第14話 キビキビ働けえっ!


「さて、問題です。あのチップは一枚いくらの価値があるでしょう?」


――チップの価値……?


 そんなこと深く考えずに、


「はい。時間切れ。正解は100万ジェリーでした」


――なっ!?


 マルファスさんからダゴルベでお金の価値を聞いたとき、大体1ジェリー1円の価値があると分かった。つまり、あのチップは一枚100万の価値があったってことだ。そして、それを10枚。気が遠くなりそうになりながら、目の前の女性に言った。


「じゃあ、貴方は僕に1000万ジェリーを使ってゲームをしてたってことですか!?」

「そうよ」

「なんで言ってくれなかったんですか!?」

「だって、聞かれなかったもの」

「そんなっ……」


 あの一枚が本当に100万ジェリーもの価値があったとすれば、2回目の当たりで僕は1億近く手に入れていたということだ。


――それを僕は……、あの一瞬で失ったのか……?


 聞きたくなかった事実を聞かされ、只々呆然とする。


「うふふ。その顔いいわぁ! 絶望に染まった顔はだいっすきっなのよねぇえ♡♡♡」

 

 恍惚そうな顔をした女性は、まるで獲物を前にしている獣のように舌なめずりをしている。どう考えても僕は捕食される側の人間だった。


「そうねぇ。貴方には私が貸した1000万ジェリーと、貴方が当てた1億800万ジェリー、支払って頂きましょうか」

「な! そんなの払えるわけないでしょう!?」


 僕の言葉に彼女はうんうんと頷く。


「そうでしょうとも。だからとっても優しい私は、選択肢を二つ用意してあげたわ」

「せ、選択肢……ですか……?」


――嫌な予感しかしない……。


「えぇ。一つはその体を切り刻んで、お金を支払ってもらう方法」

「ひぃっ! 無理です無理です!」

「もう一つは、私の奴隷になってもらう方法。よく考えて、答えを出してね?」


――そ、そんな選択肢は決まっている!


 僕は痛いのは絶対嫌だ。五体満足で生きていきたい。そう思い、即決で返事をする。


「奴隷でお願いします!」

「うふふ。貴方ならそう言って下さると思っていましたわ」


 彼女がまたあの恐ろしいお面の顔をしているのを見て、僕は目を伏せた。




◇◆◇◆



 自ら望んで奴隷となった僕だが、すぐに後悔することになった。いや、もちろんあの二つの選択肢ではこの選択は間違っていないとは思う。しかし、ここに来たことだけは確実に後悔していた。


「キビキビ働けえっ!」

「はいぃっっ!」


 僕は今必死に店内清掃を行っている。僕の他にも三、四人程モップを持って清掃している人たちがいるが、こんな広い部屋を掃除するにはどうにも人数が足りなすぎる。


 でもそんなことは言っていられない。なぜなら、キビキビ働かないと監視係に尻を叩かれるからである。僕の尻は何度も鞭で叩かれてしまっているため、もう真っ赤にはれ上がっているに違いない。そのせいで動きが鈍くなり、再び叩かれるのだ。もう踏んだり蹴ったりである。


 もっと早く走れと尻を叩かれる馬の気分で、予定されていた時間を少し過ぎて、清掃は終終了した。


「10分も過ぎているぞ。ったく、今が閉店後で良かったな。開店前だとお前を縛り上げて、見世物にするところだ!」


 もう一度、尻をひっぱたかれ僕は地面にうずくまる。監視係は僕と同じように隣に並んでいた清掃スタッフに対しても同様に制裁を加えていく。そうしてようやく、僕たちの元から去っていった。


 僕が痛みに耐えられず、起き上がれないままでいると、一緒に清掃していた一人が僕に肩を貸してくれた。


「君、大丈夫? 何度も叩かれていたね……」

「大丈夫じゃないです……。尻が熱くてカチコチ山の狸状態です」

「え? 何?」


――あぁ、コッチではその童話はないか……。


「いやえっと、つまり痛みで熱くなって辛いと言うことですね。ちなみに、17回叩かれました。こんなこと初めてです……。まったく、もうっ! 新しい何かに目覚めてしまったらどう責任を取ってくれるのかっっ!」

「わぁ……。数えてたんだね……?」

「もちろんです。この恨みは晴らされるまで消えることはありません!」


 僕が血涙を浮かべながら拳を握りしめていると、彼は少し困ったように笑った。その顔をよく見てみると、とても色が白く奇麗な好青年だった。天使がいたら、こういう姿をしてそうだなと思う。


「私はシラパと言います。君は?」

「僕は和音と言います。シラパさん、肩を貸してくださってありがとうございます」

「構いませんよ。さぁ、こちらです」


 彼に連れられるがままに歩いていき、とある一室に連れてこられる。その部屋では既に二人ほど先客がおり、毛布を巻いて地面にくるまっていた。残り二人が寝そべるスペースはたしかにあるが、ひどく窮屈さを感じた。


