第15話 なに汚ねえもんさらしてんだ
僕達債務者は日中、ディーラーだったり、飲み物を運ぶウェイターだったり、カジノの隣にあるバースペースで働くバーテンダー、料理を提供する調理担当に分けられる。どうやら警備員は別に雇っているみたいだ。新人である僕はお客様を迎え入れたり、飲み物を歩いて回るウェイター役だ。
同室であるミノムシ兄弟達は大体僕と同じ仕事をしているが、フレイクさんだけはディーラーとして、お客さんに楽しみの場――賭け事ゲームを提供している。
休憩に入った僕とシラパさんは椅子に腰を下ろした。
「ねぇ、シラパさん。仕事の役割ってどうやって決まってるの?」
「新人は僕達がやっているウェイターだね。古参の人達はディーラーを任されるようになるみたい。でも手先が不器用だと、ウェイターに戻されるようだよ」
「シラパさんはここ長いの?」
「ううん。私は三、四日前に来たばかりだから、和音君とそんなに変わらないよ」
「そうだったんですね。シラパさんってギャンブラーみたいに見えないけど、やっぱり結構借金したの?」
「それはお互い様でしょ? まぁ、僕はちょっと存在意義にかかわってくるって言うか。本能が動いたっていうか……」
「あ……」
――あぁ、なるほど。骨の髄までギャンブラーってことか……。もしかしたら一番ヤバい人かもしれないな……。
シラパさんの意味深な発言を深くは掘り下げず、この休憩時間の間にカツアゲ君に会いに行こうと立ち上がる。
「僕ちょっと厨房に行かなきゃ!」
「知り合いがいるかもしれないんだっけ? 休憩時間はあと10分だから、気を付けてね」
「はい!」
僕は急いで厨房に向かい、ドアを開ける。一人コックの服を着ていない僕は、彼らの視線を一斉に受ける。そして、その中にここに来る理由となった人物の顔があった。
「カツアゲ君!!」
僕は走って彼に近づいていくと、彼は呆けた顔から驚いた顔に変わっていった。
「和音じゃねえか! どうしてこんなところに……」
「君を探しに来たんだよ!」
「マジかよ! お前最高だなっっ!!」
彼は青い目を輝かせて僕を見る。
「だけど、お前その恰好ウェイターじゃねえか? どうやって侵入なんか……」
「あぁ、僕も借金しちゃって……えへ」
「……」
カツアゲ君の澄んだ青の瞳が濁り水に変化していく。僕がここに来た経緯を話すと、彼は僕を馬鹿にするように非難した。
「一体、何しに来たんだよ……。ちょっと、お前に惚れそうになってたのに……。はぁ、やっぱだめだな」
「うるさい! 僕のは不可抗力だったけど、カツアゲ君はどうなんだよ。一億ジェリー近く借金したんだろ!? てか、なんでここでゲームできたの!? 元手はどうしたんだよ?」
「あぁ、なんかここに来たら、すぐ追い出されちまってよう。どうにかサングラスの奴らの目を掻い潜って入ってやろうと入口辺りで身を潜めてたら、すっげぇー恰好した男が歩いてきたんだよ」
「すげえ恰好??」
「そいつ、すっげぇ光ってて宝石をちりばめた服、着てんの! んでそのやべぇ服着た男が掛けていたサングラスを外した瞬間、袖の宝石がポロンと二、三個落ちたから、頂いたってわけさ」
――あれ、なんか僕、その服知ってるかもしれない……?
「その宝石を金に換えて、全賭けでゲームしてたら負けちまってな。それでもゲーム続けてたら、変な部屋に連れていかれて契約書書かされて、ここに縛り付けよ! まいっちまうぜ」
「拾ったものを換金するのは良くないけど、その宝石売ったら、マルファスさんの借金かえせたんじゃないの……?」
「あ……」
どうやら僕の言うことは当たっていたらしい。しかし、カツアゲ君は御託を並べ始めた。
「まぁでも、折角カジノに来たんだし、一回くらいやっとこねーとな! ウンウン。なるべくしてこうなったって感じだな」
「その一回で人生を終わらせちゃってるんだよ……。君に関してはやらなくてよかったことだよ、絶対」
カツアゲ君はじっと僕を見る。
「な、何だよ。その目は……」
嫌に澄んだような目をしていて、居心地が悪い。そして、ニコッと笑って――
「でも、それはお前もだろ?」
と言った。何も言い返せない僕は、寝る前にもう一度話そうと言って、仕事に戻っていった。でも1分遅刻したのがバレて、監視係から尻を5回たたかれた。
◇◆◇◆
僕がコッソリ将冴君かマルファスさんの姿がないか、キョロキョロ探していると、壁を背にして立っているフレイクさんが手招きしていることに気が付いた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
「フレイクさんはディーラーをやってるんですね」
「ん? あぁ、まぁな」
――今がチャンスかもしれない。
止めてきたシラパさんはいないし、昨日の話の続きを聞くには今が一番最適だと思い、話を切り出した。
「あの、昨日言ってた……手っ取り早い方法って言うのは」
