第2話 後篇 彩られた世界に
彼女たちと出会うまでの祐介の生活には、色がなかった。色。色気。女気。色情。最も身近な女といえば自宅近くのコンビニのオーナーか、パチンコ店のコーヒーレディーと景品交換所のいやに化粧の濃い中年の女くらいなものだが、そうではなく、実際に目にするその視界に、ほとんどの色が映っていなかったのだ。
そもそも、彼の生活はとても人に言って褒められるようなものではなかった。
立場上、一応は正社員という肩書きになってはいたものの、毎朝集合場所に集まって割り振られた現場に行き解体作業をする。それだけの毎日だ。
解体するほど古くなった建物はその表面や内部までもが驚くほど色褪せており、土煙は白い。途中、抜けた天井から空を仰いでも、そこにあるのはいつも曇り空。あまり知られていないが、解体の現場には湿度が高く煙の立ちにくい日や小雨の日が向いているのだ。
終わると現場近くのコンビニで鈍色の缶に入った安酒を買い、残りの日当を握り締めてパチスロか、週末ならば賭け麻雀。その頃にはもう目がおかしくなっていて、派手なネオンさえモノクロにしか見えていない。
そんな暮らしを十九の頃から続けている祐介は今年で二十六になるが、現場には似たような生活を送る五、六十代の男たちが何人もいるので特に焦りはない。
現場をまとめる立場にならないかという誘いはあったが、責任など負いたくもない。
それで十分だった。
あるとき、地元の野菜や名産品をアピールするため、野外で行われたなんとかフェスという催事で使われたステージを解体する仕事があった。
もちろん、ステージといっても足場屋が組んだ簡易的なもので本来ならば建てた業者が片付けるのが当たり前なのだが、引き払う日取りで運営側とえらく揉めたというばかみたいな理由で祐介たちの班に作業が回ってきた。
現場は北埼玉にある大きな公園で、移動の方が時間がかかるような、さっさと終わらせれば半日もかからない作業だった。
広場の真ん中。想像よりも大きなステージ。そこでどんなことが行われたかなど知る由もなく、昼までに終わらせてとっとと帰ろうと話していた祐介たちの目に飛び込んできたのが、Lipp'inガールズのサブリーダー〝かなかな〟だった。
とはいえ、そこに本人がいたわけではない。当たり前だ。フェスとやらはもう二日も前に終わっており、さっさと撤去してほしいからと祐介たちが呼ばれたのだ。
そこにあったのはアーティスト写真というのだろうか、ばっちりと決まったアイドルが印刷された大きな横断幕のようなものだった。
「これって……」
「返さなあかんやろな」
関西人でもないのに関西弁を使う麻雀仲間の先輩作業員が言ったが、そういうことではなかった。
それは、驚くべき光景だった。
最初に目に飛び込んできた〝かなかな〟だけではない。すっと通った鼻筋を上に向けてどこか得意げに微笑むリーダー〝きりえ〟の赤、ぐっとこぶしを握って力いっぱい微笑む〝あーちー〟の黄色、クールなすまし顔の〝ふみたん〟の青、花のような笑みを浮かべる〝さきりん〟のピンクに、元気いっぱい新緑の〝みゆん〟。
それだけではなく、彼女たちを見た祐介の視界にはそれまで見えていたはずなのに認識できていなかった景色に鮮やかな彩りが蘇っていた。
空は青く、草は緑色をしており、朽ちた花壇の煉瓦でさえ、綺麗な赤色に見えた。
その日の作業は捗った。祐介はもちろん、関西弁の男も、それ以外の面々もどこかで彼女たちを意識していたのだと思う。その証拠に、普通ならば先に撤去するはずの彼女たちの幕が貼られたバックパネル部分を最後に片付けたのだ。
「いい脚してんなあ」
中にはそうやって言うものもいたが、とにかく、そのおかげか、作業は昼過ぎには終わってしまい、先方に連絡を取ってみると彼女らの写真幕はできれば事務局に返してほしいとのことだった。
普段なら面倒ごとを頼まれてもあっさりと断っていた祐介が、「俺、行きます」と言ったのはもちろん、もしかしたらこの写真の子たちに会えるのではという淡い期待があったからだ。その頃には虹色に輝く彼女たちが頭から離れなくなっていた。
「あっ、その節はありがとうございます」
残念ながら、実際には事務局で待っていたのは彼女たちとは似ても似つかない中年の事務員だったが、そのあとのグロウライブの配信で〝きりえ〟にそのことを伝えると「ぜひライブにもきてほしい」という
あなたたちに出会ってから、赤が赤色に、青が青色に見えるようになりました。
そんなことは言わなかった。言わなかったけれど、祐介はもう賭け麻雀をきっぱりと断るようになり、手にした金はGP《グロウポイント》と遠征費、ライブの物販で使うための貯金に回した。
それが今までと比べて生産的な金の使い道なのかはわからない。わからないけれど、彼女たちが頑張るその力に少しでもなれれば、これまでよりもずっとずっとマシな気がした。
「では、聴いてください! 『好きだからさ』」
今、彼の目には七色のリボンが揺れているのが見える。
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