カリア@リッピン箱推し/4月25日ワンマン決定!
第2話 前篇 定期公演'20 〜だべって歌えばみなHappy Vol.3〜
「こんにちは! わたしたち……」
「お話大好き!」
「みんなが大好き!」
「口から生まれた」
「おしゃべりアイドル!」
「
明るい照明が彼女たちを照らす。少し距離があっても肉眼でわかるほどきめ細かい肌。しなやかでいて力強い筋肉。にわかなひかりを放ちながらもふわふわと揺れる衣装はなんとリーダー〝きりえ〟によるデザインで、胸元にはそれぞれの担当するカラーのリボンがあしらわれている。
尊い。
アイドルが好きになるなんて思っても見なかったつい数ヶ月前の【カリア@リッピン箱推し/4月25日ワンマン決定!】こと刈谷祐介にはその言葉の意味が全くわからなかった。
だが、念願叶って生で観ることができた彼女たちを前にしたときのこの胸の高鳴り。それをもたらす彼女たちへの尊敬と敬愛。それはまさに「尊い」というべき対象だった。
グループの紹介が終わると、メンバー一人ひとりが順番に前に出て自己紹介をする。現在のLipp'inガールズは研修生一名を含めた七人体制なのだが、担当するカラーと同じ七人七色。祐介が彼女たちの配信やライブ動画を観るようになってから、顔と名前を覚えるまでそれほどの時間はいらなかった。
左から順番にまずは〝あーちー〟。担当カラーはビビッドイエロー。現リーダーのきりえと同じ一期生でメンバーで唯一の大学生。
「はい! リボンは黄色、帯は黒色。合気道やってます、有段者です。意外と熱いでおなじみ、〝あーちー〟こと中川亜津子です」
普段はおっとりとしているが、情に脆く義理堅い体育会系な彼女のパフォーマンスは他の誰よりも力強く真っ直ぐで、胸の鮮やかな黄色のリボンがよく似合っている。
「あーちー!」「あつこー」「あついよー!」
彼らの手にするサイリウムがあらかじめ登録してある黄色にほぼ同時に変わり、怒号と紙一重の男たちの熱い声援が響く。そのとき、〝あーちー〟は一瞬自らの力で光り輝いているのではないかと思うほどに眩しい笑顔を見せる。
次に前に出たのはLipp'inガールズの末っ子、〝みゆん〟こと相原みゆだ。小柄でちょこまかと一生懸命。
「えー……っと、はい! みゆんがしゃべるとみんなが笑う?! 自称! 天然ガール、相はら……あっ、Lipp'inガールズの相原みゆ、みゆ……ん? あの、〝みゆん〟でーす」
最近では噛んだり歌詞を飛ばすのは彼女の専売特許にすらなりつつある。恥ずかしそうに苦笑いをする〝みゆん〟が最後にちらっと舌を見せる。
それで許さない人なんているのだろうか。
いいや、それどころか担当カラーのグラスグリーンに光らせたサイリウムを持つ男たちはもれなく全員が笑顔になっている。
小さな咳払いをして、そんな末っ子に呆れながらも次に一歩前に脚を出したのはLipp'inガールズリーダーの〝きりえ〟だ。小学生の頃に加入した一期生である彼女はまだ高校三年生でありながら中学生から大学生までのメンバー七人を束ねている。
すっと通った鼻筋はドイツ人である父親譲りで、勝気な猫目は母親譲り。幼少期は背が高いのがコンプレックスだったと言うが、今ではそれを強みにモデルの仕事もこなしている。
「ハロー、こんにちは、グーテンターク! なっからすんごいおしゃべりガール! Lipp'inガールズリーダー、担当カラーはパッションレッド、倉科〝きりえ〟です!」
翻訳家の母親の影響で英語も話すことができる彼女は忙しい両親に代わって祖父母と過ごす時間が多かったため、流暢な上州弁も喋ることもできるいわば
おしゃべりアイドルのリーダーにふさわしい才色兼備で老若男女から愛されている。
「つづいて……〝ふみたん〟!」
〝きりえ〟に紹介されて前に出たのは
「あなたに恋文届けます。恋する七月、みんなわたしに夢中になって? 山野文月です」