「あぁ、そう言えばそうだったな。お前は自分を犠牲にするのと、人を犠牲にするのはどっちがいい?」
「どういう意味ですか?」
「まぁ、そうだな。あそこのテーブルのディーラーの手をよく見ておけ」
「手ですか……?」
フレイクさんに言われた通り、ルーレットのテーブルに立っているディーラーの手を見る。
「客は回転盤に夢中だろ? だから、ディーラーの手を見てる奴なんかいない」
ディーラーの手が一瞬テーブルから隠れ、すぐに現れる。だが、別に一瞬隠れただけでどうってことない。僕が疑問を浮かべた表情を表に出していたのか、フレイクさんは僕を見てフッと笑った。
「テーブルの下にはちっとばかし、回転盤を弄るボタンが用意されててな」
「な――!?」
テーブルの客は皆頭を抱えている。どうやら賭けに負けたのだろう。なんとなく、彼の言わんとしていることが分かった。
「俺らは客を負かせた金額が大きい分、良く働くディーラーとして認識される。もちろん、その働きはここから出るため給料として払われる。まぁ、あのテーブルでは精々2倍ぐらいの給与だろうな。アイツは少し小心者だから」
「そ、それって、『イカサマ』してるってことですか……?」
「客から見ればそうだが、俺たちは『仕事』をしているだけだ。それに客は気付かず、ゲームを楽しんでいるだけ。ウィンウィンの関係だろう?」
目の前の男が悪魔のように笑う。背中に黒い羽根が付いてないか、確認したくなるほどだ。
「ルーレットは初心者のお前にはおすすめだな。カードゲームは手先が器用じゃないとバレちまうからな。まぁ、俺の得意分野なんだがな」
「僕は、そんなこと……」
「しないってか? まぁ、それでもいいだろう。でもここの生活を送るのはクソ長えぞ?」
「……」
「まぁいい。今のは人を犠牲にする方法だな。お前には自分を犠牲にする方がいいか? 俺は絶対やりたくねえが」
「一応聞かせてください」
「あとは見世物になる方法だな。なぁ、ここにはどうして女性スタッフがいないと思う? ここのオーナーは女だが、彼女はどうやら女王様基質のようでな。女を周りに置きたくないようだ。だから、このカジノにはバニーガールがいない」
――た、たしかに……!
今日一日働いてみて、スタッフに女性は一人もいなかった。それにカジノと言えば、バニーガールは必須だろう! なぜいない!? どこに行ったんだぁあ!
「その代わりにっていっちゃあ何だが、うちにはバニーボーイと言うのがあってな」
――は……? バニーボーイ……? 嫌な予感がする。嫌な予感がする!!
「オーナーはそれが大変好みらしく、その恰好で働く者には破格の給料を約束しているらしい。だがみんなやりたがらないから、暫くバニーボーイは見てないな……」
「へ、へぇ~~」
「その引きつった顔……。お前はどちらもやりたくないようだな。まぁ、一生ここで暮らすというのであれば、それもいいだろう」
「ちょっと考えさせてください」
フレイクさんの話は僕に頭痛を引き起こさせる。いや、考えたところでどちらもやらないのが正解なのだが、今この話を続けるには僕は耐えられそうにない。
「なんか、ここでは選択肢があるようでないですよね……」
「そうか? 俺は十分選ぶに値する選択肢だと思うが。このカジノの方針として、常に選択肢を二つは用意するってなってるからな。楽しいゲームを提供するのがここのスタッフの仕事だしな」
僕にはあまり理解できないけど、それがここの美学かもしれない。郷に入っては郷に従え。僕が口出しする権利はないのだ。
「気が変わったら、俺のとこ来な。早くしないと、俺はそろそろここを出ていくがな」
そう言って、彼は自身の受け持つテーブルへ戻っていった。ひどく気分が悪くなる話を聞かされたのだ。謎の疲労感が溜まっている。
少し新鮮な空気を吸おうと移動していると、フリーマンさんが話しかけてきた。
「和音くーん。さっき、フレイクさんと話してたねぇ?」
「フリーマンさん……」
「どうしたの~? そんなにションボリして」
「いや、そんな。お金を稼ぐのって大変なんだなって思ってただけですよ」
「ふぅ~ん。ねぇ、あれ見て?」
彼の指さした方を向くと、大きな電子版に数字が並んでいる。
「何です? あれ?」
「あれは、ジャックポットだよ~」
「ジャックポット?」
聞きなれない言葉に僕は彼の言葉をそのまま繰り返す。
「大当たりってやつだね。皆が賭けて消えちゃったお金があそこに貯まってるんだよ~~。夢があるよね~~」
「へぇ、そんなのあるんですね」
「誰かが言ってたんだけど、うちのカジノでジャックポット当てるには100万分の1の確率なんだって~。僕も仕事中に一回だけスロット回したけど、全然ダメ。当たるわけないじゃん~ってかんじ」
「いやいや。一回だけ回したって当たらないでしょ! てか、さり気なく仕事中って言った?」
