第4話 後篇 おしゃべりすぎたガール

「……でね、ほんとうにね、残念なのですが……」


 〝きりえ〟の配信からさらに数日経った三月半ばのグロウライブでのこと。そこまで言いかけて、〝みゆん〟が隣の画面に映る先輩〝あーちー〟を確認した。

 彼女たち――とりわけ、〝みゆん〟と〝きりえ〟は目がまんまるくて大きいのでそこだけで表情がわかってしまう。今日はそのわかりやすい瞳が小さく揺れて思い切り動揺しているのが同時に視聴している507人にもわかっただろう。


 一方で〝みゆん〟とコラボ配信(二人の配信者がテレビ電話のように画面を並べて行う配信)をしている唯一の大学生メンバーである〝あーちー〟は〝みゆん〟がその先のことばを言いあぐねているのをすぐに察して小さな咳払いを挟んで、こう言った。


「こんなことはね、みゆんもたぶん、あんまり言いたくないんだと思うけど……」


 そんなふうに気遣いのできる性格は幼い頃から武道に励んでいたからだとファンの誰かが分析していたように、丁寧でメンバーだけでなく、ファンの気持ちをも慮ることのできる彼女は武雄をはじめ、年配ファンの心を鷲掴みにしている。

 ライブ終わりの物販でのチェキの列などを見るともう少し若い男のファンを増やしてやりたいと思ってしまうほどだ。


 だが、〝あーちー〟は一度だってそんな彼らを邪険に扱ったことはないし、疲れた顔さえ見せたこともない。


「体力はあるからね、わたし。何時間でもライブやれるよ」


 そう言った熱いところも、愛されている所以だ。



 そんな彼女さえも、めずらしく言い淀んでいた。


「ほんと、今の今までテレビ電話で話し合いしてたんだけどね。あっ、だからコラボ配信なんですけど……」


 〝みゆん〟はきっと一人で配信することが怖かったのだろう。画面の向こうにいるであろう〝あーちー〟をじっと見つめて小さく頷いている。


「あのね、今度の定期公演……あとできりえちゃん配信でも話すと思うんだけど――」


 そこまで言われれば、ある程度鈍いファンでもその先のことはわかってしまう。武雄は自宅の駐車場で車に乗ったままその配信を観ていたのだが、思わずヘッドレストに頭を突いてしまった。


 今度の定期公演……三月最後の日曜日。地元の商工会議所のエントランスに設けた特設ステージでの〝みゆん〟の進学祝いライブ……。


「――中止ってことになったの」



▷ エイト@北関東アイドル連合:やっぱりそうだよね……


 と、少し間があってから、ファンの一人がコメントをした。数日前、それまで国内でも増えつつあった新型の感染症の拡大に際して、コンサートやライブをはじめとする大規模イベントの一律的な中止または規模縮小の要請はしないというそれまでの方針が大きく転換されたのだ。


 そのニュースを見て武雄の頭にまず過ぎったのは娘の書道展のことだった。やはり、今回は中止になるかもしれない。娘の通っているところは子どもが多いが、公募展なので年配の出展者も多いらしく、臨機応変にオンラインで……というわけにもいかないだろう。


 そんなことを考えつつも、自分よりも古くからLipp'inガールズを応援しており、同じ地元のファンである【マキノ@みゆん激推し垢】やたまにSNSでやりとりをする【たみる(Lipp'inガールズ応援中)】などと勝手に〝きりえ〟たちの今後も案じていたのだが、やはり想定していた事態となってしまった。


 週末、彼女たちに会うことができる。昔気質だとか、古臭い価値観と言われようと、その週末さえ想像すればどんなに大きな案件を抱えていても卒なくこなすことができた。学生時代や独身時代ならいざ知らず、部下を管理する立場にある今になって、そんなふうに誰かからエールをもらうなどとは思ってもみなかった。

 娘の方がよほど歳が近いようなアイドルを推すことについて、武雄の妻はもちろん理解を示してはくれなかったが、その仕事っぷりだけは彼女の認めるところだ。



「でも……でもねっ」


 おそらく、その日はグロウライブのほとんどの配信でそんなふうに重苦しい空気が流れていたことだろう。通りすがりの視聴者も合わせて少なくとも600人もの人間が二人の配信を観ているはずなのに、コメントはほとんど止まってしまった。


 そんな空気に耐えかねて〝みゆん〟が言った。


「でも……、ね? あーちゃん? あのー、ライブは中止なんですけど、配信でね? あの、初の配信ライブっていうことで……」


 配信者である〝みゆん〟と〝あーちー〟にも少しのタイムラグがあるのか、ワンテンポ遅れて〝あーちー〟がカメラの方へと身を乗り出した。


「み、みゆ? それって言っちゃっだめなんじゃ……」


▷ きりえ(本物):みゆ、それあとで、わたしとかなかなの配信で言うやつ……!


▷ かな♡リッピン:ちょ……やってもーた、みゆさん


 一瞬、別の意味でコメントが止まってしまったが、次の瞬間にはライブMCの際にあちこちから笑い声が聞こえてくるように、また一気にコメントが流れる。


▷ マキノ@みゆん激推し垢:きりえさん、こいつです!


▷ エイト@北関東アイドル連合:おしゃべりガールすぎるw


▷ カリア@リッピン箱推し/4月25日ワンマン決定!:気持ちはわかるんだけどね??


▷ かな♡リッピン:ふみたんお説教案件w



「ねぇ、見て。マキノさん、『きりえさん、こいつです』だって」


「ちょ、ちょっと! 違うの。今のは不可抗力っていうか……。『おしゃべりガールすぎる』、エイトさん。ほんとその通り。あっ、ほら、カリアさんはわかってくれたよ。そうなの、しゃべらなきゃって思ったの。そしたらあらぬことを……」


「いや、あるんだけどね?」


 中止になったライブの代わりに、無観客ライブの様子をグロウライブとは違う有料配信をするのだと〝あーちー〟と、視聴者の中に混じってコメントをしている〝きりえ〟が丁寧に解説をしてくれた。


▷ きりえ(本物):配信ライブ、初めてのことだし、本当にできるのかも含めてまだ細かい打ち合わせをして、夜のわたしたの配信で発表するつもりでした。



▷ ふー♡リッピン:みゆ、明日の放課後、スタジオの裏にきてね?



 そこはある意味ではさすがの〝みゆん〟だった。

 だから好きなんだと武雄は思う。だからLipp'inガールズじゃなければならないんだ、と。



「ねぇ、見て、みゆ。かのんからもコメントきてる」



▷ かのん♡リッピン:みゆちゃん、それはナイです



「これ、絶対本人言ってないよね? かなかなでしょ? それか、意外にさきりんが言わせてる? さっきまで二人一緒だったよね? でも絶対にかのんではないよ。てか、かのんだったらふつうにショックだよ、わたし」



▷ 白@teamリッピン♡きりえ推し:みゆちゃん、かのん「さん」ね?


▷ きりえ(本物):「かのんさん」でしょ


▷ レンレン@清水のパンダ:かのん「さん」


200GP ▶︎ マキノ@みゆん激推し垢:みゆん……「カノンさま」だから



「って、ちょっと! みんなしてふみちゃんの真似して! あっ、マキノさん、スパチャありがとね?」


 未曾有の感染症にイベンターでなくともこの先どうなっていくのかという不安が募る日々だが、そんなふうに笑えるならまだまだ大丈夫。

 根拠などないけれど、彼女たちといればそう思うことができた。それだけでファンは投げ銭なんかじゃ足りないくらい感謝しているのだと武雄はつくづく思っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る