ぱちっと音の聴こえてきそうな綺麗なウインクに、「〝ふみたん〟のウインクはほとんど劇薬」と古参のファンが配信でコメントしていたのを思い出す。
夢中になって? とのお願いに、
「なりまーす!」
と大声で宣言するファンはほとんど痙攣のようにサイリウムを振っているし、実際、あと少しでも目があっていたら祐介も全く同じようになっていたと思う。
「よーし、いくぞー!」
つづいて飛び出してきたのはLipp'inガールズサブリーダーの〝かなかな〟こと駒野佳奈子だ。ライブの
自己紹介は自作のコールアンドレスポンスになっており、観客のボルテージもさらに上がっていく。
「みんなー?」――「イェーイ!」
「準備はー?」――「オッケー!」
「いけるかなー?」――「かなかなー!」
「かなこはー?」――「大好きー!」
「はい、ご協力ありがとうございます! 〝かなかな〟ことLipp'inガールズサブリーダー、担当カラーは元気いっぱいマジョリカオレンジの駒野佳奈子です、よろしくお願いしまーす!」
「うおーっ」
高まる男たちの雄叫び。
しかし、北関東というこれといって郷土愛が強くない地域から定期公演にも関わらず会場をほとんどいっぱいにするまでの人気があるLipp'inガールズには、これだけ盛り上がってもなお魅力に溢れるメンバーがまだ残っている。
祐介が彼女たちを追うようになったのも、ただグロウライブの配信等で気さくにレスポンスをくれたからというだけではなく、むしろそれより先にメンバーの誰を見てもそれぞれに異なる魅力と、その中にある種の強さのようなものを感じたからだった。
ところで、グロウライブのギフティングスタンプの中に「星」というものがある。ライブランクを上げたり、イベントでその数を競い合うための無料ギフトなのだが、投げると配信画面にキラキラとしたエフェクトが流れる。
次に出てきた〝さきりん〟こと安田咲の一挙手一投足には、そんなキラキラのエフェクトさえ見えるような気がする。
「はーい! 紫陽花、向日葵、桃の花! 笑顔のお花を咲かせます♡ 〝さきりん〟こと、安田咲です。みんな愛でてね」
甘い声色にツインテール。担当カラーのコーラルピンクがなによりも似合う彼女はアイドルとして生まれ、アイドルとして生きていると祐介は思っている。
いつのまにか背中に隠し持っていた造花を顔に近づけるその姿は一部には狙いすぎだとか媚びているという意見もあったが、その一貫した態度は仮に嘘であっても(いや、嘘であったとしたらその方が)確かな努力によるものなのは間違いなく、最近では同じご当地アイドルの中でも彼女のファンを公言する人がいるほどだった。
「次は、とっても頑張り屋さんで、わたしもだぁーい好きな〝かのん〟!」
右端で先輩たちの自己紹介パフォーマンスを盛り上げていた
「はい! ♪らーらららーらららー あなたの風になれたらいいなー」
パッヘルベルのカノンに歌詞をつけて、その場でくるりと一周する。
「Lipp'inガールズ研修生、オーキッドパープル担当の〝かのかの〟こと室井風音です!」
加入してまだ一年にも満たないが、天真爛漫で何事にもめげない彼女にもすでに多くのファンがついている。
「……はい、改めましてわたしたち、Lipp'inガールズです! よろしくお願いしまーす!」
「あーちー!」
「かなこー」
「さきりん〜っ!」
「きりえちゃーん」
「かのーん」
「ふみたん!」
「みゆん〜」
声の大きさは愛の大きさ。そう言わんばかりにファンの声がこだまする。このままではアンコールのあたりには、ライブハウスの壁に亀裂が走るかもしれない。そんな馬鹿なことさえ思いながら、祐介もそれぞれの名を順番に叫ぶ。
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