリの中でオープニングに選ばれたのが『君の前ではなぜかうまく喋れない』というLipp'inガールズで最も新しい楽曲だ。父の影響で小さい頃からギターに親しみのあった〝ふみたん〟が作詞と一部の作曲までこなしている曲で、ファンからは通称『君なぜ』と呼ばれてまだアルバムにも収録されていない曲だが、ライブや動画などで既にお馴染みの楽曲になっている。
♪ 君の前では喋れないんだ
うまくことばが紡げないんだ
なんで?(なんで?) どして?(どして?)
こんなにこんなに想っているのに
ちなみに、この曲の振付は研修生である〝かのん〟とリーダーの〝きりえ〟が担当している。ご当地アイドルをはじめとする「会えるアイドル」が爆発的に増えたいわゆる「アイドル戦国時代」を経て、現在のアイドルがSNSやライブ配信アプリを使うのはめずらしいことではないが、そんな中でも現在最も重要になっているのが「コレオグラファー」の存在だった。
それはそのアイドルやステージのコンセプトに合わせて振付や指導をするいわゆる振付師を指すことばだが、その仕事はただ可愛い振り付けを指導すればいいわけではない。
つまり、アイドルのみならず、個人が気軽に動画を配信できる昨今では親しみやすいダンスの「フリ真似」はファンがライブを盛り上げるための手段というだけではなく、多くの新規ファンを獲得するためにとても重要なファクターになっているのだ。
「わかるの。ちょっと無理をしてでも有名な先生を呼んで、バズるダンスにしたいっていう気持ちもね」
なんでも明け透けにおしゃべりする彼女たちはときにグロウライブの配信中にそうして真面目なトーンになることもある。
「でもね……」と根は驚くほど真面目な〝きりえ〟は言う。
「それって本当にわたしたちの『作品』って呼べるのかな。もちろんわたしだって全国で名前を覚えてもらいたい。有名になりたい。だけどそれってちょっと違うと思う。あっ、もちろん有名コレオグラファーさんを付けているアイドルさんもいるよ? それを否定するわけじゃない。でも、ことわたしたちの場合はそれだけを推しているグループじゃないからさ。他の魅力も認めてもらいたいから」
▷ 白@teamリッピン♡きりえ推し:さすがリーダー。ただし、メンバー振付はファンの中ではめちゃくちゃ可愛いと評判です^^
そうなのだ。そもそもグロウライブやSNSのリプ返信などに見られる「おしゃべり」のお陰で分け隔たりなく誰とでも本音で話ができるグループである彼女たちLipp'inガールズは〝きりえ〟をはじめとする一期生たちから五期生の〝かのん〟まで、努力を惜しまない姿勢というものを、メンバー間でもちゃんと対話をすることで受け継いでいるために楽曲そのもののクオリティも高く、パフォーマンスも申し分ない。
今回の振付に関しても〝きりえ〟が〝かのん〟に教えているのは振りそのものではなく、考え方やファンの捉え方、あるいはそれらに対する姿勢なのだとグロウライブで漏らしていた。
そんなふうにして彼女たちはそれぞれに自分のできることを最大限に活かした新しい形のライブを作り上げていった。
Lipp'inガールズ初の単独オンラインライブ。〝あーちー〟の提案でグロウライブで準備する様子を配信したことでオンライン視聴チケットを買ってくれるファンもおり、〝かなかな〟の考えたセットリストは大盛り上がり必至で、〝さきりん〟のステージはとても華やか。オープニングとなる〝ふみたん〟の楽曲は〝かのん〟と〝きりえ〟による振付でとても可愛らしく演出され、画面の向こう側では多くのファンがまるでそこにいるかのようにサイリウムを振った。
そんな中で、いつもであれば健気なパフォーマンスとMCでファンにたくさんの笑顔を届ける〝みゆん〟は何故かしら、ライブの終盤になるにつれてステージ全体を映すカメラでさえわかるほどに緊張しているようだった。
「なんか、違くない? いつもと」
ちなみに武雄は同じ地元ファンで〝みゆん〟推しである【マキノ@みゆん激推し垢】とグロウライブやSNSはほとんどチェックしていないが、時折イベントやライブに参加するアイドル全般が好きな共通の友人の家でその配信を見ていた。
▷ 村雨さん(リッピンみゆん応援中):※ド緊張してます
▷ 吉川せいじ@teamリッピン♡:みゆん、どした?w
「ほら、やっぱり。他のみゆ担も反応してる」
「ほんとだ……」
今回のライブはチケット管理やアーカイブの都合上、グロウライブとは違ったアプリを使っていたが、グロウライブ同様リアルタイムコメントも可能なシステムなのでそのコメントはステージから常に確認できるようになっているという。準備配信で〝きりえ〟が言っていた。
「コメント全部見えてるからめっちゃ書き込んでね」
そしてそんなコメントの異変に気が付いたのか、まるで観念したように〝あーちー〟が、ちらりと〝みゆん〟を見て言った。
「それではね、ここで我らがみゆんからお知らせがございます」
「おーぱちぱちぱち。何かな? かなかな?」
声に出して盛り上げる〝かなかな〟や、なぜか一緒に緊張しているらしい〝かのん〟の横で、〝みゆん〟は一歩前に出て小さく咳払いをしてマイクをオフにしたまま、何かを喋った。
「いや、聞こえないから、もう……。ほんとは最後のMCで発表のつもりだったんですけどね、もうこの子限界。この間のこのライブの発表もそうだったんですけど、どうも隠し事ができない可愛らしい性格らしくて、もはやねコメントくださってるファンの皆さんにはバレバレなので……どうぞ」
〝きりえ〟が初めて観る人にも分かりやすく解説を入れて、その間に息を整えた〝みゆん〟が改めて一歩前に出て、マイクの電源をいれる。
「えー……っと。実はですね……あの、渋谷の……へっ? あ、まずは参加の……あっ、うん。えー、実はわたし相原みゆん! なのですが、高校生になるのを機に、人生初のガチイベに参加させていただくことになりました!」
「わ〜」
「がんばれ! みゆんなら大丈夫だっ!」
みゆんの一生懸命な発表に湧き立ったであろう画面の向こうを代弁するかのように、メンバーが口々に言う。
「ああ、なるほどそういうことね」
「このタイミングでガチイベか。最高だね」
〝みゆん〟を加入当初から応援をしている【マキノ】は思わず笑みをこぼす。
ガチイベ。それはグロウライブにおける「真剣勝負」だ。他のアイドルたちとお店のキャンペーンガールとしての仕事やオリジナルグッズの制作権などをかけて投げ銭やコメントの数を競う配信イベント。
以前のように気軽に応援できなくなってしまった今、物販に並ぶことも一緒にチェキを撮ることできずに浮いてしまったファンの気持ちをぶつけるには申し分ない。それに〝みゆん〟ならば、この間の配信を思えばスタートダッシュからの勝ち逃げさえ可能かもしれない。
「やるなぁ、リッピン」
と一緒に見ていたアイドル好きの友人が改めて言った。〝きりえ〟、〝かなかな〟、〝あーちー〟、〝ふみたん〟、〝さきりん〟、〝かのん〟、そして〝みゆん〟。メンバーそれぞれが作り上げていく新しい形のライブはそれだけでも十分なのに、彼女たちは立ち止まることなく突き進んでいくことを選んだのだ。
「おれも推しにしようかな」
だから友人がそう呟いたのも当然だし、そうすべきだと武雄は強く思った。
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