「ん~? そうだったかな? そうだったかも? あはは~」
フリーマンさんの笑いにつられて僕も笑ってしまった。天真爛漫な人がいると、毒気を抜かれるってこういうことかもしれない。頭痛もいつの間にか消えていた。
「おい、お前ら! 何をさぼってるんだ!」
「げっ!」
「こっちにこい!」
「ひぃっ!」
「わぁ」
今日僕は合計20回の尻打ちを受けて、寝床でうつ伏せに倒れていた。
「いったぁ~いっっ!」
隣でフリーマンさんが大きな声を上げる。僕と同様に尻を叩かれた彼は、アザラシのように身体を揺らしている。そんな僕らのそばに心配そうな顔をしたシラパさんがいた。
「昨日もあんなに叩かれて……。お尻大丈夫ですか?」
「いや、ものすごく熱を持ってる感じが……。氷とかないですかね?」
「では、厨房スタッフに行って分けてもらってきますね」
「おれも、おれも~」
暫くするとシラパさんが両手に氷袋を持って戻ってくる。
「服の上からだと濡れちゃいますから、脱いだ方がいいですよ」
「ん、そうだね……」
僕らはモゾモゾと身体を動かし、パンツをずらして尻を晒す。アザラシ仲間のフリーマンさんも同じ状態だ。
「うわぁ、和音さんの方は酷いですね……」
「え?そんなに!?」
「というか……。和音さん‥‥…。ふふっ」
「え、何?」
「お尻がまだ青いんですね。ふふっ」
「なになに~? 和音君は尻が青いの?」
――え!? 僕がバエル様のお尻みたいに尻が青くなってるってこと!?
「僕は16歳の立派な青年だよ!? それはきっと内出血であって、蒙古斑では――」
「ふふっ。恥ずかしがらなくていいんですよ。大人になってもある人はあるらしいですから。でも、こんなに大きいなんて……っ」
「いや、ちげーから! そういう配慮はいらないから! 僕の話をちゃんと聞いて!?」
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。ほら、載せますよ。二人とも」
「ひっ」
冷たさに身が引き締まる。しかし、熱を持った僕らのお尻には丁度いい。自分に蒙古斑の疑いがかけられているのも忘れて、その冷たさに心地よさを感じていると、この部屋にフレイクさんと一緒にカツアゲ君が入ってきた。
「おい、なに汚ねえもんさらしてんだ」
「あ、カツアゲ君。丁度いいところに。こっち、僕の顔の方に来て」
彼は僕の言う通りに顔の傍に来て座った。
「さっきの休憩室で話した話の続きだけどさ」
「ケツを晒して、他の奴がいる中で話すのかよ……。まぁ、俺はいいけど」
「あ、それもそうだね。皆、聞かなかったことにしてね?」
「「はーい」」興味ねぇよ」
「まぁ、一人返事が良くなかったけど。まぁ、聞かれても大丈夫でしょ!」
「そうか」
「でね、僕達借金作ってこんなことになっちゃったわけだけど、将冴君は僕がここのオーナーに連れて行かれているとこを見ているんだ。だから、絶対に助けに来てくれるはず!」
「へぇ。その謎の自信がどこからやってくるかは知らねーが、それを信じるとして、今日奴らは来なかったじゃねーか」
「そ、そうなんだよね……」
そう。僕もてっきり、今日助けに来てくれると思ったんだ。だから、お客さんには目を光らせていた。結果、彼ら二人を見つけることはできなかった。
「でも、将冴君は絶対に僕を――」
「なぁ、和音。俺は決めたぜ」
カツアゲ君の顔を見上げると、いつにもなく真剣な面持ちだった。
「決めたって何を?」
「俺はディーラーになって、客に『イカサマ』を仕掛ける!」
「は――!?」
フレイクさんの方を振り返ると、彼はニヤリと笑った。
――こ、コイツ……!?
「俺、フレイクさんから、手っ取り早く借金を返す方法を教えてもらったんだ。あの人スゲー親切だな」
「ちょっと、待ってよ!」
「止めるな、和音。俺はもう決めたんだ。俺が助かるなら、他人を地獄に叩き落すことも辞さないってな!」
「いやいやいや。前からそうではあるなと思っていたけど、クズ中のクズに成り下がっていいの!?」
「っふ。俺をどう思うが構わない。俺は俺がすべきことをやるだけだ」
制止する僕を無視し、彼はドアから立ち去っていく。追いかけようにも尻が痛くて動けない。くぅっ……。なんてことだ……。あのおバカ、甘言に釣られやがって……!
「フレイクさん、カツアゲ君に何てことを!?」
「俺は親切に教えてやっただけだ。アイツは素直に俺のアドバイスに耳を傾け、お前は聞かなかった。ただそれだけの違いだ。おい、おめーらもやりたいなら、今のうちだぜ!」
「私は結構です。人を騙すなんて悪魔みたいなことは出来ません」
「僕もいーかな。この生活は別に嫌いじゃないし~~」
「ふんっ。つまらん奴らだ。後悔してもおそいからな!」
――カツアゲ君……。
◇◆◇◆
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