「え、マジ……?」

「どうぞ、これが和音さんの毛布です」

「え、ここで雑魚寝なの? やっばぁ……」

「時期になれますよ」

「慣れたくはないっすね……」


 仕方なく毛布にくるまり、隣にシラパが並んだ。


「嫌であれば答えなくてもいいんですが、和音さんはいくらほど借金したんですか?」


 別に言っても言わなくても借金の額は変わらないのだ。色々親切にしてくれたシラパさんの質問には答えようと思った。


「えっと……。一億と八百万ジェリーほど……ですかね」

「「「ええ~~!?」」うっわぁ……」


 シラパさんと二人で話していたはずなのに、やはり僕達の話を聞いていたのか、背後からも驚きの声が上がった。


「あ、ゴメンゴメン。どうあがいたって二人の会話が聞こえちゃうんだもん。しかも1億ジェリーとか言うからさ。まじ、どんまーい!」

「うわぁ、めっちゃ軽くいいますね……。まぁ、しんみりするよりはいいですけど」

「気楽に生きてた方がたのしーじゃん!」


――多分、貴方は気楽に生きていた結果ここに来たんだよね? 改めようとはしないんだね!?


「えっと、和音もそー思うでしょ?」

「まぁ、はい……」


――凄いなれなれしいなこの人。僕この人に名前教えてないのに……。


「あはは。フリーマンさんはやっぱり面白いですね」


 シラパさんがクスクスと笑い、フリーマンと呼ばれた後ろにいた男が口を開いた。


「しかし、前回入ってきたやつを超える額とは思わなかったな」

「前回入ってきたやつ?」

「あぁ、五日前だったか? ソイツも確か1億ジェリーやらかしたとか言ってて、たしか厨房担当で隣の部屋に振り分けられていたはずだぞ」


――もしかして……。


「あのぅ、その人ってもしかして、獣人だったりしますか?」

「あぁ、何で知ってんだ?」


――ああ~~~、絶対カツアゲ君じゃん~~~!! 一億ジェリーの借金とか馬鹿なの? ホント。いや、僕もなんだけどさぁ~~~!


 頭を抱えたままの僕を、シラパさんが「大丈夫?」と声をかけてくれる。こんな地獄の中で彼は僕の唯一の癒しポジションかもしれない。


「えっと、僕……。その獣人と知り合い、かもです……」

「えぇ~、そうなの~?」

「お前ら二人合わせて2億ジェリーとは……。一生ここから出れねえな!」

「でもここで働いた分は給料が出るんですよね? 生涯年収を考えれば生きているうちに出ていけると考えていたんですが……」

「あぁ、無理無理!」


 聞き捨てならない言葉に、僕は必死に食い下がった。しかし、現実は非情なようで――


「契約書はしっかりと見ましたか?」

「あの名前書かされた書類ですよね? ちゃんと読みましたよ!」

「裏面は?」

「うらめん??」


 皆はあちゃーと言った風な顔で、こちらを見ている。


「そこに書いてんだよ。一日毎に利子が付きますってな。お前らの規模だと利子だけで元値分、余分にはらうことになるだろうな、きっと」

「な、な、なんだって~~!?」


 ドンッ。


 衝撃のあまり大きな声を出してしまったためか、隣の部屋から壁ドンされる。もう寝る時間だし、もしかしたらここは壁が薄いのかもしれない。だが、そんなことに構っていられるほど冷静にはなれなかった。


――ぼ、僕は一生ここで働くの……!?


 いや、きっとマルファスさんや将冴君が助けてくれるはず……。でも、待って。一日で1億ジェリーもの借金を作った人間なんか助けに来ないかも……。あぁ~~、何で僕はあんなことをっっ!


 僕がうーうーとうなっていると、知りたくなかった事実を告げた男が再び口を開いた。


「ここから出ていきたいか?」

「それはもう……!」

「手っ取り早く借金を返す方法があるぞ」

「本当ですかっ!?」

「あ、ちょっとフレイクさん!」


 シラパさんが仲裁に入り、その話はやめろと言いたげだ。どうやら目の前の男はフレイクと言うらしい。


「お前の手を汚すことになるがな」

「お手手が汚れちゃっていいの~??」


――手を汚す……?


 僕はぐっと拳を握る。手を汚すという意味は定かではない。だが、その方法を聞くだけなら何も問題はないはずだ。


「構いません。教えてください! フレイクさん!」

「明日だ。機を見て、お前に教えてやる」

「和音さん、止めておいた方がいいですよ」

「大丈夫だよ。僕はここから出たいんだ」

「和音さん……」


 それから、4匹のミノムシは皆地面に横たわり、誰一人口を開くことなく身体を休めた。



◇◆◇◆

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